EP 4
極貧の紅蓮乙女、行き倒れる
「ゼェ、ゼェ……なんで漆黒の魔闘剣士たるこの拙者が、炎天下で土方作業をやらなきゃいけないんでござるかぁぁ!」
ルナの召喚した「ゴミ拾いゴーレム」によって、クレーターだらけの月面と化したポポロ村のメインストリート。
良樹は額の汗を拭いながら、スコップで必死に陥没した穴へ土を埋め戻していた。
「ごめんなさーい、良樹さーん! でもほら、ゴミは一つ残らず綺麗になりましたよっ☆」
「道そのものが無くなってるんでござるよ! 頼むからもう何もしないで座っててほしいでござる!」
悪びれる様子のない天然エルフにツッコミを入れながら、良樹は村で一番大きなクレーターの縁に立った。
「まったく、この穴はどうやって埋めればいいでござるか……ん?」
土を被せようとクレーターの底を見下ろした良樹は、ギョッとして動きを止めた。
「なっ……人が倒れてるでござる!?」
すり鉢状になった穴の底。
そこに、真紅の装甲――高価で堅牢な『クリムゾンアーマー』に身を包んだ一人の人間が、うつ伏せになってピクリとも動かずに倒れていた。
「ひぃぃっ!? 死体!? 殺人事件でござるか!?」
慌てて穴の底に滑り降り、その体を仰向けにひっくり返した良樹は、二度驚愕した。
「……えっ、めちゃくちゃ美人でござるな」
兜の下からこぼれ落ちたのは、艶やかな黒髪。
そして、泥にまみれてはいるものの、誰もが見惚れるほどの整った目鼻立ちをした、二十歳くらいの美しい少女だった。
その時である。
『きゅるるるるるるるるるるぅぅぅ……』
死体――もとい、行き倒れていた美少女の腹の底から、リーザ顔負けの凄まじい腹の虫の音が鳴り響いた。
「うぅ……ち、違うわ……。死んでない……ただの、餓死寸前よ……」
「生きてた! っていうか、こんな重装備でなんで餓死寸前なんでござるか!?」
少女は焦点の合わない目で、良樹の黒コートの裾をガシッと掴んだ。
「私……ダイヤ・マーキス……。悪党を許さない、正義の賞金稼ぎよ……」
「し、賞金稼ぎ? そんな物騒な人が、なんでこんな田舎村の穴の中で行き倒れてるでござるか?」
ダイヤは虚ろな目で、天を仰いだ。
「数日前……このポポロ村の近くで、『山を一つ消し飛ばした極悪非道な化け物』が出たっていう噂を聞いて……その首を討ち取って、懸賞金を稼ごうと思ったの……」
「ビクゥッ!?」
良樹の心臓が、文字通り跳ね上がった。
数日前。山を消し飛ばした化け物。
それは間違いなく、第9話で彼がヤケクソでぶっ放した『竜撃砲』の件である。
(ま、マズイでござる! 拙者の命を狙うアサシンが来ちゃったでござるよぉぉ!)
滝のような冷や汗を流す良樹をよそに、ダイヤは悲痛な声で語り続けた。
「でも……ここに来る途中で魔物の群れと連戦になって……。魔導スナイパーライフルの特殊弾薬費と、魔導バズーカの修繕費、それにこのクリムゾンアーマーのメンテナンス代で……今月の活動資金が、完全にゼロになっちゃったのよ……っ!」
「……はい?」
良樹はポカンと口を開けた。
「しかたないじゃない! 正義の執行(重火器ぶっぱ)は、ものすごくお金がかかるのよ! 宿代も払えなくて毎日テント暮らしだし……ああ、お腹空いた……。せめて最後に、焚き火で焼いたマシュマロと、熱々のコーンスープが飲みたかったわ……」
「なんてジャンクでピンポイントな好物でござるか!」
良樹は盛大にツッコミを入れた。
S級の戦闘力を持ち、見た目は高貴な女騎士そのものなのに、その実態は『弾薬費で常に一文無しの自転車操業』。
あまりにも悲しすぎるギャップである。
(――ジョージ・オーウェルは『パリ・ロンドン放浪記』において、貧困が人間の尊厳をいかに削り取るかを克明に描いたが……)
騒ぎを聞きつけ、穴の縁から見下ろしていたロード(始祖竜)は、心の中で深くため息をついた。
(気高き理想を掲げようとも、現実の経済(弾薬費)の前には這いつくばるしかない。これが人間の滑稽にして哀れな真理だな)
最強の竜の冷徹な哲学ツッコミが炸裂する中、良樹はガクガクと震えながらダイヤを見下ろしていた。
(こ、このまま放っておけば、拙者の命を狙うアサシンが一人減るでござるな……。いや、でも!)
良樹の脳裏に、かつてトラックの前に飛び出した自分のお人好しな(そして中二病な)本性が蘇る。
それに、こんな穴の底で腹を空かせた美少女を見殺しにするなど、男のプライドが許さない!
「……フッ。これも何かの縁(運命)でござるな。仕方ない、この漆黒の魔闘剣士が、冥界の糧を恵んでやるでござるよ!」
良樹は決意の笑みを浮かべ、空中のパネルを操作した。
果たして、良樹が奢る「牛丼」は、このポンコツ極貧アサシンの心を救うことができるのか!?




