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午後十一時。
田口は疲れ切った足取りで自宅へ戻った。
スーツを脱ぎ捨て、熱いシャワーを浴びる。
今日一日の出来事が頭の中を駆け巡る。
朝日零。
裏庭を包んだ白い光。
そして、鑑識へ預けた一本のナイフ。
「……今日は一段と疲れた」
独り言を漏らしながらベッドへ倒れ込む。
瞼は重く、考えを整理する間もなく深い眠りへ落ちていった。
◇
翌朝。
テレビから流れるアナウンサーの切迫した声で、田口は目を覚ました。
『速報です。今朝未明、市内の公園で男性の変死体が発見されました。警察は事件とみて捜査を開始しています。』
田口は跳ね起きる。
嫌な予感が胸を締めつけた。
「まさか……」
急いで身支度を整え、警察署へ向かった。
◇
「田口!」
署へ入るなり、中村が田口を呼び止めた。
「朝のニュース、見たな」
「はい」
中村は険しい表情で資料を差し出す。
「身元が判明した」
田口は資料へ目を落とす。
そこに記されていた名前を見て、息をのむ。
「……昨日、俺が追ってた強盗殺人事件の容疑者と思われる男…。」
中村は静かにうなずく。
「間違いない」
「容疑者は昨夜、公園で死亡しているのが見つかった」
田口は資料を握る手に力が入る。
「死因は?」
「胸の辺りに深い刺し傷があったらしい。おそらくそれが原因だろう」
その言葉を聞いた瞬間、田口の脳裏に一本のナイフが浮かぶ。
朝日零が持っていたナイフ。
「失礼します!」
田口は踵を返し、鑑識室へ駆け出した。
勢いよく扉を開ける。
「昨日預けたナイフだ!」
室内にいた鑑識官たちが一斉に振り向く。
「至急、鑑定結果を見せてくれ!」
一人の鑑識官が首をかしげる。
「……ナイフ?」
「昨日、事件現場で回収した証拠品だ!」
「私たちは受け取っていませんが」
田口は眉をひそめる。
「何を言ってる…。俺がここに持ってきただろ!」
鑑識官は田口の方を見ることなく答える。
「記録にもありません。証拠品保管庫にも、そのようなナイフは存在しません」
「っ…ふざけるな!」
田口は机を叩いた。
「俺は確かにお前たちに渡した!!」
「受け取っていません!」
険悪な空気が室内を包む。
数人の鑑識官が慌てて田口を取り押さえた。
「落ち着いてください!」
「離せ!」
田口は必死にもがく。
そのときだった。
「すみません!」
鈴木が駆け込んできた。
「ご迷惑をおかけしました!」
深々と頭を下げると、田口の腕をつかむ。
「田口さん、いったん出ましょう!」
「やめろ!鈴木!」
「今は駄目です!」
半ば引きずるようにして、鈴木は田口を鑑識室の外へ連れ出した。
扉が閉まる。
廊下に静寂が戻る。
田口は荒い息を整えながら壁にもたれた。
「おかしい……」
確かに渡した。
昨日、自分の手で。
それなのに、誰一人としてその事実を認めようとしない。
まるで――。
最初から、あのナイフなど存在しなかったかのように。




