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藁人間  作者: Yem
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10

警察署の屋上。

冷たい風が吹き抜ける。

田口はフェンスにもたれかかり、深く息を吐いた。


「どうなってるんだ……」


昨日、自分の手で鑑識へ渡したはずのナイフ。

それが記録ごと消えている。

理解できるはずがなかった。

隣では鈴木が黙って空を見上げている。

やがて意を決したように口を開いた。


「田口さん…。遺体安置所へ行きませんか?」


田口はゆっくり顔を向ける。


「行ってどうする」


「今朝見つかった犯人の遺体…」


鈴木は真剣な表情で続けた。


「犯人の傷口と昨日のナイフの大きさが一致するか、確かめるんです」


田口は首を横に振る。


「そのナイフがない…。確認のしようがないだろ」


鈴木は小さく笑った。


「僕に任せてください」


そう言うと、胸ポケットから一冊の小さな手帳を取り出す。

ページを数枚破り、器用な手つきで折り始めた。

まるで折り紙でも折るかのように、紙を何度も折り返していく。


数十秒後。

鈴木は完成したものを田口へ差し出した。


「こんな形じゃありませんでしたか?」


そこには、昨日朝日が持っていたナイフそっくりの輪郭が再現されていた。


刃渡り。

柄の長さ。

切っ先の角度まで、驚くほど正確だった。


「……お前」


田口は目を見開く。


「全部、覚えてるのか?」


鈴木は照れくさそうに笑う。


「はい。厚みはありませんけど、形はほとんど同じだと思います。

後は僕の家にある三Dプリンターで再現すれば、完璧です」


「…すごいな」


田口は紙のナイフを見つめたまま言葉を失う。


「実は僕……」


鈴木は頭をかきながら言った。


「瞬間記憶能力があるんです。

だから、一度見たものは、ほとんど写真みたいに覚えられるんですよ」


田口は昨日の現場で、血痕を見ただけで青ざめていた鈴木の姿を思い出す。


「……だからか」


「はい?」


「だから事件現場が苦手なんだな」


鈴木は苦笑いを浮かべる。


「…はい。今でも昨日見た血痕が脳裏に焼き付いて…」


その言葉には、どこか諦めが滲んでいた。

田口はしばらく黙っていたが、やがて小さくうなずく。


「わかった。

一度、お前の家へ行こう。朝日が持っていたナイフを再現してみてくれ」


鈴木の表情が明るくなる。


「はい!」


二人は中村へ早退を申し出ると、警察署を後にした。

向かう先は、鈴木の自宅。

忽然と姿を消した一本のナイフを、もう一度この世に再現するために。





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