第二章 「増税とハイパーインフレの足音? 善意のテロリスト(エルフ)と極貧令嬢の襲来!」
サスガ屋の朝と、地獄の格差食卓
チュンチュン、とポポロ村に爽やかな朝の鳥のさえずりが響く。
透き通るような朝の空気の中、村の広場では黒コートの青年が、這いつくばって地面をあさっていた。
「ククク……見つけたでござる。こんな所に落ちている古の呪具(ただの空き缶)め。拙者の魔眼からは逃れられぬでござるよ!」
【 ピロッ♪ 善行(ゴミ拾い)を検知しました。 +1 pt 】
【 ピロッ♪ 善行(草むしり)を検知しました。 +3 pt 】
「よしよし! 朝のポイ活(物理)は順調でござる! これで今日の朝飯は豪華にいけるでござるな!」
良樹はパンパンと手を払い、村長宅の庭先に停めてある『サスガ屋』の屋台へと戻った。
屋台の横では、始祖竜ロードが「朝からご苦労なことだ」とばかりに大きな欠伸をしている。
村長宅の庭には、キャルルが用意してくれた木製の大きなテーブルがあり、そこが現在の彼らのオープン・ダイニングとなっていた。
「さぁ、ポイントも溜まったし、今日は肉じゃなくて海鮮の気分でござる! いでよ、深海の恵み! 召喚!『まぐろタタキ丼』!!」
カァァァァッ!
光と共にテーブルに顕現したその丼は、朝日に照らされて宝石のような輝きを放っていた。
ほかほかの酢飯の上に、隙間なく敷き詰められたピンク色のまぐろのタタキ(ネギトロ)。
その中央にはうずらの卵が落とされ、周囲にはこれでもかとばかりに青々とした刻みネギが散らされている。
良樹は小袋のわさび醤油を回しかけた。
タタキの脂が醤油を弾き、ツヤツヤと輝く。
「はぁぁ……! たまらんでござる! いただきまーーっす!」
良樹が箸を突き立て、まぐろと酢飯を同時にかき込もうとした、その時だった。
「おはようございます、良樹さん。朝からお掃除ご苦労様ね」
縁側から、エプロン姿のキャルルが優雅に現れた。
彼女の手には、美しく彩られたお盆が乗っている。
「ポポロ村で採れた新鮮なレタスとトマト、それにこんがり焼いたベーコンの『手作りBLTサンドイッチ』よ。フレッシュな人参ジュースも添えてみたの」
「おお! 素晴らしいでござるな村長殿! 朝からなんて健康的で優雅な朝食……」
良樹が感嘆の声を上げた直後。
テーブルの下から、ズザザァァッ! と土煙を上げて『何か』が這い出てきた。
「おはよう……ございますぅぅ……」
「ヒッ!? リ、リーザ!? なんでテーブルの下から這い出てくるでござるか!?」
そこには、げっそりと頬をこけさせ、髪に雑草を絡ませた絶世の人魚姫(地下アイドル)がいた。
彼女の手には、昨日パン屋のおばちゃんから死に物狂いで(犬と争って)ゲットした『パンの耳』が数本と、謎の『雑草サラダ』が握られている。
キャルルが優雅にBLTサンドをかじり、「サクッ」と良い音を立てる。
良樹がまぐろタタキ丼をかき込み、「うまっ! 脂がとろけるでござる!」と悶絶する。
その二人の間で、リーザは虚ろな目でパンの耳をかじった。
「もそっ……。もそそっ……」
水分を完全に持っていかれるパサパサの音。
それは、あまりにも残酷な『経済格差』の縮図だった。
「だ、ダーリン様ぁ……」
リーザが、血走った目で良樹の『まぐろタタキ丼』をガン見している。
「まぐろ、美味しそうですぅ……。お魚のお友達として、私、そのまぐろ達の最期の言葉を聞いてあげたいですぅ……」
「訳の分からない理屈でタカリにこないでほしいでござる!」
とはいえ、ズズッと這い寄ってくる絶世の美少女の涙目には抗えない。
しかし、良樹も朝のゴミ拾いでギリギリのポイントをやり繰りしている身。メインのまぐろをあげるわけにはいかない。
「し、仕方ないでござるな。ほれ、これで我慢するでござるよ」
良樹は箸で、まぐろタタキ丼の上にたっぷり乗っていた『青ネギ(醤油染み込み済み)』をひとつまみ拾い上げ、リーザのパンの耳の上に乗せてやった。
「……ああっ!」
リーザは震える両手で、ネギの乗ったパンの耳を天高く掲げた。
「お醤油の匂い……! まぐろの脂の香りまでついてる……!!」
パクッ。
リーザはそれを大事そうに口に含み、ボロボロと大粒の涙をこぼした。
「美味しいですぅ……。パンの耳が、高級なお寿司の味がしますぅ……。海中国家にいた頃のお母様の顔が浮かびますぅ……」
「ネギ一つでそこまで感動されると、逆に拙者が極悪人みたいに見えるからやめてほしいでござるよ!」
良樹がツッコミを入れ、キャルルが「ふふっ、リーザちゃんは本当にご飯を美味しそうに食べるわね」と天然の笑顔を向ける。
同じテーブルを囲む、豪華な海鮮丼、優雅なサンドイッチ、そしてネギ乗せパンの耳。
地獄のような格差食卓が、ポポロ村の朝の日常になりつつあった。
(――マルクスは『資本論』にて、資本主義がもたらす富の偏在と労働者の搾取を説いたが……)
屋台の横で、ロード(始祖竜)は呆れたように片目を開け、その光景を眺めていた。
(この底辺アイドルとやらの惨状を見るに、これはもはや搾取ですらない。ただの『資本主義のバグ』だな。……やれやれ、我も早く昨日の牛丼の残りを食うとしよう)
最強の竜の冷ややかな哲学ツッコミを他所に、サスガ屋の騒がしい朝は今日も更けていくのだった。




