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歳の差夫婦が整えて、生きる食卓〜〜料理とものづくりで紡ぐ、異世界スローライフ〜  作者: 望月 小鳥
転生編

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お屋敷の案内と住人達



 朝食を終えた私たちは、ヴァルドさんに屋敷の中を案内してもらうことになった。

食堂を出ると、ヴァルドさんが手にしていた羊皮紙を静かに広げる。

淡い光が表面を走り、三層に分かれた屋敷の見取り図が浮かび上がった。


「午前中は、屋敷の中をご案内いたします」


 見取り図を覗き込むと、食堂や主寝室は全体の一部にすぎなかった。

想像以上の広さに、ここが私たちの生活拠点になるのだと実感する。


「まずは二階からご案内いたします」


 ヴァルドさんのあとに続いて食堂の奥へ進むと、廊下に漂う匂いが少しずつ濃くなった。

香草や焼いた粉物の香ばしさに、ほのかな甘い香りも混じっている。


「いい匂いだな」


 隣を歩く瑛太さんの声が、わずかに弾んでいた。

朝食を食べたばかりなのに、私までつられて頬が緩む。


「こちらが調理場です」


 ヴァルドさんが扉を開くと、温かな空気が流れてきた。

中には鍋や包丁、木べらが整然と並び、作業台には染みひとつ見当たらない。

使われているのに乱れがなく、隅々まで手入れされていた。


 調理場の中央には、小柄な女性が立っていた。

白い髪を三つ編みにまとめ、白いエプロンドレスを身につけている。

彼女は私たちに気づくと、柔らかな表情で一礼した。


「初めてお目にかかります。私は、この屋敷の家事と炊事を担当しております」


 穏やかで聞き取りやすい声だった。

丁寧な所作も、この整った調理場によく馴染んでいる。


「彼女はシルキーです。屋敷を守り、家事全般を担う精霊の一種でございます」


 この調理場がここまできれいなのも、彼女が管理しているからなのだろう。

けれど、紹介を聞いているうちに、肝心なことが気になった。


「お名前を伺ってもいいですか?」


「私どもシルキーは、個々の名を持ち合わせておりません」


 彼女は静かに答えた。

役目も意思もあるのに、呼びかける名前だけがない。

これから同じ屋敷で暮らす相手を、種族の名だけで呼びたくはなかった。


「私が名前をつけてもいいでしょうか?」


 彼女は少し驚いたように目を見開いたあと、胸元で両手を重ねた。


「奥様からいただけるのでしたら、お願いいたします」


 私は彼女の姿を改めて見つめた。

整った調理場に似合う落ち着きがありながら、そばにいる人を安心させる温かさもある。

毎日の暮らしの中で自然に呼べる、柔らかな響きが似合う気がした。


「リナ、という名前はどうでしょう?」


「リナ……」


 彼女は確かめるように繰り返し、白い髪を揺らして頭を下げた。


「ありがとうございます、奥様。これより、リナとしてお仕えいたします」


 顔を上げたときの表情は、先ほどよりも柔らかく見えた。


「気に入ってもらえてよかったです。これからよろしくお願いします、リナさん」


「はい。よろしくお願いいたします」


 リナの控えめな微笑みに、私の胸まで温かくなる。

ヴァルドさんは私たちのやり取りを見届けると、隣の扉へ歩み寄った。


「こちらは食料庫です。食材や調味料は、適した状態で保管されております」


 扉の奥には棚が並び、瓶や袋が種類ごとに収められていた。

乾燥食材や香辛料、見たことのない木の実や粉類の一方、塩や穀物もある。

すべてが未知というわけではないことに、少しだけ安心した。


「ここにある物は、料理に使ってもいいんでしょうか?」


「もちろんでございます。不足している物がございましたら、リナか私にお申しつけください」


「ありがとうございます、ヴァルドさん」


 地球の料理を再現できるかは分からない。

食材の味や性質を確かめながら、この世界に合う料理を考えていけばいい。

食料庫を眺めるうちに、まずは試してみようと思えた。


 次に案内された一階は、二階とは違い、壁も床も頑丈な石造りだった。

階段を下りるにつれて金属を打つ音が響き、空気に熱が混じり始める。


「こちらは作業区画です」


 ヴァルドさんが厚い扉を開くと、炉の熱が頬を撫でた。

部屋の中央には分厚い金床が据えられ、壁には大小さまざまな金槌やノミが並んでいる。

どの道具も使い込まれているけれど、手入れは行き届いていた。


 赤々と燃える炉の前には、小柄でがっしりとした男性が立っていた。

短い赤茶色の髪に、胸元まで伸びた立派な髭。

彼は作業の手を止めて振り返ると、私たちをじろりと見た。


「誰だ?」


「こちらが、この屋敷の新しい旦那様と奥様です」


「ああ、あんたらか。好きに見ていけ」


 ぶっきらぼうではあるものの、追い出すつもりはないらしい。

ヴァルドさんは気にした様子もなく、私たちに向き直った。


「彼は、この鍛冶場を預かるドワーフです。武具や農具をはじめ、さまざまな道具の製作と修繕を担当しております」


「必要な物があれば言え。ただし、無茶な注文は受けねぇぞ」


 炉の火に照らされた腕には、細かな傷がいくつも見えた。

口調は荒くても、自分の仕事に誇りを持つ職人なのだろう。


「お名前を聞いてもいいですか?」


「そんなもんはねぇ。仕事をするのに必要ないだろ」


「でも、呼ぶときに困ります。私がつけてもいいでしょうか?」


 彼は面倒そうに眉を寄せたものの、すぐに作業へ戻ることはなかった。

炉の中で薪がはぜる音を聞きながら、私は赤茶色の髪と大きな金槌を見比べる。

頑丈で、鉄や火のそばに立つ彼に似合う名前を考え、思い浮かんだ響きを口にした。


「ハルグリム、という名前はどうでしょう?」


「ハルグリムか」


 彼は低い声で繰り返し、髭を撫でた。

しばらく考えたあと、口元をわずかに緩める。


「妙な響きだが、悪くねぇ。呼びやすいなら、それでいい」


「気に入ってもらえてよかったです。よろしくお願いします、ハルグリムさん」


「おう」


 短い返事だったけれど、先ほどまでの警戒は少し薄れたように見えた。


 隣にいた瑛太さんが、炉と壁の工具へ視線を巡らせてから一歩前へ出た。


「ハルグリムさん。俺も鍛冶のスキルを取った」


「旦那様が?」


「ああ。小さな物からでいい。自分で作れるようになりたい」


 ハルグリムさんは瑛太さんの手元や体つきを確かめるように眺め、太い腕を組んだ。


「やる気があるのは悪くねぇ。だが、俺は箱庭の管理で忙しい。何も知らねぇ奴に、一から付きっきりで教える暇はないぞ」


「何から始めればいい?」


「先に本を読め。鉱石の種類と道具の扱いくらいは覚えてこい」


 ハルグリムさんは作業台から紙を取り、慣れた手つきで書名を並べていく。

書き終えると、その紙をヴァルドさんへ差し出した。


「図書室にあるはずだ。本を読んで分からねぇことがあれば聞きに来い」


「分かった。ありがとう」


「礼はまだ早ぇよ」


 そう言って作業へ戻ろうとしたハルグリムさんが、ふと足を止めた。


「そういや、ヴァルド様。リナってのは誰だ?」


「調理場のシルキーです。奥様からリナという名をいただきました」


「あのシルキーか。あいつに合ってるじゃねぇか」


挿絵(By みてみん)


 ヴァルドさんがリナの名を口にし、ハルグリムさんが自分の名を受け入れる。

それだけのことなのに、屋敷の住人同士が少しずつ近づいたように感じられた。


 鍛冶場を出たあとは、一階の仕事部屋を順に見て回った。

階段を挟んだ右側に瑛太さんの作業室と書斎があり、左側には私のための部屋が用意されている。


 瑛太さんの作業室には、頑丈な木製の作業台と見慣れない工具が並んでいた。

まだ使い方は分からなくても、これから一つずつ覚えていくための場所だった。


「いい部屋だな」


「うん。何を作るか、考えるだけでも楽しそう」


 私の書斎と作業室も、静かで落ち着いた造りになっていた。

素材を並べられる棚や広い机があり、調べ物をしながら作業するには十分な広さがある。


「書斎と作業室は、お好きなようにお使いください。配置の変更や必要な道具がございましたら、ご用意いたします」


「ありがとうございます、ヴァルドさん」


 続いてヴァルドさんが開けた扉の先には、錬金と調合のための部屋が広がっていた。

石造りの天井には、水色のクリスタルを使ったランタンが吊るされ、窓のない室内を柔らかく照らしている。

壁一面の棚には、細長いフラスコや丸い瓶、複雑に曲がった管などが整然と収められていた。


 部屋の奥には、精巧な彫刻が施された大きな作業台が置かれている。

背後の薬箪笥には緑色のガラスがはめ込まれ、その奥で淡い光が揺れていた。

見たことのない器具ばかりなのに、眺めているだけで胸が弾む。


「申し訳ございませんが、現在、この箱庭には錬金や調合の知識を持つ者がおりません。まずは書物で基礎を学んでから、実践へ進まれるのがよろしいかと存じます」


「分かりました。少しずつ勉強してみます」


 教えてくれる人がいないのは残念だけれど、学ぶ手段がないわけではない。

何ができるのかはまだ分からなくても、この部屋で試してみたいという気持ちは膨らんでいた。


「最後に、図書室へご案内いたします」


 錬金と調合の部屋の向かいにある扉が開くと、紙と木、インクの香りが漂ってきた。

室内には天井まで届く書架が並び、色も大きさも異なる本が隙間なく収められている。

高いアーチ窓から差し込む光が、木々の影を床に揺らしていた。


「すごい量だな」


「この書庫に匹敵する蔵書を持つのは、各国の王立図書館や由緒ある学園など、ごく限られた施設だけでございます」


 ヴァルドさんの声には、控えめな誇らしさがにじんでいた。

中央にはソファと低いテーブルもあり、落ち着いて本を読めるように整えられている。


 私は自分の持つ自動書庫というスキルを思い出した。

一度目を通した本を、手元になくても好きなときに読み返せる便利な能力だ。

けれど、紙の手触りや頁をめくる音、インクの匂いは、実際の本でしか味わえない。

前世でも、気に入った本は紙で揃えていた。


「これだけ広いと、司書の方もいるんですか?」


「いいえ。書庫は私が管理しております」


 屋敷だけでなく、この蔵書まで一人で管理しているらしい。

ヴァルドさんの有能さに改めて驚かされた。


「お探しの本がございましたら、私にお申しつけください。先ほどハルグリムから預かった書名の本は、旦那様の書斎へご用意いたしましょうか?」


「頼む。助かる」


 瑛太さんがうなずくと、ヴァルドさんは承知したと静かに頭を下げた。

ここにある本を読むだけでなく、いつか書庫にない本を探しに出かけるのも楽しそうだ。

それも、この世界ならではの小さな冒険になるのかもしれない。


 図書室を出たあとは、三階へ案内された。

三階には長期滞在にも使える客間が二つと、椅子や丸いテーブルを置いた小さなサロンがある。

どの部屋も装飾は控えめで、ゆっくり過ごせそうな落ち着きがあった。


 廊下の先にある扉を開けると、庭を見渡せるテラスへ出た。

涼しい風が頬を撫で、遠くから鳥の声が聞こえてくる。

眼下には整えられた庭が広がり、その向こうには訓練場や畑らしき場所も見えた。


「昼食後は、屋敷の外をご案内いたします。敷地内には庭園のほか、訓練場、薬草園、畑もございます」


「外も広そうですね」


「はい。すべてをご覧いただくには、少々お時間が必要かと存じます」


「午後もよろしくお願いします、ヴァルドさん」


「承知いたしました、奥様」


 まだ知らない場所が、箱庭の中にはいくつも残っている。

瑛太さんを見ると、彼も庭の向こうを静かに眺めていた。

落ち着いた横顔はいつもと変わらないけれど、その目はどこか楽しそうに見える。


 この屋敷には、暮らす場所だけでなく、学ぶ場所と物を作る場所がある。

それに、ヴァルドさんやリナ、ハルグリムさんという住人たちもいる。

見知らぬ世界で始まる生活は不安ばかりではなく、少しずつ私たち自身のものにしていけるのかもしれない。


 庭の向こうに広がる景色を眺めていると、昼食後の案内が待ち遠しくなった。

もし少しでも楽しんでいただけたら、

続きも読んでいただけると嬉しいです。


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― 新着の感想 ―
Xで拝見して来ました、面白くて最新話まで一気に読みました。 いいですねこういう夫婦感、食文化を広めるという目標も素敵!
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