EP 2
天使のデリバリーと、人魚の涙
「ゼェ、ゼェ……」
ポポロ村の広場。
全財産をニャングルに合法的(?)に差し押さえられ、所持ポイント『3 pt』に転落した良樹は、今日も今日とて涙目で空き缶を拾っていた。
【 ピロッ♪ 善行(ゴミ拾い)を検知しました。 +1 pt 】
「うぅっ……ポイントが愛おしいでござる。昨日の海鮮桶の味がすでに幻のようでござるよ……」
そんな底辺ポイ活に精を出す良樹の頭上で、突如として『ヒュゥゥゥゥーーッ……!』という風を切る音が響いた。
「ん? 流れ星でござるか?」
良樹が見上げた直後。
ズドガァァァァァァンッ!!
村の広場のど真ん中に、隕石のような凄まじい勢いで『何か』が墜落し、土煙が舞い上がった。
「ヒィィッ!? な、なんでござるか! また悪徳騎士団の砲撃でござるか!?」
良樹が慌てて身を隠すと、すり鉢状になったクレーターの中から、真っ白な羽根を生やした一人の少女が這い出てきた。
「い、いっつぅ〜……。ルナミス帝国に向かって飛んでたのに、お腹空きすぎて魔力切れちゃいました……」
土埃を払いながら立ち上がったのは、輝くような金髪に、天使の輪を戴いた美少女だった。
彼女は周囲をキョロキョロと見回すと、なぜか空中に向かって『小さな魔導通信石』を放り投げ、アイドル顔負けの完璧な笑顔を作った。
「あ、カメラ回ってる? はーい皆さーん! キュルン☆ あなたの心に舞い降りる大天使、キュララだよーっ!」
「て、天使!? しかもなんか配信が始まったでござる!?」
良樹がドン引きしているのをよそに、キュララは魔導通信石のホログラム画面(コメント欄)を見ながら、あざとく首を傾げた。
『キュララちゃん大丈夫!?』『どこそこ? 田舎?』『墜落とか草』
というコメントが猛スピードで流れていく。
「えへへ、ちょっと見知らぬ村に不時着しちゃいました! お財布も落としちゃって、キュララもうお腹ペコペコで動けませーん……。誰か、優しい騎士様、助けて〜っ♡」
キュララが上目遣いでウインクを飛ばした、その瞬間である。
ピコーン! ピコーン! ピコロンッ!!
画面上に、虹色に輝くエフェクトと共に、すさまじい勢いで『スパチャ(投げ銭)』が飛び交い始めた。
「わぁっ! 『ルナミスの赤い彗星』さん、金貨5枚のスパチャありがとう! 『魔界の匿名希望ルーベンス』さんも金貨3枚! 大好きちゅっちゅ♡」
キュララは慣れた手つきで空中のパネル(T-ペイ)を操作すると、ポチッとデリバリーの注文ボタンを押した。
数分後。
上空から魔導ドローンが飛来し、キュララの目の前に『最高級・特上握り寿司セット(ルナミス帝国・銀座産)』が投下された。
「届いたー! じゃあ、今からモッパン(大食い配信)始めまーす! いただきまーす!」
キュララは満面の笑みで、脂の乗った大トロをパクリと口に含んだ。
「んんん〜っ! 溶けるぅ! リスナーさんのお金で食べるお寿司、最高に美味しいですぅ!」
その光景を、良樹はただ口をポカンと開けて見つめていた。
(なんだあの錬金術は……。拙者が泥まみれで1ポイント稼いでいる間に、ウインク一つで金貨を稼いで高級寿司を食っているだと……? これが、T-チューバーの力……!)
しかし、この配信が『神回(伝説)』となったのは、キュララの食事風景のせいではない。
「……あ、ああっ……」
キュララの背後。
カメラの画角の隅っこに映る広場の草むらから、ズザザァァッ……と這い出てくる『青い影』があった。
「わ、私の太客たちが……。あんな、ぽっと出の鳥女に、お寿司を……」
絶世の人魚姫、リーザである。
彼女の目は完全に血走り、その瞳からは文字通り『血の涙』がポロポロとこぼれ落ちていた。
「お寿司、美味しそうですぅ……。でも私は、お寿司なんて買えないから……」
リーザは震える手で、広場に生えている『ただの雑草』をむしり取った。
「これにお醤油を数滴垂らせば……海苔巻きの味がするんですぅ……。はむっ、もそそそっ……」
血の涙を流しながら、虚無の表情で雑草を貪り食うアイドル(人魚姫)。
手前では、天使が「大トロ美味しい〜♡」とはしゃいでいる。
このあまりにも残酷な、そして情報量が多すぎる【地獄のコントラスト】が、全世界に生配信されていたのだ。
『え、後ろwww』
『なんか青い女が雑草食って泣いてるぞ!?』
『放送事故www』
『てかあれ、地下アイドルのリーザちゃんじゃね!?』
『マジだ! なんでこんなとこで草食ってんの!?』
『絵面が強すぎて大草原』
『圧倒的格差社会で草』
コメント欄は、キュララのお寿司そっちのけで、背景の「雑草を食う人魚姫」で大バズりを起こし、視聴者数が爆発的に跳ね上がっていく。
「む? どうしたんだろ、コメント欄が『後ろ』ばっかり……えっ?」
キュララが振り返り、血の涙を流して雑草を食うリーザと目が合った。
「ヒッ!? な、なんですかあなた! 怖いんですけど!」
「……お寿司……トロたく、一口くださいぃぃ……っ!!」
「ギャァァァァッ! ゾンビィィィ!!」
襲いかかる人魚姫と、逃げ惑う天使。
ポポロ村からの生配信は、カオス極まる阿鼻叫喚の図となって全世界へと拡散されていった。
(――ギイ・ドゥボールは著書『スペクタクルの社会』において、現実の生活が単なる「見世物」へと退行・疎外されていく様を予言したが……)
騒動の陰、屋台の横で寝そべりながらその様子を眺めていたロード(始祖竜)は、心の中で冷ややかに呟いた。
(圧倒的な貧困と格差すらも、画面越しに見ればただの『極上のエンタメ』として消費される。これが情報の暴力、現代の狂気だな。……やれやれ、我もあの寿司が食いたくなってきた)
最強の哲学竜の的確すぎるツッコミが響く中、サスガ屋のパーティに、また一人(厄介な天使が)加わろうとしていた。




