18
京がスマートフォンでゆっくりと文字を打ち始めてから数秒後、画面を三人へ向けた。
『そんなに知りたければ教えてやる』
続けて、もう一文が表示される。
『その目で確かめろ』
「どういう意味だ……?」
田口が問いかけても、京は何も答えない。
静かに立ち上がると、すっと和葉の前まで歩み寄った。
「えっ?」
和葉が戸惑う。
次の瞬間。
京は和葉の手首をそっとつかんだ。
「ちょっ……」
和葉が反応するより早く、京は小さな刃物で和葉の腕に浅い切り傷をつける。
「痛っ!」
赤い血がにじむ。
京はその血を指先ですくい、そのまま静かに舐めた。
「なっ……!」
鈴木が息をのむ。
「お前!!!」
田口は反射的に京へ駆け寄り、怒りのまま拳を振るう。
鈍い音が部屋に響き、京は床へ倒れ込んだ。
その瞬間だった。
「痛い!!!」
和葉が突然、自分の頬を押さえてうずくまる。
「い、痛いよ……!」
田口の動きが止まる。
「……どういうことだ?」
京を殴ったはずなのに。
なぜ和葉が痛がっている。
田口は状況を理解できなかった。
部屋に重い沈黙が流れる。
――ガチャ。
玄関の扉が静かに開いた。
全員が一斉に振り向く。
そこに立っていたのは、朝日零だった。
室内を一目見ただけで、何が起きたのか察したように小さく息をつく。
「……最悪だ」
朝日零は倒れている京と、頬を手で押さえる和葉、そして呆然と立ち尽くす田口たちへ順番に視線を向ける。
「説明は後です」
穏やかな口調だったが、その声には迷いがなかった。
「皆さん今すぐ、この部屋から出てください」
その真剣な表情に、田口は反論できなかった。
鈴木が和葉の肩を支える。
「立てますか?」
「う、うん……」
和葉は痛みに顔をしかめながら小さくうなずく。
田口は最後に一度だけ京を見た。
京は床に倒れたまま、静かに田口を見つめ返している。
その瞳には怒りも苦しみもなく、どこか諦めにも似た色だけが浮かんでいた。
三人は朝日零に促されるまま部屋を出る。
古びたアパートの階段を下り、外の空気を吸った瞬間、張りつめていた緊張が少しだけほどけた。
だが、田口の胸には一つの疑問だけが強く残っていた。
――なぜ京を殴ったはずなのに、和葉が痛みを感じたのか。




