表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

第七視点:プッツンヒューズ


「ぐっはァ……!」


 爆煙の向こう。膝を折ったヒューズは、血の滲む肩を押さえながら、床に手をついた。


 イヴヤとユヴィア──"未記録存在”に、初めて敗北を喫した瞬間だった。

 だが、ヒューズの眼に宿る光は、なおも陰りを見せない。


「……この俺が……貴様らなどに、負けるわけにはいかん……!」


 その呟きとともに、彼の脳裏に甦る――暗黒の記憶、最も塗り替えたい"後悔”の記録。


 * * *


 ──十数年前。


 駆け出しの身でありながら、将来を嘱望された天才──それが、彼、ヒューズだった。

 記録官として己の正義に熱意を持ち、世界を良い方向に変えようという気概のある若者。

 そんな彼が、ある時派遣されたのは、帝国辺境の港町。

 貧困と犯罪の入り混じる、荒れた区域だった。


「今回の観測対象は……アイツか」


 観測スフィアを無詠唱で起動させ、対象の存在を固定化する。

 フレーム越しに映ったのは、路地裏にうずくまる一人の少女だった。


 痩せ細った手足。泥に塗れた頬。唇からは、かすれた呼吸音が漏れている。

 その手にあるのは、かじられたパンの欠片。


 ──ネイビー。記録対象としては軽微な違法行為。年齢、十一。補導歴、なし。


 ヒューズは、記録者として彼女を"観測”する。

 本来ならば、それだけで済むはずだった。


 だが、上層部の判断は明快だった──この年端もいかぬ少女を「削除」せよ、と。


 正義に燃えていたヒューズは、ここで初めて「観測とは何か」に迷いを覚える。


「……こんな、やつれた者まで、裁かねばならんのか……」


 その少女は、ただ飢え、ただ必死に生きようとしていた。

 それすらも、記録に従い「削除」せねばならないのか──?


 ほんの刹那、ヒューズの中に芽生えた「情」が、彼の指先を止めさせた。


「……記録価値、低。再犯なし。観測終了──と、記すか」


 それが、彼の選択だった。

 ──そして、その選択を深く後悔することとなる。

 

 数年後。


 世紀の大悪党と恐れられる人物が、突如として歴史の表舞台に現れる。


 その名は"海賊王”ネイビー。

 軍港を襲撃し、艦隊を沈め、市街を焼き、何千何万という命を奪ったその首魁こそ──


 ──あの時、ヒューズが「観測しなかった」少女。


 大規模な襲撃のさなか、港町に住んでいたヒューズの母親が、

 ネイビー一味の暴走に巻き込まれて、命を落とした。


「母さん……母さん……!」


 "ただ、生きてほしかっただけだったのに”

 "記録しなかっただけだったのに”


 そのわずかな情が、彼の選んだ未来の果てにあったのは──最愛の人の死。


 それ以降、ヒューズは決して記録に情を挟まなくなった。

 ──可能性を信じない者となった。


 * * *


「……だから、俺は……!」


 ヒューズは拳を強く握りしめ、よろめきながらも立ち上がる。

 全身の魔力が、一気に逆流する。


「記録に……情など不要ッ!!」


 その叫びとともに、彼の背後に現れるのは、漆黒の記録陣。

 記録官としての執行限界を突破した、観測遮断用の殺傷魔法──


 《観測遮断・即時射線》


 閃光が走る。魔法陣が直線状に重なり、貫くように射出される。

 狙いは──イヴヤ。


「──イヴヤ!」


 ユヴィアが即座に割り込む。


 全力で展開された記録フレームが、イヴヤを庇うように重なり合う。

 その身を盾に、ユヴィアは"記録の矢”を受け止めた。


「──あ、う……ッ!!」


 銀の翼が砕け、記録結晶が吹き飛ぶ。

 魔力波形が一気に乱れ、記録フレームがごっそりと抜け落ちていく。

 彼女の存在そのものが、いままさに"記録から消えつつある”。


「ユヴィアァッ!!」


 イヴヤの絶叫が響く。


 ユヴィアは、イヴヤの足元に崩れ落ちるように倒れていた。

 その指は、まだ彼に向かって伸びている。

 まるでイヴヤの背中を押すように──


 ──ユヴィアの、美しい銀髪。あの、柔らかな笑顔。」


 だが──

その瞳には、もはや光がなかった。


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ