86話「三国会談・破」
「おお、リシャリか! お前もヤイバンに来ていたのか」
「はい、父上。ヤイバン王へお礼に伺いましたわ」
「なるほど、帰国より先に筋を通したのか。さすがは俺の娘だ」
ヤイバン王の言葉の通り、国王は一週間後にやってきた。
俺はヤイバン王宮の門の前で、親子再会の抱擁を交わした。
「よく無事で戻ってきた、さすがに肝が冷えたぞ」
「ご心配をおかけしました」
涙ぐみながら俺を抱きしめる国王に、嘘の気配はない。
国王は家族のことになると、激情家なのは本当だ。
「……それで、お前が?」
「お初にお目に掛かる。アイギスランド女王、ハンネ・ヴィ・リトリオーラだ」
だから、国王がハンネに向けた視線はとても冷たかった。
ハンネと和解したことは、ジケイ兄上を通じて聞いているはずなのだが……。
「この度は、部下が無礼を働いた。深くお詫びを申し上げる」
「全くだ。お前が手綱を握っていれば、娘は危ない目に遭わずに済んだ」
「ちょ、ちょっと父上。ハンネ様は私を助けてくれたんですわよ」
国王はポーズとかじゃなく、本気で怒っていた。
サリパより大国のアイギスランドの王に対し、お前呼ばわりをするとは。
何ならヤイバン王の方が、まだ冷静だったくらいだ。
「父上、私はもうハンネ様とは仲良くしておりまして」
「リシャリ、黙っていなさい。これからアイギスランドと国交を持つなら、王として言っておかねばならないことだ」
「……」
国王の態度には、ハンネが少女だからという遠慮などはなかった。
彼女を一国の君主とみなし、はっきりこう述べた。
「部下を従えられぬ者とは、交渉する価値はない。約束が履行されない可能性があるからな」
「いや、その通り」
投げかけられた厳しい言葉に、ハンネは首肯した。
部下を従えられない君主であること。
それは彼女自身にとって、ずっとコンプレックスだったから。
「恥ずかしながら、余は小娘でしかなかった。能力不足は認める、申し訳なかった」
「……」
「今後は、もう二度とこのような暴走は許さない」
これからは、王として臣下を統べていく。
幼いなりに、ハンネはその決意を国王に宣言した。
「小娘であることなど、言い訳にならんよ」
「父上?」
国王はそんなハンネを、静かに見つめた。
そして怒るでも嘲るでもなく、こう言った。
「俺が成人し、サリパ国王となったのは十二歳だ」
「……」
「これから行動で、我らを信用させてくれハンネ女王」
「忠告、胸に刻んでおこう」
言葉が厳しいのは、ハンネの苦労が分かっていたからだろう。
国王もかつて、十二歳で国を継いだ『少年王』だったから。
「三国会談か。なるほど、それで……」
その後国王はヤイバン王に、同盟の話を聞かされた。
対デケンのための軍事同盟を話し合うために、三国で首脳会談を行いたいと。
「サリパにとっても、利益ある交渉を約束する。余を信用できるかを含め、判断して貰いたい」
「分かった。では首脳会談の場で、改めてハンネ女王の器を見定めさせてもらおう」
ヤイバン王からの会談要請に、国王はその場で応じた。
想定外の事態にも即決できるこの決断力も、国王の長所なのだろう。
「ただ、ヤイバン王。我らサリパも別途、交渉したい話を持ってきているのだ」
「ふむ?」
「三国会談の前に、話を通しておきたい」
ただ三国会談を行う前に、サリパからも重要な交渉があるらしい。
そう言って国王は、ヤイバン王に書状を渡した。
「……ふむ、ふむ。のうサリパの、これって」
「ああ、ヤイバン王の考えている通りだと思う。そこで、提案があるのだが」
「聞こう」
その書状を読んだヤイバン王は、一瞬だけ唇をニヤっと歪めた。
何が書いてあるのか気になったが、俺は見せてもらえなかった。
三国会談は、国王が来てから数日後に実現した。
明らかに利益のある同盟なんだから、パっと話し合えばいいのにと思ったが……。
こんな大事な会談に、準備期間なしとはいかないのだろう。
「只今よりヤイバン・サリパ・アイギスランド三国の首脳会談を執り行います」
「おう」
「ではまずは、挨拶から。主催国であるヤイバン王から、お言葉を頂きたく」
ただ俺は三国会談の前日、いきなり司会役に任命された。
簡単な台本は渡して貰えたが、急すぎてマジでびっくりした。
「今日は腹を割って話をしたい。我らには信頼が必要だと思う」
「その通りだ、ワシもそう思う」
「……余も、そのつもりである」
俺の仕事は、公平に話を振りながら会議を進行するだけだ。
会談が始まった後は、タイムキーパーの合図に従って台本を読み上げればいい。
「では、続いて。本会談を提起したハンネ女王から、議題を発案して頂きますわ」
「ああ」
俺より重要なのは、むしろハンネの振る舞いだ。
彼女こそ三国同盟の発起人で、ヤイバン王と国王を『説き伏せねばならない』立場。
「アイギスランドの女王、ハンネ・ヴィ・リトリオーラである。会談に応じていただき感謝を申し上げる」
ヤイバン王も父上も、政治の世界を生き抜いてきた百戦錬磨の男だ。
まだ経験の乏しいハンネが、どこまで彼らに食い下がれるのか。
この会談は、仲良しパーティではない。
国の看板を背負った優秀な人間による、国益を賭けた頭脳戦。
「まず先日、臣下が迷惑をかけて申し訳なかった。この場を借り、重ねてお詫び申し上げる」
ちなみにハンネの背後には老翁が控え、時折ハンネに耳打ちをしていた。
彼は、ハンネが議会を纏め上げた時に感涙した老貴族だ。
聞けば、先代アイギスランド国王の時代からの重臣らしい。
「では、改めて本題に移らせて頂こう」
ハンネにもちゃんと、支えてくれる臣下がいる。
ならば心配せず、見守ることにしよう。
「まず我がアイギスランドは、危機的状況に立たされている」
アイギスランドはもともと、ヤイバンより領土が広い国だった。
強力な海軍で海を支配し、各国と海上交易を行っていた。
「この三国同盟を発案したのは、貴国らに救援を求めたいからだ」
しかし現在はデケン軍に領地は奪われ、国民は殺され、離島に追いやられた。
フロリネフの活躍により一時は大陸領土を奪還したものの、現在は戦線を後退中である。
「同盟の条件や詳細については、会談を重ねてゆっくり詰めていきたい。だがまずは、我が国に援軍を送ってほしいのだ」
「なるほど」
「無論だが、条件は用意している」
なのでアイギスランドは、俺たちにデケン軍の背後を突いて欲しいらしい。
そうすればデケン軍は兵站を維持できなくなり、撤退せざるを得なくなる。
「して、その条件とは?」
「まずヤイバンには、現在我々が占領している港町エンドクリンを譲渡する」
「ふむ」
ヤイバンへの条件は、聞いていた通り港町の譲渡だった。
港町エンドクリンはデケン帝国領だった港町で、現在はアイギスランドが占領していた。
ここを譲渡してもらえれば、ヤイバンはとうとう海上貿易が可能となる。
「エンドクリンを拠点にすれば、アイギスランドに兵士を送りやすいはず」
「まぁ、そうじゃのう」
「物資輸送に船が必要であれば貸し出そう」
ヤイバンに出された条件は譲渡した港町を拠点にし、デケン軍を攻撃すること。
実際、ヤイバン軍がデケン軍の背後を突くならかなり有利に戦えるだろう。
「あい分かった。今後の同盟を前提に、援軍要請は承った」
「おお!」
「だが我らはサリパと共同戦線中だ、簡単に兵は動かせん。サリパが是というなら援軍を出そう」
その条件に納得しているようで、ヤイバン王はニッコリ笑いそう言った。
これで、ヤイバン王は説き伏せたことになるが……
「では次に、サリパ国王殿」
「ああ。我々には、どのような条件を?」
問題は、さっきからハンネに厳しい国王だ。
そんなサリパに、ハンネが出した条件とは……。
「サリパにはアイギスランド領にある、アメリア鉱山の採掘権を永久的に譲渡する」
「……アメリア鉱石の採掘権か」
「さらに運搬のため、我が国の港を無償使用してもらって構わない」
そしてハンネが提示したサリパへの条件は、アメリア鉱山の採掘権だった。
アメリア鉱石は、魔導具を作成するのに必須の材料である。
サリパは鉱石資源が乏しいので、今まで魔導具はデケンからの輸入に頼りきりだった。
「希望するなら職人を派遣し、鉱石の加工技術も伝達しよう。こっちは有償だがな」
「む、むむむ!!」
この世界で生きる限り、魔導具は必須だ。
例え蒸気機関が完成したとしても、魔導具需要がなくなることはない。
しかしアメリア鉱石が掘れないので、サリパは魔導具作成技術を持っていない。
インフラに必須な魔導具すら輸入に頼り切りなのが、サリパの弱味だった。
「鉱山の採掘権の詳細を知りたい。どこの鉱山を、どの規模で許可を貰えるのか」
「アイギスランドの南端、ヤイバン領に隣接している鉱山だ。少なくとも二か所の鉱脈がある」
「二か所も……!」
アメリア鉱山は希少なため、各国が厳重に管理している資源。
そんな鉱石の採掘権が貰えるのは、破格の条件だ。
インフラ魔導具を輸入に頼らずに済めば、どれだけ国家予算が浮くことか。
「……なるほど、出すものを出してきたのう」
「それだけアイギスランドが本気だと思って欲しい」
サリパ王国は、資源に乏しい。
草原が多いため、農業や牧畜を主産業にして生計を立ててきた。
アメリア鉱山の採掘権を貰えたら、生活水準は大きく上がる。
「その代わり両国に、アイギスランド領に援軍を派兵して頂きたい」
「ふむふむ」
「サリパには、タケル殿を派遣してもらえるとありがたい」
ヤイバン王は興味深そうに、ハンネの言葉に頷いていて。
国王は難しそうな、困ったような顔をした。
「鉱山の採掘権は……魅力的だ。実に魅力的なのだが」
「……」
「彼は、タケルは、我が国にとっても国防の要なのだ」
そう。そこは俺も気になってはいた。
アイギスランドは、タケルに援軍に来て欲しいのは分かる。
彼がいないと、アガロンがどうしようもないからな。
だけど、それはサリパだって同じだ。
「タケル以上の戦士はサリパに存在しない。今回はリシャリの危機のため許可したが、簡単に他国に派遣は出来ない」
「やはり、難しいか」
「ヤイバンが貴国を救援することに反対はしない。だが、我らからの援軍は……」
ハンネは国王の答えを予想していたようで、フゥと残念そうに溜息を吐いた。
俺もアメリア鉱石の採掘権を捨てても、タケルの前線参加を優先すべきだと思う。
「援軍が難しいのは分かった。……だとしても今後、サリパとの連携は不可欠だと考えている」
「我々も、アイギスランドと協調していく意思はある」
「ありがとう。ではせめて、この三国同盟に同意しては頂けないか」
サリパからタケルを援軍を出す案は、断ることになった。
しかし、アイギスランドとの軍事同盟自体は決して悪くない。
「同盟に同意して頂けるなら、改めて会談の場を用意しよう。次はアイギスランドが主催でな」
「……そのことなのだがな」
「む。何か不都合でもあるだろうか、サリパ国王」
だから、同盟自体には同意しても良いと思うのだが……。
なぜか国王は、躊躇うようなそぶりを見せた。
「……リシャリ、これを」
「はい?」
国王はそう言って、チラリと俺に目配せした。
見れば小さな紙きれを手に、俺へ小さく振っている。
え、何。こんなの台本になかったけど。
「申し訳ないがその三国会談の同意の前に、一つ議題を提出したい」
「新しい議題……ですか?」
どうやら国王は、このタイミングで議題を提出するらしい。
よくわからないまま、俺は国王から受け取った紙をその場で広げた。
「その議題とはなんだ? 今話すべきことか、サリパ国王」
「ええ、話すべきことだ」
俺はその紙を開いて、数秒ほど見つめた後。
……固まって数秒ほど、動けなくなった。
「そしてこの議題に関し、もう一人会談に招待したい者がいる」
「もう一人、招待したい者……?」
「身分は私が保証する。どうかこの場で、入室の許可を頂きたいヤイバン王」
そこで俺は、ようやく全てを理解した。
どうして国王が自ら、戦争中にヤイバンへ乗り込んできたのか。
三国会談の前に、ヤイバン王と話し合っていた内容は何か。
「許可する、中に入ってくれ」
「ありがとう。では、お入りいただこう」
この議題を隠していた理由は、ハンネの器を測っていたからだろう。
ハンネが信用できないと判断したら、彼女を入室させるつもりはなかったんだと思う。
すなわち、娘を危険にさらしたくはないから。
「─────では、参上させて頂こう」
凛として響く、女性の声。
王宮に入ってきたのは俺と同じ髪、同じ瞳を持った、妙齢の女王。
「奇遇ながら、我々も『三国会談』をヤイバンに提案しようとしておりまして」
「うむ」
「であれば、彼女をのけ者には出来ますまい」
何も知らぬハンネは、謎の登場人物に目を白黒とさせていた。
彼女は『誰コイツ?』と、半ばパニックになっていそうだ。
しかし俺は、その女性のことをよく知っていた。
「あー、ええ~。サリパ国王より新たな議題があり、会談の参加者を追加したいとのことですわ」
「……リシャリ姫。彼女の紹介をお願いしたい」
「では僭越ながら説明させていただきます。彼女はデケンから独立した新国家の女王」
俺がそのまま、歳を取ったような風貌の女王。
サリパ国王の実娘にして、かつて名前を消された姫。
「神聖ラシリア王国の君主、ラシリア・サリパール陛下ですわ」
つまり国王の本来の来訪目的は、ラシリアをヤイバン王に紹介することだったのだ。
ラシリア王国も、この同盟に引き入れる為に。
「紹介に預かったラシリア・サリパールだ。後ろに控えているのは腹心のフリーゾ」
「どうも、どうも」
ラシリアの背後には、悪そうな顔をしたセルッゾおじ様もいた。
そうよね、実質的な首脳はおじ様だもんね。
「急で申し訳ないが、私も話に混ぜてもらいたい」
そのまま新たにテーブルと椅子が運び込まれ、二人は優雅に着席した。
楽しげな顔の国王に、からかうような表情のヤイバン王。
困惑しているハンネに、不敵に直立するラシリア姉上。
こうして話し合いは三国会談から、四国会談になった。
「え、え?」
「あーっと……」
混乱しているのはハンネだけではない。
俺もハンネと同じくらい、存分に混乱していた。
「……それでは、その」
こんなの台本になかったですやん。
しかもこれからこの台本、ほぼ役に立ちませんやん。
「リシャリ、何を固まっている。早く進行しろ」
「は、はいですわ!」
国王、こういうのは会談が始まる前に言っておいてくれよさぁ!!
頭真っ白になるからさぁ!!




