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青年はゆっくりと田口へ視線を向けた。
整った顔立ち。
男とも女とも取れる中性的な顔に、人懐っこい笑みを浮かべている。
右手には一本のナイフが握られていた。
しかし、その表情には殺気がまるでない。
「…お前、何者だ?」
田口が青年に訊ねた。
「はじめまして」
青年は軽く会釈した。
「朝日零といいます。私立探偵をやっている者です」
田口は警戒を解かない。
「私立探偵?」
「ええ」
朝日はナイフを軽く持ち上げ、慌てて付け加えた。
「あ、安心してください。このナイフで誰かを刺そうってわけじゃありません」
悪びれる様子もなく笑う。
「犯人がどんな心理状態で犯行に及んだのかを考えるには、実際に凶器と思われるものを持ってみるのが一番なんですよ」
「……なるほど」
田口は冷たく答えた。
「一つ言わせてくれ」
一歩前へ出る。
「ここは関係者以外立ち入り禁止だ」
朝日は肩をすくめた。
「もちろん知っています」
胸ポケットから一枚の書類を取り出す。
「上層部の許可はいただいてます」
田口が目を通すと、確かに警察本部の許可証だった。
「未解決事件への協力依頼、です」
朝日は少し自慢げに笑う。
「ありがたいことに、これまで何件か難事件の解決に協力させてもらってまして」
鈴木が思わず声を漏らす。
「怪しい…。あなた、本当に探偵なんですか…?」
「えぇ」
朝日は笑顔のまま答えた。
田口は青年の顔をじっと見つめる。
見れば見るほど、昨日ビルから飛び降りた青年と同じ顔にしか見えない。
「昨日、お前を見た」
朝日が首をかしげる。
「昨日?」
「ビルから飛び降りた青年だ。そのあと姿を消した」
朝日は困ったように笑った。
「それ、人違いじゃないですか?」
「人違い?」
「僕、高いところは苦手なんですよ」
冗談めかして肩をすくめる。
その様子からは動揺も焦りも感じられない。
鈴木がおずおずと口を開いた。
「あの……さっき家が光りましたよね。眩しい光がパアって」
朝日は「ああ」と思い出したようにうなずいた。
「窓ガラスに日差しが反射しただけじゃないですか?たまにありますよ」
あまりにも自然な口調だった。
田口はなおも朝日から目を離さない。
朝日は内ポケットから名刺を一枚取り出し、田口へ差し出した。
『私立探偵 朝日 零』
名前と共に電話番号が書いてある、シンプルな名刺だった。
「何かあれば、いつでもどうぞ」
そう言って踵を返す。
「待て」
田口の低い声が飛ぶ。
朝日は立ち止まり、振り返った。
「そのナイフ。鑑識に回すから、こちらへ渡してもらおう」
朝日は一瞬だけ目を細めた。
「あなた、疑り深いですね」
どこか呆れたように苦笑すると、あっさりとナイフを柄のほうから差し出した。
「どうぞ」
田口は手袋をはめ、証拠品として受け取る。
朝日は軽く手を振った。
「それでは、失礼します」
そう言い残すと、何事もなかったように裏庭を後にした。
その姿が見えなくなるまで、田口は黙って見送っていた。
「……田口さん」
鈴木が小声で尋ねる。
「ビルから飛び降りた青年って、なんのことです?」
田口は証拠袋に収めたナイフへ視線を落とした。
「昨日、繁華街で飛び降り事件があった」
鈴木は黙って耳を傾ける。
「俺はその現場にいたんだ。朝日と同じ顔をした男がビルの屋上から飛び降りた。
その瞬間、さっきみたいな眩しい光が辺りを包み込んで…」
田口は昨日の出来事を思い返すように、ゆっくり続ける。
「光が消えたときには男は消えていた…。
で、その後、人混みの中を何事もなかったように歩いていた奴を見つけたんだ」
「えっ!?ま…まさか…」
鈴木が思わず息を呑む。
「……ビルから飛び降りて死んだはずの男が生きてたってわけだ」
鈴木は言葉を失った。
「そ、そんなこと……」
「俺だって信じられなかった」
田口は静かに答える。
「だから奴を追いかけた。だが、見失った…」
鈴木は朝日が去っていった方向へ目を向ける。
「さっき本人は『人違いだ』って言ってましたよね……?」
「ああ」
田口は短くうなずいた。
「あいつが嘘をついているのか。それとも、俺が見間違えたのか…」
田口は自分自身に問いかける。
――朝日零は、昨日あのビルから飛び降りた青年なのか?――
「署へ戻るぞ」
田口は証拠袋を持ち直した。
「まずはこのナイフを鑑識に回す。何か一つでも手掛かりが出ればいい」
「はい」
鈴木は力強くうなずき、公用車へ向かって走り出した。




