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歳の差夫婦が整えて、生きる食卓〜料理とものづくりで暮らしを整える、歳の差夫婦の異世界スローライフ〜  作者: 望月 小鳥
転生編

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16/26

静かな朝と、はじめての魔法

 礼拝堂の扉は、昨日より少し軽く感じた。


 押すと、廊下の空気とは違う密度が肌に触れる。

石造りの静けさと、ステンドグラスを通した色の光。

二度目だからこそ、それがこの部屋の通常なのだと分かる。


 一歩踏み入れると、床に光の模様が落ちていた。

昨日と同じ場所に、同じ色が。

ただ、朝の角度が違うぶん、赤の帯が昨日より少し左に寄っている。


 そして。


 祭壇の前に、昨日置いたはずのお皿があった。


 綺麗になっている。


 料理の跡も、油の痕も、何もない。

磨きたてのように白く、静かにそこに置かれていた。

その横に、折り畳まれた紙と、布に包まれた荷物が二つ。


「食べてもらえたんだね」


 思わず声が出た。

返事はない。

でも、それだけで十分だった。


「ヴァルド、手紙をお願いしてもいいですか?」


「かしこまりました」


 ヴァルドが祭壇へ進み、折り畳まれた紙を手に取る。

丁寧に開いて、静かに読み上げた。


「『食事、とても美味しくいただきました。久しぶりに地球の料理の香りを感じられて、嬉しかったです。

これからもよろしくお願いいたします。

お礼に、お二人の身を守る装備を用意しました。戦闘服と簡単な装備品です。メイン武器については、必要になりましたら、ハルグリムに頼むか、購入するか、ご自身で作るか、状況に合わせてご判断ください。――エシャール』」


 読み終えたヴァルドが、静かに紙を折り戻す。


「なんか、思ったより普通の文章だった」


 つい口に出してしまった。

瑛太さんが横でわずかに息を吐く。


「女神にも個性があるだろう」


「それはそうなんだけど」


 布の包みに手を伸ばしながら、ふと思う。


「こっちの生活、見てたのかな?」


「何が」


「エシャール様が。だって昨日の料理のことも分かってたし、装備のタイミングも、なんかちょうどいいでしょ」


 瑛太さんが少しだけ考えてから、静かに答える。


「転生前から見ていたんだろう。今も見ているかもしれない」


「……ちょっと恥ずかしいかも」


「今さらだろう」


 それもそうだった。


 布の包みに手を伸ばす。

ひとつは瑛太さんへ、ひとつは私へ。

広げると、衣服と小物が整然と入っていた。


 鑑定してみる。


 戦闘外套(ロングコート)(耐刃・衝撃緩和・自動修復・付与あり)。


「ヴァルド、鑑定しても性能の詳細がよく分からなくて」


「拝見いたします」


 ヴァルドが私の衣服を手に取り、しばらく確認する。

続いて瑛太さんのものも。


「耐刃性能に優れております。刃物による損傷はかなり軽減されます。また、衝撃を和らげる付与もございますので、打撃や転倒時の負担も抑えられるかと。

加えて、自動修復の機能が備わっております。小さな損傷であれば、時間の経過とともに自然に修復されます」


「靴は?」


「汚れを弾く付与がございます。どのような場所でも、汚れは付きにくい仕様でございます」


「それは助かる」


 瑛太さんが短く言った。

私も同意見だった。森に入るなら、なおさら。


「総じて、初級から中級の中ほどまでは十分対応できる装備でございます」


 瑛太さんの包みには、ナイフが一本入っていた。

黒い鞘に収まった、細身のもの。

鑑定すると、切れ味にプラス補正の付与がある。


 私の包みには、ウエストポーチが入っていた。

ポーションホルダーと一体になった作りで、小さいが重みがある。


「鑑定」


 インベントリ連動型ポーチ(容量拡張・収納連動)。


「インベントリに繋がってる」


「左様でございます。見た目より多くのものを収納できます。調合素材の管理にも適しているかと」


 思っていたより、ずいぶん本格的な装備だ。

エシャール様の気遣いの細かさに、少し面食らう。


「ヴァルド、一つ確認なんですが。昨日の話にあったスペルジェムで身を守る方法、出発前に一度練習しておきたいんですが」


「かしこまりました。明日には最低限のご用意ができますので、それを使って練習できますようガイルに申し伝えておきます」


「ありがとうございます」


 それを聞いて、瑛太さんも小さく頷く。

ガイルへの衣服の依頼が不要になったことは、ヴァルドが後で伝えに行くと話した。


「装備は寝室のクローゼットへ移しておきます」


「お願いします」


 ヴァルドが荷物を抱えて礼拝堂を出ていく。

扉が静かに閉まった。


 二人きりになった礼拝堂は、相変わらず静かだった。

ステンドグラスの光が床に落ちている。


 ヴァルドが出ていくのを見送ってから、自然と中央の方へ足が向いた。

筋肉痛の脚が、一歩ごとにじんわりと主張してくる。


 床の中ほどまで進んで、二人で向かい合うように座った。

胡座を組み、両手を膝の上に置いて、目を閉じる。


「昨日の続きから」


 瑛太さんが言う。

私も頷いて、意識を内側に向けた。


 体の奥に、薄く流れているものがある。

昨日、ガイルに触れてもらって初めて気づいたあの感覚。

今日は、自分でそれを探す。


 あった。


 細い流れを意識して、少しずつ広げていく。

腕から指先へ。肩から背中へ。

膝を通って足裏まで。


 昨日より、少し早くたどり着ける気がする。


 三十分、ただそれだけを繰り返した。

流して、確認して、また流す。

地味な作業だが、体の中で何かが少しずつ整っていく手応えがある。


 区切りのタイミングで目を開けると、瑛太さんも目を開けたところだった。


「どう?」


「昨日より分かる。ただ、均一に保つのが難しい」


「私も。腰のあたりで詰まる感じがする」


「筋肉痛の場所と被ってるな」


 言われて、確かにと思った。


 目を開けたまま息を整えていると、礼拝堂の扉が静かに開いた。

荷物を片付けたヴァルドが、静かに中へ入ってくる。


「お待たせいたしました。装備はクローゼットへ移してあります。ハルグリムには、装備が不要になった件を伝えてございます」


「ありがとうございます」


 ヴァルドは軽く一礼してから、二人を見回した。


「復習の方は、いかがでしたか?」


「昨日より感覚はつかめました。ただ、均一に保つのがまだ難しくて」


「それは積み重ねで改善されます。焦らず続けてください」


 そう言って、ヴァルドが少し間を置く。


「魔力操作に慣れていただくため、もう一段階難易度を上げましょう。次は生活魔法のキャンドルでございます」


 ヴァルドが説明する。


「自分の周囲、あるいは指定した場所に光を出す魔法でございます。本日は、足元の一メートルほど先に出してみてください。出せましたら、その明るさを一定に保ちながら、できるだけ長く持続させます」


「場所を指定して光を出す、ということですか」


「はい。魔力操作の応用でございます。力を集めること、場所を定めること、そして一定に保ちながら持続させること。その三つを同時に行います」


 座ったまま、足元の少し前を意識した。

さっきまで全身に流していた魔力を、今度はそこへ送る。

場所を決めて、そこに集める。


 ぽっ、と。


 床の上に、小さな光が浮かんだ。

ランタンの灯りとは違う、丸くてやわらかい光だ。


「あ、出た」


 思ったより自然に出た。

光はやや揺れている。

これを一定に保つ。


 意識を向け続けると、揺れが少し収まった。

細い糸を引くような感覚で、魔力を少しずつ送り込んでいく。


「早いですね、奥様」


「感覚でやったら、出ました」


 隣を見る。


 瑛太さんが静止していた。

目が細く、額にわずかに力が入っている。

三十秒ほど経って、ようやく小さな光が床の上に浮かんだ。


 だが、すぐに揺れた。

ぱっと大きくなり、また小さくなる。

そのまま、ふっと消えた。


 もう一度。

今度は少し長く保った。

それでも、明るさが安定しない。


 何も言わなかった。

言えば余計だと分かっていたから。

瑛太さんは黙ったまま、もう一度集中し直している。


 私は自分の光に意識を戻す。

保つのは、思ったより神経を使う。

気を抜くと、ゆらりと揺れる。

ちょうどいい量を、ちょうどいい速さで。

細い水を細い管に送り続けるような感覚だ。


 三十分ほど繰り返したところで、区切りを見てヴァルドが静かに総評を述べた。


「奥様は安定しておりました。旦那様は、後半から持続時間が伸びました」


「後半は少し分かってきた」


 瑛太さんが短く言う。

淡々とした声だった。


「奥様は魔法スキルも多く、魔力の扱いに親和性が高いようでございます。旦那様は生産職寄りのため、力の集め方の感覚が異なるのかと」


「向き不向きがあるんですね」


「ございます。ただ、基礎は共通でございます。焦らず積み上げていただければ」


ヴァルドはそう言って、軽く一礼した。


「本日の魔力操作はここまでです。お二人はこのままガイルのところで戦闘訓練に。私はこちらで別の仕事がございますので」


 扉が静かに閉まる。


 胡座を解いて立ち上がると、座りっぱなしだった脚がじんわりと重い。

筋肉痛に加えて、魔力を使い続けた疲れが体の底に溜まっている。


 礼拝堂を出ると、廊下の空気が少し違う温度で肌に触れた。

そのまま廊下を進み、外に出て訓練場へ向かう。


 リーフ達は今日も畑の管理を頑張っているようだ。

その様子を横目に、訓練場へ向かい訓練着に着替える。


 訓練場に着くと、ガイルが腕を組んで待っていた。


 その足元にルクスが座っている。

尻尾を二度振って、こちらを確認してから、またガイルの横に収まった。


「来たな。今日は森の入り口まで行くぞ」


「森ですか?」


「昨日と今日で、基本のスキルは出せるようになっただろ。次は魔法スキルに慣れてもらう。ちょうどいい相手がいる」


 ガイルが歩き出すと、ルクスがその斜め後ろについた。


 訓練場を抜けて、木立が始まるあたりで足を止める。

森の入り口。

日が遮られて、空気が一段ひんやりする。


「まず見ろ」


 ガイルが顎で示す。

その先に、それはいた。


 丸くて、半透明で、地面をゆっくりと動いている。

大きさは西瓜ほど。ぷるぷると揺れながら、特に何をするわけでもなくそこにいる。


「……スライムって、本当にいるんだ」


「いる。触れると溶かされる。離れてやれ」


「溶かされる」


「服が、だ。装備があれば問題ない。ただ、素手は避けろ」


 なるほど、と頭の中で整理する。


「今日はスキルを使う。奥様はファイアボール、旦那様はウィンドショット。まず一発ずつ試せ。当てなくていい。出すことを優先しろ」


 一歩前へ出る。

スライムとの距離は五メートルほど。


 胸の中で魔力を集める。

さっきのキャンドルとは違う。

一点に絞るのは同じだが、今度はそれを飛ばす。


 手のひらに意識を集中させると、熱いような感覚が指先に集まってくる。

自分の中で何かが凝縮していく、あの感触。


「ファイアボール」


挿絵(By みてみん)


 声に出した瞬間、手の前に火の塊が現れた。

こぶし大の、赤と橙の火。


 それがスライムへ飛び、直撃すると、スライムが弾け、小さく縮んだ。


「おお……!」


 思わず声が出た。


「当たったな。次は旦那様」


 瑛太さんが前へ出る。

スライムはまだそこにいる。


 瑛太さんが手を前に向け、息を整えた。


「ウィンドショット」


 間があった。


 何かが集まる気配はある。

だが、形にならない。

もう一度。


「ウィンドショット」


 今度は出た。

ただ、勢いが散った。

風の塊がスライムの手前で霧散して、地面の草を揺らしただけだった。


 その瞬間、スライムがぴくりと動いた。

こちらへ向きを変えて、じわじわと近づいてくる。


 距離が縮まる前に、ガイルが一歩踏み出した。

背中の大剣を抜く間もなく、踵でスライムを踏み潰した。

べちゃ、と湿った音がして、スライムが地面に広がって消えた。


「あ……」


「焦るな。こういうこともある」


 ガイルが振り返る。

瑛太さんを見て、それから私を見る。


「俺が前に出てる間は怪我はさせない。だが、いつも俺がいるわけじゃない。魔法が不発のときの動きも、そのうち考えておけ」


「分かりました」


「旦那様、圧縮が足りない。風を集めたら、一度ぎゅっと絞ってから放せ」


「なるほど」


 瑛太さんが短く答えて、もう一度構える。


 新しいスライムが、木の根元から出てきていた。


「ウィンドショット」


 今度は、出た。

小さいが、まとまった風の塊がスライムに当たり、弾き飛ばした。

スライムは木にぶつかり、そのまま動かなくなる。


「そうだ」


 ガイルが短く言った。


 私もその後、もう三発撃った。

二発は当たった。一発は少し右にそれた。

それでも、魔力の流し方は毎回少しずつはっきりしてくる。


 スライムを四体討伐したところで、ガイルが手を上げた。


「今日はここまでだ」


 全身が、じわりと重くなる。

筋肉痛の脚に魔力を使った疲れが重なって、思ったより消耗していた。


「最後に一つだけ言っておく」


 ガイルが二人を交互に見る。


「俺が守ると言っても、この先旦那様と奥様が冒険する以上、戦闘は必ずある。死にたくないなら、訓練は真剣にやれ。手を抜いた分は、必ずどこかで返ってくる」


 淡々とした口調だった。

脅しではない。

ただ、現実をそのまま言っている。


「分かりました」


 私が答えると、瑛太さんも静かに頷いた。


 ガイルは一度だけ頷いて、踵を返した。

ルクスがそのあとに続く。


 私たちも歩き出す。

森の入り口から訓練場へ戻る。


 日差しの中に出ると、体がほっと緩んだ。


「疲れた」


「そうだな」


「お腹も空いた」


 瑛太さんが少しだけ歩調を緩める。


「昼はサンドイッチだったな」


「そう。何を挟んでくれてるかな」


「行けば分かる」


 足を動かしながら、昼食のことだけを考えた。

今はそれで十分だった。


もし少しでも楽しんでいただけたら、

続きも読んでいただけると嬉しいです。


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