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藁人間  作者: Yem
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9


午後十一時。

田口は疲れ切った足取りで自宅へ戻った。

スーツを脱ぎ捨て、熱いシャワーを浴びる。

今日一日の出来事が頭の中を駆け巡る。


朝日零。

裏庭を包んだ白い光。

そして、鑑識へ預けた一本のナイフ。


「……今日は一段と疲れた」


独り言を漏らしながらベッドへ倒れ込む。

瞼は重く、考えを整理する間もなく深い眠りへ落ちていった。



    ◇



翌朝。

テレビから流れるアナウンサーの切迫した声で、田口は目を覚ました。


『速報です。今朝未明、市内の公園で男性の変死体が発見されました。警察は事件とみて捜査を開始しています。』


田口は跳ね起きる。

嫌な予感が胸を締めつけた。


「まさか……」


急いで身支度を整え、警察署へ向かった。


    ◇


「田口!」


署へ入るなり、中村が田口を呼び止めた。


「朝のニュース、見たな」


「はい」


中村は険しい表情で資料を差し出す。


「身元が判明した」


田口は資料へ目を落とす。

そこに記されていた名前を見て、息をのむ。


「……昨日、俺が追ってた強盗殺人事件の容疑者と思われる男…。」


中村は静かにうなずく。


「間違いない」


「容疑者は昨夜、公園で死亡しているのが見つかった」


田口は資料を握る手に力が入る。


「死因は?」


「胸の辺りに深い刺し傷があったらしい。おそらくそれが原因だろう」


その言葉を聞いた瞬間、田口の脳裏に一本のナイフが浮かぶ。

朝日零が持っていたナイフ。


「失礼します!」


田口は踵を返し、鑑識室へ駆け出した。

勢いよく扉を開ける。


「昨日預けたナイフだ!」


室内にいた鑑識官たちが一斉に振り向く。


「至急、鑑定結果を見せてくれ!」


一人の鑑識官が首をかしげる。


「……ナイフ?」


「昨日、事件現場で回収した証拠品だ!」


「私たちは受け取っていませんが」


田口は眉をひそめる。


「何を言ってる…。俺がここに持ってきただろ!」


鑑識官は田口の方を見ることなく答える。


「記録にもありません。証拠品保管庫にも、そのようなナイフは存在しません」


「っ…ふざけるな!」


田口は机を叩いた。


「俺は確かにお前たちに渡した!!」


「受け取っていません!」


険悪な空気が室内を包む。

数人の鑑識官が慌てて田口を取り押さえた。


「落ち着いてください!」


「離せ!」


田口は必死にもがく。

そのときだった。


「すみません!」


鈴木が駆け込んできた。


「ご迷惑をおかけしました!」


深々と頭を下げると、田口の腕をつかむ。


「田口さん、いったん出ましょう!」


「やめろ!鈴木!」


「今は駄目です!」


半ば引きずるようにして、鈴木は田口を鑑識室の外へ連れ出した。

扉が閉まる。

廊下に静寂が戻る。

田口は荒い息を整えながら壁にもたれた。


「おかしい……」


確かに渡した。

昨日、自分の手で。

それなのに、誰一人としてその事実を認めようとしない。

まるで――。

最初から、あのナイフなど存在しなかったかのように。



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