第八視点:イヴヤ~観測者~
「ユヴィアァッ!!」
その叫びは、記録官イヴヤが記してきたどんな記録よりも、破綻し、濁っていた。
足元に崩れたユヴィアの身体は、すでに半分以上の記録フレームが抜け落ち、分解されている。
フレームの粒子が、光の尾を引いて空間に浮遊し──そのひとつひとつが、静かに消えていく。
「……記録の書き換えを……っ……!」
イヴヤは震える手を伸ばし、必死に魔法式を展開した。
記録座標、存在識別、補完アルゴリズム──全てを再構築し、ユヴィアを再度記録しようとする。
だが──
「くっ……ハッハッハッハッハッ……!」
ヒューズの笑い声が高らかに響く。
「この魔法はなァ……"秒間16サイクルの完全空白同期"で対象を塗り潰す、俺の秘術……!
記録の空白を上から上から──永遠に上書きしていくッ!
……これを使わせられたのは、お前たちで、二人目だァ……!!」
「……ダメだ、そんな……っ」
イヴヤは必死に手を伸ばす。
記録体が破損した場合の基本対応──即時補修処理。
彼は指先からコードラインを編み、魔法の記述を重ねていく。
《記録修復式・投影再帰》
《Y-VIA.003 定義ファイル 書き出し開始》
《内部構造展開──補填開始──開始──開始──……》
だが、
進行率は、0.03%。それ以上、上がらない。
コードは拒絶されていた。まるで、そこにもう"彼女の存在"がないかのように。
視線の先で、ユヴィアの胸元が淡く揺れた。
それは命の鼓動ではない──削除に抗う最後の記録波。
イヴヤの記録魔法は、焼け石に水のように無力だった。
「終わりだなァ……!」
ヒューズが勝利を確信したように笑みを浮かべる。
そのときだった。
──トクン。
静かに、イヴヤの脳裏に響いた鼓動。
──記録ノイズ。否、違う。
これは、かつて一度、確かに聞いた音。
今、消えかけている記録の奥底で──
彼女の"鼓動"が、まだ残っていた。
「……ユヴィア……?」
突如、彼の記録スフィアが反応する。
観測されたことのない識別子が、記録装置に表示された。
【Y-VIA.000 → 変換 → I-VYA.001 cordis: Courage】
見たことのないコードと共に、イヴヤの中に確かに何かが灯る感覚。
「そうか……僕は……」
イヴヤにしか観測できなかったユヴィア。
顕現したユヴィア。
ユヴィアとイヴヤ。
YVIAとIVYA──。
それは、かつて彼が失った【勇気】という心だった。
「未記録存在記録完了──
コードI-VYA.001。
定義:cordis──"勇気"と記す」
その瞬間、イヴヤを構成するフレームが、静かに書き換わっていく。
彼の中に押し込められていた光が、書き換えられたフレームを通して、せきを切ったように溢れ出す。
脈動する魔力。研ぎ澄まされる意識。
かつて手放したその"勇気"が、今、記録と共に脈動し始める。
「……視えているよ、ユヴィア」
イヴヤはゆっくりと立ち上がる。
燃え尽きそうだった心に、再び命が宿るように。
「君の記録は……僕の中で、生きている。
安心してくれ……ここからは僕が戦う……!」
閃光がはじけ、砲撃のような音とともに、イヴヤの記録魔法がヒューズを飲み込んだ。
防御展開が間に合わず、ヒューズは吹き飛ばされ、背中から床に叩きつけられる。
そのまま壁を割って転がり落ち、体中から血が滲む。
「……バカな……お前……一体……何を……」
震える声が漏れる。あの記録が、今の一撃に変換された? 否、それすら記録としての制御ではない──。
「……僕はもう、君の記録には従わない。
僕自身の、心で選ぶよ」
静かにそう告げるイヴヤの姿は、それまでのどこか怯えた少年ではなく、雄々しく立つ歴戦の記録官のようであった。
ヒューズは再び片膝をつき、忌々しげに血を吐く。
「クッ……まさか、ここまでとはなァ……」
歯噛みしつつ、記録陣の一部を起動させる。
「未記録存在Y-VIA.002は削除済み。
ククッ……俺の仕事は終わった」
「待て、ヒューズ!」
イヴヤが一歩踏み出す。その声は、怒りと問いをはらんでいた。
だがヒューズは振り返らない。背を向けたまま、足を引きずるように歩き出す。
(待て、だと?
冗談じゃねェ……こっちはもう、ボロボロなんだよォ……!)
内心で泣き言を吐きながらも、顔にはいつもの冷笑を貼り付けていた。
彼の背後に、記録遮断の歪みが走る。
「イィヴヤ記録官……、君ィには追って沙汰が下される。まあァ楽しみにしていることだなァ……」
記録座標転移。空間の歪みがヒューズを包み──その姿は、音もなく消えた。




