表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歳の差夫婦が整えて、生きる食卓〜料理とものづくりで紡ぐ、異世界スローライフ〜  作者: 望月 小鳥
クロイティル編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
40/46

護衛の剣と、鬼の大斧

 セレナさんが右手を上げる。

私は知らず知らずのうちに、隣に立つ瑛太さんの袖をつかんでいた。


 黒曜の斧がわずかに傾き、ガイルの足が土を踏みしめる。

セレナさんの手が振り下ろされようとした瞬間、私は息を止めた。


「では、始めてください」


 セレナさんの手が下りた瞬間、黒曜の姿が大きく迫った。

振り上げられた斧が、ガイルの頭上へ落ちる。

ガイルは大剣を横にして受け止めるのではなく、刃を斜めに当てた。

金属同士がぶつかる甲高い音とともに、大斧の軌道が横へ逸れる。


 刃は地面へ触れる寸前で止まり、巻き起こった風だけが乾いた土を散らした。

届いた砂に目を細める。

あれほど重そうな斧を振り下ろしながら、黒曜は土の表面にさえ刃を触れさせていなかった。


 ガイルはすでに黒曜の懐へ踏み込んでいる。

大剣を返し、その平らな部分を脇腹へ振り抜く。

黒曜が斧の長い柄で受けると、今度は腹の底まで響くような低い音が鳴った。


 二人の身体が離れた次の瞬間には、また刃と刃がぶつかっていた。

黒曜は斧の重さで正面から押し崩そうとし、ガイルは半歩ずつ位置を変えながら力を外へ流していた。


 速すぎて、どちらが先に動いたのかまでは分からない。

それでも、ガイルは左右へ移るたび、必ず私たちの前へ戻ってきた。

黒曜の巨体と私たちを結ぶ線の上から、一度も外れていない。


「俺を相手にしながら、まだ後ろを守ってんのか?」


 斧を押し返された黒曜が、楽しそうに歯を見せる。


「護衛なんでな。癖みてえなもんだ」


 ガイルは短く答え、大剣を構え直した。

黒曜の笑みがさらに深くなる。


 次に振り上げられた大斧も、ガイルへ向かうものだと思った。

けれど黒曜は途中で刃を止めると、地面を強く蹴って横へ踏み出した。

向かう先にいるのは、私たちだ。


 息をのむより先に、ガイルが黒曜の進路へ回り込んだ。

大剣の腹で斧の柄を押し返し、広い肩まで使って道を塞ぐ。


 黒曜は足を止めず、反対側へ切り返した。

ガイルはその背中を追わない。

私たちとの間へ先回りし、また正面から黒曜を迎えた。


 試験中でも、ガイルはいつもと同じように私たちの前へ立っていた。


 大斧が高く上がり、今度こそ力任せに落ちてくる。

そう見えた直後、黒曜の両手が滑るように柄を持ち替えた。

刃ではなく石突きが、ガイルの胸元へ突き出される。


 ガイルは身体を半分だけずらしてかわし、大剣の鍔元で柄を受けた。

黒曜はそのまま身体を入れ替えるように横へ抜けようとする。

けれどガイルの足が先に進路へ入り、黒曜は一歩下がらざるを得なかった。


「ははっ!いいじゃねぇか!

お前を倒すより、後ろへ抜ける方が難しそうだ!」


「試験だろ。余計なことまで試してんじゃねえ」


「それも実力のうちだろ!」


 黒曜は楽しげに笑いながら、低い位置から斧を薙いだ。

ガイルが大剣の切っ先を下げて受け流す。

重い刃が通り過ぎるたびに風が鳴り、二人の靴底が土を削った。


 ガイルは危なげなく防いでいるように見えたけれど、足元には少しずつ深い跡が刻まれていく。

斧を受けた腕も、一撃ごとにわずかに沈んでいた。

黒曜の方も、大斧へ十分な勢いを乗せる前に向きを変えられ、何度も構え直している。


 どちらが上なのか、私には比べられない。

ただ、あれほど大きな斧が振るわれているのに、ガイルの背後だけは不思議なほど安全に思えた。


 訓練場の端では、セレナさんが二人の武器と足元を見ている。

試験を続けているのは、二人がまだ武器を制御できているからだろう。


 黒曜が大きく後ろへ跳び、初めて距離を取った。

大斧を両手で握り直し、腰を低く落とす。

それまで浮かべていた豪快な笑みは残っているものの、視線だけが鋭くなっていた。


「ガイル。いつまで隠してるつもりだ?」


「試験に必要な分は見せてる」


「なら、俺が必要なところまで引きずり出してやる!」


 黒曜が踏み込んだ。

地面が揺れたように感じるほど、深く、強い一歩だった。


 真っ向から振り下ろされた大斧を、ガイルが大剣で受ける。

これまでのように軌道を逸らしきれず、二人の武器が噛み合ったまま止まった。

金属の軋む音が続き、ガイルの靴が土を削りながら後ろへ滑る。


 あと一歩退けば、その分だけ黒曜がこちらへ近づく。

まだ十分な距離があると頭では分かっているのに、身体が強張った。


 瑛太さんが私の前へ半歩出る。

ルクスも低く唸り、いつでも飛び出せるように前脚へ力を込めた。


「大丈夫だ」


 瑛太さんの短い声にうなずきながらも、視線を外すことができない。


 ガイルの膝がわずかに沈んだ。

けれど、それ以上は下がらない。

大剣の角度を変え、黒曜の斧をほんの少し持ち上げる。


 ガイルが身体を横へずらした途端、黒曜の力だけが斜め前へ流れていく。

大きな上体がわずかに傾いた。


 次の瞬間、ガイルの姿を見失った。


 目で追えたのは、黒い大剣が低い位置から跳ね上がったところだけだった。

黒曜も前へ流れた身体を強引に戻し、大斧を引き寄せる。


「そこまでです」


 セレナさんの声が響いた時には、二人とも動きを止めていた。


 ガイルの大剣は黒曜の首元へ、黒曜の斧はガイルの肩へ届く寸前で止まっていた。

刃はどちらの身体にも触れていない。

どちらが先に届いたのか、私にはまったく分からなかった。


「お二人とも、武器を収めてください」


 黒曜が先に斧を引き、大声で笑った。


「ははっ!やっぱり隠してやがったな!」


「試験に必要な分は見せただろ」


 ガイルは大剣を背中の鞘へ戻し、乱れた呼吸を一度だけ深く整えた。

黒曜は勝ったとも負けたとも言わず、満足そうにうなずいている。


「いい腕だ。今度は試験じゃねぇところでやろうぜ!」


「断る。面倒だ」


 黒曜が親しげにガイルの肩を叩こうとしたものの、ガイルは半歩横へずれて避けた。

行き場を失った手を見て、張りつめていた息が抜ける。


 セレナさんは二人の身体に怪我がないことを確かめ、武器、柵、壁の順に見回した。

施設に壊れたところはない。

ただ、訓練場の中央には、二人が踏み込むたびに残した深い靴跡がいくつも刻まれていた。


「壊してねぇだろ?」


 黒曜が得意げに胸を張る。


「施設は壊れていません」


 セレナさんはそこで一度言葉を切り、足元へ視線を落とした。


「ただし、訓練場の整地は手伝っていただきます」


「これくらい、放っておきゃ直るだろ」


「直りません。黒曜様には、試験結果をお伝えしたあとでお願いします」


 逃げ道のない返答に、黒曜が大きく肩を落とす。

ガイルへ助けを求めるような視線を向けたが、当然のように無視されていた。


 一行でギルドの建物へ戻ると、セレナさんは受付台の内側から三枚の登録証を取り出した。

それぞれに名前と開始ランクが記されている。


「冒険者は、基本的にFランクから登録されます。

ただし、今回のように事前の実力試験を受けた場合は、能力や安全判断、連携、武器の制御を確認したうえで、結果に応じたランクから開始できます」


 最初に私の前へ置かれた登録証には、Eランクと記されていた。


「真由様はEランクです。魔力操作と命中精度は安定しています。

一方で、発動速度と魔法を放ったあとの周囲への注意には課題が残ります。

当面は採取や補助を中心とした依頼をおすすめします」


「はい。試験で教えていただいたことを練習します」


 次にセレナさんは、瑛太さんの登録証を差し出した。

ルクスは従魔として瑛太さんと一組になっており、開始ランクはDだった。


「瑛太様とルクスはDランクです。

魔法を含めた連携、安全判断、相手へ過剰な威力を向けない力加減を評価しました。

今後は距離に応じて、弓、魔法、短剣を切り替えられるようにしてください」


「分かった」


 瑛太さんは短く答え、登録証を受け取った。

足元のルクスも自分の結果が分かったかのように、尻尾を一度だけ大きく左右へ振った。


「ガイル様もDランクです」


 最後の登録証が、ガイルの前へ置かれる。


「戦闘能力、周囲への注意、護衛対象を守る位置取りは、いずれもDランクへ収める評価ではありません。

しかし、過去の経歴と依頼達成の実績を当ギルドで確認できないため、実力試験で開始できる上限とします」


「護衛で街の外へ出るのに支障がねえなら、それでいい」


「お前の腕なら、もっと上でいいだろ」


 後ろから口を挟んだ黒曜へ、セレナさんが静かな視線を向けた。


「冒険者のランクは、戦闘能力だけで決まるものではありません。依頼の実績と信用も必要です」


「規則ってやつか。面倒だな」


「その規則を守っていただける方へ、依頼をお任せしています」


 黒曜がそれ以上言い返さなかったため、セレナさんは話を続けた。


「皆様のパーティーは、Dランク相当として扱います。

Dランクまでの依頼を受注できますが、内容によっては構成員の個人ランクや能力を確認し、受注を制限する場合があります」


 登録証には、しっかりとした重みがあった。

冒険者になること自体が目的ではない。

それでも、街の外へ食材を探しに行き、暮らしを広げるための入口が形になったのだと思う。


「セレナさん。もう一つ、回復魔法の練習について相談してもよろしいですか?」


「登録の際にロゼリア様のお名前を出されていましたね。その件でしょうか」


「はい。教会では練習できないため、こちらへ相談するよう勧めていただきました」


 セレナさんは登録に使った書類を整え、私へ向き直った。


「回復魔法を実際の負傷者へ使うのであれば、魔法の発動だけを覚えるわけにはいきません。

傷の状態、出血、骨折、毒や麻痺の有無を見分け、何を優先するか判断する必要があります」


 キュアを使えるようになれば、怪我を治せる。

どこかで単純にそう考えていたのかもしれない。

けれど、傷の種類さえ分からないまま魔法を使っても、本当に必要な処置ができるとは限らない。


「条件に合う方が一人います。

以前は冒険者として活動していましたが、今はギルドの救護室で治療を担当しています。

回復魔法だけでなく、負傷者の状態確認や応急処置も教えられる方です」


「その方に、教えていただけるのでしょうか?」


「今日は救護室へ来ていません。

次に勤務する日を確認し、本人にも話を通したうえでご紹介します」


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 頭を下げると、セレナさんは小さくうなずいた。


「真由さん、そろそろ戻ろう」


 瑛太さんに声をかけられ、窓の外を見る。

ギルドへ来た時よりも陽が傾き、建物の影が長く伸びていた。


「そうですね。宿へ戻りましょうか」


 登録証を大切にしまい、瑛太さんたちと出口へ向かう。

訓練場へ続く扉の前では、黒曜が整地用の大きな木製の均し板を渡され、露骨に嫌そうな顔をしていた。


挿絵(By みてみん)


「ガイル、手伝え」


「断る。自分でやれ」


「さっき一緒に戦った仲だろ!」


「勝手に土を荒らしたのはお前だ」


 ガイルは振り返ることなく、私たちのあとをついてくる。

背後から黒曜の不満そうな声が聞こえたけれど、セレナさんの「始めてください」という冷静な声に遮られた。


 次にこのギルドを訪れる時には、回復魔法を教えてくれるかもしれない人と会うことになる。

登録証の重みを鞄越しに確かめながら、私は鳥の導き亭へ戻る道へ足を踏み出した。

もし少しでも楽しんでいただけたら、

続きも読んでいただけると嬉しいです。


よろしければブックマークで応援していただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ