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歳の差夫婦が整えて、生きる食卓〜料理とものづくりで暮らしを整える、歳の差夫婦の異世界スローライフ〜  作者: 望月 小鳥
転生編

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22/28

鍛冶場と、はじめての錬金

 森から戻ると、外の光がちょうど真上にさしかかっていた。


 スペルジェムで汗を落として、廊下を歩く。

訓練の疲れは脚に残っているが、森の中にいたときの張り詰め方は抜けていた。

体がようやく屋敷の空気に戻ってくる。


 パントリーへ向かうと、リナがちょうど棚の整理をしているところだった。


「奥様、お帰りなさいませ」


「リナ、少し一緒にパントリー見てもらってもいいですか? ガイルの間食のことで、材料確認したくて」


「かしこまりました」


 棚を見回しながら、頭の中で候補を絞っていく。

訓練中に手軽に取れるもの。

重すぎず、腹持ちがそれなりにあるもの。


 鶏胸肉に目が止まった。


「リナ、鶏胸肉ってどのくらい残ってますか?」


「フリージルームに相当数ございます。消費が早くないので、まとめてお使いいただける状態です」


 それなら問題ない。

ブライン液に漬け込んで、湯に落として蓋をして放置するだけでいい。

火加減の調整も要らない。

リナ一人でできる。


「これなら作り置きもしやすいと思って」


 羊皮紙を取り出して、手順を書き始めた。


「サルディア塩とセルナ糖(砂糖)を水に溶かしたブライン液に鶏胸肉を漬けておいて、あとは湯に落として蓋をしておくだけです。火を止めてから五十分くらいそのままにしておけば、中まで火が通ります」


「火を止めてから、ですか?」


「そうです。ぐつぐつ煮続けると、胸肉ってすぐ固くなっちゃうので」


 リナが羊皮紙を受け取り、一度読み返す。


「薄く切って出すのが合うと思いますけど、好みでそのまま渡しても大丈夫です。手で割けば食べやすいので」


「承知いたしました」


「ガイルに口に合うか、一度味見してもらってください。薄ければ、サルディア塩を足してもらってもいいので」


 リナが小さく頷いた。


 棚を一通り見回して、パントリーを出る。


 廊下を歩くと、食堂の方から昼食の香りが漂ってきた。焼けた香草の匂いに混じって、温かな塩気のある香りが流れてくる。

その香りに引かれるように食堂へ向かうと、昼食はすでにテーブルに並んでいた。


 黒パンが、表面をきつね色に焼かれていた。

切り口に刻み香草のベルクレア(バター)が塗られていて、焼けた香草の香りと、溶けたベルクレアの匂いが食堂に広がっていた。

スープは透き通った塩味で、器の底に薄切りの野菜が沈んでいた。


 瑛太さんがすでに席についていた。

目が合うと、軽く顎を引く。


「お待たせ」


 向かいに腰を下ろして、手を合わせる。


 黒パンを手に取り、一口齧った。

外側がカリッとして、中がふんわりとしている。

ベルクレアの塩気と香草の風味が、噛むたびに広がった。


「おいしい」


 思わず声に出た。


 スープを一口飲む。

塩がきれいに効いていて、後味がさっぱりしている。

訓練で動いた後の体に、するりと入っていく感じがした。


 向かいで瑛太さんが黒パンを持ち上げ、少し見てから食べた。


「悪くない」


 短い言葉だったが、手が止まらないのが分かった。


 しばらく、食べることだけに集中した。

スープを飲み、パンをちぎり、また飲む。

言葉が少なくても、間が重くならないのは昔からそうだった。


 食事が落ち着いたところで、口を開く。


「食後に鍛冶場へ行こうと思ってるんですけど、一緒に行く?」


「何か頼むのか?」


「玉子焼き用のフライパン作ってもらおうと思って。この世界に無いみたいだから」


 瑛太さんが少し間を置いた。


「形は?」


「13.5cm×16.5cmくらいで、浅めのものが欲しくて。卵を三〜五個くらい使って焼く大きさでさ。説明しながら見せた方が早いと思って」


「……分かった」


 手を合わせてから、二人で席を立った。


 食堂を出て、石造りの廊下を歩く。

昼の屋敷は静かで、窓から入る光が床へ長く落ちていた。


 奥へ進むにつれて、空気が少しずつ変わっていく。

微かに熱を帯びた空気と、鉄の焼ける匂い。

鍛冶場の近くだと分かる。


 扉の前まで来ると、内側から金属を擦るような硬い音が聞こえていた。

瑛太さんが先に扉を押し開ける。

熱気と金属の匂いが来た。


 ハルグリムが作業台の前に立っていた。

手元を見ずにこちらへ視線を向ける。


「奥様が来るなんて珍しいな」


「ちょっとお願いがあって来ました。この形の調理器具を作ってほしいんですが」


 羊皮紙を取り出し、その場で図を描いて差し出す。

長方形のフライパン、浅い側面、持ち手が一本。

線は粗いが、形は伝わるはずだ。


 ハルグリムが受け取り、しばらく眺めた。

裏から表へ、それからもう一度表へ。

何かを測るような目だった。


「長方形か。なんでこの形にする?」


「卵を巻きながら焼くためです。丸いと端へ流れて、形が決まりにくくて」


「卵を、巻く」


 繰り返したまま、視線は図に落ちている。

興味なのか疑念なのか、判断がつかない間があった。


「薄く焼いた卵を、端から巻いていく料理なんです。何度か重ねるので、切ると断面が縞みたいになるんですよ」


 ハルグリムが顔を上げた。


「それは美味いのか?」


「甘くしても、塩気を利かせても合いますし、冷めても食べやすいんです。切り分けると断面もきれいなので、料理の彩りに使いやすくて美味しいですよ」


 ハルグリムが図に視線を戻した。

指先で角の部分をなぞって、側面の高さを測るように見ている。


「銅でいいな。熱の通りが均一になる」


「お願いしたいです。あと、一つ聞いてもいいですか? フライパンに、くっつかなくなるような付与ってありますか?」


 ハルグリムが少し間を置いた。


「調理用滑面処理の付与ならジェムがある。完全じゃねぇが、卵も離れやすくなる」


「それでお願いします」


 油ならしの作業が要らないなら、しばらくはベルクレアで玉子焼きが作れる。

頭の中で段取りが一つ片付いた。


 ハルグリムが羊皮紙を作業台の端に置いて、瑛太さんへ目を向けた。


「旦那様が作れ」


 瑛太さんが少し間を置いた。


「俺がか?」


「銅板の裁断から始める。成形、接合、錫引き、研磨、最後に柄を付ける。手順は多いが、焦るな。一つずつ教える」


 それだけ言って、ハルグリムが銅板を取り出した。

厚さを確かめるように指で弾き、作業台へ置く。


「まず採寸からだ。旦那様、こっちへ」


 瑛太さんが一歩前へ出た。

ハルグリムが採寸の道具を手渡しながら、淡々と説明を始める。


 その横顔を少し見てから、私は一歩引いた。


 二人の間に余分な人間がいる必要はない。


 ハルグリムの声と、金属を置く小さな音が続いている。

瑛太さんは黙ってハルグリムの手元を見ていた。

分からないところで手を止める。

ハルグリムが短く言葉を足す。

それだけのやりとりが、淡々と積み重なっていく。


 邪魔するものが何もない時間だった。


「できたら持ってきてください」


 声をかけると、瑛太さんが少しだけこちらへ顔を向けた。

短く頷く。


 それだけで十分だった。


 私は鍛冶場を後にした。


 廊下へ出ると、鍛冶場の熱気が少しずつ背中から遠ざかっていく。

代わりに、屋敷の静かな空気が戻ってきた。


 窓の外では、昼の光がゆっくり傾き始めている。

午後の時間だった。


 次は調合だ。


 鍛冶場で使う音とは違う、静かな集中が必要になる。


 調合部屋の扉を開けると、水色のランタンが静かに部屋を照らしていた。


 作業着の羽織を身につけ、手袋をはめる。

ハルグリムが用意してくれたものだ。

袖口が邪魔にならない作りになっていて、腰のベルトに小瓶を数本差した。


 黒板の前に立つ。

昨日書き出した手順が残っている。


 まず固形果実甘露から作る。

セルナ糖と果実水を鍋で煮詰めて、錬金で水分を飛ばす。

次に精製スライム液。

未精製スライム液を錬金で不純物を取り除く。

最後にメル草粉末。

乾燥したメル草を錬金で細かく砕いて均質化する。


 順番は決まっている。


 作業台の前に立って、まず自動書庫を呼び出す。

頭の中に、読んだページが広がった。

セルナ糖と果実水を弱火で煮詰めながら、ヘラに魔力を細く一定に流し込む。

混ぜる・煮詰める・魔力を込める、この三つを同時に保ち続けることで素材の分解と再構築が起きる。

液体が半量以下になるまで煮詰めてから仕上げる、と書いてあった。


 セルナ糖と果実水を量って鍋に入れ、火にかけた。

ヘラに魔力を流しながら、弱火でゆっくり混ぜ始める。


 均一に、一定に。

意識しながら続けていたが、途中で手元から魔力がぶれた。


 鍋の中が、一部だけ急に色が変わった。


「鑑定」


 固形果実甘露・失敗(魔力不均一・焦化)。


 一口、指先で触れて舌に当ててみる。

苦い。

甘みより苦みが勝っていた。


「……苦い」


 誰もいない部屋に、独り言が落ちた。


 黒板の前に移動して、チョークを取る。

手順通りにやった。

なのに、魔力がぶれた。

頭で理解していることと、手が実際にできることの間に、まだ差がある。


 鍋を洗い直す。


 二度目。魔力の流れを意識して細く絞り、ヘラを動かす速度も落とした。

煮詰まるにつれて、液体が少しずつ粘度を増していく。

手応えがある。


「鑑定」


 固形果実甘露・未完成(水分過多)。


 まだ水分が残っている。

もう一度ヘラで魔力を練り込むと、今度はわずかに焦げた匂いがした。

見ると、端の部分が茶色くなっていた。


「はぁ、焦げた」


 また黒板の前へ戻る。

本には液体が半量以下になるまで、と書いてあった。

煮詰めが足りなかったのか、それとも追加で魔力を足したのがまずかったのか。


 鍋をもう一度洗う。

三度目だ。


 火加減をさらに落として、ヘラに魔力を細く一定に流しながら、底からゆっくりすくい上げるように混ぜ続ける。

液体が半量以下になるまで、焦がさず、ぶれさせず、ただ待った。


 全体が均一に固まっていく感触があった。


「鑑定」


 固形果実甘露・Fランク(錬金素材・調合素材)。


 小瓶に移しながら、もう一度表示を確認する。


 Fランク。


「ランクあるんだ」


 誰もいない部屋に、独り言が落ちた。


 鉱石に品質ランクがあるのは瑛太さんから聞いていた。

錬金素材も同じらしい。

ということは、ランクが上がるほど調合の結果も変わるのかもしれない。


 自動書庫を呼び出して確認すると、錬金素材のランクはSS・S・A・B・C・D・E・Fの順で、素材の純度と魔力の均一度によって決まる、と書いてあった。

調合に使う素材のランクが高いほど、回復薬の効果も上がる。


 つまり、Fで作ったポーションと、Cで作ったポーションでは、効果が違う。


「……なるほど」


 琥珀色の固形が、瓶の底に収まっている。

完成はした。

でも、これはまだ底辺だ。


 鍋を洗い直して、もう一度始めた。


 二回目もF。

三回目もF。

手順は同じだ。

なのに、魔力の均一度がどこかでぶれる。


 五回、十回と繰り返すうちに、少しずつ感覚が変わってきた。

ヘラを通して流れる魔力の細さ、速度、鍋全体への浸透の仕方。

頭で理解していたものが、少しずつ手に馴染んでくる。


 十五回目でEランクが出た。

思わず小さく息をついた。


 二十回を超えたあたりで、一度だけ感触が違った。

魔力が均一に、滑らかに広がっていく感覚。

ぶれない。焦げない。


「鑑定」


 固形果実甘露・Cランク(錬金素材・調合素材)。


「できた!」


 瓶を光にかざす。

琥珀色の固形が、均一な透明感を持って底に収まっていた。

FとCでは、見た目からして違う。


 黒板に「Cランク・固形果実甘露」と書き留めた。

まだ一つだ。

でも、感覚は掴めてきた気がする。


挿絵(By みてみん)


 次は精製スライム液だ。


 自動書庫を呼び出す。

精製の項を開くと、頭の中にページが広がった。

不純物を分離させるには、魔力を素材全体に均一に浸透させる必要がある。

急激に魔力を流すと素材が変質する。

魔力を足したり引いたりするのではなく、一定量を保持し続けることで、不純物が自然に分離していく。


 手順は分かった。


 訓練でドロップした小瓶を取り出す。

水色のとろりとした液体が、光を受けて揺れている。


 フラスコに移して、魔力を細く、一定に流し込み始めた。


 液体の表面が細かく震えた。

不純物が分離していく感触がある。

順調だ、と思った次の瞬間、フラスコの中身が急に濁った。


「え……鑑定」


 精製失敗・素材変質。


 フラスコを傾けて中を確認する。

液体が白く濁って、底に沈殿物が出ている。


 廃棄するしかない。


 黒板の前へ戻る。

手順通りにやった。

なのに変質した。

一定に保っていたつもりが、どこかでぶれていたのか。

それとも、一定の量そのものが多すぎたのか。


 もう一本、取り出す。

今度は魔力の量をさらに抑えて、ゆっくり流し込んだ。


 途中まで順調だった。

液体が透明度を増してくる。


 このまま保持し続ける。

足さない。引かない。


 しかし、ある時点でまた濁った。


「あぁぁ、難しい」


 二本目も廃棄した。


 また黒板の前へ戻る。

一定に保っている、つもりだ。

でも濁る。

魔力の量なのか、保持する時間が足りないのか、それとも素材への浸透の仕方そのものが違うのか。

自動書庫をもう一度開いても、今の自分では読み取れていない何かがある気がした。


 三本目。今度は途中で止める。


「鑑定」


 半精製スライム液(不純物残存)。


 完全ではないが、変質はしていない。

黒板の前に戻って、半精製の状態でも調合に使えるか本を確認した。

使えない、と書いてある。


 完全に精製しなければ意味がない。


 作業台に肘をついて、少し間を置いた。


 残りの小瓶はまだある。

ただ、同じことを繰り返しても結果が変わるかどうか分からない。

手順は読んだ。

理解もしている、つもりだ。

それでも上手くいかない。


 視線が、インベントリの端で止まった。


 スライムの死骸が入っている。


 ガイルには「使えない」と言われた素材だ。

でも鑑定には「様々な用途に使用可能」と出ていた。


 精製の練習台にするには、むしろちょうどいいかもしれない。


 インベントリから出すと、ぬるりとした感触が手袋越しに伝わった。

少し間を置いてから、ビーカーへ移す。


「鑑定」


 スライムの死骸(モンスター素材・様々な用途に使用可能・食用化)。


 固形なら変化も見やすいはずだ。

魔力を、糸を引くように細く絞って流し込む。

すると、ビーカーの中がゆっくりと変わり始めた。

もし少しでも楽しんでいただけたら、

続きも読んでいただけると嬉しいです。


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