EP 5
最強執事と守銭奴の裏工作
「た、大変でござる! 村長殿! 宰相殿ォォ!」
ポポロ村、村長宅の執務室。
バンッ! と勢いよくドアを開け放ち、良樹が血相を変えて転がり込んできた。彼の手には、画面が真っ赤なエラー表示で点滅している『魔導通信石』が握られている。
「どうしたの、良樹さん? 今、ちょうどおやつの時間なんだけど」
ソファでは、キャルルが優雅に人参ケーキを頬張っていた。
「おやつを食べてる場合じゃないでござる! 先ほど、サスガ屋のタロウ・ペイ口座が突然凍結されたんでござるよ! それだけじゃない、ポポロ村に出入りするゴルド商会の定期便も全便運休、さらに魔導通信網までハッキングされて繋がりにくくなってるでござる!」
良樹の悲鳴に、キャルルがピタッとフォークを止めた。
「昨日、泣きながら逃げ帰った三大国の役人の上層部が、報復としてポポロ村に【流通遮断とサイバー攻撃(経済制裁)】を仕掛けてきたんでござるよ! このままでは兵糧攻めで村が干上が――」
「良樹様。お静かに」
パニックに陥る良樹の声を遮ったのは、氷のように冷たく、それでいて心地よいバリトンボイスだった。
執務机の奥。そこには、純白の手袋をはめた人狼族の宰相、リバロンが立っていた。彼は慌てる素振りなど微塵も見せず、最高級のティーカップに、琥珀色の紅茶を美しく注ぎ入れている。
「……おや。どうやら、小バエが村の結界に迷い込んだようですね」
「小バエってレベルじゃないでござるよ! 国家レベルの妨害工作でござる!」
「アホやなぁ、店主はんは」
今度は、執務机の上に胡座をかいていた猫耳族の財務担当、ニャングルが呆れたように笑った。
彼は紫煙をくゆらせながら、膝の上の算盤と、数台の魔導タブレットを同時に操作している。
「わいら(ポポロ村)を相手に経済戦争を仕掛けるとか……飛んで火に入る夏の虫やで。なぁ、リバロンはん?」
「ええ。紅茶が冷める前に、少々『大掃除』を済ませてしまいましょうか」
リバロンは懐から一枚の『名刺』を取り出し、指先で弾いた。
シュパッ!
名刺は空を切り、壁に貼られた三大国の勢力図の、ルナミス帝国第4区(昨日逃げ帰った役人の管轄)のマークに深々と突き刺さった。
「ニャングル殿。先方の攻撃拠点は、ルナミス第4区の裏組織『黒鉄商会』、並びにアバロンのダミー会社『シャドウ・ワークス』と断定。すでに通信ログの逆探知は完了しています」
「さっすが、ルナミス執事検定1級! 仕事が早いわぁ」
ニャングルがニヤリと笑い、算盤の珠を『パチンッ!』と力強く弾いた。
それが、ポポロ村の反撃(という名の蹂躙)の合図だった。
「ほな、わいのユニークスキル【経済封鎖】の裏技、見せたるわ。……まずは、奴らの隠し口座(L-Pay)のハッキング&一時凍結や」
ニャングルの指先が魔導タブレットの上を舞う。
「同時に、奴らのダミー会社が抱えてる先物取引の銘柄に、ゴルド商会のネットワーク使ぉて大規模な『空売り』を仕掛けるで。……ほんでリバロンはん、例のブツ、頼むわ」
「承知いたしました」
リバロンは無表情のまま、手元の魔導通信石を操作した。
「対象組織の『裏帳簿(賄賂の記録)』および『違法奴隷売買の証拠映像』を、ルナミス帝国の内務局(オルウェル卿の直通ライン)、並びに全T-TUBEネットワークに一斉リーク(送信)しました」
「よし! これで完璧や!」
ニャングルが両手を叩いて笑う。
その数分後。良樹の魔導通信石の赤いエラー画面がスッと消え、通常画面に戻ると同時に、大量のニュース速報(プッシュ通知)が鳴り響いた。
『【速報】ルナミス第4区・黒鉄商会に内務局が強制捜査! 幹部を一斉拘束!』
『【悲報】アバロン系ダミー会社、株価が10分で99%暴落! 事実上の倒産へ!』
『【炎上】某役人の裏金疑惑、T-TUBEで証拠動画が拡散中! 1000万再生突破!』
「…………え?」
良樹は、通信石の画面と、優雅に紅茶をすするリバロンを交互に見比べた。
「あの……お二人とも。今、何をしたんでござるか……?」
「ん? あぁ、小バエの羽を毟って、巣ごと燃やしただけやで」
ニャングルは煙管をふかしながら、さも当然のように言った。
「奴らの株が暴落した隙に、底値で全部買い叩いときましたわ。これでまたポポロ村の資産が数十億PGは増えたなぁ。おおきに、おバカな役人さん♡」
「……当村に仇なす者に、慈悲は不要。法と経済のルールに則り、合法的に『社会から抹殺』させていただきました。お口に合いましたか、キャルル様?」
「ふふっ、美味しい紅茶ね、リバロン。お疲れ様」
(こ、こえぇぇぇぇぇっ!!!)
良樹は腹の底から震え上がった。
剣も魔法も使わず、わずか数時間(数ページ)で、他国の裏組織を完全に消し去ったのだ。
物理最強のキャルルやダイヤよりも、ある意味でこの『裏方インテリコンビ』の方が、敵に回してはいけない化け物たちであった。
(――カール・フォン・クラウゼヴィッツは『戦争論』において、「戦争とは他の手段を以てする政治の延長である」と説いたが……)
騒ぎをよそに、窓の外で日向ぼっこをしていたロード(始祖竜)は、心の中で冷ややかに呟いた。
(現代における最強の武力とは、炎のブレスでも鋭い牙でもない。『情報と経済』の掌握による見えざる暴力だな。……やれやれ、この村の防衛網は、すでに神の領域すら超えつつあるわ)
「はぁ……。とりあえず、サスガ屋の仕入れルートは無事に復旧したでござるな。もう心臓に悪すぎるでござるよ……」
良樹が安堵の息を吐き、ポポロ村は再び完全な平和を取り戻した――かに見えた。
しかし。
全てを失い、破産し、後がなくなった「黒鉄商会」の残党(奴隷狩り部隊)が、ヤケを起こしてポポロ村の外れに向かって密かに牙を研いでいることに、この時の良樹たちはまだ気づいていなかった。




