エピローグ 2
午後4時ごろ。
田口と和葉は、京が収容されている特別収容施設を訪れていた。
厳重な警備を抜け、面会室へ案内される。
しばらくして扉が開いた。
京がゆっくりと姿を現す。
入院生活のせいか髪は少し伸び、寝ぐせのように乱れていた。
それでも整った顔立ちは変わらず、どこか絵になる雰囲気をまとっている。
椅子に腰を下ろした京へ、田口が口を開いた。
「体はどうだ。もう大丈夫なのか?」
京は小さくうなずく。
「ああ。あんた達は?」
「俺も和葉も大丈夫だ、心配ない。鈴木に関しては謹慎処分でおそらく自宅にいる。
お前の兄については…、知らん」
「そうか。そういえば…一つ、報告がある」
「なんだ?」
田口が尋ねる。
京は自分の左腕についた傷を軽くさすった。
「もう能力は使えなくなった」
「……なに!?」
田口は思わず聞き返す。
「昨日負った傷がまだ左腕に残ってる」
京は苦笑する。
「医者にも検査してもらったけど、もう何も起きない。
どうやら俺は、ただの人間になったらしい」
田口はしばらく黙って京を見つめていた。
「そうか……」
京は腕に残る切り傷へ目を落とす。
「怪我って、こんなに痛ぇんだな」
その言葉には、自嘲にも似た笑みが混じっていた。
「今まで誰かに傷を移してたから、自分の痛みなんてほとんど感じたことがなかった」
京は傷口を軽く押さえ、顔をしかめる。
「普通の人間って、毎回こんな痛みに耐えて生きてたんだな」
田口は静かにうなずく。
「その痛みを知れたなら、この先、お前は俺達と同じ人間として生きていける。
俺はそう思うよ」
京は少し驚いたように田口を見る。
「……同じ人間…か…それも悪くない」
そう言って、目を伏せる京。
二人の様子を見ていた和葉が、おずおずと身を乗り出した。
頬はほんのり赤い。
「その……。私、怒ってませんから」
京は不思議そうに首をかしげる。
和葉はさらに照れくさそうに続けた。
「だから安心してください。と、ところで……。
私の血、おいしかったですか?」
「……」
田口は思わず額を押さえる。
「このバカ……」
京は一瞬きょとんとしたあと、小さく笑った。
「俺は吸血鬼じゃねぇから。
あんたの血の味なんて、わからない」
その言葉に和葉も思わず笑ってしまう。
笑いが収まると、和葉は深呼吸を一つした。
意を決したように京を見つめる。
「あ、あの!実は私……。
ずっと、あなたのことが好きでした!」
面会室が静まり返る。
京は目を丸くしたまま固まる。
「……そうか…」
珍しく困ったように頭をかいた。
しかし、その話にはそれ以上触れず、京は田口へ視線を向けた。
「そういえば。昨日、兄貴が言ってた。
あんたと話がしたいって。電話してやってくれないか」
田口は苦笑しながら胸ポケットから名刺を取り出した。
「何度もあいつに電話したが、つながらない。
この番号で間違いないはずなんだが…」
京は名刺を見るなり、小さく笑う。
「その番号。指でこすってみてくれ」
「こする?」
半信半疑のまま親指で電話番号をなぞる。
すると――。
印刷されていた数字がゆっくりと消え、その下から別の電話番号が浮かび上がった。
「……何だこれは」
田口は目を見開く。
京は肩をすくめた。
「表の番号はフェイク。
本当の番号は、指でこすらないと出てこない。
摩擦熱に反応する特殊なインクを使ってるんだろう」
田口は思わずため息をつく。
「摩擦熱に反応するインクか……。
あいつ、本当に面倒くさい奴だな」
京は小さく笑った。
「ちゃんと伝えたからな」
そう言って席を立つ。
京が歩き出した、そのとき。
「待って!」
和葉が慌てて立ち上がり、京が振り返る。
「告白の返事は……?」
京はしばらく和葉を見つめていた。
やがて、少しだけ口元を緩める。
「俺は…」
一拍置いて続けた。
「蛙の面に水って言葉を体現したような女は苦手だ」
そう言い残し、京は静かに面会室を後にした。
扉が閉まる。
和葉は呆然と立ち尽くしたまま田口を見る。
「……あれって。ダメってこと???」
田口は苦笑しながら肩をすくめた。
「さあな」




