EP 2
純金100kgと天然エルフ
「はふぅ……食った食ったでござる。ネギトロの脂で胃袋が満たされるとは、異世界転生も悪くないでござるな」
サスガ屋の朝食タイムが終わり、良樹が温かいお茶をすすって一息ついていた、その時である。
――カッ!!!
突如として、ポポロ村の広場の上空が、太陽が二つになったかのように強烈な光に包まれた。
「な、なんでござるか!? 敵襲!? またあの悪徳騎士団の残党でござるか!?」
良樹は慌ててお茶を吹き出し、屋台の陰にスライディングで身を隠した。
しかし、降り注ぐ光は禍々しいものではなく、どこまでも清らかで、神聖な魔力に満ちていた。
光の粒子が収束し、そこから一人の少女がフワリと舞い降りる。
透き通るような白磁の肌に、陽光を編み込んだような長い金髪。
そして、その長い耳。
誰もが息を呑むほどの超絶美少女――エルフである。
「やっほー! キャルルちゃん、リーザちゃん! 遊びに来ちゃいました!」
エルフの少女は、天使のような満面の笑みでぶんぶんと手を振った。
「ルナ!? どうしてここに……!?」
優雅にお茶を飲んでいたキャルルが、珍しく目を丸くして立ち上がった。
「えへへ。二人がルナミス帝国からいなくなっちゃって、寂しかったから追いかけてきちゃいました! ここがポポロ村ですね。とっても空気が美味しいです!」
無邪気に笑う彼女の名は、ルナ・シンフォニア。
不可侵領域『世界樹の森』の次期女王候補にして、圧倒的な魔力を持つ天才エルフである。
「る、ルナちゃん……! 来てくれたのは嬉しいけど、まさか……また『あれ』を持ってきたんじゃ……」
リーザが、ガクガクと震えながらルナの背後を指差した。
「あっ、もちろんですよ! お引越しのご挨拶も兼ねて、実家(世界樹)からの今月の『お小遣い』を持ってきました!」
ルナが指をパチンと鳴らすと、空間が歪み、ドサァァァッ!! という重々しい音と共に、広場に『それ』が積み上げられた。
太陽の光を反射し、暴力的なまでの輝きを放つ、金の延べ棒の山。
その量、ざっと見積もって【純金100kg】。
「「「…………え?」」」
良樹の思考が、完全にフリーズした。
現代日本の価値に換算して、数億円どころの話ではない。マンルシア大陸の経済規模からすれば、国家予算すら揺るがすほどの天文学的な富の塊である。
「お、お金……! お金ですぅぅぅ!!」
真っ先に反応したのは、極限の貧困にあえぐ人魚姫、リーザだった。
彼女の青い瞳は完全に『¥』のマークに変わり、よだれを撒き散らしながら純金の山へとダイブしようとする。
「これさえあれば、パンの耳生活から抜け出せますぅ! 毎食、特盛牛丼に温泉卵を三つトッピングできるんですぅぅ!!」
「ダメよリーザちゃん! それに触っちゃダメ!!」
キャルルが慌ててリーザの襟首を掴み、空中でジタバタと暴れる人魚を物理的に制止する。
「な、ななな、なんでござるかこの純金の山はぁぁぁ!?」
屋台の陰から這い出てきた良樹が、白目を剥きながら叫んだ。
「あ、初めまして! 漆黒の魔闘剣士さんですね、リーザちゃんから噂は聞いてます! 私、ルナって言います!」
ルナはぺこりと可憐にお辞儀をした。
「そんなことはどうでもいいでござる! この金を市場に流したらどうなるか分かってるでござるか!? 拙者は一応、経済学部の大学生でござるよ! こんな辺境の村にこれほどの純金が突然流通したら、貨幣価値が大暴落して超絶ハイパーインフレが起きるでござるぅぅ!! 牛丼一杯が金貨1万枚とかになるんでござるよ!?」
経済の崩壊。それはすなわち、サスガ屋の『善行ポイント』の価値すらも狂わせる、世界の終わりを意味していた。
しかし、良樹の必死の抗議に対し、ルナはきょとんと首を傾げた。
「インフレ……? よく分かりませんけど、お金が足りないなら、私が魔法でその辺の石を金銀財宝に変えましょうか? 3日くらいで元に戻っちゃいますけど、バレる前に使えば問題ないですよ!」
「完全な偽造通貨(犯罪)でござる!!」
「それか、お金に困ってるならあなたの『腎臓』を売りましょう! 私がすぐに回復魔法で新しい腎臓を再生させますから、無限に稼げますよ! ねっ?」
「人体錬成のブラックビジネス!? 笑顔でなんて恐ろしいことを提案してくるでござるかこのエルフはぁぁ!」
純度100%の善意で、息をするようにコンプライアンス違反と市場崩壊を提案してくるルナ。
良樹はあまりの恐怖に、ガタガタと震えながら後ずさった。
「はぁ……。また村長宅の地下室に『塩漬け(封印)』するしかないわね。良樹さん、手伝ってもらえる?」
キャルルが深い深いため息をつきながら、純金の山を見つめた。
「も、もちろんでござる。こんな劇薬、一刻も早く視界から消し去るでござるよ……」
(――アダム・スミスは『国富論』にて、富の源泉は労働にあると説いたが……)
騒ぎを他所に、屋台の横で寝そべっていたロード(始祖竜)は、黄金の山と天然エルフを見比べながら、心の中で呆れたように呟いた。
(労働ゼロで純金100キロを生み出すこの小娘は、神の『見えざる手』すらも無自覚にへし折る存在だな。……やれやれ、人間の経済とはかくも脆いものか)
かくして、物理最強の村長、貧乏アイドルに続き、経済崩壊(善意のテロ)の申し子たる天然エルフがシェアハウスに合流。
良樹の胃壁は、ハイパーインフレの恐怖でキリキリと音を立てて削られていくのだった。




