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94話「会談編・エピローグ」


「お前もデケン皇帝の被害者だった……、ということにしておくか」


 ─────ジャルファ王子の願いは、大陸の調和と平和にあった。


 デケン皇帝と言う巨悪に逆らわず、内部から国を変えようとしただけ。


「……よし」


 ヤイバン王には、僅かな逡巡があった。


 ジャルファの叫びが、真実であることは疑っていない。


「侵攻は止めてやる」

「本当ですか!」

「勘違いするな。戦わずとも三領くれるというから、貰ってやるだけだ」


 だが、彼が本当に皇帝を継ぐかは未知数だ。


 デケン帝国と言う国家は、やはり信用に値しない。


 そこで、ヤイバン王の下した判断は……。


「三領を受け取ったら、いったん侵攻を停止する」

「……」

「そして貴様が皇帝を継いで再び訪ねてきた時、講和を飲もう」


 ジャルファ王子が皇帝となった場合のみ、講和に応じる。


 そんな、穏当な結論だった。


「……ありがとうございます」

「サリパの、そう言うことになったがそれでいいか?」

「ええ」


 そのヤイバンの判断に乗って、国王(ちちうえ)も侵攻をやめる決断を下した。


 そしてもう一つ、


「ならば、我らアイギスランドからも兵を退いて欲しい」

「ええ、もちろん。十年前の開戦前まで、国土を返還しましょう」

「そうして貰えるなら、余は文句を言わぬ」


 アイギスランド戦線から、開戦前の領土まで兵を退くこと。


 ジャルファ王子は、この条件も約束してくれた。


「あと、ラシリア王国の独立も認めて欲しいですぞ!」

「……まぁ。それはギリギリですが」

「認めて欲しいですぞ!」

「分かりましたよ認めますよ! 上手く勝ち馬に乗りましたね、セルッゾ卿は!」

「ぬはははは! 安心くださいジャルファ様、埋め合わせは致します故に!」


 ただジャルファ王子は、セルッゾおじ様の独立だけ白い目で見ていた。


 ……セルッゾおじ様に関しては、シンプルに裏切り者だもんなぁ。


「どうだジャルファ。いったん、これでいいか」

「……もちろん。寛大な対応に感謝をいたします」

「デケンにここまで譲歩するなど、生まれて初めてだ」


 こうして、ジャルファ王子は講和を成立させた。


 サリパとしても、この結果には万々歳である。


 この戦争、これ以上続けてもサリパのメリットは薄いし、


「では、リシャリ姫」

「はい、何でございましょう」


 最後にジャルファ王子は、俺の方へと向き直った。


 それは照れくさそうな、忌々しそうな、複雑な表情だった。


「リシャリ姫。貴女のお陰で、講和が纏まりました」

「ええ、感謝してくださいまし」

「……で、結局のところ貴女は俺の敵なんですか、味方なのですか?」


 ジャルファ王子は微妙な表情のまま、俺にそんなことを聞いてきた。


 何を今さら。そんなこと、聞くまでもなく分かってるだろうに。


「難しく考えすぎですわ、ジャルファ王子」

「リシャリ姫?」

「私は、サリパ王国の姫ですのよ」


 俺は別に、ジャルファ王子に肩入れしたつもりはない。


 いつだって俺は、サリパの国益に従順であるだけ。


 つまり、


「ジャルファ様がサリパの敵ならば、私の敵ですわ」

「……」

「そしてジャルファ様がサリパの味方なら、私は味方にいますの」

「ああ……」


 そうジャルファ王子に返答した瞬間、彼は顔を手で覆い、空を見上げた。


「そうだ、分かり切っていたじゃないか。だから今日は味方をしてくれたんだね」

「ジャルファ王子?」

「素晴らしい釘刺しだ、リシャリ姫。サリパを敵に回す気がなくなった」


 覆った手の隙間から、苦笑いしているジャルファ王子の口が見える。


 何をそんなに、苦笑することがあったのだろうか。


「ありがとう、リシャリ姫。この恩は忘れない」

「ええ、お返しは期待していますわ」


 まぁ、何がジャルファ王子に刺さったかなんて何でもいい。


 今から俺がこいつに、言うべきことは一つだけ。


「これからもサリパ王国をよろしくお願いします、ですわ」

「ああ、末永く仲良くしたいね」


 ジャルファ王子がデケン皇帝になったなら、二度と攻め込まないでくれ。


 俺たちは静かで安全に、暮らしていきたいだけなんだ。


「少なくとも俺は、サリパの味方で居続けますよ」

「それは、ありがたい話です」

「貴方を、敵に回したくありませんから」


 今日のことを少しでも、恩に感じてくれているなら。


 きっとジャルファ王子は、サリパの味方でいてくれるだろう。


「ではまた、リシャリ姫。……俺の初恋の人」

「あら」


 別れ際。ジャルファ王子は、そんな『子供っぽい』冗談を言い残し。


「次に会う時は、皇帝として」


 そう晴れやかな笑顔で言って、ヤイバン王宮を去っていった。


 






「ジャルファ王子、帰っていきましたわね」


 ジャルファ王子が去り、ヤイバン王宮に安堵の空気が流れた。


 後は彼が、無事に皇帝位を継ぐことを願うのみ。


「ここで講和できるのは大きいな、よくやったリシャリ」

「ありがとうございます、父上」


 国王(ちちうえ)は講和が決まって、ホっとしていた。


 この講和が纏まったことで、サリパの方こそ助かったのだ。


「ラシリア王国への借金で、何とか兵站を維持していましたもんね」

「とっくに国庫が尽きてるしな」


 これ以上借金したら、サリパが財政破綻するところだった。


 冗談抜きに、借金のカタとして俺がセルッゾおじ様の奴隷になっていたレベルで。


「これでジュウギの研究予算も増やしてやれる」

「ジャルファ王子さまさまですわ」


 今はジュウギにより、技術が飛躍しつつある時代の転換期。


 本来、戦争なんか放置して内政に全力投球するべきタイミングだ。


 産業革命を引き起こせれば、借金なんかすぐ返せるだろう。


「せっかく動員をかけたのにのう」

「戦わずに済むに越したことはないじゃないですか」


 一方で、ヤイバン王は憮然とした顔だった。


 デケンを滅ぼすと息巻いていたので、肩透かしを食らったのだろう。


「ヤイバン王殿。それで、我らアイギスランドへの援軍に関してだが……」

「分かっとる、中止はせん。ちゃんと約束通り、援軍は送る」

「ありがとう、恩に着る」


 だが講和が決まっても、アイギスランドへの援軍は滞らない。


 厳密に言うとまだ口約束の状態で、講和が決まるのはジャルファが皇帝を継いで文書を交わした時点。


「その代わり、鉱山採掘権も予定通りに頂くぞ」

「分かっている」


 敵の口約束を信じて援軍を取りやめ、アイギスランドが滅ぼされたらたまらない。


 公式な文書を交わしていない以上、騙されたヤイバンが馬鹿だったという話になる。


 ……それは、笑いの種にもならない。


「まぁ、ジャルファ王子に嘘をついている様子はなかったがな」

「信じてよいかと私も思いますわ」

「して講和となったあと、四国同盟はどうする? アイギスランドとしては存続を希望したいが」

「続けよう。デケン帝国がいつ、掌を返すか分からん」

「ああ、賛成だ」


 そして仮に講和が確定しても、まだデケン帝国の外交的信用は低い。


 今後も、この四国同盟は継続するほうが良いだろう。


「それとサリパの、講和条件でもらうデケン領地だが……」

「約束通り、デケン三領の領有権はヤイバンにお譲りいたしますよ」

「おお、すまんな。その代わりドラズネストは持っていけ」


 サリパとヤイバンの領地分割も、スムーズに行った。


 俺達もデケンの都市より、ドラズネストを貰える方が有難い。


「では、後ほど書面を」

「うむ」




 こうして、いろいろとあった四国会談は幕を下ろした。


 デケンとの戦争も終結し、平和な日々が戻ってきた。


「お別れだ、リシャリ姫。余としてはもう少し一緒に居たかったが」

「ハンネ様」


 ジャルファ王子の帰国した後、各君主は地元に帰国する流れになった、


 突発的に始まった四国会談だったが、良い感じに終わったのではないだろうか。


「リシャリ姫、ぜひまたアイギスランドを訪ねて欲しい」

「喜んで、お伺いしますわ」


 アイギスランドの国王ハンネは、開戦前の領地を返還してもらえる約束となった。


 そしてサリパ・ヤイバンの同盟に加わり、今後は仲間として戦ってくれることになった。


「予らも帰ろうか、ラシリア」

「ええ。謁見を許可して頂き感謝する、ヤイバン王」

「おう。また、顔を見せに来い」


 ラシリア姉上とセルッゾおじ様も、同盟に参加してくれることになった。


 彼らにも利益があってのことだろうが、商業に強い味方がいるのはありがたい。


「達者でな、リシャリ」

「セルッゾおじ様、ラシリア姉上、お元気で」

「おお、おお。まあ予らはすぐ、サリパで再会することになるだろうが」

「すぐに再会……?」


 ただし去り際に、セルッゾおじ様は妙なことを言い残した。


 ……また何かあるの? いや、気にしないでおこう。


「この度は大儀だったな、リシャリ姫」

「私のため、動いてくださったヤイバン王様に感謝を捧げます」

「気にするな、盟約を守るのは国としての信用に関わる」


 そして最後に、俺はヤイバン王に別れの挨拶をした。


 ヤイバン王は、デケンとの講和に不本意ではあったが、


「デケン軍に優位に戦えたのは、ここ十年で初めてだ」

「ヤイバン軍の精強さによるものでしょう」

「いや、サリパ勢の助力が大きい。今後も頼りにしておる」


 ヤイバン軍がデケン領内まで侵攻できたのは、十年ぶりのことだった。


 結果、三領もデケンから切り取ることが出来て溜飲を下げられたらしい。


「それと、ドラズネストのメウリーンをよろしく頼む」

「はい」

「あの土地は龍神グルデバッハに支配されたせいで、見捨てざるをえなかった」


 そして最後に、ヤイバン王は頭を下げた。


「デケンとの戦争のせいで、龍神グルデバッハ討伐に兵を割くわけにはいかなかった」

「そうでしょうね」

「あの土地を治める苦しみを、メウリーンに押し付けてきた。龍神が死んだ今、もう彼女が自由に生きたいというなら、認めてやるほかないて」


 ヤイバン王も、龍神グルデバッハへの生贄する風習は聞いていたらしい。


 しかし生贄をやめれば、龍神グルデバッハが人を襲って回っただろう。


 かといって、龍神を殺せる戦力がヤイバンにあるわけではない。


 どうしようもないので、領主メウリーンに統治を丸投げしていた負い目があった。


「せめて、彼女が幸せになれるよう取り計らって欲しい」

「分かりましたわ」


 龍神グルデバッハは、タイマンでタケルに勝ってしまう化け物だ。


 ヤイバンほどの強国でも、あれを討伐するのは難しかったのだろう。


 ドラズネストは、龍神を倒したタケルがいるサリパへ恭順を希望している。


 ヤイバン王はメウリーンの意見を受け入れ、サリパにドラズネストを託すことにした。


「メウリーンさんには、サリパに来てよかったと思ってもらえるよう頑張りますわ」

「ありがとう、リシャリ姫」


 そこまで言われたら、断れない。


 後で、よくメウリーンさんの話を聞いてみよう。


「では、またな」

「どうか、ヤイバン王もご健勝で」


 俺はヤイバン王に一礼し、王宮を後にした。


 ヤイバン王はわざわざ、王宮の出口まで見送りに来てくれた。


 俺は国王と共に、そんな彼らに一礼し旅立った。


「この度はお世話になりました。御恩は決して忘れませんわ」

「また、顔を見せに来てくれリシャリ姫」


 こうして、デケンとの戦争は終わった。


 用意された馬車に乗り、久々のサリパへ帰路に就く。


「やっと、平和がやってきますわね」

「ああ、そうだな」


 しかし、俺はまだ知らなかった。


 ……これが台風の目のような、ひと時の平穏であったということを。


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