午後の収穫と、甘い香り
訓練で疲れた体を引きずって、食堂の椅子に腰を下ろす。
テーブルの上にはリクエストしたサンドイッチとスープが並んでいた。
リナが用意した昼食だ。
黒パンで作られたサンドイッチ、中身は薄切りの肉と野菜を挟んだもの。
スープは塩胡椒で整えたシンプルな一皿だ。
「いただきます」
向かいに座った瑛太さんと手を合わせてから、サンドイッチを持ち上げる。
食べると黒パンの風味がしっかりしていて、肉の旨みもある。
美味しい。美味しいけど……塩だけなんだよな。
もう一押し、何か欲しい。
スープを一口飲んで、ぼんやり考える。
「マヨネーズが欲しいな」
瑛太さんの呟きに、確かにと思う。
そう、サンドイッチにはマヨネーズが合うのだ。
この黒パンにはベルクレアが塗ってある。
昨日作った刻み香草のベルクレアでもアクセントになって美味しいだろう。
でも、マヨネーズはそれとはまた別の美味しさがある。
あの酸味とコク、こってりした舌触り。
ベルクレアでは出せないものだ。
だが、昨日パントリーを確認したときに気づいたのだが、乳化に必要な食用油が今のところ見つかっていない。
リナに聞いたところ、この世界で料理に使う脂は基本的にラードかベルクレアらしい。
どちらも乳化剤には向かない。
マヨネーズは、もう少し先になりそうだ。
「錬金スキル上がったら色々試して、調味料作るね!」
「楽しみにしている」
短い返事。
でも、その声音は少しだけ柔らかかった。
「ごちそうさま」
手を合わせて、瑛太さんと午後の予定の確認をする。
「午後、農園と薬草園に行ってくる」
「分かった」
「瑛太さんは?」
「書斎で引き続き読書」
空になった皿をヴァルドが静かに下げていく。
軽く伸びをしてから、食堂を後にした。
食堂を出ると、廊下の石畳が足音を跳ね返した。
午前中の訓練で使った筋肉が、歩くたびにじんわりと主張してくる。
外に出ると、午後の光が農園の畝の上に真っすぐ落ちていた。
整然と並ぶ緑が、遠くからでもよく見える。
その景色に足を向けたところで、向こうから駆けてくる足音が聞こえた。
「おくさま~!きょうはどうしたの?」
リーフだった。
その後ろをルクスがついてくる。
尻尾がぶんぶんと揺れていた。
「農園と薬草園が気になってるんだけど案内してくれる?」
「いいよ~!」
リーフが元気よく返事をして、そのままくるりと踵を返す。
「こっちこっち~!」
その後ろを、ルクスが当然のようについていく。
途中で一度こちらを振り返り、「わふ」と短く鳴いた。
(完全に案内役する気だ)
思わず小さく笑って、その後を追いかける。
リーフを先頭に、農園の中を歩く。
ジャガイモ、玉ねぎ、葉野菜。
どれも美味しそうに育っていた。
リーフ以外のノームたちの邪魔にならないように、鑑定しながら進む。
すると、果樹の区画に入ったところで赤い実が目に入った。
丸くて、少し小ぶり。
見た目はりんごによく似ている。
「鑑定」
リンナ(果物・食用可)。
「果物もあるのね!」
思わず声が弾む。
「リーフ、一つ味見してもいい?」
「いいよ~! たべごろのやつ、とってあげる!」
リーフがぴょんと木の近くまで駆けていく。
リーフが手渡してくれたリンナを一口齧る。
歯ごたえがしっかりしていて甘い。
酸味は控えめで、後味が澄んでいる。
ふと、リーフたちが昨日クッキーを食べているのを思い出した。
クッキーが焼けるなら、バターも砂糖も小麦粉も卵も揃っているはずだ。
リンナがある。
焼き菓子の材料も揃っている。
……タルトタタン、作れるのでは?
思わず、急いでインベントリから地球百貨を取り出す。
ページをめくり、タルトタタンのレシピを確認した。
「リーフ、リンナを沢山貰って良いかしら?」
「いいよ! いっぱいあるし!」
リーフに食べごろのリンナを二十個ほど選んでもらい、キッチンへ運ぶようお願いする。
「わかった~!」
ノームたちが嬉しそうにリンナを抱えていく。
その様子を見送りながら、ふと本来の目的を思い出した。
(……いや、待って。今日は薬草園見に来たんだった)
完全にお菓子のことしか考えていなかった。
思わず苦笑しながら、私は改めてリーフへ視線を向ける。
「リーフ、薬草園も案内してもらっていい?」
「いいよ~! こっち~!」
薬草園は農園の奥にあった。
区画が整えられていて、土の色も農園とは少し違う。
日当たりが変わるせいか、空気もわずかにひんやりしている。
「こっちこっち~!」
リーフが先頭を歩く。
ルクスはその少し後ろで、私の横についていた。
初級薬草図鑑を開きながら、確認していく。
乾燥粉末や挿絵で見ていたものと、生きた状態では印象がかなり違う。
葉の色も、匂いも、触れたときの感触も、図鑑の文字だけでは伝わらないものだ。
「これ、ミール草?」
「そうだよ~! けがのおくすりにつかうの!」
得意げに胸を張る。
図鑑の挿絵と見比べると、葉の形も色もちゃんと一致していた。
錬金・調合部屋の薬箪笥で粉末状のものは見ていたが、生えている状態で見るのは初めてだ。
「採取してもいい?」
「いいよ! てつだう!」
リーフが迷いなく動き始める。
慣れているのだろう。
私が一本採る間に、リーフはもう次の株へ移っていた。
フェルリーフ、ガルニル根、ミール草。
一種類ずつ図鑑と照らし合わせながら、採取したものを小分けにして袋に入れていく。
ルクスは薬草園の端を自分のペースで歩いていた。
何かを嗅ぎながら、ゆっくりと一周している。
「リーフ、ちょっと聞くんだけど、こんな黄色い花知らないかな?」
私がリーフに尋ねたのはタンポポの事だ。
読んでいた薬草図鑑に書かれていなかったのだが、薬草扱いではないのだろうか?
「しってるよ!ちょっと待ってて~!」
そう言って駆けていった先は薬草園と森を仕切ってる柵の側。
二、三摘んで戻ってきたリーフの手にはたんぽぽらしき花が握られていた。
「りゅねそう、ざっそうだよ?」
「鑑定」
リュネ草(生薬・根利用可・食用可)
これがあれば、豆とは違うが朝の日課を取り戻せる。
私はリーフに、根ごと採って袋いっぱいにしてほしいとお願いした。
気づけば、思っていたより長く薬草園を歩き回っていたらしい。
ひととおり見て回ったころには、日差しも少し柔らかくなっていた。
「リーフ、今日はありがとう。」
「またくる?」
「採取もあるし、定期的に来ますね」
ノームたちが袋を抱えて駆けていく。
その後ろ姿を見送ってから、私もキッチンへ向かった。
キッチンの扉を開けると、リナがロッキングチェアから立ち上がった。
「お帰りなさいませ」
「リナ、キッチンを借りてもいいですか?デザートを作りたくて」
「かしこまりました。必要なものがあればお申し付けください」
キッチンへ入ると、ノームたちが運んできた袋がすでにカウンターへ置かれていた。
パントリーからベルクレア、フォルナ粉、卵、サルディア塩、セルナ糖を持ってくる。
地球百科を開いて手順を確認しながら、作業台に材料を並べた。
「タルトタタンというデザートです。リンナをキャラメルで煮て、タルト生地をかぶせてオーブンで焼き、冷やしてからひっくり返して完成します」
「キャラメル?ひっくり返す、でございますか?」
「そうです。焼き上がったあとにひっくり返すと、リンナが上に並んで綺麗になるんですよ」
まずタルト生地から仕込む。
フリージルームから出したばかりの冷えたベルクレアを一センチほどの角切りにして、フォルナ粉と一緒にボウルに入れ、木べらで細かく刻みながらなじませていく。
ベルクレアの塊が見えなくなり、全体がさらさらした状態になったところで、サルディア塩を混ぜた溶き卵を二、三回に分けて加え、手でこすり合わせるようにしてひとまとめにする。
まとまったら、バナの葉に包んでフリージルームへ。
「少し休ませてから使います。その間にリンナを煮ます」
フライパンにセルナ糖とベルクレアを入れて中火にかけ、セルナ糖が溶けてキャラメル色になるまで、じっくりと加熱する。
じわりと茶色がついてくると、甘い香りが砂糖の焦げた香ばしさに変わっていく。
「いい匂いですね」
リナが静かに言った。
「キャラメルの匂いです。焦げる手前の一線が大事で、そこを見極めるのが少し難しいんです」
色が濃くなりすぎる前に、四等分して皮と芯を取り八等分に切ったリンナを加える。
キャラメルソースを絡めてから蓋をして、リンナの水分が出るまで加熱する。
蓋を取ったら、ときどきリンナの上下を返しながら全体にカラメル色がつき、水分がなくなるまで煮詰めていく。
パイ皿にベルクレアを塗り、煮詰まったリンナを隙間なく並べる。
残った煮汁も入れて、最後にぎゅっと押し付けるようにして詰め込んだ。
「オーブンを百八十度に予熱してもらえますか?」
「かしこまりました」
リナが魔石を調整する間に、フリージルームからタルト生地を取り出す。
麺棒でパイ皿と同じ大きさに伸ばし、フォークで全体に穴を開け、それをリンナの上にのせて、端を折り込む。
「入れます」
パイ皿をオーブンに入れて、扉を閉めた。
ここから焼き上がりまで四十分ほどかかる。
その間に二個目、三個目の仕込みに入った。
同じ手順で生地を作り、リンナを煮る。
一個目が焼き上がるころには、二個目の準備が整っていた。
順番に焼き上がった三つをカウンターへ並べ、粗熱を取る。
きつね色に焼けた生地の下に、キャラメルの香りが閉じ込められている。
「甘い香り、でございます……」
「冷えたらフリージルームで夕食まで冷やしておいてください」
「かしこまりました」
「それと、残りの二個は今夜リーフたちに振る舞ってもらえますか?」
リナが少し目を見開いた。
「……かしこまりました。喜ぶかと思います」
「甘いものは好きみたいだから、合うといいんですけど」
道具を片付けて、キッチンを後にした。
廊下に出ると、夕方の空気が少しだけ冷えていた。
もし少しでも楽しんでいただけたら、
続きも読んでいただけると嬉しいです。
よろしければブックマークで応援していただけると励みになります。




