12
冷たい照明に照らされた遺体安置室。
無機質なステンレス製の台の上には、強盗殺人事件の犯人とされる男が静かに横たわっていた。
鈴木は遺体を目にした瞬間、表情をこわばらせる。
「……っ」
顔色がみるみる青ざめていく。
田口はその様子に気づき、小さく声をかけた。
「無理しなくていい。お前は外で待ってろ」
鈴木は深呼吸を一つして首を横に振る。
「大丈夫です」
そう答えながらも視線は朝日へ向けられていた。
「もし僕が出ていったら……」
鈴木は小さな声で続ける。
「あの人が田口さんに何をするかわからない」
朝日はその言葉を聞くと、肩をすくめて笑った。
「ひどいなあ」
そして田口の手にある白い模型を指差す。
「さあ、そのおもちゃで傷口の大きさを合わせてみないと、田口さん」
田口は朝日を鋭く睨む。
「……黙れ」
静かに模型のナイフを持ち上げると、遺体の刺し傷へ慎重に近づけた。
室内に緊張が走る。
ゆっくりと刃先を傷口へ合わせる。
そして――。
模型のナイフは、まるでその傷を付けるために作られたかのように、ぴたりと収まった。
鈴木が息をのむ。
「一致……した」
田口はゆっくりと朝日へ振り返る。
「…この男を殺したのは、お前か?朝日」
朝日は静かに首を横へ振った。
「言いがかりはやめてください」
穏やかな口調は崩れない。
「僕が持っていたナイフは、事件現場に落ちていたものです。
しかも、どこでも売っているような、ごく普通のナイフ」
朝日は苦笑する。
「それをわざわざ持ち出して容疑者と思われる男を殺した、と?
一体、どうやって?」
田口は何も答えない。
朝日はため息混じりに続けた。
「田口さん…。あなた、本当に刑事ですか?」
その一言に、室内の空気が凍りつく。
鈴木が一歩前へ出た。
「あっあなたが持っていたナイフは、昨日確かに田口さんが鑑識へ提出しました。
なのに記録ごと消えていた。警察署の中の誰かが隠蔽したとしか思えません!
あなたがナイフを隠蔽するよう上層部に指示を出した!違いますか!?」
朝日は鈴木を見つめ、少し考えるように顎へ手を当てた。
「なるほど。それなら……」
朝日は田口へ視線を戻す。
「捜査一課の中村さんが犯人なんじゃないですか?」
その瞬間だった。
「ふざけるな!」
田口が朝日の胸ぐらを掴み、壁へ押しつける。
「中村さんが犯人なわけないだろ!」
朝日の笑みが少しだけ消える。
しかし抵抗はしなかった。
「田口さん!」
鈴木が慌てて二人の間へ割って入る。
「落ち着いてください!!」
その言葉で、田口ははっと我に返る。
掴んでいた手をゆっくりと離す。
朝日は乱れた襟元を整え、小さく息を吐いた。
「……少し挑発しすぎました」
静かな声だった。
「その点は謝ります」
朝日は乱れた襟元を整えると、小さく肩をすくめた。
「一つだけ言っておきます」
田口と鈴木は黙って朝日を見る。
「仮に――」
朝日は穏やかな笑みを浮かべたまま続ける。
「仮に僕が犯人だったとしても…。
誰一人として僕を捕まえることはできない」
静かな口調だった。
だからこそ、その言葉は遺体安置室の冷たい空気に深く染み込んでいく。
「……」
田口は何も言い返せない。
朝日は二人の横をすり抜け、出口へ向かう。
扉の前で一度だけ立ち止まると、振り返ることなく言った。
「また会いましょう」
静かに扉が閉まる。
残されたのは重苦しい沈黙だけだった。
◇
帰り道。
車内にはエンジン音だけが響いていた。
しばらく沈黙が続いたあと、田口が口を開く。
「一つ、わかったことがある」
鈴木が助手席の窓から田口の方へと視線を移す。
「なんですか?」
「今回も犯人と思われる男は、事件が解決する前に殺された」
田口は前を見据えたまま続けた。
「逆に言えば。犯人が殺される前に身柄を確保できれば、何か見えてくるかもしれない」
鈴木は腕を組み、しばらく考え込む。
やがて何かを思いついたように顔を上げた。
「だったら。犯人が確保されたら、僕は朝日零を監視します。
もし彼が容疑者を殺した犯人なら、何か決定的な動きを見せるはずです」
田口はすぐに首を横へ振った。
「いや」
「朝日を監視するのは俺だ」
「え?」
「お前は容疑者の監視に回れ」
「俺は朝日を見つけ次第尾行して、二十四時間体制で見張る」
鈴木は戸惑った。
「でも……。あの人、危険ですよ。
それに、田口さん、また怒りに任せてなにかするんじゃ…」
田口は小さく笑った。
「心配するな。あいつに挑発されて取り乱したりは、もうしない」
その目には、先ほどまでの怒りはなかった。
あるのは刑事としての冷静さだけだった。
鈴木はしばらく田口を見つめていたが、やがて諦めたように息を吐く。
「……わかりました。容疑者の監視は僕がやります。任せてください」
鈴木の言葉に田口は静かにうなずいた。




