EP 9
事後処理は牛丼の香りと共に
「あへへ……も、もう食べられないよぉ……美女に囲まれて、最高級のワインと、金貨のプール……ここは、理想郷だぁ……」
ポポロ村の中央広場。
ルナが召喚した『ハッピー・ドリーム』の触手を首筋に刺された三大国の徴税官たちは、完全に己の欲望が作り出した幻覚の海で溺れていた。
地面に寝転がり、虚空を抱きしめ、だらしなくヨダレを垂らすその姿は、国家の威信など微塵も感じさせないただの限界オタクの集団である。
「よしっ! 今がチャンスですよ、良樹さん! 早く紙とペンを!」
「へっ? か、紙とペンでござるか?」
呆然としていた良樹が、言われるがままに屋台の売上帳簿と羽根ペンを差し出す。
すると、ルナは天使のような満面の笑みで、幻覚に酔いしれる徴税官たちのリーダーの元へ駆け寄った。
「お兄さんたち! 極上のおもてなし、満足していただけましたか?」
「お、おう……最高だぜぇ……。ポポロ村、サイコー……!」
「よかったですぅ! じゃあ、この『最高のおもてなしを受け取り、今後の税金は永久に免除する』っていうアンケート用紙(念書)に、サインをお願いしますっ☆」
「アンケート? おう、書く書くぅ! こんな天国みたいな村、税金なんか取れるわけねぇよなぁ! ガハハハ!」
サラサラサラッ!
なんと、徴税官のリーダーたちは、一切の疑いも持たずにルナが差し出した念書(という名の完全な不平等契約書)に、次々と直筆の署名と各国の公印を押していくではないか。
「「「…………」」」
良樹、キャルル、ダイヤ、リーザの四人は、その光景を無言で見つめていた。
(こ、こえぇぇぇぇっ!! 幻覚で思考を奪い、その隙に永久非課税の合法的な念書にサインさせる!? これぞまさに、完全犯罪……いや、知能犯の極みでござるぅぅ!)
良樹は、ニコニコと微笑む天然エルフの背中を見て、心底震え上がった。
物理で山を消し飛ばすよりも、ある意味でタチが悪い。純度100%の善意だからこそ、一切の躊躇がないのだ。
「はいっ、ご協力ありがとうございました! ハッピー・ドリームちゃん、もう離してあげてね」
ポンッ!
ルナが合図をすると、ハッピー・ドリームは触手をスッと引き抜き、ポンッと音を立てて光の粒子となって消滅した。
「……ハッ!?」
「お、俺は……一体……?」
幻覚から覚めた徴税官たちは、キョトンとした顔で顔を見合わせた。
しかし、彼らの脳内には『極上の接待を受けた』という強烈な幸福感と多幸感だけが、しっかりと焼き付いていた。
「いやぁ……なんかよく分かんねぇが、ポポロ村はマジで最高の村だったな!」
「ああ! こんなに満足したのは生まれて初めてだ。税金なんて野暮なもん、取れるわけがねぇ!」
彼らは満足そうに頷き合い、良樹たちに向かって親指を立てた(サムズアップ)。
「兄ちゃんたち、今日はご馳走様だったな! 上には『ポポロ村は全く問題のない最高の村だ』って報告しておくからよ! また来るぜ!」
「……お、おう。気をつけて帰るでござるよ……」
良樹が引きつった笑顔で見送る中、三大国の徴税官たちは、乗ってきた馬車や騎獣に乗り込み、ホクホク顔で帰っていった。
完全なる無血開城。
一滴の血も流さず、ポポロ村の恒久的な非課税権を勝ち取ってしまったのである。
(――ルネ・デカルトは『方法序説』において、「我思う、ゆえに我あり」という真理に到達したが……)
屋台の横で、ロード(始祖竜)は呆れ果てたように鼻を鳴らした。
(己の欲望が作り出した幻覚の海でしか、己の存在(幸福)を認識できぬとは。なんと滑稽で脆弱な輩か。……真の幸福とは、今ここにある現実の『牛丼』を食らうことだというのに)
良樹の脳内に響く、最強の哲学竜による的確すぎる冷や水。
いつもなら「うるさいでござる!」と返すところだが、今回ばかりは良樹も無言で頷くしかなかった。
「ふぅ……。色々とアウトな気がするでござるが、結果オーライでござるな」
「ええ! 私たちの大切な日常が守られて、本当に良かったわ」
キャルルがホッと胸をなでおろし、ダイヤも魔導バズーカをポーチにしまう。
「ダーリン様ぁ! 危機は去りました! さぁ、まかないの特盛牛丼をお願いしますぅ!」
リーザは全く空気を読まず、空のどんぶりを掲げてアピールしてくる。
その時だった。
【 ピロッ♪ 善行(村を絶体絶命の危機から無血で救済)を検知しました。 +50,000 pt 】
「――――ッ!?」
良樹の視界の端に浮かんだホログラムパネル。
そこに表示された数字を見て、良樹は自分の目を疑った。
(ご、ごまんポイント……!? 先日の山を消し飛ばした時以上の、超絶ボーナスポイントでござるぅぅ!!)
天然エルフの暴走を利用したとはいえ、結果的に「一切の暴力を使わず、村の利益を守り抜いた」ことが、システムから極大の『善行』として評価されたのだ。
「フ……フハハハハハッ!!」
良樹は、突如として天を仰いで高笑いを始めた。
「見たか世界よ! これが拙者の、漆黒の魔闘剣士の力でござる! 今日は村の平和を祝して、過去最高の宴を催すでござるよぉぉ!!」
カンスト間近まで膨れ上がったポイント。
良樹の頭の中に、ある『究極のメニュー』の構想が閃いていた。




