表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
90/91

90話「君は本当に、白々しくて意地悪だね」


 デケン帝国のジャルファ王子、来る。


 その報せを聞いた俺たちは、大混乱だった。


「本当にジャルファ王子が、来るのですか?」

「ジャルファ王子って、アイギスランド戦線の指揮官だろう」

「……影武者じゃないか? まさか本人ではあるまい」


 アイギスランド侵攻を指揮している、デケン皇帝の実子。


 俺たちにとって、にっくき大敵。


 そんなジャルファ王子が、この場に来るというのだから。


「本人がここに来る、話をしたいと使者は述べています」

「殺してくれ、と言っているようなものだ」


 国王(ちちうえ)は困惑し、ハンネ女王は怒りに顔を歪めた。


 中でも、ひときわ感情を露わにしたのがヤイバン王であった。


「良い度胸だ。本人が来るならば、望み通り叩き殺してやろう!!」

「ヤイバン王?」

「磔にして、いかに許しを乞うても嬲り殺してやる!」


 何せヤイバン王には、デケン軍に息子を処刑された過去がある。


 報復として処刑しようと息巻くのも、無理はないだろう。


「落ち着きなされ、ヤイバン王。短絡的が過ぎますぞ」

「話を聞いてからでも、いいのではないでしょうか」

「だが……っ!」


 怒り千万なヤイバン王を、姉上と父上がなんとか宥めた。


 俺も、敵の意図が分からない以上、短絡的に動くべきではないと思う。


「丸腰にして一人で謁見させれば、危険はありますまい」

「だが、だが!」

「どんな舐めた口を利くか、確認は致しましょう」


 周囲の諫めを聞いて、ヤイバン王は数秒ほど唸った。


 怒りに飲まれても、さすがに王。


「息子を殺した連中の話など……!」

「敵の狙いは、御身にジャルファ王子を殺させることかもしれませんよ」

「むぅぅ……、いや。……そうだな、聞いてやるか」


 怒りで歯を噛みならしつつ、ヤイバン王は目を瞑って座りなおした。


 そして武器を没収、護衛もなしという条件で『話だけは聞く』ことになった。


「意図くらいは、確かめねばならんからのう」

「賢明です、ヤイバン王」


 ヤイバンが、デケンに深い恨みを持っていることは周知の事実。


 だというのに敵は、わざわざジャルファ王子の身柄を差し出してきたのだ。


 彼を殺させることでデケンに利益がある、と考えた方が自然である。


「デケンの使者に、会ってやると返事を」

「承りました」


 そんな訳で俺たちは、ジャルファ王子の謁見を受け入れることになった。


 出迎えるのはヤイバン王に加え、国王(ちちうえ)やハンネ女王、ラシリア姉上など。


 護衛として、パウリックやフロリネフも随伴する。


「してサリパの。ジャルファ王子とはどんな男かわかるか?」

「中々に底が見えない男でした。ウチの娘、リシャリが親しくしていたはずですが」

「ふむ、ではリシャリ姫。お主から見た、ジャルファの評価を聞きたい」


 そのジャルファ王子の人物について、俺に話が振られた。


 ジャルファ王子がどんな人物か、それは……。


「……すみません。私にも、測りきれない人でした」

「リシャリ姫ですら、輪郭がつかめぬ男か」


 俺から見ても、正直よくわからない。


 善人か悪人か、そもそも真意はどこにあるのか。


「彼は感情と理性を、完全に切り分けていました」

「ふぅむ」

「生まれて以来ずっと、心を殺し続けなければああはならないかと思いますわ」


 ああも考えが読めない男は、不気味だ。


 笑顔の裏でどんなあくどい考えを持っているのか、想像もつかない。


「ただおそらく……」

「む?」

「根っこは幼稚な男性な気がしますわ」


 だけど、それはきっとジャルファ王子の育った環境が原因だと思う。


 彼が、甲殻鳥(アーマーバード)を語っていた時の瞳の輝きは……。


 嘘じゃない、と思った。


「よし、リシャリ姫。君にヤツの出迎えを任せたい」

「私、ですか」

「ジャルファめも、面識がある相手の方が油断を引き出しやすかろう」


 そこまで告げると、ヤイバン王は真面目な顔になり。


 俺に、ジャルファ王子の出迎え役をするよう頼んできた。


「気が進まぬなら、他の者を出すが」

「いえ」


 そのヤイバン王の要請を聞き、ちょっとだけ怖かったが……。


 俺は、


「無論、受けさせていただきますわ」


 そう、即答した。







 出迎える俺の護衛として、フロリネフとパウリックをつけること。


 それが、国王(ちちうえ)の出した条件だった。


 そんな訳で俺は、王宮の外までジャルファ王子を出迎えに行く役目を負った。


「リシャリ姫、どうしてアンタは出迎え役を買ったんだ? 貧乏くじだろ」

「ええ、貧乏くじでしょうね」


 護衛をお願いしに行くと、フロリネフはそう言って怪訝な顔をした。


 何をしてくるかわからない相手を出迎え、案内する。


 そんなことをわざわざ、一国の姫がする必要はない。


「個人的なリベンジですわ」

「リベンジ?」


 だが、俺にはジャルファ王子と話す理由があった。


 それは先日、彼を出迎えた時の苦い思い出。


「以前にお会いした時は、さんざんに躱されましたから」

「……あん?」

「ジャルファ王子の輪郭を掴まないと、負けた気分ですの」


 彼は徹底的に、俺の観察を避けて見せた。


 心を隠し、優しい王子を演じ続けた。


 その裏で、サリパを侵攻しろと命じられ即座に応じる『冷徹さ』を隠し持って。


「よく分からんけど分かったぜ、姫。アンタも戦士ってことだな」

「はぁ……」


 ジャルファ王子に対抗心を燃やしていると、フロリネフはにんまりと笑った。


 そして、


「アンタは私が守ってやるよ。デケンのクズに指一本触れさせん」

「ありがとうございます、よろしくお願いいたします」

「任せとけ」


 何やら、彼女に気に入られるスイッチを踏んだらしい。


 フロリネフは機嫌よさそうに、俺の肩をドンと叩いた。


 骨が折れるかと思った。







 半月後、ジャルファ王子がやって来た。


 ヤイバン首都の遠方に、数十人規模の小さなデケンの使節団が姿を見せた。


 すぐさまヤイバン軍が出動し、その使節団を囲って門へと連行した。


「……君は」


 いつか見た黒曜石の騎士団の中心に、ジャルファ王子はいた。


 禍々しい黒甲冑を身に着けた彼は、ヤイバン王宮の門におとなしく連行されていた。


「まさか、君なのか。リシャリ姫」

「不肖ながら、ジャルファ王子のお迎えに上がりましたわ」


 ジャルファ王子は、門の外で立っていた俺と目が合って、数秒ほど硬直した。


 ギョっとしたが、何とか取り繕った。そんな様子だった。


「ふぅ、なるほど。そう言うことですか、リシャリ姫」

「どういうことでございましょう?」

「君は本当に、白々しくて意地悪だね」


 ジャルファ王子に動揺が見て取れたのは、一瞬だけ。


 彼はすぐ、いつもの冷静な仮面を被りなおして立ち直った。


「久しぶりだね、麗しきリシャリ姫」

「はい。お久しぶりですわ、ジャルファ様」


 彼の声を聞いただけで、作った笑顔が凍り付く。


 黒づくめのマントに、黒曜石があしらわれた鎧。


 金髪で甘いマスク、子供のように無邪気な表情の王子様。


「あえて伺いましょう、リシャリ姫。どうして貴女がここに?」

「言わずとも、ジャルファ様なら分かっておりましょう」


 ジャルファ王子は余裕たっぷりの笑みを浮かべ。


 威圧的に、俺の顔を見下ろした。


「いや、分からないな。なぜわざわざ、君を私の前に差し出すんだ?」

「分かりませんか?」


 ジャルファ王子はそのまま、俺に右手を差し出した。


 俺は笑顔でその手を受け取り、ゆるりと引いてエスコートする。


「鉱山の金糸雀(カナリア)、と言えばわかりやすいでしょうか?」

「おやおや、損な役回りをさせられているね」


 ジャルファ王子の手は、ゾっとするほど冷たくて。


 血が通っていないんじゃないかという、錯覚すら覚えた。


「では改めて、ジャルファ様」

「ええ、リシャリ姫」


 ……油断することはできない。


 ジャルファ王子は、サリパを裏切って侵略した敵。


「デケンの王子であるジャルファ様が、ここを訪ねた理由をお聞かせいただけますか」

「もちろん」


 俺からそう問われ、ジャルファ王子は流暢に返事をした。


 最初から、返す言葉を決まっていたかのように。


「デケン帝国は戦争継続を望みません。講和の手続きをしたいと考えました」

「……貴国から侵攻しておいて、不利になれば刃を収めてほしいと?」

「おっしゃる通りです。情けない話とは承知していますとも」


 ジャルファ王子が訪ねてきた要件は、講和交渉らしい。


 現状、サリパ・ヤイバン連合軍は優勢に戦争を進めているらしい。


 なので、納得できる話ではある。


 ─────だが、


「ジャルファ王子。デケン帝国の所業を、知っておりますわね」

「ええ」

「貴国は一方的に同盟を破棄し、サリパに攻め込みました」


 ヤイバン王の言葉を借りるなら、外交とは信頼で成り立つもの。


 そして、デケン帝国の過去の所業を考えると……。


「貴国との講和など、信頼に値すると思いまして?」

「これは手厳しいですね」


 やっぱり講和ナシ! と約束を破って攻め込んでくる。


 そんな未来が、容易に想像がついてしまう。


「ええ、仰る通り」

「申し訳ないですが、貴国の信用など皆無ですわ」


 普通に考えて、講和交渉が成り立つはずがない。


 デケン帝国の外交的信用は、皆無と言って差し支えない。


「サリパ国王も見ていましたね、デケン皇帝がサリパ攻めを命じるところを」

「……ええ。私も父から、聞きましたわ」

「今回のサリパ攻めは、私の父……デケン皇帝の気まぐれでした」


 じゃあ、ジャルファ王子がここに来た理由は何だ?


 講和を餌に、謀略の種を撒きに来たのか?


「気まぐれなら、何をしてもいいと?」

「そんなことを言う気はありません」


 精神を整え、集中し。五感の全てを動員して、観察をした。


 俺は今日、この男の本心を見極める。ジャルファ王子の真意を暴く。


 それが対人能力しか取り柄のない俺にできる、唯一の貢献だ。


「……ふふ」

「えっ」


 仮面の裏の真意を、暴く。


 そんなつもりでジャルファ王子の瞳を、まっすぐ覗いたその瞬間。


「裏はありませんとも、本心からの講和ですよ」


 ジャルファ王子は既に、仮面を外していた(・・・・・・・・)


 嘘も偽りもないと、本心から俺に言っている。


 ─────その事実を、隠す気配すらない。


「いいことを教えてあげましょう、リシャリ姫。デケン皇帝はまもなく逝去します」

「……ッ!」

「おそらく、年内でしょう」


 俺には分かる、嘘じゃない。


 仮面を被っていないジャルファ王子が、俺に微笑んでいる。


「そして私は、跡取りとして最も有力な候補の一人」

「ジャルファ王子……貴方は、何を言って」

「私が皇帝の後を継げば、もう二度と侵攻は行いません」


 皇帝の死が事実であれば、トップシークレットのはずだ。


 しかしこの男の言葉には、嘘の気配がまったくない。


 その宣言を聞いた瞬間、俺は臓腑まで凍り付いた。


「そしてもう一つ。私ほど、貴方たち同盟に好意的な王子はいません」

「ジャルファ、王子。貴方は」

「私以外が皇帝を継いだら、地獄が待っていると思ってください」


 ─────やられた。利用された。


 この男、俺が人物観察に長けていると知っているからか……。


 あえて仮面を脱ぎ捨て、俺に『嘘の交渉ではない』と提示しやがった。


 俺の観察眼を、信用稼ぎに利用するために。


「……さて、リシャリ姫。私に謁見を許して頂けますか」


 気付けば、ヤツは再び仮面を被りなおしていた。


 ニコニコと優し気で、甘い笑顔を俺に向けている。


 しかし先ほどのように、心の奥底を読ませる迂闊さはない。


 講和交渉が嘘ではないと示せれば充分、ってことだろう。


「う、ぅ」

「どうしましたか、リシャリ姫?」


 駄目だ。俺の目には、演技しているように見えなかった。


 だがジャルファほど心を隠すのが上手いなら、嘘と言うのもあり得るのかもしれない。


 俺は─────また、この男の掌で踊らされている。


「わかり、ましたわ。ご案内いたします」

「よろしくね」


 彼が零した笑みに、ゾクリと背筋が凍り付く。


 やはりこの男は、底が知れない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ