エピローグ 3
収容施設を後にした田口は、和葉を自宅まで送り届ける。
「田口さん!今日はありがとうございました!」
和葉は笑顔で手を振る。
「また連絡するね!」
「ああ」
田口は軽く手を上げると、和葉の姿が家の中へ消えるのを見届けた。
静かになった住宅街。
田口は胸ポケットから一枚の名刺を取り出す。
京に教えられた本当の電話番号。
「……まったく」
苦笑しながら番号を押す。
数回の呼び出し音のあと、電話がつながった。
『もしもし?』
聞き慣れた穏やかな声だった。
「もしもし?じゃない」
田口が呆れたように笑う。
「京から話は聞いたぞ。お前、今どこにいる?」
電話の向こうで小さく笑う気配がした。
『あなたの後ろですよ』
「……はぁ?」
田口は勢いよく振り返る。
街灯の下。
黒いコートを羽織った朝日零が、穏やかな笑みを浮かべて立っていた。
「お前……。ずっと俺を尾行してたのか」
零は肩をすくめる。
「こんな分かりやすい尾行にも気付かないなんて…田口さん。
あなた、それでも刑事ですか?」
「お前な……」
田口は深いため息をつく。
「話って何だ。俺をからかうためだけに呼び出したのか?」
零は笑みを消した。
そして、田口の前へ歩み寄る。
静かに頭を下げる。
「ありがとうございました」
深々と頭を下げたまま動かない。
田口は戸惑う。
「……おい。顔を上げろ」
零はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「田口さん。あなたがいなければ、今頃、どうなっていたかわかりません…。
弟を止めてくださり、本当にありがとうございました」
その声は震えていた。
田口は困ったように頭をかいた。
「朝日零。お前には、まだやるべきことがあるだろ」
零が顔を上げる。
田口は真っすぐ零を見つめた。
「俺に感謝してる暇があるなら、一人でも多くの人を助けろ。
それがお前にできる罪滅ぼしだ。そうだろ?」
零は一瞬目を丸くした。
次の瞬間、ふっと笑みを浮かべる。
そして突然、田口の肩をつかんだ。
「田口さん」
その表情は真剣だった。
「あなたと私にしか解決できない未解決事件があります。
協力してくれますよね?」
田口は苦笑する。
「俺には俺の仕事がある。そう簡単には――」
「大丈夫です」
零は最後まで言わせなかった。
「もう中村さんには話をつけています」
「……は?」
田口は思わず間の抜けた声を漏らす。
「お前……。最初からそのつもりで俺に会いにきたのか?」
零は悪戯が成功した子どものように微笑む。
「そうですよ。何か問題でも?」
田口は大きくため息をついた。
「本当に面倒くさい探偵だな」
「よく言われます」
二人は顔を見合わせる。
そして、どちらからともなく歩き出した。
刑事と探偵。
立場は違っても、目指すものは同じだった。
まだ誰も知らない新たな未解決事件が、二人を待っている。
それを告げるように、夕日は静かに沈んでいくのだった。




