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歳の差夫婦が整えて、生きる食卓〜〜料理とものづくりで紡ぐ、異世界スローライフ〜  作者: 望月 小鳥
クロイティル編

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35/43

今夜の宿と、屋台通り

 丘を下りきると、街門の前には長い列ができていた。

荷馬車を連ねた商人らしき一団、背に大きな荷を担いだ旅人、剣を腰に下げた冒険者風の若者たち。

行き交う人々の服装も種族も様々で、見ているだけで目が忙しい。


 獣人らしき耳を持つ男性が荷馬車を引き、その横をドワーフらしき小柄な人物が並んで歩いている。

少し離れた場所では、フードを目深に被った旅人が地面に腰を下ろし、荷の紐を結び直していた。

陽が高くなるにつれ、列の周りには土埃と汗の匂い、それに馬の匂いが混じって漂ってくる。

横を通り過ぎていく旅人が、ちらりとルクスの大きさに目を留め、それからエルフの耳へ視線を移した。

驚いた様子はあっても、声を上げるほどではない。

少なくとも、騒ぎになるほど珍しい光景ではないらしい。


 馬車の車輪が石畳をこすり、荷物同士がぶつかる音があちこちで響いていた。

待つ間、ルクスが落ち着かない様子で耳を動かしていたが、ガイルが軽く首元を撫でると、すぐに大人しくなった。


 列がゆっくりと進み、やがて順番が回ってくる。

門番は槍を携えた壮年の男で、こちらを一瞥すると片眉を上げた。


「珍しい組み合わせだな。エルフが二人に、傭兵風の男。連れてるのは……随分でかい犬だな」


「従魔だ。心配ない」


 ガイルが短く答える。

門番はルクスをもう一度見てから、視線を私たちへ戻した。


「エルフが森から人を連れて出てくるなんぞ、珍しいな。なんの用事だ」


「俺は二人に雇われてる。この二人は変わり者のエルフの夫婦でな。人の街を見てみたいって言うから、観光で連れてきた」


 立て板に水とはいかないまでも、淀みない口調だった。

門番はふうん、と鼻を鳴らして納得したような顔をする。


「身分証を」


「俺は元傭兵だ。冒険者じゃないからギルド章はない。この二人も森を出ないエルフだ。そもそも持ってない」


「なら、入街税。銀貨十七枚。三人分と一匹分だ」


 ガイルが懐から革袋を取り出し、数えながら硬貨を渡していく。

銀貨が擦れ合う小さな音が、列の喧騒に紛れて消えていった。

思っていたよりあっさりと進んでいく手続きに、少しだけ拍子抜けする。


「クロイティルは初めてか」


「ああ、初めてだ。一つ聞きたいんだが、中級くらいの宿で、従魔も一緒に泊まれて、風呂がある宿を知らないか?」


 門番は少し考えるように顎を撫でた。


「鳥の導き亭がいいだろう。まっすぐ行って、冒険者ギル

ドと商業ギルドを通り過ぎたら、二つ目の角を右だ。少し歩けば看板が見える」


「助かる」


 一通り聞き終えたところで、ガイルが表情を少しだけ引き締めた。


「もう一つ、伝えておきたいことがある。黒の森の入り口付近だが、ゴブリンの数が増えてる。今日は一度じゃない、何度も群れに遭遇した」


 門番の顔つきが変わる。


「本当か?」


「実際に抜けてきた者としての報告だ。森を通る奴には、念のため注意を促した方がいい」


 門番は懐から板を取り出し、聞き取った内容を簡単に書き留めていく。

筆を走らせる音が、列の喧騒の中で妙にはっきりと聞こえた。


「分かった。巡回に伝えて、ギルドにも共有しておく」


 それだけ言うと、門番は軽く頷いて私たちを通した。

街門をくぐった瞬間、空気の密度がまるで違うものに変わった。


挿絵(By みてみん)


 石畳を行き交う人々の足音。

扉の開け閉めが立てる、乾いた音。

店先から漏れ聞こえる、値切るような話し声。

そして何より、風に乗って漂ってくる料理の匂いが、一気に鼻へ押し寄せてくる。


 木材と革の匂い、何かの香辛料の刺激。

建物の隙間から差し込む光が、石畳の上に細長い影を落としていた。

思わず、その匂いの元へ視線が向く。


「気になるのか?」


 瑛太さんが横で小さく言う。


「うん。でも、先に宿を決めないとね」


 後ろ髪を引かれる思いを抑えて、私たちは教えられた道を進んだ。


 冒険者ギルドと商業ギルドを通り過ぎ、二つ目の角を右へ曲がる。

道の両側には小さな商店が並び、布や陶器、見慣れない野菜を並べた店先を横目に歩いていく。

少し歩いた先に、鳥をかたどった木製の看板が見えた。

色褪せてはいるが、丁寧に彫られた鳥の意匠に、この宿の年月を感じる。


「鳥の導き亭、ここね」


 扉を開けると、暖かな木の香りと一緒に、カウンターの向こうから小さな声が飛んできた。


「いらっしゃいま――」


 声が途中で止まる。

カウンターに立っていたのは、十歳くらいの女の子だった。


「うわぁ……!すっごい綺麗な人と、かっこいい妖精さんだ!」


 目を輝かせて身を乗り出す。

その勢いに、少し気圧されてしまう。


「ルイーズ、お客様に失礼でしょう」


 奥から出てきたのは、エプロン姿の女性だった。

声には窘める響きがあったが、その視線もまたこちらへ釘付けになっている。


「本物のエルフさんだわ……こんなに間近で見るの初めて」


「お前もだろうが」


 最後に姿を見せた男性が、苦笑しながら二人の肩を軽く叩いた。

奥の厨房からは、焼きたてのパンらしい匂いが漂ってきている。


「すみません、お騒がせしました。私はエド、宿の主人です。こっちは妻のクロエと、娘のルイーズです」


「真由です。こちらは瑛太さん、それとガイル、ルクスです」


 名乗ると、ルイーズがルクスを見て目をまん丸にする。


「わんちゃんも泊まる?」


「……ルクスも一緒に泊まれますか?」


「もちろんです。裏庭も自由に使ってもらって構いません」


 クロエが柔らかく答える。

部屋の割り振りを確認し、私と瑛太さんで一部屋、ガイルとルクスで別の一室を取ってもらうことになった。


「お食事はどうされますか?素泊まりでしたら、お一人銀貨八枚。夕食付きなら十枚、朝食もお付けになるなら十三枚になります」


 エドが指を折りながら説明する。

私は瑛太さんと顔を見合わせ、すぐに頷いた。


「夕食も朝食も、お願いします」


「畏まりました。それと、ルクスさんの分は別途、銀貨三枚頂戴します」


 ガイルが懐から革袋を取り出し、部屋代とルクスの分をまとめて数えていく。

銀貨が重なる音が、カウンターの上で小さく響いた。


「あの、お風呂は利用できますか?」


 尋ねると、クロエが微笑んで頷いた。


「はい、十六時から二十一時までご利用いただけます。順番になりますので、少し余裕を持っていらしてくださいね」


「ありがとうございます」


 門番に教えてもらった通り、ちゃんと入浴できる宿だと分かって、少しほっとする。


 使い込まれているものの、綺麗に磨かれた鍵を受け取りながら、ようやく肩の力が抜けていくのを感じる。


 二階へ案内された部屋は、それほど広くはないけれど、窓から通りが見下ろせる明るい部屋だった。

木製のベッドが二つ、小さなテーブルと椅子、水差しの置かれた棚。

屋敷ほどの調度品はないが、床も壁も丁寧に磨かれていて、居心地の悪さは感じなかった。


「悪くない部屋だな」


「うん。清潔だし、なんだか落ち着く」


 荷物を軽く置いて、窓の外を眺める。

通りを行き交う人々の頭上には、洗濯物を干した紐がいくつも渡されていて、街の生活の匂いがそこかしこに滲んでいた。


 落ち着いたところで、私たちは一階へ戻った。

先に下りていたガイルとルクスが、階段の下でこちらを待っている。


「旦那様、奥様、部屋はどうだった?」


「ええ、綺麗な部屋でした。ガイルたちの部屋は?」


「隣だから、間取りは同じだ」


 ガイルが短く答え、ルクスも満足そうに尻尾を一度揺らした。

カウンターへ向かうと、エドとクロエ、ルイーズがまだそこにいた。


「あの、この近くで昼食が取れる場所はありますか?」


「でしたら、うちの食堂でも――」


「いろいろ食べたいなら、屋台通りがいいよ!」


 クロエが言い終える前に、ルイーズが元気よく割り込んだ。


「屋台通り?」


「屋台通りは、この道をまっすぐ行って、市場の広場を抜けたところです。串焼きも、パンも、甘いものもありますよ」


「人も多いですから、荷物にはお気をつけて」


 エドが付け加える。

親子のやり取りに、宿全体の温かさが滲んでいるようだった。


 礼を言って外に出ると、太陽はもう高い位置にあった。

教えられた道を進み、市場の広場を抜けると、狭い通りの両側に屋台がずらりと並んでいるのが見えてきた。


 焼ける肉の香り、パンの匂い、果物の甘い香り。

湯気を上げる鍋の前で、店主が大きな声で客を呼び込んでいる。

子どもたちが屋台の間を駆け抜け、笑い声が石畳に響いていた。


「すごい……」


 思わず足が止まった。

瑛太さんも周囲を見回しながら、静かに息を吐いている。


 軒を連ねる屋台は、思っていたよりずっと数が多かった。

干した果物を並べる店、揚げた芋のようなものを紙に包んで渡す店、香辛料の瓶を積み上げた店。

どこから食べ歩けばいいのか、目移りしてしまう。


 まず目についたのは、串に刺した肉を炭火で焼いている屋台だった。

炭火の上で肉が転がるたびに脂が滴り落ち、パチパチと小さく爆ぜる音が響く。

その音と香ばしい匂いに引き寄せられて、自然と足が向いた。


「三本くれ」


 ガイルが銀貨より小さな銅貨を出す。


 店主は焼き上がった串を紙に包み、手早く渡してくれた。

一口かじると、表面はしっかりと焼き締まっていて、少し硬い。

塩加減は強めで、下味というよりは焼いてから振りかけただけのようだった。

それでも、歩き疲れた体には、この塩味がじんわりと染みる。

噛むほどに肉の旨みが染み出してきて、思わずもう一口欲しくなった。


「少し硬いけど、美味しいね」


「ああ」


 足元でルクスが匂いに反応して、鼻をひくつかせていた。


「すみません、味付けしていないお肉、いただけますか?」


 店主が快く一本用意してくれる。

差し出すと、ルクスは尻尾を振って一気に平らげた。


 次に立ち寄ったのは、薄く焼いた生地に具材を挟んだ屋台。

鉄板の上で生地が焼ける音が心地よく響き、店主が手際よく具材を包んでいく。

炒めた野菜と刻んだ肉、ベルクレア(バター)と塩で味を調えたものらしい。

一口食べると、焼きたての生地の香ばしさと、肉汁を吸った野菜の甘みが広がった。

黒パンとはまた違う、もちっとした食感が新鮮だった。


「サンドイッチとは、また違う美味しさだね」


「食べやすいな」


 短い感想だったけれど、瑛太さんの手が止まらない。

箱庭に戻ったら、リナと一緒に作ってみるのもいいかもしれない。

そんなことを考えながら、私も残りを口へ運んだ。


 最後に見つけたのは、冷たい飲み物を出す屋台だった。

果汁を水で割ったもので、木のコップになみなみと注がれている。

一口飲むと、甘さと酸味が喉を心地よく通り抜けていった。


「昔と変わらないな」


 ガイルがぽつりと呟く。


「聞いてはいたけど、食事になるものは、本当に塩味が中心なのね」


「流石に毎食だと飽きるな」


 瑛太さんのその言葉に、小さく笑ってしまう。

塩、と一口に言っても、地球にはガーリックソルトやハーブソルトなど、色々な種類があった。

この世界でも、そういう工夫を加えられたら、屋台のレパートリーはもっと広がるかもしれない。

そんなことを考えながら、残りの飲み物を飲み干した。


 空になった串やコップを店主に返し、屋台通りを振り返る。

賑やかな呼び声と匂いが、まだ背中の方から追いかけてくるようだった。

歩き始めると、人混みの熱気が少しずつ引いていくのが分かる。


「そろそろ、教会に行くぞ」


 ガイルの声に、私は頷いた。

インベントリの中には、エシャール様から預かった手紙が入っている。

教会で誰に渡し、何を伝えられるのか。

考えても答えは出ず、胸の奥には小さな引っかかりが残っていた。


 屋台通りを離れるにつれ、周囲の喧騒が少しずつ薄まっていく。

代わりに、建物の向こうから尖った塔の先端が見え始めた。

石畳の道は緩やかに上り坂へと変わり、人通りも少しずつまばらになっていく。


 商店の看板や露店の並びが途切れると、代わりに石造りの落ち着いた建物が並び始めた。

どの建物も丁寧に手入れされていて、屋台通りとはまた違う静けさが漂っている。

足音だけが、やけにはっきりと石畳へ響いていた。


 あれが、教会だろうか。


 塔の先端は、歩くたびに少しずつ大きくなっていく。

エシャール様の手紙にあった一行を、頭の中でもう一度なぞった。


 瑛太さんとガイル、ルクスを伴って、私たちは静かにその方角へ足を向けた。

もし少しでも楽しんでいただけたら、

続きも読んでいただけると嬉しいです。


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