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藁人間  作者: Yem
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19/25

19

古びたアパートの前。

誰も口を開こうとしなかった。


和葉は頬を押さえたまま、まだ頬の痛みに顔をしかめている。

田口は、部屋の中で起きた出来事を理解できずにいた。


数分後。

アパートの扉が静かに開くと、朝日零が一人で姿を現した。

朝日は扉に鍵を掛けると、ゆっくりと三人のもとへ歩いてくる。

その表情は相変わらず穏やかだったが、先ほどまでの柔らかな笑みは消えていた。


「彼は?もう、襲ってきたりしませんよね?」


鈴木が零に尋ねる。


「ええ」


零は短く答えた。


「心配はいりません」


そして三人を見渡し、落ち着いた口調で続ける。


「鈴木さん。彼女を病院までお願いします」


鈴木はすぐにうなずいた。


「わかりました」


零は今度は田口へ視線を向ける。


「田口さん。あなたに話さなければならないことがあります」


一拍置き、静かに言った。


「僕と一緒に来てください」


田口は思わず和葉を見る。


「……しかし、和葉が」


零は小さく首を横へ振った。


「命に別状はありません。今は、あなたに知ってもらわなければならないことがあります」


その言葉には、不思議な説得力があった。


田口は迷った末、小さく息を吐く。


「……わかった」


鈴木がすぐに口を開く。


「田口さん。彼女のことは僕に任せてください。必ず病院へ連れて行きます」


田口は鈴木を見つめ、小さくうなずいた。


「ああ。頼む」


鈴木は和葉を支えながら田口の車へ乗せる。

和葉は不安そうな表情で田口を見た。


「田口さん……、田口さんは何も悪くないよ、だから自分を責めないで…」


田口が俯きながら

「いや、俺がもっと考えて行動していれば…、すまない…和葉」

そう言ってドアを閉める。


鈴木は軽く会釈すると、車を発進させる。

車は住宅街の角を曲がり、ゆっくりと見えなくなった。

その様子を見届けると、零が静かに歩き出す。


「こちらです」


アパートの近くに停められていた黒いセダンの前で立ち止まり、助手席のドアを開けた。

田口は無言のまま乗り込む。

零も運転席へ座り、静かにエンジンを始動させた。

車内にはラジオも音楽も流れていない。

聞こえるのはエンジン音だけだった。

近隣住民であろう人達がちらほらと姿を見せ始め、田口達へ視線を向けた。


零は「少し移動します」と車を発進させる。

田口は何度か口を開こうとしたが、零は前だけを見つめ、一言も話さない。

やがて車は街中を抜け、高層マンションの地下駐車場へ入っていく。

ゆっくりと車を停めると、零はエンジンを切った。


地下駐車場は静まり返り、人気はない。

コンクリートの柱が等間隔に並び、蛍光灯の白い光だけが二人を照らしていた。

零はハンドルから手を離し、静かに田口のほうを向く。


「ここなら、誰にも聞かれません」


そう告げると、ゆっくりと息をついた。


「田口さん。これから、あなたにすべてを話します」




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