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93話「この状況で、味方になりうるのは誰ですか?」


「叫びを堪えるのが大変でしたよ。また貴女(リシャリ)に邪魔をされるのか、と」


 ジャルファ王子はそう言って俺を睨んだ。


 憎悪と諦めの入り混じった、何とも言えぬ顔だった。


「デイビッツ兄さんの戦争の強さは本物です。だから戦争で解決したがる」

「……」

「彼が皇帝となれば、サリパやヤイバンに攻め込むと思われます」


 ジャルファ王子は、この戦争を止めたかった。


 そのため感情を殺し、デケン皇帝に従順な振りをしてきた。


「私は貴方達の強さを知っています。デイビッツ兄さんでも、楽に勝てると思ってはいません」

「ふむ」

「ですがデイビッツ兄さんは負け(・・)そう(・・)にな(・・)って(・・)()、気にせず暴れまわる人なのです」


 仮にサリパ側が、デイビッツに勝利したとしても戦争は終わらない。


 たった一度敗戦したくらいで、デケンの国力は尽きない。


「彼はデケンの人口が薄弱するまで、戦争継続を号令し続けます」

「……ふぅむ」

「貴方たち同盟は、デケン人を皆殺しにすることを望みますか?」


 デイビッツ王子は、勝つまで戦争をやめないからだ。


 彼はどれだけ被害が出ても、最後に勝てればいいという王子だから。


「仮に貴方たち同盟が勝利したと仮定しましょう。デイビッツ兄さんを討ち取り、デケンを滅ぼせたとして」

「として?」

「統治者を失ったデケン民は賊となり、貴国で暴れまわるでしょうね」


 デケン帝国は広大過ぎて、勝っても占領が追い付かない。


 統治しきれない領土の民は暴徒と化して、大陸で暴れまわる。


 それが俺達が勝利した先の、愚かな未来だという。


「そもそも貴方たちの勝ち目そのものも薄い」

「……」

「将や戦術はそちらに分がありますが、貯えが違い過ぎるでしょう。貴方たち同盟に、デケンを滅ぼせるだけの財力はない」

「……むむぅ」

「どれだけ我々が憎かろうと、現実的には講和するしかなかったはず」


 後は国家の備蓄の問題もある。ヤイバンはあと一年間、国庫が持つようだが……。


 大陸領を放棄したアイギスランドが、一年間も戦えるとは思えない。


 サリパに至ってはとっくに国庫が尽きて、ラシリア王国の援助で兵糧を賄っている状況だ。


「戦争は兵士や将の強さではなく、国力で決まります。デケン帝国はあと二十年、兵士と兵糧を絞り出せます」

「二十年……」

「それも、征服して従わせた敗戦国の兵士がメインです。デケン国民の懐は、あまり痛みません」


 いかにタケルが強くても、いかにベルカが聡くても、国力の差は覆せない。


 デケン軍が損得を度外視し、敗戦覚悟で特攻を続ければ……。


 兵糧の尽きた俺達が、先に悲鳴を上げるだろう。


「ヤイバン王。もう一度、考えてください。ここで俺を殺すかどうか」

「……」

「今この瞬間が、貴国の勝敗の分かれ目」


 と、言うのがジャルファ王子の主張だった。


 なるほど確かに、彼の話が事実であればここで講和する方が得である。


 しかし、ジャルファ王子の演説を聞いたヤイバン王の表情は……


「……」

「どうか、賢明な判断を!」


 やはり、険しいままだった。



「─────この、お馬鹿」


 ああ、見ていられない。そんな交渉の仕方で、うまく行くわけがない。


 ジャルファ王子は心を隠す能力には長けているが、交渉能力は凡以下だ。


「ストップですわ、ジャルファ様。お馬鹿、トンチキ、へっぽこ!」

「え、え?」

「その言い口で、ヤイバン王が納得するわけがないでしょう!」


 俺はヤイバン王がブチ切れる前に、割って入る。


 そして呆然としているジャルファ王子に、背後から蹴りを入れた。


「リシャリ姫、君は何を……」

「ジャルファ様、どうして貴方はやることなすことバラバラなんですか」


 ジャルファ王子の黒曜鎧が固すぎて、蹴った足が痛いじゃないか。


 おのれジャルファ、許さんぞ。


「ジャルファ様はこの講和、本気で成し遂げたいんですわよね」

「あ、ああ。もちろんだとも」

「……じゃあ、何で私は殺されかけましたの?」


 そう、そもそもジャルファが俺に斬りかかった意味が分からない。


 講和を結びたいなら、むし(・・)ろ逆(・・)だろ(・・)()


「リシャリ姫の首が飛べば、この同盟は瓦解したも同然でしょう? あなた方が弱体化すれば、デケンの被害は減る」

「私の首が飛んだところで何も起きませんけど……」


 ジャルファ曰く、俺に斬りかかった目的は同盟の弱体化らしい。


 俺が死んだからって、あんま影響はないと思うが……。


「なるほどな、確かにリシャリ姫を出したのは迂闊だった」

「お前ら、リシャリ姫の護衛をもっと固めろ」

「あれぇ」


 だが、周囲のオッサンたちはジャルファ王子の言い分を聞いて納得していた。


 え、俺が死んだらこの同盟が瓦解すんの? マジ?


「いや。この際です、もう正直に言いましょう」

「ジャルファ様?」


 た、確かに友達の友達とはなんか仲良くしにくいもんね。


 俺が繋ぎ合わさないとダメなのかね? と、自分の立場に戦慄していると……


「リシャリ姫、俺は貴女が憎かったのです」


 ジャルファ王子は、白状するように。


 涙で腫れた目で、悔しそうにそう言った。


「リシャリ姫は小国の末っ子で、権力も武力も持っていない。そんな貴女が、世界を動かせるはずがない」

「……」

「ですが今リシャリ姫は、デケンの侵攻を防いだだけでなく、私をここまで追い詰めた」


 その瞳には、憎悪が込められていた。


 ジャルファ王子の道を阻み、邪魔をし続けた者に対する憎悪。


「私には世界が動かせなかったのに、貴女は容易く動かしている。それが、妬ましくないわけがない」

「あ、あの、ジャルファ様?」

「ええ、負け犬の戯言ですよ。……恨み節くらい良いでしょう」


 ああ、なるほど。ジャルファ王子は途中から、『(おれ)(にく)し』で動いていたのか。


 だから目的と手段がこんがらがって、トンチンカンなことをしていたのか。


「ああ、貴女さえここに居なければ─────」

「バカなのですか、ジャルファ様は」


 感情は冷静な判断を鈍らせる。ジャルファ王子もまた、その事実に気付けなかった。


 もし俺がジャルファの立場で講和交渉を引き受けたなら、むしろこう考えたはずだ。


「私がここにいることが、貴方にとっての『幸運』でしょうに」

「……はい?」


 ここに(リシャリ)がいて良かったと。


 心底、安堵していた筈である。


「さて。ジャルファ様は、四方を敵に囲まれていますね」


 俺は呆れた顔で、ジャルファの前に回り込み。


 そのままジャルファ王子の額を、ピンと指で弾いた。


「ジャルファ様の前にいるのは、ヤイバン王だけではございません。偶然サリパ、アイギスランド、ラシリア王国の君主が勢ぞろいしています」

「あ、ああ……」

「であれば、仲間を作ったほうが良いのではなくて?」


 今の議論は、四対一。ジャルファ王子は一人で、四国の君主を前に演説しなければならなかった。


 俺だったらまず、この状況を何とかする。仲間になりそうな人を探し、共闘してもらえる流れを作る。


 この場合だと、例えば……


「冷静に考えてくださいまし。この状況で、味方に(・・・)なり(・・)うる(・・)のは誰ですか?」

「─────」


 俺の言葉を聞いた、その瞬間。


 ジャルファ王子の目が、驚愕で見開かれた。



「……あ」



 最初から蜘蛛の糸は、目の前にぶら下がっていた。


 さっきも言った通りサリパの財政は、ヤイバン以上に火の車である。


 さらにサリパがデケン国内に侵攻しても、一文の得にもならない。ドラズネスト譲渡の交換条件で、侵攻を続けても得た領地はヤイバンのものとなるから。


 更にその約束のせいで、戦争が終わるまでサリパは兵を退けない。約束を破る国を、ヤイバン王は信用しない。


 この場でどこより講和を望んでいるのは、サリパ王国であり。


 さらに(リシャリ)は以前の外交で、ジャルファ王子が個人的に『伝手』を持っている。



 ─────気付けよジャルファ。講和が真実なら、(リシャリ)は立場的にお前の味方だ。



「……のう、リシャリ姫。貴殿は何を言うておる?」

「ヤイバン王。非常に業腹ながら、このリシャリから一つお願いがありますわ」


 きっと、ジャルファ王子は誰も信用できなかったのだ。


 誰かに頼る、ということをせずに生きてきた弊害だろう。


 だから俺を利用する、という発想を持つことが出来なかった。


「もう一回。彼の話を、聞いてやってくださいませ」

「……ふむ」

「今度は、ちゃんと話をさせます故」


 仮面を外したジャルファの言葉を聞いて、この男の正体が理解できた。


 幼いころから虐待され、死に怯え、仮面を被って心を閉ざした男の本性が。


「ジャルファ様。残念ながら今の貴方には、皇帝たる器がありませんわ」

「リシャリ姫。君は、何を言っているんだ?」

「なんなら、私が継いだ方がマシまであります」


 この男は子供だ。甲殻鳥が好きな、夢見がちな子供の精神。


 しかしジャルファ王子は、大人の振りが上手すぎる故に……。


「今の貴方は、ただの王の子にすぎません」

「……」

「大人の振りが上手い子供に務まるほど、皇帝の職務は容易くありませんわ!」


 自分が子供であることにすら、この男は気付いていない。


「デケンの王子として演説する限り、ヤイバン王は貴方の言葉に耳を傾けません」


 デケンの外交が信じられない、それがこの場の共通認識。


 であれば信用先を、ジャルファ個人に落とし込むしかない。


「子供らしく、叫びなさい。自分より年上の大人たちに、助けを乞いなさい」


 大人の仮面をかなぐり捨てて、本気で頼み込んでみろ。


 俺は呆然とするジャルファを前に、そう言い切った。



「……まだ子供、ですか。俺は」


 自嘲交じりの、呟きが響く。


 その目には、微かな怒りが入り混じっていた。


「もう二十歳になるのに、子供と言われるとは」

「大人の振りは上手でしたわよ?」

「ふふ、それは親の教育が悪かったんでしょうね」


 ジャルファは俺の言葉に、イラっとしていつつも……。


 声を荒げたり、詰め寄って来たりはしない。


「ジャルファ様は、講和を成立させたいのでしょう」

「……ああ」

「私から口添えはしません。ただ一言、ジャルファ様に助言します」


 俺の言葉を認めつつ、納得しきれていない。


 そのチグハグさは、まさしく精神が未熟な証拠。


「子供らしく泣き叫んではどうですか」

「……」

「ヤイバン王は義理堅く、聡明にして公正ですわ」


 種は撒いた。


 あとは、ジャルファ王子が上手くやることを祈るだけ。


「助けを求める子供の声を、無碍にする人ではありませんよ」


 俺はそう告げた後、ジャルファに向けて一礼し。


 そのまま、聴衆の列に戻っていった。





「……けて、欲しい」


 やがて。


 絞り出すような声が、王宮に響いた。


「助けて、欲しいんです。ヤイバン王」

「……続けろ」

「デケン軍に侵略され、征服された不幸な民を救いたいんです」


 彼が『デケンの王子』として交渉し続ける限り、成功の目はない。


 俺達がデケンの外交を信頼することなど、あり得ないのだから。


「デケンの政治はおかしいと思った。皇帝の思想は狂っていると感じた。だけどそれを表明したら、首を街に晒された」

「……」

「民は苦しんでいる。横暴に怯えている。大切な人を奪われても、家族を殺されても、何も言えず震えている。それがデケン皇帝の統治だったから!」


 だから、ヤイバン王がジャルファの交渉に乗ることがあるとすれば……。


 それはデケンの王子ではなく、『ジャルファ個人』を信用できると思った場合のみ。


「俺には、他の王子(きょうだい)より優秀である自負があった」

「……」

「だったら俺が国を継いで、歪みを正すしかないと思った。それが民のためであり、大陸のためであり……」


 やがて王子は、剣から手を離した。


 カラン、と乾いた音が王宮に響く。


「俺が歪みを正せば、皆の死にも意味があったって言えるんです」

「……」

「乳母のエミィが、最期に俺に向けた言葉に報いれるんです」


 ─────ジャルファ様。どうかご立派になられませ。


 そんな乳母の最期の言葉が、王子の脳内に反芻された。


「エミィはきっと、俺に期待したんです。この腐った国を変えてくれることを」

「そうか」

「だから努力しました。死んだあとエミィに褒めてもらえるように、死に物狂いで」


 乳母を殺したその瞬間、ジャルファの命は二つになった。


 彼の命には、乳母エミィの重みが乗っかった。


 兄ヴィジャルを殺したとき、その命は三つになった。


 国を変えるため、弟を救おうとした誇り高い精神は、ジャルファにのしかかった。


「命なんて惜しくない。デケンを変えれるなら、ここで死んだってかまわない!」

「……」

「でもここで無意味に殺されちゃ、俺たちが……。トゥー族が、あまりにも浮かばれない!!」


 ジャルファは剣を手放したまま、立ち尽くして涙を零した。


 子供のようにしゃくりあげながら、すがるような目でヤイバン王を見つめた。


「助けて、下さい。チャンスを、ください」


 ジャルファ王子は、平伏した。


 慈悲を乞うように、助けを乞うように、その場にいる全員に頭を下げた。


「俺を殺さないでください。皆の死が無駄だったって結末にしないでください」

「……ふむ」

「変えたい、治したいんです。俺に、デケンを正すチャンスを下さい─────」


 かすれる涙声で、ジャルファは独白した。


 大人の振りが上手い子供(ジャルファ)が、仮面を投げ捨てて慈悲を乞うている。


 その言葉の真偽を疑う者は、その場に一人もいなかった。



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