表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歳の差夫婦が整えて、生きる食卓〜料理が未発達な異世界で、無理せず積み重ねるスローライフ〜  作者: 望月 小鳥


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/13

転生準備 その2



 エシャール様から転生の説明は受けた。

だが、それで全てが解決したわけではない。


 むしろ問題は、ここからだ。


 異世界で、地球の料理をどう再現するのか。


 そもそも、ここは異世界だ。

日本のように、当たり前に何でも揃っている環境ではない。


 醤油も、味噌も、出汁も。

スーパーに行けば当然のように並んでいるそれらが、ここでは存在するかどうかすら分からない。


 探すところから始めて、なければ作るしかない。


 だが、作るとなれば、材料はどうする?

道具は揃うのか。

火加減は。

保存は。


 考えれば考えるほど、胃のあたりが重くなった。


 それに。

不潔は、無理だ。


 私は日本という、世界でも稀なほど清潔に気を配る国で六十年以上生きてきた。


 水が自由に使えて、毎日風呂に入れて、洗濯機があって、布団はふかふかで、トイレは清潔で。

虫が出ても対処できる。


 それが“普通”だった。


 そんな人間が、中世レベルの衛生環境で暮らせるのか。


 無理だ。

絶対に無理だ。

たぶん、発狂する。


 若返ったところで、精神まで若返るわけじゃない。

むしろ、もう苦労はしたくない。


 だからこそ、ぽつりと漏れた。


「異世界での生活……無理な気がする」


 自分でも驚くほど弱い声だった。


「そもそも物がないし、知識も足りない。料理は嫌いじゃないけど、醤油とか味噌とか、基本的な調味料が欲しいってなったら、探すか作るしかないでしょ? 二人だけじゃ人手も足りないし、無理な気がする」


 私は隣の瑛太さんを見る。


 瑛太さんは少しだけ眉を寄せ、言葉を選ぶように頷いた。


「俺も同意見だ。中世相当の生活だと、衛生面は厳しい」


 短く、しかしはっきりと。


「日本の環境に慣れてると、あれには戻れない。農業は多少手伝えるが、二人だけで回すには限界がある」


 淡々としているが、否定ではない。

現実を見ている言い方だった。


 私は苦笑する。


 やっぱりそうだ。


 勢いでどうにかできる年齢じゃない。

無理して壊れる方が怖い。

できるなら、穏やかに暮らしたい。


 そんな私たちの会話を聞いていたエシャール様は、楽しげに手を叩いた。


「なるほど、懸念点は理解しました。それでは、箱庭をご用意いたします」


 その言葉に、思わず顔を上げる。


「お二人の家、貯蔵庫、畑、果樹園。さらに生活を補助する者と、管理者も配置します」


 箱庭。

その単語だけで、頭に“整った生活”が浮かんだ。


「スマートフォンは持ち込めませんが、地球の知識を検索できる本を進呈します。その他、ご要望はありますか?」


 私は一瞬、言葉を失った。


(完全に逃がす気がない)


 だが同時に、思考は切り替わる。

なら、最大限楽をする。

私は慎重に尋ねる。


「地球の調味料とか、必要な物を送ってもらうことはできますか」


 エシャール様は微笑んだ。


「危険物でなければ可能です。ただし、クラウディスへの持ち出しは禁止です」


(かなり自由だ)


 箱庭内なら再現できる。

それだけで、難易度は激減する。


 私は瑛太さんを見る。


「瑛太さんは、何か気になることある?」


 瑛太さんは腕を組み、少しだけ考える。


「……条件は悪くない。」


 一拍。


「ただ、その箱庭に閉じこもるわけにもいかないんだろ?」


 核心だった。

私は頷く。

食文化を広めるなら、外に出る必要がある。


「戦闘はどうする?銃なら多少分かるが、剣と魔法は勝手が違う」


 瑛太さんは静かに続ける。


「前に出て戦う柄じゃない。ゲームでも後衛だったしな」


 そして、私を見る。


「真由さんは、どうだ?」


 無理に決まってる。

私は苦笑した。


「私も後衛ならなんとか。でも前衛は無理。怖いし、身体能力もないし」


 正直に言う。


「そこはフォローしてもらえるんですか?」


 もし無理と言われたら、ここで断る。

本気でそう思っていた。


 エシャール様は少し考え、笑った。


「では前衛の護衛をつけましょう」


 ――助かった。


「ただし、二人きりの冒険ではなくなります」


 それでもいい。

むしろその方がいい。


「それとも強くしますか。ドラゴンを一撃で倒せる程度に」


 私は即答した。


「それは遠慮します」


 即却下。

そんな力、絶対に面倒の種だ。


 話はスキルの話へ移る。


 努力で伸ばす世界。

やればできるが、やらなければ何も得られない。

私は溜め息を呑み込み、瑛太さんを見る。


「瑛太さん、二人だけで行くのと護衛あり、どっちがいいと思う」


 瑛太さんは迷わなかった。


「護衛ありだな」


 そして淡々と続ける。


「真由さんの安全が優先だ。無理をする理由がない」


 その言葉に、胸が少し軽くなる。


「……それと」


 一瞬、間を置いて。


「死んだらどうなる?」


 静かな問いだった。


 だが一番重い。


 私はエシャール様を見る。


 蘇生条件。制限。時間。

エシャール様の言葉を聞きながら、私は喉の奥がじわりと乾いていくのを感じていた。


 体の半分が残っていれば蘇生可能。

 だが時間制限がある。


 ――つまり。

 間に合わなければ、終わり。

それは、思っていたよりもずっと現実的で、そして残酷な条件だった。


 私は無意識に、自分の手を見た。

そして、そのまま瑛太さんの手を握る。


 温かい。

確かに、生きている温度だ。

けれど、それがいつか失われる可能性がある。

その事実が、じわじわと胸を締め付けてくる。


(もし、目の前で死んだら)


(もし、助けられなかったら)


(もし、自分だけ生き残ったら)


 無理だ。

そんな未来、耐えられない。

私はゆっくりと顔を上げ、エシャール様を見る。


「魂をリンクさせるって……どういう状態になるんですか?」


 エシャール様は少しだけ首を傾げ、穏やかに答えた。


「簡単に言えば、命を共有する形になります。どちらかが死亡すれば、もう一方も同時に命を失います。」


 一瞬、世界が静かになった気がした。

重い。

とても重い選択で、けれど同時に救いだ。


「一人で残ることがなくなるんですね」


 私の言葉に、エシャール様は静かに頷いた。


「はい」


 私は瑛太さんを見る。

瑛太さんは、少しだけ目を伏せていた。

考えている。

軽くは答えない。

そういう人だ。

だからこそ、私は聞いた。


「ねぇ、瑛太さん」


 一拍。


「もし私が死んだら、一人で生きていく?」


 問いというより、確認だった。

瑛太さんは、わずかに息を吐く。


「……考えたくもないな」


 短い。

けれど、それで十分だった。

そして続ける。


「残る方も、残される方もろくなもんじゃない。」


 私は、思わず笑いそうになった。

あまりにも瑛太さんらしい言い方で。

でも、その言葉が何より現実的で、重かった。

だから私は、決める。


「じゃあ、一緒に終わろう」


 声は、不思議と震えていなかった。


「一人で残るぐらいなら、その方がいい」


 瑛太さんは、ほんの少しだけ目を細めた。


「……いい」


 とだけ言った。

短く、いつも通りの声音で。

けれどその一言に、迷いはなかった。

私はうなずき、エシャール様に向き直る。


「魂のリンク、お願いします」


 決断はした。


 けれど、それで終わりではない。

むしろ、ここからだ。

私は一度、深く息を吸う。


「その、リザレクションなんですけど」


 エシャール様を見る。


「実際どれくらい現実的なんですか? 習得できる前に死んだら意味ないですよね」


 自分でも分かるくらい、声が真面目だった。

エシャール様は少しだけ目を細める。


「良い視点ですね」


 そして続ける。


「リザレクションは回復魔法の最上位スキルです。簡単には習得できません」


 やっぱり。


「ですが、段階的に成長します」


 指を一本立てる。


「まずキュア」


 二本目。


「次にヒールやリジェネ」


 三本目。


「それらを使い続けることで、回復魔法スキル自体のレベルが上がります」


 私は小さくうなずく。

つまり、積み重ね。


「そして最終的に、リザレクションに到達します」


 一拍。


「目安としてはヒール換算で五万回ほどですね」


 やっぱり多い。

でも、さっきより受け止められた。

理由が分かったからだ。


「逆に言えば」


 エシャール様は柔らかく笑う。


「積み重ねれば、必ず届く位置です」


 私はゆっくりと息を整える。


 条件は揃っている。

環境もある。


 後は、自分たちがどう生きるかだ。


「……世界観は理解できました」


 私はエシャール様をまっすぐ見る。


「それで、スキルはいくつ付与されるんですか」


 その瞬間。


 エシャール様が、楽しげに笑った。


「では、ここから本題ですね」

もし少しでも楽しんでいただけたら、

続きも読んでいただけると嬉しいです。


よろしければブックマークで応援していただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ