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藁人間  作者: Yem
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12/28

12

冷たい照明に照らされた遺体安置室。

無機質なステンレス製の台の上には、強盗殺人事件の犯人とされる男が静かに横たわっていた。

鈴木は遺体を目にした瞬間、表情をこわばらせる。


「……っ」


顔色がみるみる青ざめていく。

田口はその様子に気づき、小さく声をかけた。


「無理しなくていい。お前は外で待ってろ」


鈴木は深呼吸を一つして首を横に振る。


「大丈夫です」


そう答えながらも視線は朝日へ向けられていた。


「もし僕が出ていったら……」


鈴木は小さな声で続ける。


「あの人が田口さんに何をするかわからない」


朝日はその言葉を聞くと、肩をすくめて笑った。


「ひどいなあ」


そして田口の手にある白い模型を指差す。


「さあ、そのおもちゃで傷口の大きさを合わせてみないと、田口さん」


田口は朝日を鋭く睨む。


「……黙れ」


静かに模型のナイフを持ち上げると、遺体の刺し傷へ慎重に近づけた。

室内に緊張が走る。

ゆっくりと刃先を傷口へ合わせる。

そして――。


模型のナイフは、まるでその傷を付けるために作られたかのように、ぴたりと収まった。

鈴木が息をのむ。


「一致……した」


田口はゆっくりと朝日へ振り返る。


「…この男を殺したのは、お前か?朝日」


朝日は静かに首を横へ振った。


「言いがかりはやめてください」


穏やかな口調は崩れない。


「僕が持っていたナイフは、事件現場に落ちていたものです。

しかも、どこでも売っているような、ごく普通のナイフ」


朝日は苦笑する。


「それをわざわざ持ち出して容疑者と思われる男を殺した、と?

一体、どうやって?」


田口は何も答えない。

朝日はため息混じりに続けた。


「田口さん…。あなた、本当に刑事ですか?」


その一言に、室内の空気が凍りつく。

鈴木が一歩前へ出た。


「あっあなたが持っていたナイフは、昨日確かに田口さんが鑑識へ提出しました。

なのに記録ごと消えていた。警察署の中の誰かが隠蔽したとしか思えません!

あなたがナイフを隠蔽するよう上層部に指示を出した!違いますか!?」


朝日は鈴木を見つめ、少し考えるように顎へ手を当てた。


「なるほど。それなら……」


朝日は田口へ視線を戻す。


「捜査一課の中村さんが犯人なんじゃないですか?」


その瞬間だった。


「ふざけるな!」


田口が朝日の胸ぐらを掴み、壁へ押しつける。


「中村さんが犯人なわけないだろ!」


朝日の笑みが少しだけ消える。

しかし抵抗はしなかった。


「田口さん!」


鈴木が慌てて二人の間へ割って入る。


「落ち着いてください!!」


その言葉で、田口ははっと我に返る。

掴んでいた手をゆっくりと離す。

朝日は乱れた襟元を整え、小さく息を吐いた。


「……少し挑発しすぎました」


静かな声だった。


「その点は謝ります」


朝日は乱れた襟元を整えると、小さく肩をすくめた。


「一つだけ言っておきます」


田口と鈴木は黙って朝日を見る。


「仮に――」


朝日は穏やかな笑みを浮かべたまま続ける。


「仮に僕が犯人だったとしても…。

誰一人として僕を捕まえることはできない」


静かな口調だった。


だからこそ、その言葉は遺体安置室の冷たい空気に深く染み込んでいく。


「……」


田口は何も言い返せない。

朝日は二人の横をすり抜け、出口へ向かう。

扉の前で一度だけ立ち止まると、振り返ることなく言った。


「また会いましょう」


静かに扉が閉まる。

残されたのは重苦しい沈黙だけだった。



    ◇



帰り道。

車内にはエンジン音だけが響いていた。

しばらく沈黙が続いたあと、田口が口を開く。


「一つ、わかったことがある」


鈴木が助手席の窓から田口の方へと視線を移す。


「なんですか?」


「今回も犯人と思われる男は、事件が解決する前に殺された」


田口は前を見据えたまま続けた。


「逆に言えば。犯人が殺される前に身柄を確保できれば、何か見えてくるかもしれない」


鈴木は腕を組み、しばらく考え込む。

やがて何かを思いついたように顔を上げた。


「だったら。犯人が確保されたら、僕は朝日零を監視します。

もし彼が容疑者を殺した犯人なら、何か決定的な動きを見せるはずです」


田口はすぐに首を横へ振った。


「いや」


「朝日を監視するのは俺だ」


「え?」


「お前は容疑者の監視に回れ」


「俺は朝日を見つけ次第尾行して、二十四時間体制で見張る」


鈴木は戸惑った。


「でも……。あの人、危険ですよ。

それに、田口さん、また怒りに任せてなにかするんじゃ…」


田口は小さく笑った。


「心配するな。あいつに挑発されて取り乱したりは、もうしない」


その目には、先ほどまでの怒りはなかった。

あるのは刑事としての冷静さだけだった。

鈴木はしばらく田口を見つめていたが、やがて諦めたように息を吐く。


「……わかりました。容疑者の監視は僕がやります。任せてください」


鈴木の言葉に田口は静かにうなずいた。




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