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警察署の屋上。
冷たい風が吹き抜ける。
田口はフェンスにもたれかかり、深く息を吐いた。
「どうなってるんだ……」
昨日、自分の手で鑑識へ渡したはずのナイフ。
それが記録ごと消えている。
理解できるはずがなかった。
隣では鈴木が黙って空を見上げている。
やがて意を決したように口を開いた。
「田口さん…。遺体安置所へ行きませんか?」
田口はゆっくり顔を向ける。
「行ってどうする」
「今朝見つかった犯人の遺体…」
鈴木は真剣な表情で続けた。
「犯人の傷口と昨日のナイフの大きさが一致するか、確かめるんです」
田口は首を横に振る。
「そのナイフがない…。確認のしようがないだろ」
鈴木は小さく笑った。
「僕に任せてください」
そう言うと、胸ポケットから一冊の小さな手帳を取り出す。
ページを数枚破り、器用な手つきで折り始めた。
まるで折り紙でも折るかのように、紙を何度も折り返していく。
数十秒後。
鈴木は完成したものを田口へ差し出した。
「こんな形じゃありませんでしたか?」
そこには、昨日朝日が持っていたナイフそっくりの輪郭が再現されていた。
刃渡り。
柄の長さ。
切っ先の角度まで、驚くほど正確だった。
「……お前」
田口は目を見開く。
「全部、覚えてるのか?」
鈴木は照れくさそうに笑う。
「はい。厚みはありませんけど、形はほとんど同じだと思います。
後は僕の家にある三Dプリンターで再現すれば、完璧です」
「…すごいな」
田口は紙のナイフを見つめたまま言葉を失う。
「実は僕……」
鈴木は頭をかきながら言った。
「瞬間記憶能力があるんです。
だから、一度見たものは、ほとんど写真みたいに覚えられるんですよ」
田口は昨日の現場で、血痕を見ただけで青ざめていた鈴木の姿を思い出す。
「……だからか」
「はい?」
「だから事件現場が苦手なんだな」
鈴木は苦笑いを浮かべる。
「…はい。今でも昨日見た血痕が脳裏に焼き付いて…」
その言葉には、どこか諦めが滲んでいた。
田口はしばらく黙っていたが、やがて小さくうなずく。
「わかった。
一度、お前の家へ行こう。朝日が持っていたナイフを再現してみてくれ」
鈴木の表情が明るくなる。
「はい!」
二人は中村へ早退を申し出ると、警察署を後にした。
向かう先は、鈴木の自宅。
忽然と姿を消した一本のナイフを、もう一度この世に再現するために。




