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歳の差夫婦が整えて、生きる食卓〜〜料理とものづくりで紡ぐ、異世界スローライフ〜  作者: 望月 小鳥
転生編

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転生準備 その2



 エシャール様から、転生について一通りの説明は受けた。

けれど、異世界へ行くと決めただけで、すべての不安が消えたわけではない。


 むしろ、考えなければならないことは、ここから先の方が多かった。


 クラウディスで、地球の料理をどう再現するのか。

そもそも、そこは日本のように、必要な物が当たり前に揃っている場所ではない。


 醤油も、味噌も、出汁も、存在するかどうかすら分からなかった。

似たような調味料があったとしても、味や製法が同じとは限らない。

何もなければ、材料を探すところから始め、自分たちで作る必要がある。


 その材料は、どこで手に入れるのか。

道具は揃うのか。

火加減はどう調整し、完成したものをどう保存するのか。


 一つ考えるたびに、そこから新しい問題が枝分かれしていく。

胸の中に積み上がっていく課題の多さに、胃のあたりが重くなった。


 それに、食べ物以前の問題もある。


 不潔な環境だけは、どうしても無理だった。


 私は日本で六十年以上暮らしてきた。

蛇口を捻れば清潔な水が出て、毎日風呂に入ることができる。

洗濯機に任せれば衣服は洗え、夜には乾いた布団で眠れる。

トイレも衛生的で、虫が出たとしても対処するための道具があった。


 それが、私にとっての普通だった。


 そんな人間が、中世に近い生活環境へ放り込まれて、平然と暮らしていけるのだろうか。

若い身体を与えてもらったとしても、精神まで若返るわけではない。

苦労を楽しめるほど前向きでもなければ、不便を修行だと思って耐えられる自信もなかった。


 もう一度人生を送れるなら、できるだけ穏やかに暮らしたい。

無理を重ねて、心や身体を壊すような生き方はしたくなかった。


「異世界での生活……やっぱり、難しい気がします」


 口から漏れた声は、自分でも驚くほど弱かった。

エシャール様が急かすことなく待ってくださったので、頭の中にあった不安を一つずつ言葉にする。


「そもそも必要な物がありませんし、私の知識だけで何でも作れるわけではありません。醤油や味噌のような基本的な調味料が必要になっても、探すか、一から作ることになりますよね。二人だけでは人手も足りないと思います」


 話しながら隣を見ると、瑛太さんはわずかに眉を寄せた。

しばらく考えたあと、私の言葉を否定することなく頷く。


「俺も同じ意見だ。衛生面は気になる」


 短いが、迷いのない返事だった。


「日本の環境に慣れていると、不衛生な暮らしには戻れない。農作業なら多少は手伝えるが、二人だけで全部を回すのは無理だ」


 淡々とした口調は、悲観しているというより、現実を見極めようとしているものだった。

私一人が弱気になっているわけではないと分かり、少しだけ肩の力が抜ける。


 勢いだけで、どうにかできる年齢ではない。

できないことを認め、必要な助けを求めることも、これから暮らしていくためには大切なはずだ。


 私たちの話を聞き終えたエシャール様は、納得したように頷いた。


「お二人の懸念は分かりました。それでは、生活の拠点となる箱庭をご用意します」


 聞き慣れない言葉に、私は顔を上げた。


「箱庭、ですか?」


「はい。お二人の家を中心に、貯蔵庫、畑、果樹園を設けます。生活を補助する方と、箱庭全体を管理する方にも来ていただきましょう」


 頭の中に、家と畑のある小さな土地が浮かぶ。

最初から生活の基盤が整えられているなら、何もない場所へ放り出されるのとはまったく違う。


「スマートフォンを持ち込むことはできませんが、地球の知識を調べられる本をお渡しします。ほかにも必要なものがあれば、遠慮なくおっしゃってくださいね」


(ずいぶん手厚く用意してくれるんだ)


 驚きながらも、思考はすぐに切り替わった。

使えるものに頼らず、苦労を抱え込む必要はない。


「地球の調味料や、生活に必要な物を送っていただくことはできますか?」


「危険な物でなければ可能ですよ。ただし、地球から送った物をクラウディスへ持ち出すことはできません。箱庭の中だけで使ってくださいね」


 箱庭の中であれば、地球の味を確かめながら再現を試せる。

完成品をそのまま外へ持ち出せなくても、作り方を学び、クラウディスの材料で試すための見本にはなる。

それだけで、最初に感じていた難しさは大きく下がった。


「瑛太さんは、ほかに気になることある?」


 瑛太さんは腕を組み、少し考えてから答えた。


「条件は悪くない。ただ、箱庭に閉じこもっているだけじゃ、依頼は果たせないんだろ?」


 私も同じことを考えていた。

食文化を広めるには、いつか箱庭の外へ出て、クラウディスの人たちと関わる必要がある。


「戦闘はどうする? 銃なら多少分かるが、剣や魔法は勝手が違う」


 瑛太さんの視線が私へ向く。


「俺は前に出て戦う柄じゃない。ゲームでも後衛だった。真由さんは?」


「私も後衛なら何とかできるかもしれないけど、前衛は無理。怖いし、戦い方も知らないから」


 強がる理由はなかった。

命に関わることだからこそ、できないことは最初にはっきり伝えておくべきだ。


「戦闘についても、助けていただけるんですか?」


 もし何の支援もないと言われたら、転生そのものを考え直すつもりだった。

それは弱気ではなく、私たちが新しい世界で生きていくために必要な判断だ。


 エシャール様は少し考え、穏やかに微笑んだ。


「それでは、前衛を務める護衛をお一人つけましょう」


 胸を締めつけていた不安が、一つほどけた。


「ただし、二人きりの旅ではなくなります。それが気になるのでしたら、お二人を強くすることもできますよ。ドラゴンを一撃で倒せる程度に」


「それは遠慮します」


 考えるより先に断っていた。

そんな力を持てば、穏やかな生活から遠ざかる未来しか想像できない。


 瑛太さんも反対する様子はなかった。


「瑛太さん、二人だけで行くのと、護衛の人に来てもらうのと、どっちがいいと思う?」


「護衛ありだな」


 返事に迷いはなかった。


「真由さんの安全が優先だ。無理をする理由がない」


 その言葉に、胸の奥が少し温かくなる。

瑛太さんはいつも、余計な飾りをつけず、大事なことだけを言う。


「それと、もう一つ聞きたい」


 瑛太さんはエシャール様へ視線を戻した。


「死んだら、どうなる?」


 静かな問いだった。

けれど、ここまでに出たどの質問よりも重かった。


「クラウディスには、死者を蘇らせるリザレクションという回復魔法があります。ただし、どのような状態からでも蘇生できるわけではありません」


 エシャール様の説明を聞くうちに、喉の奥が乾いていく。

蘇生には、身体の半分以上が残っていることに加え、時間の制限もあるという。


 つまり、間に合わなければ、そこで終わる。


 思っていたよりも現実的で、残酷な条件だった。

私は無意識に瑛太さんの手を探し、強く握る。


 掌から伝わってくる温度に、今は二人とも生きているのだと実感する。

けれど、異世界へ行けば、その温もりを突然失う可能性がある。


 もし、目の前で瑛太さんが死んだら。

助けることができず、自分だけが残されたら。


 想像しただけで、胸の奥が冷たくなった。

前の人生で味わったあの喪失を、もう一度受け止められるとは思えない。


 私の顔色が変わったことに気づいたのか、エシャール様が静かに言葉を添えた。


「お二人が、どちらか一人だけ残ることを望まないのであれば、魂をリンクさせる方法もあります」


「魂をリンクさせると、どうなるんですか?」


「簡単に言えば、命を共有する形になります。どちらかが死亡すれば、もう一方も同時に命を失います」


 重い選択だった。

けれど、一人だけ残されることを恐れる私には、救いのようにも聞こえた。


「一人で残ることがなくなるんですね」


「はい。ただし、一度リンクすれば簡単には戻せません。お二人でよく話し合って決めてください」


 私は瑛太さんを見た。

瑛太さんはすぐに答えず、目を伏せたまま考えている。

大切なことほど軽々しく決めない人だから、私も急かさずに待った。


「ねえ、瑛太さん。もし私が死んだら、一人で生きていく?」


 問いというより、気持ちの確認だった。


「考えたくもないな」


 瑛太さんは私の手を握り返し、静かに続ける。


「残る方も、残される方もろくなもんじゃない」


 あまりにも瑛太さんらしい言い方に、少しだけ笑いそうになった。

それでも、その言葉の重さは十分に伝わっている。


「じゃあ、一緒に終わろう」


 不思議と、声は震えなかった。


「一人で残るくらいなら、その方がいい」


 瑛太さんはほんの少しだけ目を細めた。


「ああ」


 いつもどおりの短い返事に、迷いはなかった。


 私は頷き、エシャール様に向き直る。


「魂のリンクをお願いします」


 決断はした。

けれど、死を受け入れたわけではない。

できることなら二人とも生き延び、次の人生を長く一緒に過ごしたかった。


「その、リザレクションについて、もう少し聞いてもいいですか?」


「もちろんですよ」


「実際には、どのくらいで習得できるものなんですか? 覚える前に死んでしまったら、意味がありませんよね」


 エシャール様は、真剣な表情のまま頷いた。


「リザレクションは回復魔法の最上位スキルです。簡単には習得できませんが、回復魔法を使い続ければ段階的に成長していきます」


 エシャール様は指を一本立てた。


「初めはキュアです。その後、ヒールやリジェネを覚え、それらを使い続けることで、回復魔法のレベルが上がります」


「その先に、リザレクションがあるんですね」


「はい。目安としては、ヒールに換算して五万回ほどです」


 五万回という数字に、思わず息を呑む。

途方もない回数だが、何をしても届かないという話ではない。

一回ずつ積み重ねていけば、いつかは辿り着ける。


「逆に言えば、続けていれば必ず届く位置ですよ。急がず、一つずつ身につけてくださいね」


 エシャール様の言葉に、ゆっくりと息を吐いた。


 生活の拠点があり、手を貸してくれる人がいる。

外へ出るときには護衛がつき、時間はかかっても、蘇生魔法へ至る道も用意されている。

怖さが消えたわけではない。

それでも、何も分からなかったときよりは、進むべき道が見えてきた。


 あとは、私たちがクラウディスでどう生きるかだ。


「世界の仕組みは理解できました」


 私はエシャール様を真っすぐに見つめる。


「それで、スキルはいくつ付与されるんですか?」


 その瞬間、エシャール様の表情が楽しげに緩んだ。


「では、ここからが本題ですね」

もし少しでも楽しんでいただけたら、

続きも読んでいただけると嬉しいです。


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Xからきました!文章が読みやすいです! 設定が斬新ですね~。 ゲームのチュートリアルのようでワクワクしますね。 危険ありで難易度高そうですが、ある程度環境を整えてもらえるのは魅力的ですね。 ここからど…
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