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警察署へ戻ると、田口は証拠品のナイフを鑑識へ預け、その足で中村のデスクへ向かった。
「中村さん、ちょっといいですか?」
中村は書類から顔を上げた。
「どうした?」
田口は朝日零と書かれた名刺を机の上に置く。
「この探偵について、何か知っていますか?」
中村は名刺を手に取り、じっと見つめた。
「……朝日零か」
「今日、強盗殺人事件の現場にいました。本人は上層部の許可を得ていると言ってましたけど、どうも信用できない」
田口は一呼吸置き、続ける。
「信じてもらえないかもしれませんが、朝日は昨日ビルから飛び降りた青年と同じ顔をしていました」
中村の表情がわずかに曇る。
「俺も、その探偵について詳しいことは知らん」
「知らない?」
「ああ」
中村は椅子にもたれ、腕を組んだ。
「何度か未解決事件に協力しているらしい。それ以上は教えてもらえない。
上層部に聞いても、『必要以上に詮索するな』の一点張りだ」
田口は黙って聞いていた。
「相当な機密事項なんだろう。だからお前もこれ以上は踏み込まない方がいい」
中村はそう言って話を切り上げた。
「……」
田口は納得したわけではなかったが、何も言えず
胸の奥に小さな違和感を残したまま、自分の席へ戻った。
◇
仕事を終え、帰ろうとした田口に鈴木が声をかけた。
「田口さん!今日、ご飯でもどうですか?」
田口は少し考えたあと、小さく笑った。
「……いいだろう」
二人は署の近くにある居酒屋へ入った。
仕事帰りの会社員で賑わう店内。
注文した料理が並び、ようやく二人は一息つく。
鈴木がジョッキを置きながら尋ねた。
「結局、あの朝日零って何者なんですかね」
田口はビールを一口飲む。
「中村さんも詳しくは知らないらしい。上層部が情報を伏せているんだ。怪しいにもほどがあるだろ…全く…」
「つまり、機密事項ってことですか」
「ああ」
田口は静かにうなずく。
「少なくとも、普通の探偵じゃない…か」
鈴木は腕を組んだ。
「なんていうか……。
完全に勘ですけど。
やばい人ですよ、あの人。
笑ってるのに、全然何を考えてるかわからないというか……」
田口も否定はしなかった。
確かに、朝日の笑顔の奥には何か得体の知れないものが潜んでいるように感じていた。
そのときだった。
「あっ!」
店の奥から元気な声が響く。
「刑事さん!」
二人が振り向く。
エプロン姿の店員が、嬉しそうに駆け寄ってきた。
「こんばんは!」
田口は思わず目を見開く。
「……確かお前は、この間の!」
制服ではなく居酒屋の制服を着た和葉が、満面の笑みで立っていた。
「こんなところで会うなんて奇遇ですね!」
鈴木はきょとんとした表情で二人を見比べる。
「お二人は、知り合いですか?」
「いや──」
田口が否定しようとした、その瞬間。
「私、昨日の夜、刑事さんのお家へ行ったんです!」
和葉は悪びれる様子もなく話し始める。
「昨日ビルから飛び降りた青年を一緒に調べてもらおうと思って!
刑事さんを尾行して住所を突き止めて、それで──」
「お、おい!」
田口が慌てて制止する。
しかし和葉は気にする様子もなく、次々と言葉を並べていく。
鈴木はゆっくりと田口へ顔を向けた。
「……田口さん。どういうことなのか説明してください」
田口は小さくため息をついた。
「誤解されるようなことは何もない」
そう前置きすると、昨夜、和葉が自宅を訪ねてきたことを鈴木へ包み隠さず話した。
ビルから飛び降りた青年のことを調べているということ。
自分を尾行してきたこと。
携帯番号を書いたメモを渡されたこと。
話を聞き終えた鈴木は腕を組み、うーんと唸る。
「なるほど……」
そして真顔で和葉を見た。
「あなた、朝日って男とグルなんじゃないですか?」
「……え?」
和葉は目をぱちぱちと瞬かせる。
「朝日って、誰ですか?」
田口はすぐに口を開いた。
「気にしなくていい」
和葉を見る目が少しだけ厳しくなる。
「余計なことには関わるな。これは警察の仕事だ」
しかし和葉は引き下がらなかった。
「その朝日って人、誰なんですか!?」
今度は鈴木のほうへ身を乗り出す。
「どんな人なんです!? 何を知ってるんですか!?」
「いや……それは……」
鈴木は困ったように田口を見る。
田口は黙ってビールを口に運ぶだけだった。
「……話しても大丈夫ですか?」
「好きにしろ。どちらにしてもこいつは首を突っ込んでくる」
田口が呆れたように答える。
「ねぇ!教えて!早く!早く!」
和葉が食い入るように鈴木の方に顔を近付けていく。
鈴木は観念したように息を吐いた。
「今日、事件現場で会った探偵ですよ。朝日零っていう人です。
彼、未解決事件を何件も解決に導いたらしくて、警察上層部から特別に捜査協力を認められてるみたいです。しかも……」
鈴木は声を潜める。
「田口さんは、昨日ビルから飛び降りた青年と朝日って人が同一人物じゃないかって疑ってるんです」
和葉は一言も話さない。
そのまま固まっていた。
「朝日……」
小さく呟く。
「零……」
その名前を何度も噛みしめるように繰り返す。
「朝日零さん……」
頬がほんのり赤く染まる。
「……素敵な名前」
その様子を見ていた田口は思わず苦笑した。
「お前……。まさか、奴に恋してるんじゃないだろうな?」
「ち、違います!」
和葉は顔を真っ赤にして首をぶんぶん振る。
「そ、そんなんじゃありません!」
「ただ……名前が素敵だなって思っただけです!」
そう言うと、照れ隠しをするようにトレーを抱え直した。
「わ、私、仕事がありますので!」
逃げるように厨房の奥へ走っていく。
その後ろ姿を見送りながら、鈴木が小声で尋ねた。
「……田口さん。言っちゃまずかったですか?」
田口は深いため息をつく。
「さあな」
そう言って、グラスに残っていたビールを一気に飲み干した。




