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藁人間  作者: Yem
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3

「わかりました。」


田口は短く答えた。


「詳しい話は、明日署で聞かせてください」


『ああ。それまで余計なことは考えるな。今日はゆっくり休め』


「はい。失礼します」


通話を終えると、部屋は再び静寂に包まれた。

その静けさを破るように、インターホンがもう一度鳴る。


――ピンポーン。


田口は小さくため息をつき、玄関へ向かった。


「はい」


インターホン越しに声をかける。

返事はない。


「……どちら様ですか?」


沈黙。


いたずらかと思いながらも、ドアスコープを覗く。

そこには、小柄な少女が立っていた。

見慣れない紺色の制服に身を包み、肩まで伸びた黒髪が夜風に揺れている。

田口は玄関のドアチェーンを外し、ゆっくりとドアを開けた。


「何か用かな?」


少女は田口を見ると、小さく頭を下げた。


「夜分遅くにすみません。私、音無和葉といいます」


落ち着いた口調だった。

年齢は高校生くらいだろうか。

田口は警戒を解かないまま尋ねる。


「それで?」


和葉は一度周囲を見回し、声をひそめた。


「今日、ビルから飛び降りた青年のことで来ました」


その一言で、田口の表情が変わる。


「……君は、あの現場にいたのか?」


「はい。」


和葉は静かにうなずいた。


「私はあの人を、ずっと追っていました」


「追っていた?」


「都市伝説が好きなんです」


あまりにも唐突な言葉に、田口は眉をひそめる。


「ネットでは『何度死んでも現れる青年』って噂されていて……。半分は作り話だと思っていたんです。でも今日、あの人を見つけました」


田口は黙って話を聞いていた。


「青年が飛び降りたあと、あなた必死に追いかけていましたよね」


和葉は田口をまっすぐ見つめる。


「だから、知り合いなんじゃないかと思って」


「それで、ここまで来たのか?」


「はい」


和葉は少し申し訳なさそうに目を伏せる。


「実は……あなたを尾行しました」


あまりにもあっさりとした告白に、田口は思わず苦笑した。


「刑事を尾行するなんて、大した度胸だ」


「すみません。でも、どうしても確かめたかったんです」


和葉の瞳には、好奇心だけではない真剣な色が宿っていた。


「悪いけど、期待しているような話はない」


田口は静かに首を横へ振った。


「俺はあの青年の知り合いじゃない」


和葉は少しだけ目を見開く。


「じゃあ、どうして追いかけていたんですか?」


「刑事だからだ」


田口は昼間の光景を思い返す。


「目の前で人が飛び降りた。確かに地面へ落ちたはずなのに、気づいたら何事もなかったように歩いていた」


言葉を選びながら続ける。


「そんなものを見たら、誰だって追いかける」


和葉はしばらく黙っていたが、やがて肩を落とした。


「……そうですか」


期待が外れたような表情だった。

しかし次の瞬間、その瞳が再び輝き始める。


「でも、刑事さんなんですよね?」


「そうだが」


「だったら、一緒にあの青年のことを調べませんか?」


田口は眉をひそめた。


「私、ネットで都市伝説を何年も調べてきたんです。警察が持っている情報と、私が集めた情報を合わせれば、何かわかるかもしれません」


「…こっちは都市伝説なんかにつきあってる暇なんてない」


和葉は一歩踏み出す。


「お願いします!」


「悪い」


田口は和葉の言葉を遮るように言った。


「今はそれどころじゃない」


低く、疲れのにじんだ声だった。


「俺には今追っている事件がある。今日もそのことで頭がいっぱいなんだ」


和葉は何か言いかける。

しかし田口は首を振った。


「何度も言わせるな。都市伝説ごっこにつきあっている暇はない」


そう言い残し、ドアを閉めようとした、そのときだった。


「待ってください!」


和葉は慌ててポケットから小さく折りたたまれたメモを取り出し、田口の手に押し込んだ。


「もし……気が変わったら連絡してください」


田口は思わずメモに目を落とす。

そこには、丁寧な字で携帯電話の番号と、

『音無和葉』

とだけ書かれていた。


「それじゃ、失礼します」


和葉は深々と頭を下げると、夜道を小走りで去っていく。

街灯に照らされた小さな背中は、やがて闇の中へ溶け込むように見えなくなった。

田口はしばらく玄関先に立ち尽くしていた。


手の中には、一枚のメモ。


「……面倒なことになったな」


小さく呟き、苦笑しながら部屋へ戻る。



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