16
三人は古びたアパートの鉄階段をゆっくりと上っていく。
階段は一歩踏み出すたびに、ぎしり、と鈍い音を立てた。
二階へ着くと、和葉は迷うことなく廊下の一番奥を指差す。
「あっちです」
田口は廊下の一番奥にある部屋の前へ立つ。
表札はない。
郵便受けにも名前は記されておらず、人が暮らしている痕跡はほとんど感じられなかった。
耳を澄ませても、生活音一つ聞こえない。
まるで空き部屋のような静けさだった。
田口はインターホンを押す。
――ピンポーン。
返事はない。
もう一度押す。
――ピンポーン。
やはり反応はない。
三度目。
――ピンポーン。
沈黙だけが廊下に流れる。
「留守なのでは?」
鈴木が小声で言う。
田口はしばらく玄関を見つめていたが、小さく息を吐いた。
「……出直すか」
三人が踵を返しかけた、そのときだった。
――ガチャ。
静かな音とともに、玄関の扉がゆっくりと開いた。
姿を現したのは、一人の青年だった。
寝起きなのだろう。
黒髪は少し乱れ、眠たそうに目を細めている。
その顔を見た瞬間――。
「……」
田口は言葉を失った。
青年は朝日零に、あまりにもよく似ていた。
違うのは表情だけだった。
朝日のような人懐っこい笑みはなく、感情の読めない静かな眼差しをしている。
田口は気を取り直し、警察手帳を見せた。
「警察だ。少し聞きたいことがある。時間をもらえないか?」
青年は何も答えない。
田口の顔を数秒見つめると、ゆっくりと体を横へずらした。
開いたままの玄関。
そして、そのまま無言で部屋の奥へ歩いていく。
まるで――
【入れ】
そう背中で語っているかのようだった。
田口が部屋の中へと入っていく。
鈴木と和葉、二人も田口の後をついていくように
靴を脱ぎ、静かに部屋へ足を踏み入れた。
室内は意外なほど整然としていた。
床には物一つ落ちておらず、掃除も行き届いている。
生活感はあるのに、不思議と人の温もりを感じない。
リビングの壁一面には、大きな本棚が据え付けられていた。
文学、小説、歴史書、医学書、哲学書……。
分野を問わず、ぎっしりと本が並べられている。
その圧倒的な蔵書量に、和葉は思わず息をのんだ。
「……すごい」
青年は何も言わず、本棚の前を通り過ぎる。
静かな部屋には、壁掛け時計の秒針だけが規則正しく時を刻んでいた。




