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歳の差夫婦が整えて、生きる食卓〜料理とものづくりで暮らしを整える、歳の差夫婦の異世界スローライフ〜  作者: 望月 小鳥
転生編

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21/26

持ち帰った素材と、街へ向けた準備

 目が覚めたとき、窓の外はまだ白んでいた。


 隣を見ると、瑛太さんがちょうど目を開けるところだった。

昨夜はよく眠れたらしい。

寝息が穏やかで、朝まで動いた気配がなかった。


「おはようございます」


「ああ」


 声に掠れがある。

起き抜けの、少し低い声だった。


 着替えを済ませ、サイドテーブルのスペルジェムを手に取る。

魔力を通すと、ひんやりとした感触が全身を走った。

汗も汚れも、一瞬で消える。

まだ少し慣れない感触だが、朝の支度がこれだけで済むのは正直助かる。


 鏡台の前に座ると、後ろに気配がした。

ブラシを手に取る前に、瑛太さんが受け取っていた。


 毛先から丁寧に梳かしていく。

鏡の中の瑛太さんへ、ありがとうと微笑んだ。


 支度を終えて部屋を出ると、廊下はまだひんやりとしていた。

夜の空気が残っている。


 外に出ると、ルクスが訓練場の前で待っていた。

ガイルの姿はない。

ルクスはこちらを見ると、尻尾を二度振った。


 瑛太さんがルクスを見下ろす。


「来るか?」


 ルクスが尻尾を大きく振って、瑛太さんの斜め後ろに収まった。


 走り出すと、ルクスがそのままついてくる。

昨日までの筋肉痛は、一晩でだいぶ抜けていた。

脚が軽いとまでは言えないが、初日に感じていた体との噛み合わなさが、少しずつ薄れてきている。

この体で走ることに、ようやく慣れ始めている気がした。


 前を走る瑛太さんの背中が、一定のペースで遠ざかりも近づきもしない。

その距離が変わらない。

意識してそうしているのか、自然にそうなるのか、私には分からない。

ただ、その背中を見ていると、自分のペースで走れる気がした。


 一時間走って、シャワーを浴びて、屋敷に戻る。

廊下を歩くと、食堂の方から温かい香りが漂ってきた。

昨日の夕食とは違う。

鶏の旨みの奥に、何か柔らかいものが混じっている。


 食堂の扉を開けると、リナがテーブルに器を置き終えるところだった。

深い色の器から、湯気が静かに上がっている。


「おはようございます、奥様。旦那様」


「おはようございます。いい香りですね」


「ありがとうございます。今朝は少し工夫してみました」


 リナが器の前で少し間を置いた。


「こちらの料理は、元々は牛のミルクで炊くものなのです。昨晩の清湯スープが残っていましたので、代わりに使ってみました」


 スプーンを入れると、ふっくらと膨らんだ大麦が底から上がってきた。

その隙間に、刻んだ野菜が色づいて見える。


 一口運ぶ。


 大麦のやわらかさの奥に、鶏の旨みがしっかり残っている。

重さがなくて、それでいて薄くない。


「おいしい」


「ありがとうございます。スープの方が味が馴染むと思いまして、試してみました」


「昨晩のスープを最後まで使ってくれたんですね」


「はい。奥様が時間をかけて煮出されたものでしたので、余らせるのがもったいなくて」


 その言葉が、静かに胸へ落ちる。


 昨夜、鍋の前で何度も灰汁を取りながら、ゆっくり煮出した清湯スープ。

ただ料理を作っただけだと思っていた。

けれど今、その手間はちゃんと次の食事へ繋がっている。

朝の食卓へ戻ってきた温かな香りに、小さく目を細めた。


 料理が残るんじゃなくて、ちゃんと"続いていく"。

そんな感覚が、少し嬉しい。


 向かいでは、瑛太さんが静かにスプーンを動かしていた。

一口、また一口。

感想を言わないが、手が止まらない。


「旦那様はいかがでしょうか?」


「悪くない」


 リナが小さく頷いた。

それで十分だということを、もう分かっているらしかった。


 食事が落ち着いたところで、ヴァルドが静かに前へ出た。


「奥様、お渡しするものがございます」


 折り畳まれた布を、両手で差し出す。


「ハルグリムが用意したものです。錬金と調合の作業用にと」


 ヴァルドの言葉に、胸の奥が少しだけくすぐったくなる。


 布を受け取り、そっと広げた。


 現れたのは、白を基調にした長い羽織と手袋だった。


 薬液や煤で汚れにくそうな滑らかな生地。

袖口は邪魔にならないよう軽く締められていて、腰には小さな瓶や道具を下げられるベルトまで付いている。


 派手ではない。


 でも、作業をする人間のために考えられているのがすぐ分かった。


「ありがとうございます。ハルグリムに伝えておいてください」


「それからもう一点。ガイルより、"訓練の合間に食べやすいものが欲しい"と相談を受けております」


 間食か、と少し考えた。

訓練をする体には、それなりに補給が必要だろう。


「パッと思いつくのは鶏ハムやシンプルなゆで卵ですが、何が作れるか昼食後リナと一度パントリーを確認して考えてみます」


「承知しました。ガイルに伝えておきます」


 ヴァルドが一礼して下がる。


 食後のリュネ草コーヒーが、静かに湯気を立てていた。

カップを両手で包むと、焙煎の香りが広がる。

一口飲むと、苦みの奥に丸みがある。

昨日と同じ味なのに、今日は少し落ち着いて飲める気がした。


 食器が片付けられたころ、ヴァルドが静かに口を開いた。


「旦那様、奥様。そろそろお時間でございます」


「時間?」


 顔を上げると、ヴァルドは穏やかに続けた。


「本日の魔力操作訓練の時間です」


 そういえば、九時だ。

席を立って、ヴァルドの後ろについて廊下を歩く。

木の温かみのある廊下を抜けて、礼拝堂の扉の前に着く。


 そういえば、九時だ。

席を立って、ヴァルドの後ろについて廊下を歩く。

木の温かみのある廊下を抜けて、礼拝堂の扉の前に着く。


 扉を押すと、いつもの静けさと光が迎えてくれた。

ステンドグラスの赤い帯が、昨日より少し左に寄っている。

朝の角度が変わった分だけ、光の落ちる場所も変わる。


 前日の捧げ物を確認すると、そこには綺麗な食器だけが残されていた。

どうやらタルトタタンも食べてもらえたらしい。

思わず口元が緩だ。


 ヴァルドに後で片付けを依頼し、気を取り直して床の中ほどで胡座を組む。

両手を膝に置いて、目を閉じる。

ヴァルドが扉の近くへ移動し、控えているのが気配で分かった。


 体の奥の流れを探す。

昨日と同じように意識を内側に向けると、細い流れがある。

昨日詰まっていた腰のあたりが、今日はわずかに通りやすい気がする。

気のせいかもしれないが、続けていくしかない。


 隣で瑛太さんが静止している。

呼吸の音だけが続いた。


 三十分で魔力操作に区切りをつけて、次はキャンドルに移る。

足元の少し先に光を出して、一定に保ちながら持続させる。

昨日よりも揺れが少ない気がした。


 もう三十分続けたところで、ヴァルドが静かに声をかけた。


「お時間です」


 胡座を解いて立ち上がると、脚がじんわりと重い。


「少し流しやすくなった……かな?」


「まだ均一には程遠いが」


「慣れてきたら、一つの光を安定させるだけでなく、二つ、三つと同時に出す練習へ移ります。まずは一つを長く、均一に保てるようになることが先決でございます」


 ヴァルドの言葉に頷きながら、ゆっくり息を吐く。

派手な魔法ではない。

けれど、こういう地道な積み重ねが、きっと後々の差になるのだろう。


 礼拝堂を出ると、昼前の光が廊下へ差し込んでいた。

外へ向かう。


 訓練場を抜けた先で、ガイルが腕を組んで待っていた。


「来たか。今日も森入るぞ」


 木立が始まるあたりまで歩く。


 森へ入ると、空気がひやりと変わった。

踏みしめる地面も柔らかく、靴底がわずかに沈む。


 昨日も来た場所なのに、感じ方が少し違う。


 昨日は、森へ踏み込むだけで肩に力が入っていた。

魔物がいるというだけで、周囲の音全部に気を張っていた気がする。


 けれど今日は、木々の揺れる音や、湿った土の匂いまで少し余裕を持って拾えていた。


 ガイルが足を止める。


「今日はスペルジェム使うぞ」


 ガイルが腰の革袋を取り出しながら口を開く。


「二日後、クロイティルに出る。街ん中じゃ魔法も武器も基本使うな。御法度だ。ただ、命の危険があるなら話は別だ。そん時は迷うな」


 声色はいつも通りだった。

脅すでもなく、強く言い聞かせるでもない。

ただ、()()()()()()()と事実を置くような話し方だった。


 だからこそ、その言葉は妙に現実味がある。


「奥様は今ファイアボールしかねぇが、街じゃ使うな。火は燃え移る。あっちは木造ばっかだ。一発で洒落にならなくなる」


 そうか、と思った。

魔法が使える、という話と、どこでも使えるという話は別だ。


「だから今日は、街ん中でも使いやすいもん中心に持ってきた。旦那様のウィンドショットはまだ使い道ある。奥様の方は別のスペルジェム使ってもらうぞ」


 小袋から魔石が二つ転がり出た。


 どちらにも細かな紋様が刻まれている。

表面をなぞるように線が走り、光を受けるたび淡く色が揺れた。


 受け取ると、ひんやりとした重みが手のひらへ収まる。


 鑑定を向ける。


 すると、視界の端に文字が浮かんだ。


スペルジェム・グレイヴァ (闇魔法Lv3 残回数:一〇回 効果:周囲の暗がりを引き寄せ、対象へ絡みつかせる拘束魔法)


スペルジェム・スタン (雷魔法Lv2 残回数:一〇回 効果:電流を流し、対象の意識を刈り取る)


 黒い魔石と、黄色い魔石。

どちらも殺さずに制圧できる。

街中で使うなら、確かにこちらの方がいい。


「奥様、前に鑑定した時、水魔法スキルあっただろ」


「あ、はい」


「Lv1で使えるウォーターボールがある。威力は低いが、街ん中じゃそっち主軸にしろ。火と違って燃え移らねぇからな」


 なるほど、と思った。

火を使わずに済むよう、最初から組み合わせを考えてくれていたらしい。

ただ魔法を教えるだけじゃない。

()()()使()()()まで含めて、ガイルは見ているのだ。


「まずやってみろ。グレイヴァで止めて、ウォーターボールで落とせ。旦那様はスタンからウィンドショットだ」


 ガイルが顎で示す。

木立の先に、丸い影が揺れていた。


 黒い魔石を右手に握る。

一歩、前へ出た。


 魔力を送り込む。

ファイアボールとは違う、冷たい吸い込まれ方をする。


「グレイヴァ」


 足元の影が濃く沈む。

黒い帯みたいな闇がするりと伸び、スライムへ絡みついた。


 そのまま意識を切り替え、水魔法へ魔力を流した。


「ウォーターボール」


 水の塊がスライムに直撃した。

拘束が解けると同時に、スライムが弾けて動かなくなった。


 少しして、スライムの死骸のそばに小さな瓶が現れた。

中に水色のとろりとした液体が入っている。


 鑑定を向けると、視界の端に文字が浮かぶ。


未精製スライム液 ×1


「あ、ドロップした」


 死骸はそのままそこにあるのに、別に瓶が出てくる。


 ゲームだったら、ドロップするなら死骸は残らない。


 死骸が残るなら、ドロップはしない。


 どちらかのはずなのに、この世界は両方ある。


 解体すれば別途素材が取れて、さらにドロップもある。

なんか、お得なのか複雑なのか。


 隣では瑛太さんが新しいスライムに向かっていた。


「スタン」


 黄色い光がスライムに走る。

スライムがぴくりと止まった。


「ウィンドショット」


 まとまった風がスライムを弾き飛ばした。

スライムが木の根に当たって、動かなくなる。

こちらも同じように、小さな瓶が地面に現れた。


 瑛太さんが瓶を拾い上げ、そのまま自然な動きでこちらへ渡してくる。


「ガイル、スライムの死骸って使い道あるんですか? 解体はしないんですか?」


「スライムは解体しても使えるもんがねぇって言われてる。使うならドロップした液体の方だな。死骸はそのうち小動物に食われてなくなる」


 ……本当にそうだろうか。


 色々な小説に、スライムは多様な用途で登場する。

粘液で滑らせる罠に使ったり、素材として加工したり。

なのに、本当に使える用途がないのだろうか。


「鑑定」


スライムの死骸 (モンスター素材・様々な用途に使用可能・食用化)


 ん、と目が止まった。

未精製スライム液と同じ表示だ。


 ……食べられるんだ。


 ふと、錬金の教科書にしている本の一節が頭に浮かんだ。


 錬金術とは、既知をなぞるだけの技ではない。

本書へ記したものは、あくまで先人らが辿り着いた一端に過ぎぬ。

素材は環境により性質を変え、調合は手順一つで結果を変える。

同じ薬草であろうと、育つ土地が違えば効能もまた異なる。

ゆえに、記述のみを絶対とするな。

手で触れ、香りを嗅ぎ、熱を見極め、自ら試せ。

未知を恐れぬ者にこそ、新たな錬金は拓かれる。

――著:ハルヴェイン・アルスディオ


 本を閉じるように、頭の中でその言葉を仕舞った。


 とりあえず、今日の分は持って帰ろう。

午後に調合部屋で使えるかもしれない。


 スライムの死骸を拾い上げる。


 ぬるりとした感触に少しだけ眉を寄せたところで、ガイルがこちらを見た。


「……何してんだ?」


「持って帰ります。何か使えるかもしれないので、ちょっと試してみたくて」


 ガイルが少し間を置いて、それからまあいいかという顔で視線を外した。


 その後も数体撃ち、ドロップした瓶をまとめて回収する。

数を重ねるうちに、グレイヴァの影を伸ばす感覚と、ウォーターボールの狙いが少しずつ馴染んできた。


 七発目を撃ち終えたところで、ガイルが手を上げる。


「今日はここまでだ。戻るぞ」


 手の中の魔石を返す。

ガイルは軽く頷き、それを革袋へしまった。


「二日後、クロイティルに出たら、前は俺がやる。二人は後ろにいろ。よっぽどじゃねぇ限り、手は出すな」


「分かりました。無茶はしません」


 瑛太さんも静かに頷く。


 ガイルが踵を返した。

ルクスが後ろに続く。

私たちも歩き出した。


 木立を抜けると、日差しが広がった。

体がほっと緩む。


 手の中に、回収した小瓶が数本ある。

水色の液体が、光を受けてゆらりと揺れた。


 午後から調合部屋に入る。

素材の精製から始める。

今日は、そこからだ。

少しでも楽しんでいただけたら、続きも読んでいただけると嬉しいです。

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