EP 5
出会いとパンの耳
森を抜け、丸一日歩き続けた良樹とロード(始祖竜)は、ようやく人里へと辿り着いた。
「ハァ、ハァ……見えたでござる。看板に『ポポロ村』と書いてあるでござるな」
(うむ。道中、お前が落ちている魔獣のフンを拾い集める奇行に走ったせいで、ずいぶんと時間がかかったがな)
ロードが呆れたようにテレパシーを送ってくる。
良樹は疲労困憊で反論する気力もなかった。
「ふ、フンではないでござる……これは『善行ポイント(ゴミ拾い)』という名の、明日を生きるための聖戦でござるよ……」
良樹の現在の所持ポイントは、道中のポイ活(物理)の甲斐もあって「350 pt」まで回復していた。
これでいつでも牛丼が出せる。安心感に包まれながら、のどかな村の広場(公園)へと足を踏み入れた――その時だった。
「ウウゥゥゥ……ッ!! 負けない、負けないんだからぁぁっ!!」
公園の片隅から、悲痛な少女の叫び声が聞こえてきた。
見れば、透き通るような白い肌と、海のように美しい青い髪を持つ美少女が、砂まみれになって地面を転げ回っている。
「……モンスターに襲われているでござるか!?」
良樹が慌てて駆け寄ると、そこでは熾烈な生存競争が繰り広げられていた。
美しい少女と、一匹の薄汚れた『野良犬』が、一つのビニール袋を両側から引っ張り合い、本気の綱引き(ステゴロ)をしているのだ。
「ダメぇぇぇ! それは近所のパン屋のおばちゃんからタダで貰った、私の大事な『パンの耳』ですぅぅ! 今週の命綱なんだから、離しなさいこの駄犬ーッ!!」
「ヴゥゥゥゥッ!!」
美少女と野良犬による、パンの耳を懸けた血で血を洗う死闘。
あまりにも悲しすぎる光景に、良樹は言葉を失った。
(……おい、良樹。ホッブズは『リヴァイアサン』にて「万人の万人に対する闘争」を説いたが……まさかパンの耳一つで人間の生存本能の極致を見ることになるとはな)
「ロード殿、今は哲学してる場合じゃないでござる!」
良樹は黒コートを翻し、野良犬と少女の間に割って入った。
「そこまででござる! 闇の眷属(ただの犬)よ、そのか弱き乙女から手を……いや、牙を離すでござる!」
良樹がビシッと指を差すと、野良犬は「チッ、人間が来たか」というような顔をして、パンの耳から口を離し、スタコラサッサと逃げていった。
「ああっ! 私のパンの耳が泥まみれに……!」
少女は泥にまみれたパンの耳を拾い上げ、絶望したようにへたり込んだ。
よく見れば、彼女の服は絶妙にダサい(おそらく古着の詰め放題)が、顔の造形は信じられないほど整っている。まさに絶世の美少女だ。
「だ、大丈夫でござるか? 拙者は漆黒の魔闘剣士、佐須賀良樹――」
「はっ!」
良樹が名乗ろうとした瞬間、少女はバッと立ち上がり、泥を払って「キリッ」とした笑顔を作った。
「み、見苦しいところを見せちゃったねっ☆ こんりーざ! 私は絶対無敵のスパチャアイドル、リーザだよっ! 助けてくれてありがとう、お兄さん!」
「あ、アイドルでござるか?」
異世界にアイドルという概念があることに驚きつつ、良樹は泥まみれのパンの耳を指差した。
「でもお前、それ……」
「ち、違うの! これはアイドルとしての過酷なロケ……そう! サバイバル企画の最中だったんですぅ! ア、アイドルはファンからのスパチャ以外の施しは受けないんだからっ!」
リーザが必死に虚勢を張った、その直後だった。
『ギュルルルルルルルルゥゥゥゥゥゥッ!!』
村中に響き渡らんばかりの、凄まじい腹の虫の音が鳴り響いた。
リーザは顔を真っ赤にして、お腹を押さえてしゃがみ込んだ。
「うぅ……朝から公園の雑草サラダしか食べてないから……限界ですぅ……」
(哀れな。見栄と食欲の狭間で揺れるとは、人間とは業の深い生き物だ)
「ロード殿は黙ってるでござる」
良樹は、震える少女を見て深い溜息をついた。
(……仕方ないでござるな。中二病の拙者としても、腹を空かせた美少女を見捨てるのは騎士道に反するでござる)
良樹は空中のパネルを操作し、ポイントを消費した。
「我が魔力よ、慈愛の糧となりて顕現せよ! 召喚! 『特盛牛丼・豚汁・生卵セット』!!」
カァァァァッ!
光と共に、公園のベンチの上に神々しいお盆が出現した。
立ち昇る、醤油と牛肉が煮込まれた暴力的な匂い。湯気を上げるアツアツの豚汁。
「な、なんですかこの、金貨100枚くらいしそうな信じられないほど良い匂いは……っ!?」
リーザが弾かれたように顔を上げた。
青い瞳が、牛丼の肉の照りに釘付けになっている。
「食うが良いでござる。これは拙者からファンとしての……そう、『スパチャ(投げ銭)』でござるよ」
良樹がニヤリと笑って告げると、リーザの瞳からポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「ス、スパチャ……! ありがとぉぉぉございますぅぅぅ!!」
リーザはベンチに飛びつき、箸を握りしめた。
そこからはもう、アイドルの尊厳など欠片もない、ただの野生動物の食事風景だった。
「はふっ! はむっ! お、お肉が柔らかい! 甘い! 美味ひぃぃぃ!! 豚汁もあったかいよぉぉぉ!」
涙と鼻水を流しながら、特盛の牛丼をブラックホールのように胃袋へ吸い込んでいく。
そのあまりの勢いに、良樹はドン引き……いや、圧倒されていた。
「す、すごい食べっぷりでござるな……」
(あれは完全に『飢え』を知っている者の食い方だ。パンの耳を巡って犬と闘うのも納得の野性味だな)
ものの数分で、牛丼も豚汁も一滴残らず完食したリーザ。
彼女は「ぷはぁーっ!」と息を吐き、満面の笑みで良樹へと向き直った。
そして――地面に両膝をつき、完璧なフォームで土下座をした。
「……えっ?」
「一生ついていきます! ダーリン(スポンサー)!!」
「ダ、ダーリン!?」
「私、歌えます! 踊れます! 交番で反復横跳びしてカツ丼貰うのも得意です! だから、だから明日もこの『牛丼』ってやつを食べさせてくださいぃぃ!!」
すがりついてくる美少女(人魚姫)の顔は、あまりにも必死だった。
(……やれやれ。お前、とんでもない貧乏神を拾ったな)
「ロード殿! 人ごとのように言ってないで助けてほしいでござるよぉぉ!」
こうして、小心者の中二病男と、哲学竜による『サスガ屋』のパーティに、底辺ポイ活地下アイドルのリーザが加わったのだった。




