13
鈴木と別れた田口は、夜遅く自宅へ戻った。
スーツを脱ぎ、ソファへ腰を下ろしたところで、不意にインターホンが鳴る。
――ピンポーン。
「……またか」
田口は思わず苦笑した。
「どうせ、あいつだ…」
そう呟きながら玄関へ向かい、ドアを開ける。
そこには予想どおり和葉が立っていた。
しかし、いつもと様子が違う。
和葉は肩で大きく息をし、額には汗がにじんでいる。
「お、おい。大丈夫か?」
和葉は何度もうなずくが、息が整わない。
「待て、とりあえず……」
田口は玄関を開ける。
「中に入れ」
リビングへ案内すると、和葉はソファへ座り込んだ。
田口は冷蔵庫から冷えた水を取り出し、コップへ注いで差し出す。
「ほら」
「ありがとうございます……」
和葉は一気に飲み干し、大きく息を吐いた。
ようやく落ち着きを取り戻した様子だった。
田口は正面へ腰を下ろす。
「それで。一体何があった?」
和葉は真剣な表情になる。
「ヤバい映像が撮れちゃったんです」
そう言って、スカートのポケットからスマートフォンを取り出し、動画を再生する。
「これ、見てください」
田口は画面へ目を向けた。
映像には、公園のベンチが映っている。
少し離れた場所から撮影されたものらしく、画質はそれほど鮮明ではない。
だが、一人の青年の姿だけははっきり確認できた。
青年は黒い服をまとい、静かに本を読んでいる。
その整った横顔は――。
朝日零だった。
「ほら!」
和葉が興奮気味に言う。
「ヤバいでしょ!?最初、芸能人でもいるのかと思っちゃって!
それで動画を撮ったんです」
田口は無言のまま画面を見つめる。
「ビルから飛び降りた青年!つまり!これって朝日さん…だよね?」
「……」
「今日のお昼に急いで撮ったんだけど、結構きれいに撮れてません?」
その言葉に、田口の表情が変わる。
「……待て」
和葉が首をかしげる。
「え?」
「今、何て言った?」
「芸能人かと思ったって……」
「違う」
田口は遮る。
「今日の昼に撮ったって言ったな」
「そう…だけど」
「何時だ?」
和葉はスマートフォンを見つめる。
「えっと……お昼の、二時くらいだったかな」
少し考え込み、首を振る。
「あ、違う。えっと。動画の記録だと……午後三時三十分です」
その瞬間だった。
田口はポケットからスマートフォンを取り出し、鈴木へ電話をかける。
数回の呼び出し音のあと、鈴木が出た。
『はい、鈴木です』
「鈴木!」
「今日、遺体安置所で朝日と会ったのは何時だ?」
『え……?』
突然の質問に戸惑いながらも、鈴木はすぐに答えた。
『朝日さんが僕らの前に現れた時…、警察署の時計では、午後三時二十八分でした』
「……そうか。わかった、ありがとう」
電話を切る。
田口の顔から血の気が引いていく。
ほぼ同じ時刻。
一方は遺体安置所。
もう一方は公園。
今日の午後三時三十分、朝日は確かに警察署にいた。
一人の人間が、同時に二つの場所へ存在できるはずがない。
「田口さん……?」
不安そうな和葉の声も耳に入らない。
田口はゆっくりと和葉からスマートフォンを受け取り、動画を停止した。
画面に映る青年の横顔。
朝日によく似ている。
いや――。
決定的に何かが違う。
田口は食い入るように画面を見つめ、小さく呟いた。
「ビルから飛び降りたのは、朝日じゃない……」
さらに画面を拡大する。
「……こいつだ」




