閑話:作者が入院したら、ガイルに呆れられた話
午後の日差しが病室へ差し込み、窓際を柔らかく照らしていた。
点滴は相変わらずゆっくりと落ち続け、規則正しい電子音だけが静かな部屋へ響いている。
そんな中、病室の扉が開いた。
「よう」
顔を上げると、大きな花束を抱えたガイルが立っていた。
黒い服姿のままこちらを見下ろし、いつものように口元だけ笑っている。
「来てくれたんだ」
「近くまで来たついでだ」
絶対についでじゃない。
でも、そういう言い方しかしない人なのは知っている。
「ほら」
花束を受け取ると、ひまわりや白い花がふわりと香った。
病室の消毒液の匂いばかりだったから、少しだけ気持ちが明るくなる。
「ありがとう」
「ああ」
ガイルは椅子へ腰を下ろすと、ベッドの上の私を見た。
しばらく無言だった。
ガイルは点滴を見て、私を見て、また点滴へ視線を戻す。
そして、小さくため息を吐いた。
「……なんで入院したんだ?」
やっぱりそこ聞くよね。
私は苦笑しながら頭を掻いた。
「前の日の夜から、水分ほとんど飲んでなかったんだよね」
「……ほう」
「それで翌日仕事だったんだけど、脱水と軽い熱中症になっちゃって」
ガイルの眉がぴくりと動く。
「で?」
「まあ、それに合わせて熱も出て、腰も痛くなってさ。翌日に病院行ったら、腎臓の数値がちょっと良くなくて、そのまま入院になった」
そこまで話すと、ガイルは額へ手を当てた。
「お前は馬鹿か」
「ひどい」
「水を飲まなかっただけで入院する奴があるか」
「いやぁ……その日は本当に忘れてて」
「忘れるな」
返事が早い。
思わず笑ってしまう。
「仕事してると、気付いたら昼過ぎとかあるじゃん」
「ない」
「えぇ……」
「喉が渇く前に飲む」
「正論すぎる」
ガイルは呆れたような顔のまま腕を組んだ。
「お前、普段からそうなのか」
「たまに」
「たまにじゃないだろ」
「……はい」
否定できなかった。
集中すると時間が飛ぶ。
お腹が空いたことも、水を飲んでいないことも忘れてしまう。
家へ帰ってから「あ、今日ほとんど飲んでない」なんて気付く日も珍しくなかった。
それを話すと、ガイルは深いため息を吐く。
「よく今まで倒れなかったな」
「私もそう思う」
「思うなら飲め」
「はい」
また返事だけはいい。
ガイルはそんな私を見て、小さく笑った。
「返事だけは優秀だな」
「そこは褒めて」
「褒めてない」
病室へ笑い声が響く。
こんなやり取りをしていると、入院していることを忘れそうになる。
点滴の管だけが現実へ引き戻してくるけれど、それでも誰かと話している時間はあっという間だった。
「でもさ」
私は花束へ視線を向ける。
「先生にも『ちゃんと水飲んでください』って言われたよ」
「当たり前だ」
「あと、『仕事中でも飲んでください』って」
「当たり前だ」
「『我慢しないでください』って」
「全部当たり前だ」
そこまで言われると、笑うしかない。
「いや、本当に反省してます」
「反省だけなら誰でもする」
「耳が痛い」
ガイルは椅子へ深く座り直す。
「退院したらどうする」
「水飲む」
「それだけか」
「仕事中もタイマー掛ける」
「それなら少しはマシだな」
スマホで時間を決めて、水を飲む。
そんな当たり前のことを、ちゃんと習慣にしようと思った。
一回入院までしているんだから、さすがに学ばないといけない。
「あと、無理しない」
「本当か?」
「たぶん」
「信用できん」
「そこは『頑張れ』じゃないの?」
「頑張る方向が違う」
即答だった。
ぐうの音も出ない。
病室へまた笑い声が広がる。
窓の外では風が木々を揺らし、カーテンがゆっくりと膨らんだ。
さっきまで少しだけ気になっていた入院生活も、不思議と重く感じない。
もちろん早く退院したい。
仕事も、小説も、イラストも待っている。
それでも、こうして強制的に休む時間も、たまには必要だったのかもしれない。
「ちゃんと治せ」
ガイルが立ち上がる。
「うん」
「退院したら、まず水飲め」
「それ、そんなに大事?」
「一番大事だ」
「分かりました、先生」
「誰が先生だ」
最後まで呆れたような顔をしながらも、ガイルは小さく笑っていた。
その笑顔につられて、私も笑う。
今度はちゃんと水を飲もう。
そう心に決めながら、私はもう一度ひまわりの花束へ目を向けた。
もし少しでも楽しんでいただけたら、
続きも読んでいただけると嬉しいです。
よろしければブックマークで応援していただけると励みになります。




