EP 3
善意のテロリスト、道路を粉砕する
「ゼェ……ハァ……! ククク、見よ! この澱みきった闇の沼を、我が聖なるスコップで浄化してやったでござるよ!」
純金100kgの塩漬け(地下室への幽閉)騒動から一夜明けたポポロ村。
良樹は朝から汗水垂らし、村のメインストリート沿いにある側溝の泥かきに精を出していた。
【 ピロッ♪ 善行(溝掃除)を検知しました。 +50 pt 】
「よしよし! 地道な労働こそが最強のポイント還元率でござる! これで昼飯は『特盛カツ丼』が確定でござるな!」
泥まみれになりながらも、ポイントの加算音にニヤニヤと笑う良樹。
そんな彼の背後から、パタパタと軽やかな足音が近づいてきた。
「あ、良樹さん! おはようございます!」
振り返ると、そこには朝の陽光を背に受けてキラキラと輝く絶世のエルフ、ルナが立っていた。
彼女は良樹が泥だらけになっているのを見て、パッと顔を輝かせる。
「すごい……! 漆黒の魔闘剣士さんともあろう方が、村のために朝早くからお掃除をしてるんですね! 私、感動しちゃいました!」
「フッ。当然でござる。この程度の泥など、我が身に宿る魔の瘴気に比べれば清流のようなもの……」
良樹がスコップを杖代わりにポーズを決めた、その時である。
「私、良樹さんのその気高い精神に胸を打たれました! 私も、村の環境美化のお手伝いをしますね!」
ルナが、胸の前でギュッと両手を握りしめた。
その瞬間、良樹の背筋にゾクァッ! と嫌な悪寒が走った。
昨日の「純金100kg」と「腎臓売買の提案」の記憶がフラッシュバックする。
「ま、待つでござるルナ殿! 拙者の修行(ポイ活)の邪魔を――」
「大地の精霊たちよ! この村を綺麗にするために、力を貸して!」
良樹の制止は間に合わなかった。
ルナが無邪気な笑顔で両手を天に掲げると、彼女の周囲に膨大な緑色の魔力光が渦巻いた。
ズゴゴゴゴゴゴォォォォォッ!!!
「な、なんでござるかこの地鳴りは!?」
良樹が慌てて地面に手をつく。
次の瞬間、ポポロ村のメインストリート――村人たちの生活を支える綺麗に舗装された土の道路が、ボコォッ! ボコォォッ! と次々に爆発するように盛り上がり始めた。
「「「ピギィィィィィッ!!」」」
土煙の中から姿を現したのは、体長2メートルを超える巨大な『土塊のゴーレム』たちだった。
その数、ざっと三十体。
「えへへ、ゴミ拾い用のゴーレムちゃんたちを召喚してみました! さぁみんな、村のゴミを綺麗にお掃除してね!」
ルナがウインクを飛ばすと、ゴーレムたちは「ギガァッ!」と従順に鳴き、道路に落ちていた小さな紙くずや小石を拾い集め始めた。
「おお……! これはすごい魔法でござるな。これなら村中があっという間にピカピカに……」
良樹が安堵の息を吐きかけた、その直後だった。
「――って、アレェェェェェ!?」
良樹の目が限界まで見開かれた。
ゴーレムたちが歩き回るたびに、ポポロ村のメインストリートが悲鳴を上げて崩落していくのだ。
それもそのはずである。
ルナが召喚したゴーレムの「素材」は、他でもない【ポポロ村の道路の土】そのものだったのだから!
ゴーレムが一体生まれるたびに、道路の土が数トン単位でえぐり取られ、歩き回るたびに地面に巨大な陥没穴が形成されていく。
ズドンッ! ガラガラガラッ!
「ああっ! 井戸へ続く道がァァ!」
「八百屋の前の道が陥没したぞォォ! 馬車が通れねぇ!」
村のあちこちで、村人たちの悲鳴が上がる。
「ほら見てください良樹さん! ゴーレムちゃんが空き缶を拾ってくれましたよ! えらいえらい!」
「えらいえらいじゃないでござるぅぅぅ! 道が! 拙者たちの生活インフラが完全に破壊されてるでござるよぉぉ!」
ルナの召喚した三十体のゴーレムによって、ポポロ村の交通網はわずか数分で完全に麻痺した。
巨大なクレーターだらけになった道は、もはや月面のようである。
「えっ? あれ? なんだか道がデコボコになっちゃいましたね……? おかしいなぁ」
首を傾げるルナ。その笑顔には、一点の曇りも(悪気も)ない。
純度100%の善意による、完璧なインフラ・テロリズム。
良樹は絶望のあまり、泥だらけのスコップを取り落とし、その場に崩れ落ちた。
(――カントは『道徳形而上学の基礎づけ』において、「無条件に善いものは、ただ善意志のみである」と説いたが……)
騒ぎを聞きつけて屋台から顔を出したロード(始祖竜)は、穴だらけになった村の惨状と、ニコニコしているエルフを見比べながら、心の中で深くため息をついた。
(知性と常識を伴わぬ『善意』とは、かように恐ろしい厄災となるのだな。……やれやれ、人間の哲学とは時として現実の不条理に敗北するものだ)
「ロード殿ぉぉ! 悠長に傍観してないで、時間巻き戻しでなんとかしてほしいでござるよぉぉ!!」
泣き叫ぶ良樹の悲痛な声が、クレーターだらけの村に空しく響き渡る。
天然エルフの恐ろしさを骨の髄まで味わった良樹だったが――この陥没した道路が、新たなトラブル(とヒロイン)を引き寄せることになろうとは、まだ知る由もなかった。




