転生準備 その3
「では、まず転生後の種族を決めましょう」
エシャール様が指先を軽く組み、穏やかな笑みを浮かべた。
「基本となるのは、人族、ドワーフ、エルフ、獣人、龍人です。種族によって得意なことは異なりますが、スキルの取得に大きな制限はありません。お二人の好きな種族を選んでくださいね」
好きに選んでよいと言われても、これからの身体を決める選択だ。
見た目だけでなく、寿命や身体能力まで変わるのなら、簡単には決められない。
隣を見ると、瑛太さんも眉を寄せて考えていた。
「知識が足りない。身体的な特徴と種族特性を教えてくれ」
必要な情報を先に確かめる、瑛太さんらしい問いだった。
「私も気になります。獣人や龍人は、どのくらい人と違う姿なんですか?」
「もちろん、ご説明しますね」
エシャール様が片手を上げると、空中に淡い光の板が現れた。
そこへ最初に映し出されたのは、私たちとほとんど変わらない人の姿だった。
「人族は地球の人間とよく似ています。能力の偏りが少なく、様々なことへ対応できます。寿命はおよそ八十年から百年です」
今までに近い姿で暮らしたいのなら、人族が一番無難なのだろう。
次に現れたのは、小柄で筋肉質な身体と立派な髭を持つドワーフだった。
「ドワーフは百五十センチ前後の方が多く、強靱な肉体を持っています。鍛冶をはじめとした物作りが得意で、重い武器や防具も扱えます」
物作りに向いた能力は魅力的だが、私がなりたい姿とは違う。
「次はエルフです」
光の中へ、尖った耳を持つ長身の男女が浮かぶ。
「エルフは魔法と弓を得意とし、妖精や動物との親和性も高い種族です。筋肉がつきにくいため重装備には向きませんが、平均寿命は八百年を超えます」
「八百年……」
思わず声が漏れた。
六十年でも長く生きたと思っていたのに、その十倍以上となると想像もつかない。
けれど、長い時間があれば、料理や調味料の研究を焦らずに進められる。
前に出て戦えない私たちにとって、魔法や弓に向いている点も都合がよかった。
獣人には、狼や猫、狐、熊、鳥など様々な種がいるという。
基本の姿は人に近いものの、獣の耳や尾を持ち、嗅覚や聴覚、俊敏性に優れている。
犬も猫も好きな私には、ふわふわの耳と尻尾も魅力的だった。
最後の龍人は、角と竜の尾、物理攻撃にも耐えられる強靱な肉体を持っていた。
その代わり、素早い動きは苦手らしい。
一通り聞き終え、私は考えを整理した。
人族は無難で、ドワーフと龍人は前衛向き。
獣人も捨てがたいが、これからの生活を長い目で考えるなら、エルフが一番合っている。
「私はエルフにします」
「俺もエルフにする」
瑛太さんは迷わず答えた。
「ただ、若すぎる姿は落ち着かない。人間なら四十歳から五十歳くらいがいい」
「エルフに換算すると、四百歳前後ですね」
「問題ない」
四百歳という数字にも、瑛太さんは動じなかった。
「寿命との釣り合いも取れる。真由さんと極端に離れない方がいいだろう」
自分の若さより、私と並んだときのことを考えてくれている。
胸が温かくなった直後、瑛太さんがわずかに目を細めた。
「それに、真由さんは年上の方が好きだろ」
「頼れる年上が好きなだけだからね」
すぐに言い返すと、瑛太さんは小さく肩をすくめた。
私たちのやり取りを見ていたエシャール様が、楽しそうに微笑む。
「では、お二人ともエルフですね。続いて、身長や外見を決めましょう。以前の姿に似せても、新しい姿に変えても構いませんよ」
外見と言われ、改めて瑛太さんを見る。
私は、少し丸みのあるお腹も、抱き締めたときの柔らかさも含めて、今の瑛太さんが好きだった。
筋肉質になりすぎて抱き心地が変わるのは、できれば避けたい。
「俺は任せる。真由さんの好きなようにしてくれ」
「私が決めるの?」
瑛太さんは何でもないことのように頷いた。
責任の重さに戸惑う私とは対照的に、エシャール様は嬉しそうに手を合わせる。
「分かりました。では、真由さんのお好みも参考にしますね」
指を鳴らす乾いた音とともに、瑛太さんの身体が淡い光に包まれた。
輪郭が揺らぎ、背が伸び、髪の色が光の中で薄れていく。
光が消えたあと、そこに立っていたのは、見知らぬ美しいエルフだった。
身長は百九十センチほどあり、肩幅は広いが、身体はすらりとしている。
彫りの深い顔に切れ長の目、瞳は紫色だった。
白銀の髪は少し長く、柔らかな癖を残して片側へ流れている。
髪の間から覗く尖った耳が、その姿をさらに現実離れしたものに見せていた。
あまりにも私の好みに合いすぎている。
この人の隣を歩くのだと思った途端、頬が熱くなった。
顔を両手で覆った私を見て、瑛太さんが不安そうに眉を寄せる。
「そんなにひどいか?」
「違う。ひどくないよ。見慣れなくて、少しドキドキするだけ」
近くにいられると落ち着かないので、一歩だけ離れる。
「エシャール様、瑛太さんにも姿を確認させてあげてください」
「はい。以前、真由さんが好みだとおっしゃっていた物語の登場人物も、少し参考にしました」
本人の前で言わないでほしいが、悪意のない笑顔を止めることもできなかった。
瑛太さんの前へ大きな姿見が現れる。
鏡を覗いた瑛太さんは、自分の頬や尖った耳に触れながら、しばらく黙っていた。
「これが、今の俺か」
喉元へ手を当て、新しい声も確かめている。
「想像以上に別人だな。慣れるまで時間がかかりそうだ」
「次は真由さんですね。ご自分で決めますか?」
「自分で決めます」
瑛太さんほど私の好みに寄せられたら、まともに鏡を見られなくなる。
今度は自分で、なりたい姿を思い描いた。
再び指を鳴らす音が響き、身体を熱が包む。
背が伸び、髪が腰まで流れ落ち、身体から余分な重さが消えていく。
鏡に映った私は、身長が百八十センチほどのエルフになっていた。
健康的な白い肌に卵型の輪郭、瞳は金色。
淡い水色の髪は、腰まで真っすぐに伸びている。
細すぎず、女性らしい柔らかさを残した身体は、以前の面影を残しながらも、まるで別人のように整っていた。
「瑛太さん、どう?」
瑛太さんは少し驚いたあと、柔らかく目を細めた。
「綺麗だ」
心臓が大きく跳ねる。
「見慣れないだけだ。そのうち馴染む」
瑛太さんが一歩近づき、少し迷ってから私を引き寄せた。
白銀の髪を撫でると、指の間を柔らかく滑っていく。
「どうしたの?」
「元の俺とは、だいぶ違うからな。真由さんの好みに近いのは分かるが、少し複雑だ」
見た目が変わりすぎて、私の知る夫ではなくなるのではないかと気にしているらしい。
「姿が変わっても、瑛太さんは瑛太さんだよ」
そう伝えると、背中へ回された腕の力が少しだけ緩んだ。
「それと、真由さんの今後も心配だ」
「それは、お互いさまだからね」
二人とも目立つ姿になってしまったのだから、外へ出るときには今まで以上に気をつけた方がよさそうだ。
「残るのはスキルですね。初期スキルは、お一人につき最大二十個までお渡しできます」
五百種類以上から二十個を選ぶと聞き、私は早々に自力で決めることを諦めた。
「希望を伝えるので、組んでいただけますか?」
「俺も任せる」
私は料理と生活の安定、回復、危険を避けるための能力を希望した。
瑛太さんは弓を使った後衛戦闘、探索、生産、動物を仲間にするテイムを選んだ。
そうして決まった初期スキルが、目の前の光の板へ表示された。
真由のスキル一覧
【補助スキル】
<言語:Lv1><鑑定:Lv1><採取:Lv1><解体:Lv3><インベントリ:Lv1>
<瞑想:Lv5><隠蔽:Lv1><生活魔法:Lv1><自動書庫:Lv1>
【生産スキル】
<料理:Lv5><畜産:Lv1><農業:Lv3><園芸:Lv2><錬金:Lv1><調合:Lv1>
【戦闘スキル】
<火魔法:Lv1><水魔法:Lv1><闇魔法:Lv1><回復魔法:Lv1><杖術:Lv2>
瑛太のスキル一覧
【補助スキル】
<言語:Lv1><鑑定:Lv1><採取:Lv1><解体:Lv1><インベントリ:Lv1>
<瞑想:Lv3><隠蔽:Lv1><探知:Lv1><俊敏:Lv3><生活魔法:Lv1>
<テイム:Lv4><隠密:Lv1>
【生産スキル】
<鍛冶:Lv1><木工:Lv1><裁縫:Lv1><皮工:Lv1><細工師:Lv1>
【戦闘スキル】
<弓術:Lv1><短剣:Lv1><風魔法:Lv1>
言語や鑑定、インベントリなどは、別行動をする可能性を考えて二人とも取得している。
私の解体がLv3なのは、前の人生で身につけた料理の知識が反映された結果らしい。
中でも気になったのは、自動書庫だった。
一度読んだ本の内容を記憶し、必要なときに頭の中で読み返せるという。
旅先でも調べ物ができるため、私には何よりありがたい能力だった。
「今後、必要なスキルが増えた場合は、ご自分で習得してくださいね」
「分かりました」
最初から何もかも与えてもらえるわけではない。
それでも、これだけあれば十分すぎるほどだった。
「それから、地球の知識を検索できる事典を真由さんへお渡しします」
差し出されたのは、表紙に金色の文字で【地球百科】と記された分厚い本だった。
両手で受け取ると、ずっしりとした重みが伝わってくる。
調味料の作り方も、保存食も、農業も調べられる。
この一冊があれば、異世界生活への不安はさらに減るはずだ。
「テイムする最初の魔物も、一体だけお選びいただけます。猫、犬、妖精、ドラゴンのどれがよろしいですか?」
妖精やドラゴンまで同列に並んでいることに驚いたが、瑛太さんの答えは決まっていた。
「犬がいい」
「では、箱庭へ送っておきます。目を覚ましたら会ってあげてくださいね」
その直後、エシャール様の表情から明るさが消えた。
申し訳なさそうに目を伏せ、私たちへ深く頭を下げる。
「最後に、お伝えしなければならないことがあります」
声の重さに、自然と身体が強張った。
「お二人の身体は、私の力で新しく作ったものです。強靱な身体を優先したため、生殖器はありますが、生殖能力を持たせることができませんでした」
一瞬、言葉の意味を受け止めきれなかった。
前の人生でも、私たちの間に子供はいなかった。
それでも、最初から可能性がないと告げられることは、同じではない。
瑛太さんと顔を見合わせる。
しばらく考えたあと、どちらからともなく苦笑した。
「縁があれば、別の形で家族を作ればいいよ」
口にしてみると、不思議なくらい穏やかな気持ちだった。
「問題ない」
瑛太さんが私の手を握る。
「真由さんがいれば、それでいい」
その短い言葉だけで、答えは決まった。
「機会をくれて、ありがとう」
瑛太さんと並んで頭を下げると、エシャール様は安堵したように微笑んだ。
「箱庭には、お二人が登録した方も入れるようにしておきます。ただし、お二人が亡くなったあとは閉じられますので、気をつけてくださいね」
私はしっかりと頷いた。
「スキルの使い方や戦闘訓練については、生活を支える方々から教わってください」
エシャール様は私たちを見つめ、最後に優しく微笑んだ。
「それでは、クラウディスでの二度目の人生を楽しんでくださいね」
女神らしい穏やかな笑顔が、どこか寂しそうに見えた。
「いってらっしゃい」
足元から白い光が広がり、部屋の輪郭が少しずつ溶けていく。
私は瑛太さんの手を強く握った。
怖くないと言えば嘘になる。
それでも、この人と一緒なら進んでいける。
握り返された手の温もりを確かめながら、私は静かに目を閉じた。
(本当に、始まるんだ)
真由のスキル一覧。
【補助スキル】
<言語:Lv1><鑑定:Lv1><採取:Lv1><解体:Lv3><インベントリ:Lv1>
<瞑想:Lv5><隠蔽:Lv1><生活魔法:Lv1><自動書庫:Lv1>
【生産スキル】
<料理:Lv5><畜産:Lv1><農業:Lv3><園芸:Lv2><錬金:LV1><調合:Lv1>
【戦闘スキル】
<火魔法:Lv1><水魔法:Lv1><闇魔法:Lv1><回復魔法:Lv1><杖術:Lv2>
瑛太のスキル一覧。
【補助スキル】
<言語:Lv1><鑑定:Lv1><採取:Lv1><解体:Lv1><インベントリ:Lv1>
<瞑想:Lv3><隠蔽:Lv1><探知:Lv1><俊敏:Lv3><生活魔法:Lv1>
<テイム:Lv4><隠密:Lv1>
【生産スキル】
<鍛治:Lv1><木工:Lv1><裁縫:Lv1><皮工:Lv1><細工師:Lv1>
【戦闘スキル】
<弓術:Lv1><短剣:Lv1><風魔法:Lv1>
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