23
日が沈み、空は暗い色に染まっていた。
僅かな街灯が街外れにある廃墟を照らしていた。
崩れかけたコンクリートの建物の手前、二つの足音が響く。
田口と朝日零だった。
建物の奥へ進むと、一台の車が停まっている。
その前には鈴木と京が並んで立っていた。
鈴木は二人を見ると、小さく笑う。
「……来ると思ってました」
田口は周囲を警戒しながら口を開く。
「鈴木、お前、わざとGPSを外さなかったのか」
鈴木は静かにうなずく。
「ええ。田口さんなら、きっと追ってくると思ってました」
「和葉はどこだ」
田口が言った。
鈴木は停めてある車へ目を向ける。
「いま車の中にいます。彼女はいま睡眠薬で眠らせてあるだけです…」
田口は急いで車内を確認する。
後部座席では和葉が静かに眠っていた。
その姿を見て、田口は安堵の息を漏らした。
そして、再び鈴木へ向き直る。
「……お前の目的は何だ?」
鈴木はしばらく黙っていた。
やがて静かに話し始める。
「田口さん。僕、養護施設で育ったんです」
田口は口を閉ざし鈴木の声に耳を傾ける。
「母親みたいに慕ってた寮母さんがいました。
でも、施設で働いてた男に殺された。
警察は犯人を追ってた。でも、なかなか捕まらなかった。
それでも、僕は…!一人で犯人を探した。そのとき京と出会ったんです」
鈴木は京を見つめる。
「京は能力を使って、犯人を殺してくれました。
僕にとって京は、初めてできた親友なんです」
田口は黙って聞いている。
鈴木は続けた。
「だから僕は、京を守りたい。
法で裁けない悪人を消せる力があるなら、その力は必要なんです。
田口さん!今日見たことも聞いたことも、全部忘れて、刑事を…辞職してください」
鈴木が地面に手をついて懇願する。
「お願いします!そうすれば、誰も傷つかない!」
田口は首を横に振る。
「断る」
鈴木の表情が曇る。
「……なら。京が和葉さんを殺すことになりますよ…」
その言葉に零が一歩前へ出た。
「京!殺人犯以外には絶対に手を出さない。それが僕との約束だったはずだ!」
京はゆっくりと零に歩み寄り、スマートフォンを取り出し、
画面を零へ向けた。
『俺はこれから好きに生きていく』
新しい文字が表示される。
『誰の指図も受けない』
さらに。
『お前の指図にもな』
零は言葉を失う。
京はスマートフォンをしまうと、自分の舌を強く噛もうと口を大きく開けた。
「京!」
零が叫ぶ。
しかし、その前に田口が飛び出した。
そのまま迷うことなく田口は京の口へ腕を差し込む。
「っ…!!!!!」
鋭い痛みが走る。
京の歯が田口の腕へ深く食い込んだ。
鮮血が地面へ滴り落ちる。
田口は顔をしかめながら叫ぶ。
「舌を噛んで、和葉を殺すつもりか!ふざけるな!!!」
京は田口の腕を離した。
口元には血が滲んでいる。
その血を舌でゆっくりと舐める。
そして――。
突然、腹の底から笑い声を響かせた。
「……はは。ははははっ!」
誰もが凍り付く。
京が笑っている。
それだけではない。
「やっと……」
京は自分の喉へ手を当てる。
「声が出る」
低く、かすれた声だった。
鈴木が目を見開く。
「京……、話が違う。彼女は傷つけず、脅すだけだっただろ!」
京はゆっくり鈴木へ歩み寄る。
肩へ手を回し、親しげに囁いた。
「あいつが死ねば」
京は田口を見据える。
「全部うまくいく。俺に任せろ」
「やめろ!」
鈴木が京の腕をつかむ。
「そんなことのために連れてきたんじゃない!」
次の瞬間。
京は無言で鈴木の腹を思い切り蹴り上げた。
「がっ……!」
鈴木は数メートル吹き飛び、地面へ崩れ落ちる。
腹を押さえ、苦しそうに息をする。
京はゆっくりと前へ出た。
その瞳には、これまでの静けさはもうなかった。
「どいつもこいつも……」
低い声が廃墟に響く。
「俺は、お前らの道具じゃねぇんだよ!!」




