初めての武器と、治療師ナディア
昼食を終えた私たちは、エドさんに教えてもらった鉄枝の工房を目指して職人通りへ向かった。
石畳の両側には工房が並び、金属を打つ音や革を叩く音が絶え間なく響いている。
木材を削る乾いた音に鞴を踏む重い音が重なり、木屑や革、熱した金属の匂いまで入り混じっていた。
瑛太さんは店先へ並べられた工具や材料を興味深そうに眺めている。
鍛冶や木工のスキルを覚えてから、以前なら素通りしていた道具にも目が留まるようになったらしい。
「気になる物があるの?」
「知らない道具が多い」
「帰るまでに、見て回る時間も作りたいね」
「ああ」
長く滞在することになったのだから、必要な用事だけでなく、こうした場所を見て回る時間も取れそうだった。
やがて、鉄で作られた枝の飾りを掲げた店が見えてきた。
枝の先には小さな弓と杖が吊るされ、風を受けて僅かに揺れている。
「ここだな」
ガイルが扉を押し開けると、木と金属の混じった匂いが鼻先を掠めた。
店の壁際には弓や槍、短剣が種類ごとに立てかけられている。
奥の作業台では、小柄ながら肩幅の広い男性が鑿を片手に木材を削っていた。
短く整えられた顎髭の間からは、古い傷跡が幾つも覗いている。
男性は私たちに気づくと、削る手を止めて顔を上げた。
「客か。……何が要る」
「エドさんに紹介していただきました。杖と弓を探しています」
「どっちが何を使う」
「私が杖です。弓は瑛太さんが使います」
店主は瑛太さんへ弓の経験や今まで使っていた武器を尋ねた。
短剣と風魔法を使うものの、弓は初めてだと分かると、壁から一本を選び出す。
全長は百五十センチほどだった。
一本の木から削り出された弓身は緩やかに反り、上下の先端が黒い角材で補強されている。
中央の握りには濃い茶色の革が巻かれ、白に近い弦は魔物の腱を撚り合わせた物らしい。
「狩猟用のリカーブボウだ。癖が少なく、初めてでも扱いやすい」
瑛太さんが受け取って構えると、店主は握り方や肩の位置を直していく。
矢をつがえず弦を引いてみるものの、初めは右肩が上がり、弓身も僅かに揺れていた。
「剣みたいに握り込むな。腕だけじゃなく、背中を使って引け」
何度か繰り返すうちに余分な力が抜け、弓身の揺れも小さくなっていった。
「初めてにしちゃ悪くねえ。だが、最初は訓練場で教わりながら使え」
「わかった」
店主は弓を受け取り、瑛太さんの手に合わせて握りと弦を調整する。
瑛太さんがその手元を熱心に見ていると、店主が自分でも作るつもりなのかと尋ねた。
「いずれは」
「なら、構造を覚えるまでは弓身を削るな。少し形を変えただけでも折れるぞ」
「構造を覚えてからにする」
調整を終えた弓へ、練習用の矢と矢筒が添えられた。
瑛太さんは弓を背負い、肩へかかる位置を確かめている。
「お嬢さんは杖だったな。使う魔法は?」
「攻撃魔法と回復魔法です。回復魔法は、スキルがあるだけでまだ発動したことはありません」
後方からの魔法攻撃と支援を想定していることを伝えると、店主は私の体格と装備を一通り確認した。
「接近された時に使える得物は?」
「ありません」
「なら、短杖はやめとけ」
店主が取り出したのは、腕ほどの短杖と細身の長杖、私の背丈に近い太めの長杖だった。
短杖は軽く魔法を発動しやすいが、接近された時には役に立ちにくい。
細身の長杖は魔力を通しやすいものの、軽さを優先しているため強い衝撃には弱いという。
最後に、店主が太めの長杖を床へ立てた。
石突きが触れ、店内へ低い音が響く。
「こいつは少し重いが頑丈だ。挟撃された時でも、攻撃を受け止めて一歩下がる時間くらいは作れる」
「杖で戦うということですか?」
「本格的な殴り合いは無理だぞ。だが、後ろにいれば安全とは限らねえ」
冒険者登録試験で、魔法の発動が遅いと指摘されたことを思い出す。
誰かに守ってもらうとしても、必ず間に合うとは限らない。
何も持たないよりは、丈夫な杖があった方が安心できそうだった。
「魔力を通しやすいのは、細い杖の方ですか?」
「物だけで比べればな。だが、お前さんは背が高い。体に合った長さの方が姿勢は安定する」
太めの長杖を受け取ると、見た目どおりの重さが腕へかかった。
片手でも持てるが、床へ立てた方が安定し、背筋を伸ばしたまま自然に構えられる。
「こちらの方が持ちやすいです」
「少し魔力を流してみろ。魔法は発動させるなよ」
握った手から魔力を流すと、初めは杖の途中で散ってしまった。
もう一度、細い糸を先端まで伸ばすように意識すると、魔力が木目に沿って進み、枝分かれした先端の薄青色の魔石が僅かに明るくなる。
「悪くねえな。慣れれば、もっと楽に通せるようになる」
「では、これにします」
長杖は、中太の木の幹をそのまま生かしたような形をしていた。
持ち手には革紐が巻かれ、二本に分かれた先端には薄青色の魔石が挟み込まれている。
派手な装飾はないものの、素朴で力強い佇まいだった。
店主は私の手に合わせて革紐を巻き直し、先端へ保護具も取りつけてくれた。
ガイルが弓と杖の代金を支払い、私たちは工房を出た。
長杖を石畳へつくと、硬い感触が手のひらへ返ってくる。
少し重いものの、その重さが頼もしさにも感じられた。
「重くないか?」
「少し重いけど、これなら大丈夫。瑛太さんの弓は?」
「まだ分からない。だが、覚える」
「訓練場で教えてもらわないとね」
「ああ」
背負った弓へ触れる瑛太さんは、いつもより少しだけ楽しそうに見えた。
「次はギルドだな」
ガイルに促され、私たちは職人通りを後にした。
大通りへ戻ると、露店の呼び込みや荷馬車の音が耳へ戻ってくる。
焼いた肉や香辛料の匂いに引かれそうになりながらも、寄り道はせず冒険者ギルドへ向かった。
夕暮れ前の酒場には、既に何組もの冒険者が集まっていた。
笑い声や食器の音に混じり、黒の森やゴブリンという言葉が聞こえてくる。
「よお。来たのか」
振り返ると、黒曜が卓の間を抜けて歩いてきた。
瑛太さんの背にある弓を見て、楽しそうに口元を上げる。
「弓か。俺とやるか?」
「やらない」
「ははっ! 即答かよ」
「面倒事なら後にしろ。今日は用がある」
ガイルが釘を刺すと、黒曜は手に持っていた紙を掲げた。
端には黒い森らしき輪郭と、何本かの道が描かれている。
「お前らが黒の森のゴブリン共について報告したんだろ。通ってきた場所を確かめさせろ」
ガイルは紙へ目を落とし、私たちへ顔を向けた。
「奥様はセレナのところへ行ってくれ。俺はこいつの話を聞く」
「俺も残る」
私だけ別行動になることへ少し迷ったものの、ここは冒険者ギルドの中だ。
「分かった。終わったら戻ってくるね」
「ああ」
「変な話に巻き込まれないでね?」
「俺に言わないでくれ」
黒曜の笑い声を背に受けながら、私は三人と別れて受付へ向かった。
「セレナさん、こんにちは」
「こんにちは、真由様。武器は決まったのですね」
「はい。鉄枝の工房で選んでいただきました」
以前お願いしていた回復魔法の指導者について尋ねると、今日は救護室へ出勤しているという。
「今なら少し時間を取れると思います。ご案内します」
セレナさんに続いて廊下へ入ると、酒場の賑わいが遠ざかり、乾燥させた薬草に似た匂いが強くなった。
白い扉の先にある救護室には、包帯や小瓶が種類ごとに並べられていた。
奥の作業台にいた女性が椅子から立ち上がる。
肩や腕には程よく筋肉がつき、片脚を僅かに庇いながらも、歩みに危なげはなかった。
「あんたが、セレナから聞いてた新人だね」
「はい。真由と申します。よろしくお願いします」
「ナディアだよ。ここの救護室で治療師をやってる」
ナディアさんは、顔色や立ち方を確かめるように私を一通り見た。
「回復魔法を覚えたいんだって?」
「はい。ただ、怪我の状態も分からないまま使うのは危険だと聞きました」
「誰から聞いたんだい?」
「冒険者登録試験の時に、セレナさんからです」
「なら、最初の先生は間違ってないね」
ナディアさんは棚から包帯と幾つかの小瓶を取り出した。
まず傷の状態を見分けられるようになりたいと伝えると、満足そうに頷く。
回復魔法は、傷口へ魔力を流せば終わるものではないらしい。
出血や骨折、毒、麻痺の有無を確かめ、何が起きているのかを判断してから使わなければならない。
「傷を見誤ったまま、治せば済むと思ってる奴が一番厄介なんだよ。骨がずれたまま固まることもあるし、毒を残したまま傷だけ塞ぐこともある」
知識がなければ、助けるつもりで状態を悪くすることもある。
思っていた以上に慎重な判断が必要だった。
「魔力操作は?」
「目や手へ集めることはできます」
「なら、次からは傷を見るところから始める。魔法はその後だ」
「最初から魔法の練習をするのではないんですね」
「使っていい傷なのか判断できなきゃならないからね」
ナディアさんの声が少しだけ低くなる。
「MPもポーションも有限だ。怪我人が何人もいれば、誰から治療するのか決めなきゃならないこともある」
その言葉には、経験から来る重みがあった。
誰でも同じように助けられればよいが、実際には時間も魔力も限られている。
「最初から全部できる奴はいないよ。まずは、見て、確かめて、考える癖をつけな。分からないなら、分からないと言えばいい」
「はい。よろしくお願いします」
「素直でいいね。知ったふりをされるより教えやすいよ」
ナディアさんは予定表を確認し、数日後の午後を指定した。
次は包帯の巻き方や傷の種類から教えてくれるという。
「その日までに資料を用意しておくよ。分からないところがあれば聞きな」
「ありがとうございます」
次の予定を書き留め、ナディアさんとセレナさんへ礼を伝えて救護室を出た。
窓から差し込む光は、部屋へ入った時よりも随分と傾いている。
新しい杖を手に入れ、回復魔法を教えてくれる人にも会えた。
けれど、今日教わったのは魔法の使い方ではなく、目の前の人を見て、何が起きているのかを考えることだった。
酒場へ戻ると、瑛太さんとガイルは黒曜と同じ卓へ座り、古びた地図を覗き込んでいた。
三人とも、黒の森の周辺へ引かれた線を真剣な顔で見つめている。
「終わったか」
「うん。次の予定も決まったよ」
「どうだった?」
「魔法を使う前に、覚えないといけないことがたくさんありそう」
瑛太さんの隣へ立つと、黒曜が地図を軽く畳んだ。
黒の森へ続く道の一部が目に入る。
「そっちは何の話をしてたの?」
「黒の森の古い道についてだ」
ガイルが答えた。
「今すぐ何かあるわけじゃねえ。詳しい話は宿へ戻ってからだ」
「分かりました」
気にならないわけではない。
それでも、ここで急いで聞く話ではないらしい。
私たちは黒曜と別れ、冒険者ギルドを出た。
建物の影は朝より長く伸びている。
「次までに勉強することが増えたね」
「忙しいな」
「瑛太さんも弓の練習があるでしょう?」
「そうだな」
「クロエさんとロゼリア様との約束も残ってるしね」
「もっと忙しいな」
瑛太さんの声には、小さな笑いが混じっていた。
帰れない日が、いつまで続くのかは分からない。
黒の森についても、宿へ戻れば新しい話を聞くことになる。
それでも、ただ待っているだけではなかった。
杖を扱うこと。
怪我を見ること。
残っている約束を果たすこと。
やるべきことを一つずつ確かめながら、私は瑛太さんたちと並んで宿への道を歩いた。
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