89話「デケンの武威もいよいよ斜陽ですな」
「それで、のう。そろそろはっきりさせようぞ、サリパの」
「はてはて、何のことですかな」
波乱の四国会談が終わった後。
ヤイバン王による懇親会が開かれ、エスニックな料理で歓待を受けた。
「聞いとるぞ、『走る鉄』の噂は」
「おお、そのことですか。ヤイバン王はなかなか、耳がよろしいですな」
「アレはどっから仕入れた技術だ? やはりデケンか? できれば技術留学を……」
懇親会の奥では、オジサンたちが機嫌よく酒を注ぎあっていて。
ラシリア姉上はニコニコ笑いながら、その傍らに鎮座していた。
「仕入れたわけではなく、ウチで開発した技術でしてな。まだ情報も出せぬもんで」
「デケンの技術ではないのか。大した技術者がおるなぁ、サリパには」
ヤイバン王と国王は、俺が知る限り初対面のはずだ。
十年来の敵だったはずなのに、もう仲良くなったらしい。
「形になったら、お話は持っていきますよ。ただ実用化まで、もう十年は見ておいてくだされ」
「そいつは遠いのう。ウチから優秀なのを派遣するから、共同開発というわけには?」
「未知の新技術です。ウチの研究員以外だと、理解は出来んでしょう」
「ケチくさいのう」
観察していると国王も、ヤイバン王の人となりに合わせていた。
いつもよりハキハキ話して、大胆な王という雰囲気を醸し出している。
まさに『ヤイバン王が気に入りそうな』王様という雰囲気だ。
なるほど、俺が父上にそっくりってそういう……。
「会談、お疲れ様でしたわ」
「……リシャリ姫か」
……ヤイバン王の相手は国王に任せよう。
あの様子じゃ放っておいても、オジサン同士で仲良くなるだろう。
それより、
「リシャリ姫こそ、司会お疲れ様だった。お互い、大変だったな」
「おほほほ……」
会談が終わってから、落ち込み気味のハンネを慰めておこう。
「ヤイバンの料理は、変わった味をしているな」
「ピリ辛な料理が多いですわね」
「余は、ちょっと酸っぱくて苦手かもしれぬ」
晩餐会は、前と同じ立食パーティ形式だった。
慣れない形式だからか、ハンネは少しやり辛そうだった。
「私はヤイバン料理が気に入った。とても旨い」
「フロリネフ様の口には、よく合ったようですわね」
「いくらでも食えそうだ」
「フロリネフ、話しながら食べるな。行儀が悪いぞ」
会談では出禁だったフロリネフも、懇親会に顔を出していた。
ハンネが信頼を得たので、参加が許されたようだ。
「さて。……リシャリ姫、君は今回の会談をどう思った?」
「各国とも、良い落とし所に着地したのではないでしょうか」
「そうだな、我らも援軍を得られたのは心強い」
ハンネは少しボったくられたが、援軍を得られたし悪い結果ではない。
最悪のケースだと、ヤイバンと同盟すら結べない可能性もあった。
「ヤイバン王はハンネ様を信用したご様子ですわ」
「そうだと嬉しいのだがな」
ヤイバン王に気に入られ、交渉に応じて貰えたのはハンネの手腕によるもの。
君主としての仕事は、十分にこなしていたと思う。
「……リシャリ姫は凄いな」
「何がでしょうか」
「余と年齢がそう違わぬのに、ああも堂々と振舞えるのは」
「内心では結構、アタフタしておりましたわよ」
一方で俺はと言えば、司会を任されるなど予想だにしていなかった。
いい経験になったが、もう勘弁してもらいたい。
「ハンネ様の方こそ、立派にございました。ヤイバン王への啖呵、見事でございました」
「そうだと、良いのだが」
俺は単なる姫だぞ。政治も軍事も全く関わっていない人間。
そんなやつにいきなり、大仕事を任せるんじゃないよ。
「まぁ、会談の話は終わりにしようか。してリシャリ姫、話は大きく変わるのだが」
「はい、何でしょう」
そんな風に内心でボヤいていると。
ハンネは難しい顔をして、俺にこんなことを聞いてきた。
「ヤイバン王から、『走る鉄』の噂を聞いた」
「あー……」
「余らが掴んでいる『鉄の船』と同じ技術だろう。結局、ソレは何なのだ?」
それは、フロリネフが大陸上陸に成功した直後のこと。
アイギスランド軍は『デケン海軍が引き返してくるだろう』と、海に哨戒網を張っていた。
しかしいくら待っても、デケン海軍は引き返してこない。
聞けば、サリパの港攻略に失敗し壊滅してしまったという。
情報を集めていくと、デケン海軍はたった数隻の巨大な鉄の船に敗れ去ったと聞いた。
「サリパに『ものすごい射程の砲を持つ巨大戦艦が出現し、惨敗した』と噂だった。射程は優に三千メートルを超え、片側に八門の砲を備えると」
「はい」
「さすがに話が非現実的すぎてな。我らは『移動できない防衛専用の船』、ないし『船に見せかけた海上砲撃陣地』と推測していた」
鉄で覆われた巨大な軍船など、帆で満足に移動できる筈がない。
おそらく移動能力を捨てた船、ないし船に偽装した海上陣地だ。
アイギスランドはサリパの軍船をそう見立てていたらしい。
「だが『走る鉄』の話が本当なら、貴国は地上で巨大な鉄塊を移動させられるわけだ」
「ええ、まぁ」
「……教えてくれ。まさかとは思うが、君らの持つ『鉄の船』は動くのか?」
しかしヤイバン王から『走る鉄』の噂を聞いて、ハンネはゾっとした。
それほどの馬力が実現できるなら、『鉄の船』を動かせても不思議ではない。
そうなれば、アイギスランドご自慢の海上戦術は過去のものになる。
「防衛に関する機密なので、私はお話しできないのですわ」
「……そうは言わず、本当かどうかだけ。事実なら、その造船技術を個別で交渉したい」
「えっと、どうなのでしょうか。国王に聞いておきますわ」
ただアレの船を作る技術は、簡単に他国に漏らせない。
蒸気機関まで含めると、数世代ほど先を行く技術だ。
あんな技術が普及したら、海戦の定石が変わってしまう。
「聞いて来るということは、鉄の船は真実なのだな?」
「真実かどうかも、知りませんわ。軍事関連ですので」
なのでここは全力ですっとぼけておこう。
リシャリしらない、なにもわかんない。
「リシャリ姫は何も知らないのか?」
「ええ。もともと嫁ぐ予定の姫ですもの、何も教えてもらってませんわ」
「そ、それもそうか。君は一介の姫だったな」
俺は困った顔を作って、首を横に振った。
技術関連の交渉は、俺じゃなくて父上とやってもらおう。
「他国へ使者として向かったりしているから、詳しいのかと」
「あの日は、酷いものでしたわ。何が良くて駄目なのか分からず、ずっとパウリックの顔色を伺ってましたの」
「そうか。まぁ、姫は普通そうだろうな」
それに俺が軍事関係の知識が乏しいのも事実。
リシャリ軍なるものが出来るまでは、兵舎に顔を出すことすらなかった。
「今は非常時ですので外交の場にでていますが、平和になればどこかに嫁ぐのでしょう」
「……まだ、どこかに嫁ぐ予定はないのか」
「ええ」
デケン帝国が唐突に侵攻してこなければ、そろそろ縁談は纏まっていたと思うが。
真面目な話、セルッゾおじ様は俺の本命の婚約者候補だったらしい。
近隣で最大勢力のデケン貴族で、俺のことも気に入ってくれていた。
ただもしそうなっていたら、ラシリア姉上との関係はどうなっていたか。
「ならばはやく、平和が戻ってきて欲しいものだな」
「全くですわ」
それもこれも、何もかもデケン帝国が悪い。
あの国さえ自重してくれれば、この戦争は起こらなかったのだ。
ヤイバンとの戦争だって、サリパがデケンの属国だったから行っていただけ。
「私たちは、平和に静かに暮らしていたかっただけですの」
「野心がないんだな、サリパは」
「野心があったら、デケンの属国になっていませんわ」
戦争は嫌いだ。民が死ぬのが嫌だ。
だから王様たるもの、民を守るために戦争を避けるべきなのだ。
「戦争なんてしたくないのに、向こうから攻めてくる。それがサリパの本音ですの」
「ああ、そうだな」
そんな俺の呟きに、ハンネは同意するように頷いた。
「アイギスランドも、全く同じ気持ちだよ」
かくしてアイギスランド、サリパ、ヤイバン、ラシリアの四国会談は幕を閉じた。
夜の晩餐会でそれぞれ杯を酌み交わし、支援を約束し合った。
「我ら四国が集えば、デケンにも対抗できる」
「あのにっくき侵略国家を攻め滅ぼそう」
ヤイバンとアイギスランド、サリパとラシリア王国。
この四国の領土を全て合わせても、広大なデケン帝国の半分にしか届かない。
「そして、民が安心して暮らせる世界を作るのだ」
しかし、俺たちの陣営には強力な人傑が集まっている。
タケルにレヴィ、ベルカにフロリネフといった戦争に特化した怪物。
ジュウギの開発力に、セルッゾおじ様やラシリア姉上の政治経済。
「ではアイギスランドの女王よ、祖国に帰って待つが良い。すぐ援軍を向かわせよう」
「ありがとう、ヤイバン王」
これだけの勢力が手を組めば、デケンに勝利する日も遠くはない。
現に今、まさにデケン帝国との戦線を押しあげている最中だ。
もう少しだけ頑張れば、平和な世界が待っているはず。
「ご注進、ご注進!」
「何事だ?」
これで、俺の役目も終わり。
後はドラズネストのメウリーンさんと話をして、サリパに帰属させる仕事だけ。
「新たにヤイバン王に、会談を申し込みたいという者が現れまして」
「ほほう、新たな同盟の打診か?」
「そのようです」
それでサリパに帰ったら、やることはなくなる。
家庭教師の講義を受け、社交界でニコニコ過ごす退屈なお姫様に戻れる。
「次から次へと、仲間が集ってくるのう」
「デケンの武威もいよいよ斜陽ですな」
またヤイバン王に面会する勢力が現れたようだが、俺には関係ないだろう。
俺が伝を持っているのは、この四国だけ。他の勢力に知り合いはいない。
となれば、何も知らない姫である俺の出る幕じゃない。
「して、どこのどいつだ。話を聞く価値はありそうか?」
「それが……」
そう思って俺は、国王の後ろに控えたまま。
何も考えずにボケーっと、笑顔を振りまいていたら。
「─────デケン帝国の、ジャルファ王子だそうです」
「何ぃ!?」
その名を聞いて、その場の笑顔が凍り付いた。




