EP 4
ポポロ村のスタンス(全方位型・煽り外交)
「……それで? この村で最近、未登録の巨大な海鮮桶が召喚されたり、天使が空から降ってきたりと、目に余る異常事態が起きているという報告を受けているのだが?」
ポポロ村、村長宅の客間。
ルナミス帝国、アバロン魔皇国、レオンハート獣人王国の「三大国合同査察官」として派遣されてきたエリート役人たちは、ふんぞり返って腕を組んでいた。
彼らの目的はただ一つ。最近異常なほどの経済成長と謎のインフラ整備を進めるこの緩衝地帯(ポポロ村)にイチャモンをつけ、再び自分たちの支配下に置くことだ。
「はて? 異常事態、ですか?」
上座に座る村長のキャルルは、きょとんと首を傾げた。
「私達はただ、農作業をして静かに暮らしている、無害な村人達ですよ〜?」
キャルルは明後日の方向を向きながら、すっとぼけた顔で「ヒュ〜、ヒュ〜♪」と、下手くそな口笛を吹いた。
役人の一人が、ピクッとこめかみに青筋を立てて窓の外を指差した。
「こ、これがどこが無害な村人なのかね!!」
窓の外の広場。
そこでは、紅蓮の鎧を着た令嬢と、麦わら帽子を被った農民たちが、鼻歌を歌いながら『魔導戦車』の装甲をピカピカに磨き、さらには『魔導誘導バズーカ』の砲身のメンテナンスを行っていた。
どう見ても、一国の正規軍を凌駕する重武装である。
「お待たせいたしました。粗茶ですが……」
役人が抗議しようとしたその時、スマートな所作で人狼族の宰相・リバロンが現れ、コトッ……とティーカップを差し出した。
「ふんっ。まあいい、まずは話を……なんだこの茶は! ぬるいぞ!」
役人が『陽薬茶』を口に含んで顔をしかめた。
リバロンは、氷のように冷たく、しかし完璧な執事の笑みを浮かべた。
「ええ。皆様の『頭』がこれ以上沸騰なさらぬよう、あえてぬるくお淹れしました。……さて、査察とのことですが、当村は先日いただいた念書(絶対非課税)通り、法的な問題は一切ございません。それに、わざわざ騎士団を派遣してこんな辺境を潰す『コスト』、割に合いますか?」
「な、なんだと?」
「もしポポロ村を制圧しようものなら、私共は真っ先に【他の2カ国】に救援要請を出します。そうなれば、ここを火種にして、3カ国の全面戦争が勃発しますよ? ……その責任、貴方方のような末端の役人に取れますか?」
完璧な論理と政治的脅迫。
役人たちが絶句した、その時。
「そうそう。それにね……」
キャルルがニコッと笑い、手元のダブルトンファーをクルクルと回した。
「グダグダ言うと、顎、砕いちゃおっかなぁ〜?」
チャキッ……! ガチャッ!
キャルルの言葉に呼応するように、窓の外にいたダイヤや自警団の農民たちが、一斉に魔導ライフルを構え、客間の窓に向けてセーフティを解除した。
「ヒッ……!?」
物理的な死の恐怖に、役人たちの顔からサァッと血の気が引く。
「あぁ、せやせや」
客間の隅から、算盤をカチャカチャと鳴らしながら、猫耳族の財務担当ニャングルが進み出た。
「ポポロ村の独自通貨は『PG』やさかいな。武力やのうて、経済戦争でも通貨戦争でもしまっか? ゴルド商会のネットワーク使ぉて、あんたらの国の札束、マグローザ漁船の『ケツフキのK(紙屑)』にしたろか?」
「け、経済封鎖……っ! 貴様ら、三大国に逆らってタダで済むと――」
「いや〜怖い顔しなさんな! 冗談や、冗談♡ ほら、震えるお口で『ポポロシガー(1本銀貨1枚・有料)』でも吸いなはれ♡」
ニャングルは満面の笑みで、ガタガタ震える役人の口に葉巻をねじ込んだ。
さらに、彼らの息の根を止める追撃が放たれる。
「あ〜っ! 役人さんのイキリ顔、バッチリ撮れてるよ〜♡ 全世界に晒しちゃおっかな〜!」
空中に浮かんだカメラ(魔導通信石)に向かって、T-チューバーの天使・キュララがあざとくピースサインを作った。
「なっ、配信だと!? 止めろ!」
「あ、リスナーの特定班から情報きたよ! この真ん中のおじさん、ルナミス第4区に愛人を囲ってて、隠し子もいるんだってー! うわぁ、サイテー!」
「――――ッ!? な、なぜそれを!」
デジタルタトゥーという名の公開処刑に、役人のリーダーが泡を吹いて白目を剥いた。
「えっ? 最近あの方、酔っ払っておねしょをしたんですか?」
そこに、お茶請けのフルーツを持ってきた天然エルフのルナが、キョトンとした顔で首を傾げた。
「お、おねしょ……?」
「はいっ。窓の外の植物さんたちから垂れ込みがありました! 大きい方もお漏らしして、証拠隠滅のために裏山に埋めて隠してるんですよね? まぁまぁ、なんて可哀想な大人……っ!」
ルナの瞳に、純度100%の『善意の狂気』が宿る。
「大丈夫ですよ! 私の『ハッピー・ドリームちゃん』でキメて、幼児期から教育をやり直しましょうか?」
ポンッ! という音と共に、ヨダレをダラダラ垂らした不気味な幻覚催眠植物が顕現し、触手をウネウネと伸ばして役人の頬をナデナデし始めた。
「ひ、ひぃぃぃぃっ! やめろ! 触るなァァ!」
「おっ、ええ情報や。じゃあ、その恥ずかしい秘密、地下のメインサーバーに『ブラックメール(脅迫材料)』として入力しときますわ。あんたらの弱み、わいら幾らでも握ってまんのやで? パンドラの箱、空けてみるか?♡」
ニャングルが算盤を弾きながら、極悪非道な笑みを深める。
「おじさん、大丈夫ですかぁ?」
そこに、芋ジャージ姿の人魚姫、リーザがひょっこりと顔を出した。
「お漏らししないおまじないの歌、私が歌ってあげましょうか? それとも、『だっぷんだぁおじさん』のステップ、一緒にやりますぅ?」
政治的脅し。
物理的暴力。
経済崩壊の危機。
不倫暴露。
脱糞の暴露。
幻覚麻薬植物。
地下アイドルの奇行。
全ての逃げ道を完全に塞がれ、役人たちの精神はすでに崩壊寸前だった。
だが、最後のトドメは、部屋の最も暗い隅に立っていた『男』によってもたらされた。
――カチッ。
「……っ!」
役人たちが息を呑み、ゆっくりと首を向ける。
そこには、いつの間にか部屋にいた、赤と黒の服を着た巨漢――龍魔呂が、真鍮製のオイルライターに火を灯し、冷たい瞳で役人たちを見下ろしていた。
一言も発していない。
しかし、その男から放たれる圧倒的で、純粋な『死のオーラ』に当てられた瞬間。
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!! 貴様らは、貴様らは悪魔だああああああっ!!」
役人たちは完全に発狂し、靴を履くことすら忘れ、涙と鼻水(と、もしかしたら他の何かも)を撒き散らしながら、ポポロ村から裸足で逃げ出していった。
「あっ、こら! 待つでござる! まだ『ポポロシガー』の代金をもらってないでござるよ!」
部屋の隅で、ずっとガクガクと震えながら事態を見守っていた良樹が、ようやく声を上げた。
「あぁぁっ! 査察官が逃げたでござる! これでサスガ屋も営業停止!? 嫌でござる! 拙者は村長でも宰相でもない、ただの牛丼屋なんでござるよぉぉ! 僕アルバイトォォォォォォ!!」
(――君主は、愛されるよりも恐れられる方が安全である、とマキアヴェッリは説いたが……)
パニックになって頭を抱える良樹の背後で、ロード(始祖竜)は呆れ果てたように息を吐いた。
「良樹よ。落ち着け。お前がされたわけではない」
「ロード殿ぉぉ! この村の連中、絶対に頭がおかしいでござるよぉぉ!」
最強にして最凶の防衛網が敷かれたポポロ村。
三大国がこの魔境に再び足を踏み入れるには、まだしばらくの時間と、途方もない勇気が必要になりそうであった。




