スライム膜と、はじめてのポーション
ビーカーの中が、ゆっくりと変わり始めた。
スライムの死骸は、色が抜けたような白みがかった水色だ。
固形と液体が混ざったような状態で、未精製スライム液よりもずっと淡い。
液体より変化を追いやすいはずだ、と思って選んだ素材だった。
魔力を細く絞って流し込む。
足さない。引かない。一定に保つ。
変化は起きている。
ただ、思っていた方向と違う気がした。
ビーカーの内壁に、何かが張り付いていく。
手を止めずに目を凝らした。
液体が分離しているのではなく、固形から薄い何かが剥がれてきていた。
「ん?……なんで膜?」
独り言が落ちた。
魔力を保持したまま、変化が落ち着くのを待つ。
膜が内壁に広がり、残った固形が底へゆっくりと沈んでいく。
「鑑定」
スライム膜(モンスター素材・保水性・伸縮性あり)。
ビーカーから慎重に剥がして、手のひらに乗せた。
薄くて、ほとんど透明だ。
指で引っ張ってみると、びんと伸びて、離すと戻ってくる。
「あ、これラップに似てる!」
保水性と伸縮性。
食材に密着して、水分を閉じ込める。
別のビーカーに水を少し入れて、膜を上から被せてみる。
ぴたりと密着した。
ビーカーを傾けても、水が漏れない。
「これ、ちゃんと使えそう」
剥がしてみると、するりと外れた。
くっつきすぎない。
繰り返し使えそうだ。
ただ、一人で納得していても仕方ない。
元がスライムの死骸だ。
いくら錬金で加工したとはいえ、それで食べ物を包むと聞いたら、抵抗がある人はいるかもしれない。
自分はまあ、気にしない方だと思うけれど、それは慣れの問題もある。
使う側の感覚は確認しないといけない。
それから、どこまで使えるのかも試してみたい。
常温でぴたりと密着するのは分かった。
でも、フリージルームみたいな寒い場所でも同じように機能するのか。
温度が変わったら縮んだり、硬くなったりしないか。
食材に直接触れたとき、変質しないか。
一人でできる確認には限界がある。
リナに手伝ってもらわないと。
黒板の前へ移動して、チョークを手に取った。
スライム膜・保水性・伸縮性・ラップ代わりに使用可能、と書き留める。
その下にスライム残滓→肥料・餌候補、と添えた。
残滓の使い道は、後日リーフたちにお願いして確認してもらおう。
それから、さっきの魔力の感触を振り返る。
液体が分離する手応えは得られなかった。
でも、均一に保ちながら素材の変化を待つ感覚は、確かに体に入ってきた気がする。
どこかでぶれると失敗する。足すと均一でなくなる。
その境界が、さっきより少しだけ見えてきた。
この感覚を、未精製スライム液に使えばいい。
棚から小瓶を取り出した。
訓練でドロップした、水色のとろりとした液体だ。
ビーカーに移して、手袋をはめ直す。
死骸のときと同じように、魔力を絞り込んだ。
細く。一定に。
液体の表面が、細かく震えた。
今度は違う。
液体が濁るのではなく、透明度が上がっていく方向に動いている。
手を動かさない。魔力の量も変えない。ただ保持し続けた。
「鑑定」
精製スライム液・Fランク(錬金素材・調合素材)。
「できてる」
小瓶を光にかざす。
深い青色の液体が、底に静かに収まっていた。
未精製スライム液のとろりとした水色とは、見た目からして違う。
黒板の前へ移動して、チョークを手に取った。
精製スライム液・Fランク・完成、と書く。
隣に死骸の錬金で保持の感覚を掴む→未精製液へ転用、と小さく書き添えた。
そのまま続けた。
二本、三本と重ねるうちに、少しずつランクが上がっていく。
FからE、EからDへ。
でも安定しない。
Dになったかと思えば次はまたEに戻る。
それを繰り返しながら、手を止めなかった。
十本を超えたあたりで、魔力の通し方がだいぶ体に馴染んできた気がした。
十五本目でDランクが続くようになって、二十本近く重ねたところで、ようやく鑑定の表示が変わった。
「鑑定」
精製スライム液・Cランク(錬金素材・調合素材)。
「出来た……」
思わず声が出た。
小瓶を光にかざす。
これまでより、青の色が深い。
黒板にCランク・1本完成、と書き足す。
棚に並んだ小瓶を数えた。
FとEとDが混在したまま、Cが一本だけ端に並んでいる。
まだ数は少ないが、方向は見えてきた。
次はミール草粉末だ。
乾燥ミール草を計量して、乳鉢へ移す。
粉末化は精製とは手順が違う。
魔力を繊維に通しながら、乳棒で均質に砕いていく作業だ。
乳棒を構えて、砕きながら魔力を流す。
葉が少しずつほどけていく。
繊維が崩れて、粒子になっていく。
精製とは動きが違うが、均一に保ちながら待つ感覚は同じだった。
こちらも同じように繰り返した。
最初はFランクから始まって、少しずつ手が慣れていく。
途中でDとEを行ったり来たりしながら、本数を重ねた。
でも精製スライム液より手数が少ない気がした。
十本を超えたあたりでDが安定してきて、十五本目に差しかかったところで鑑定の表示が変わった。
「鑑定」
ミール草粉末・Cランク(錬金素材・調合素材)。
「あれ、もう出た?」
精製スライム液より早い。
乳鉢と乳棒で砕きながら魔力を流す作業が、ビーカーで保持し続けるより感覚を掴みやすかったのかもしれない。
念のため、自分に鑑定を向けてみた。
「鑑定」
<錬金:Lv3>
「あ、上がってる」
思わず声が出た。
気づかないうちに、また上がっていたらしい。
精製スライム液とミール草粉末だけで三十本以上。
固形果実甘露も合わせると、五十本は超えている。
作り続けた積み重ねが、ここに出たのかもしれない。
黒板に書き足す。
ミール草粉末・Cランク・1本完成、その下に錬金Lv3になってた、と添えた。
小瓶を棚へ並べながら、ふと思い出した。
未精製スライム液(モンスター素材・様々な用途に使用可能・食用化)。
食用化。
食用可、じゃない。
食用化だ。
一文字違うだけで、意味がまったく違う。
今日、死骸を錬金して膜を取り出した。
未精製スライム液も精製した。
どちらも食べ物にはなっていない。
じゃあ食用化って、どうやって?
別の錬金方法があるということだ。
様々な用途に使用可能、という鑑定の文字が頭に戻ってくる。
スライムって、思っていたよりずっと使い道が広いのかもしれない。
黒板の端に書き足した。
食用化・別の錬金方法があるはず・要調査、と。
小瓶を詰めて、棚へ並べた。
精製スライム液とミール草粉末、ランクはまちまちだが本数は出てきた。
固形果実甘露はさっきの作業分が同じ棚に並んでいる。
ポーションに必要な素材が、一通り手元に揃った形だ。
さて、ここからは調合だ。
手袋をはめ直して、調合用の器具を並べる。
錬金とはスキルが違う。
先ほど錬金がLv3に上がったばかりだが、調合はまだLv2だ。
まずは低ランクの素材で慎重に試してみよう。
自動書庫を呼び出して、HP回復薬(小)の手順を確認する。
ミール草粉末、精製スライム液、白湯、固形果実甘露。
素材を決められた比率で合わせて、魔力を通しながら均質に混ぜ込む。
Fランクの素材を選んで、手順通りに進めた。
一回目。
魔力の通し方が均一にならず、液体が分離した。
廃棄。
二回目。
今度は途中まで順調だったが、仕上げで魔力を足しすぎた。
色が濁った。
廃棄。
三回目。
足さない。引かない。錬金で掴んだ感覚を調合に当てはめながら、ゆっくり混ぜ続けた。
「鑑定」
HP回復薬(小)・Fランク。
できた。
小瓶を光にかざす。
赤みがかった液体が、底に揺れている。
試しに、自分で飲んでみた。
甘みはある。
固形果実甘露が入っているのは分かる。
でも後から、草っぽい苦さが来た。
飲み込んだ後もザラッとした感触が舌に残る。
「うーん」
不味くはない。
でも美味しくもない。
自動書庫で確認すると、調合素材のランクが低いほど雑味が残りやすいと書いてあった。
Fランク素材だけでは、上がってもE止まりらしい。
ならまず、Fランク素材でEランクを安定して出せるようにする。
同じ手順を繰り返した。
失敗を重ねながら、少しずつ魔力の通し方を調整していく。
本数を重ねるうちに、Fランクが続かなくなってきた。
EランクのHP回復薬(小)が安定して出るようになったところで、次へ進んだ。
今度はDランクの素材に切り替える。
CランクはまだFランク素材と同じように安定しない。
Cランクの素材は使わずに保存しておいて、まずDランクで手を慣らす。
Dランク素材での失敗は、Fランクのときより少なかった。
素材のランクが上がった分、魔力が通りやすい気がした。
本数を重ねていくと、鑑定の表示が変わってきた。
「鑑定」
HP回復薬(小)・Cランク。
「完成だ!」
思わず小瓶を両手で持ち直した。
Fランクのときより、赤みが鮮やかだ。
同じ手順で作ったのに、見た目からして違う。
Cランクを確認してから、インベントリへ収めた。
「や~っとここまで来た」
誰もいない部屋に、独り言が落ちた。
黒板に書き足す。
HP回復薬(小)・Cランク・完成、その下にDランク素材→Cランクまで安定・Cランク素材は保存、と添えた。
片付けをしていると、廊下から足音がした。
扉が開く。
「入るぞ」
瑛太さんの声だった。
「お疲れ様。玉子焼き機、できた?」
手袋を外しながら振り返ると、瑛太さんが布に包んだ何かを持っていた。
「あぁ……ハルグリムと仕上げた」
作業台の前へ来て、包みを置く。
布の結び目をほどくと、銅色の光が出てきた。
長方形の玉子焼き機。
縦横のバランスが、頼んでいたサイズ通りだ。
縁が浅く、取っ手が一本まっすぐに伸びている。
手に取ると、ずっしりとした重みが来た。
「鑑定」
玉子焼き機(調理器具・熱伝導優・調理用滑面処理付与済)。
内側を光にかざす。
均一に磨かれた面が、ランタンの光を柔らかく受けていた。
手で触れると、表面がすべらかだ。
「きれいに仕上がってるね。瑛太さんありがとう。今夜はこれを使って玉子焼き定食にしよ!」
瑛太さんが小さく頷く。
そのまま玉子焼き機を見下ろして、ぽつりと呟いた。
「初めて、鍛冶で何かを作った」
それだけだった。
視線は玉子焼き機に落ちたまま、自分の手のひらを確かめるように、もう一度内側をなでた。
その一言に何が入っているか分かった。
「そっか」
インベントリから小瓶を一本取り出して、瑛太さんに差し出した。
「はい、これ。今日できたCランクのHP回復薬」
瑛太さんが小瓶を受け取った。
光にかざして、中の液体を確かめるように少し傾ける。
赤みがかった色が、ランタンの光を受けて静かに揺れた。
「俺に?」
「一番最初にできたやつだから。使うシーンが来ないのが一番だけど持っといて」
瑛太さんがこちらを見た。
何か言いかけて、やめた。
それから小さく頷いて、小瓶をインベントリへ収めた。
玉子焼き機を布に戻して、棚の端に置く。
改めて部屋を見渡しながら、口を開いた。
「あとスライムの死骸で練習してたら、液が取れなくて膜が出てきてさ」
「膜?」
「ラップみたいなやつ。保水性があるから、多分使えると思うんだよね」
瑛太さんが棚の小瓶を見た。
「死骸が役に立ったな」
「ガイルには使えないって言われてたのに、ね」
少し笑いながら、手袋を置いた。
「明日、MPポーションも作ってみる。今日作った材料は全部使っちゃったけど、感覚が掴めたから明日はもう少し効率的に作れると思うし」
瑛太さんが小さく頷いた。
「そうか」
部屋の中を、ゆっくり見渡した。
棚に並んだ小瓶。
黒板にびっしり書き留めた記録。
棚の端に置かれた銅色の玉子焼き機。
今日一日で、随分と積み上がったものがある。
棚にも、黒板にも、それが残っていた。
水色のランタンが、静かに部屋を照らしていた。
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