清湯スープと、琥珀色の湯気
タルトタタンをフリージルームに収めてから、錬金・調合部屋へ向かった。
作業台に薬草図鑑と調合の本を広げ、作業台の端に腰を下ろす。
今日もやることは決まっている。
読んで、鑑定して、参照して、黒板にメモをとる、この繰り返しだ。
薬箪笥の引き出しを順番に開けながら、まだ確認できていない素材を一つずつ鑑定していく。
調合素材だけでなく錬金素材も混在しているうえ、鑑定レベルが足りずに情報が出てこないものも多い。
思っていたより、手間がかかる。
そうして引き出しを一段ずつ下りていくと、見慣れない小瓶にたどり着いた。
水色の半透明で、とろみのある液体が入っている。
「鑑定」
未精製スライム液(モンスター素材・錬金素材・調合素材)。
用途も使い方も、何も出てこない。
Lv1の鑑定では、これが限界らしい。
黒板に名前だけ書き留めて次へ進んだ。
それからしばらく、本を読み続けた。
ページをめくるたびに知らない素材の名前が出てきて、その度に薬箪笥を開け、鑑定して、図鑑と照らし合わせる。
地道な作業だが、少しずつ輪郭が見えてくる感覚は嫌いじゃない。
区切りのいいところで顔を上げたとき、ふと棚に視線が止まった。
さっきの小瓶が目に入る。
もう一度、手に取る。
「鑑定」
未精製スライム液(モンスター素材・様々な用途に使用可能・食用化)。
「……さっきと違う?」
思わず小瓶を持ったまま固まった。
先ほどとは明らかに表示内容が異なっている。
同じ素材を、同じスキルで鑑定したはずなのに。
おかしい。
試しに、自分に向けて鑑定を使ってみる。
「鑑定」
スキルの一覧が視界に広がった。
<鑑定:Lv2>
<調合:Lv2>
<錬金:Lv2>
「全部上がってた」
誰もいない部屋に、独り言が落ちる。
気づかないうちに、上がっていたらしい。
もう一度、小瓶に目を落とす。
食用化——スライムの見た目から食べ物を連想するとしたら、ゼリーだろうか。
精製すれば、固める素材として使えるかもしれない。
面白いとは思うが、今は優先することが他にある。
Lv2で何ができるか確認しようと本を引き寄せる。
調合はLv2から、単一効果の回復薬が作れるようになるらしい。
HP回復薬(小)、MP回復薬(小)——まずはここからだ。
錬金はLv2から素材の単純分解と基礎再構築ができる。
薬草粉、精製スライム液、粗糖、固形甘露……扱える素材の幅が一気に広がった。
「明日、ポーション作ってみよう」
呟いてから、本のページを繰る。
ポーションの調合素材を確認すると、頭が少し痛くなってきた。
HP回復薬(小)にはミール草粉末、精製スライム液、白湯、固形果実甘露が必要だ。
MP回復薬(小)はメル草、精製スライム液、白湯、固形果実甘露。
どちらも精製スライム液と固形果実甘露が必要になる。
つまり調合の前に、錬金で素材を作らなければならない。
未精製スライム液を精製して、砂糖と果実水を煮詰め、さらに錬金で水分を分解して固形果実甘露を作る。
既に粉末になっている薬草もあるようだが、メル草は粉末にする工程が必要なようだ。
「……順番に整理しないとな」
やることが思ったより多い。
黒板に手順を書き出しながら、明日の段取りを頭の中で組み立てていく。
そのまま続きを読もうとしたところで、扉の外に静かな気配がした。
「奥様、そろそろお時間でございます」
ヴァルドの声だった。
本を閉じ、羊皮紙を重ねて端に寄せ、立ち上がる。
小瓶を棚に戻し、扉に手をかけた。
「今行きます」
廊下に出ると、頭の中はもう夕食の段取りに切り替わっていた。
キッチンへ向かいながら頭の中で段取りを組み立てた。
まず鶏ガラを仕込んで火にかける。
煮込んでいる間に、リュネ草コーヒーを作る。
キッチンの扉を開けると、リナがロッキングチェアから立ち上がった。
「奥様、本日の夕食の準備でございますか?」
「そうです。今日は鶏の清湯スープとリュネ草コーヒーを作ります。少し手順があるので、一緒に覚えてもらえますか?」
「はい、お願いいたします」
まず鶏ガラの下処理から始める。
「フリージルームから鶏ガラを出して、血の塊や余分なものを指で丁寧に取り除きながら、冷水でよく洗ってください」
リナが両手で鶏ガラを持ち、水の下でゆっくりと洗い始める。
小さな手で丁寧に、血の塊を一つずつ確認しながら取り除いていく。
「次に、湯を沸かしてその中にくぐらせます。これで臭みと残った灰汁を抜きます」
「くぐらせる、とはどの程度の時間でございますか?」
「さっとで十分です。長く入れすぎると、肉の旨みまで抜けてしまいますから」
リナが慎重な手つきで鶏ガラを湯にくぐらせ、すぐに引き上げる。
流水でもう一度洗い直したところで、鶏ガラを水を張った大鍋へ移した。
「火にかける前に、野菜の準備をしましょう。ベルネは大きめに三つへ切り分け、オルニアは半分に、ジェルナは薄切りにします」
一つずつ手順を見せながら、リナに実際にやってもらう。
「ジェルナはこのくらいの厚さで大丈夫ですか?」
「ちょうどいいです。薄すぎると香りが飛んでしまうので、そのくらいが一番いいですよ」
リナが小さく頷き、手を動かし続ける。
野菜を鍋に加えて強火にかける。
表面がふつふつと沸き始めたところで、火を弱めた。
「ここからが大事です。表面に浮いてくる灰汁をおたまで丁寧に取り続けてください。ぐらぐら煮立てると鶏白湯になってしまうので、火加減は弱火のまま保ってください」
「……浮いてきたものを、こうして取り続ければよいのですね」
リナがおたまを手に取り、鍋の前に立つ。
浮いてくる灰汁を丁寧に、一掬いずつ取り除いていく。
最初は少し迷いがあったが、すぐに手つきが安定してきた。
「良いですね。この調子で一時間半、煮込んでください」
「承知いたしました」
リナに鍋を任せて、私はお昼にノームたちに運んでもらっていたリュネ草の根をパントリーから取り出した。
ざるに広げてタワシで土をよく落として水洗いする。
水気を軽く切ってから、根を一~二センチほどの長さに刻んでいく。
「リナ、少し手伝ってもらえますか? 少し苦味のある飲み物を作りたいんです。乾燥させる工程があるので、ドライでカラカラになるまで水分を飛ばしてもらえますか?」
「これを乾燥させるのですね。少々お待ちください」
リナが刻んだ根にドライをかけると、みるみるうちに水分が抜けていく。
カラカラになったところで、今度はフライパンへ移して弱火にかける。
「深い茶色になるまでじっくり炒ります。木べらで焦がさないよう、ゆっくりかき混ぜてください」
リナがフライパンの前に立ち、慎重にかき混ぜ始める。
しばらくすると、香ばしい匂いがキッチンに漂い始めた。
「奥様、色が変わってきております」
「もう少しです。根全体がしっかり色づいたら火から下ろして」
リナが根の色を確かめながらかき混ぜ続け、やがて深い茶色に変わったところで火を止めた。
焙煎した根を鍋に移し、水を五百ミリから一リットルほど加えて火にかける。
「沸騰したら弱火にして、五分から十分ほど煮出します」
沸騰したところで、リナが火を弱めた。
じわじわと色が出てきて、鍋の中が深みのある美しい琥珀色に染まっていく。
「火を止めて、五分ほどそのまま置いてください。根が底に沈んだら、上澄みをカップに注ぎます」
リナが丁寧に上澄みをカップへ注いだ。
琥珀色の液体が、静かにカップの底へ広がる。
「リナ、一口飲んでみてください」
リナがカップを両手で包むように持ち、ゆっくり口をつけると、小さく目を瞬かせた。
「苦みがございますが、角がございません。香りに丸みがあります」
「リュネ草コーヒーは、朝や甘い物と合うと思うんですよね。今夜はタルトタタンと一緒に出しましょう」
「では、デザートの際にお持ちすればよいでしょうか?」
「そうしてもらえると助かります」
出来上がったリュネ草コーヒーをポットへ移し、香りが飛ばないよう蓋を閉じた。
その間も、リナは静かに灰汁を取り続けている。
鍋から立ち上る湯気が、ゆっくりとキッチンへ広がっていた。
一時間半が経った頃、ざるとさらし布でスープを漉す工程に入る。
「リナ、ここも一緒にやってみましょう。さらし布をざるに敷いて、ゆっくりと注ぎます。急ぐと濁るので焦らず」
リナが慎重な手つきでポットを傾ける。
透き通った淡い黄金色の液体が、下の鍋へゆっくり落ちていく。
「……綺麗でございます」
「そうでしょう。ここまで丁寧に作るとこうなります」
そのスープに鶏もも肉を入れ、カルナの乱切りを加えてしばらく煮る。
火が通ったところでセルナのざく切りを加え、サルディア塩で味を整えた。
「味の確認もしてみてください。塩加減はこのくらいで十分です」
リナがおたまで一口すくい、口をつける。
「……旨みがございます。塩だけとは思えない深さです」
「鶏ガラをしっかり下処理して、時間をかけて煮出すとこうなります。濃さも煮出す時間で変わるので次は一人でできますよ」
リナが小さく頷いた。
その目に、少しだけ手応えのようなものが見えた。
「あとはサラダと黒パンを添えて食堂に出してもらえますか?」
「承知いたしました。すぐに準備いたします」
リナに後を任せて、私も食堂へ向かった。
その前に、一つやることがある。
フリージルームからタルトタタンを一切れ取り出し、スープを小さな器に注ぐ。
リュネ草コーヒーも小さなカップへ注ぎ、シルバートレイにまとめた。
「リナ、礼拝堂に寄ってから食堂に向かいます」
「かしこまりました」
シルバートレイを持って礼拝堂へ向かう。
扉を開けると、いつもの静かな空気が迎えた。
祭壇の前にトレイを置き、軽く頭を下げる。
「今日も一日、ありがとうございました。初めて作ったリュネ草コーヒーとタルトタタンです。鶏の清湯スープも一緒にどうぞ」
返事はない。
でも、この場に置くことに意味がある。
扉を閉め、廊下を歩いて食堂へ向かった。
もし少しでも楽しんでいただけたら、
続きも読んでいただけると嬉しいです。
よろしければブックマークで応援していただけると励みになります。




