85話「三国会談・序」
ヤイバンへ向かう道中は、平穏そのものだった。
敵の襲撃もなければ、窮屈な馬車に揺られて体が固まることもない。
ハンネ女王の計らいで、海路で旅ができたからだ。
「我らアイギスランドが誇る戦艦『炎獄』だ。この船に勝てる軍船など、この世に存在しまい」
「……ええ、見事なものですわ」
行きは倉庫の檻に閉じ込められていたので分からなかったが、炎獄は巨大な軍艦だった。
俺やパウリックは個室を貰ったし、サリパ使節団も全員ベッドが与えられた。
この船の収容人数は四百人ほどで、前後左右に五門の砲台を備える化け物戦艦だ。
木造戦艦としては、ハンネの言う通り世界最高峰だと思う。
「聞けばサリパは、海軍戦力に乏しいらしいな」
「ええ。たしかに、ウチの弱みですわ」
「安心するといい。これからは、我らアイギスランドがサリパの海を守ろうではないか」
「頼りにしておりますわ!」
そんなハンネの言葉に、俺は笑顔で返事した。
ジュウギの蒸気船はこの船と余裕で戦えると思うが、国家機密なので話すわけにはいかない。
「ただ、サリパも妙な戦艦を持っているとは聞いているがな」
「ギクっ」
「ああ、無理に聞き出す気はない。ゆくゆく、我が国と技術交換しようではないか」
ハンネはそう言って、意味深な顔で俺を見た。
どうやら蒸気船の噂くらいは、耳に入っていたようだ。
サリパにも間諜を放っているのかな?
「その辺は……兄上に任せますわ」
「もちろん、リシャリ姫に実権がないのは承知している」
ただあの蒸気船がどれほどかまでは、調査できていないらしい。
ルゥルゥ姉上が言うには数百年後の技術らしいので、間諜では推し量れないのだろう。
「これからは仲良くしていこう、というだけだ」
「それはもちろん、喜んでですわ」
だが、サリパに海戦に精通した兵士がいないのは事実。
石炭の採掘ラインは確立しておらず、蒸気船も四隻しかないことを考えれば、アイギスランドとの連携は必須だろう。
……ハンネが蒸気船の詳細を聞いたら、目玉が飛び出るんじゃなかろうか。
「ここが、ヤイバンか。趣のある国だな」
「何とも言えぬ風情を感じますわ」
俺たちがヤイバンにたどり着いたのは、二週間後のことだった。
ヤイバンは国内に港を持たない。アイギスランド勢力圏の港で降りて、そこからは陸路だった。
「サリパ使節団、並びにアイギスランド使節団です」
「お通りください、王の許可は得ています。それと、こちらを渡すようにと」
「王宮への招待状ですか。分かりました、すぐに伺いますわ」
事前に話を通したからか、首都の門番に止められることはなかった。
それどころか、ヤイバン王は俺宛に招待状を用意してくれていた。
書かれた内容は『ヤイバンに着いたならすぐ顔を見せるように』だった。
俺たちがヤイバンに到着した日の夕方。
ヤイバン王は早くも、俺との面会に応じてくれた。
「お久しゅうございます、ヤイバン王」
「おう、戻ったかリシャリ姫」
王宮の扉をくぐると、見覚えのあるヤイバン貴族たちが立ち並んでいた。
だがその数は少なめで、およそ十人にも満たなかった。
とくにレヴィグダードやレヴィなど、武官らしき人の姿が見えない。
「恥ずかしながら、虜囚の辱めを脱して戻ってまいりました」
「リシャリ姫、再会できて何よりである」
今はデケンとの戦争中だ、きっと武官は前線なのだろう。
俺は彼らにスカートの裾をつまんで一礼し、そして傅いた。
「わざわざ顔を見せに来てくれて嬉しいぞ」
「ヤイバン王への謁見せず、祖国に帰れませんわ」
俺がヤイバン王に謝意を告げるのは、当然と言えた。
彼は俺のために、数万の兵士を動員してくれたわけだからな。
「この度はヤイバン王のご厚意に感謝いたします」
「盟約に従ったまでだ。こちらこそ、リシャリ姫を守れず申し訳なかった」
心からの感謝をこめて、俺はヤイバン王にまず感謝を伝えた。
信頼には礼儀で返す、それが外交の基本だ。
補償的な話は国に帰ってから、ジケイ兄上と相談しよう。
「して、リシャリ姫。手紙によると紹介したいものがいるそうだが」
「ええ。新たに、我らと友誼を結びたい方がいるそうです」
「ふむ、ふむ」
そして今日は、もう一つの本題がある。
アイギスランド女王ハンネの紹介だ。
「どうか、入室の許可をいただけないでしょうか」
「許可する。入られい!」
一応、前もって手紙で紹介する旨を伝えてはいるが……。
ヤイバン王の反応はどうだろうか。
「アイギスランド女王、ハンネ様が入室されます」
「よし」
ヤイバン王の声に応じ、王宮の扉が開かれた。
奥から姿を見せたのは、白銀の髪を揺らす少女王。
「彼女こそアイギスランドを統べる方、ハンネ女王ですわ」
「お初にお目にかかる、ヤイバン王。余がハンネ・ヴィ・リトリオーラである」
アイギスランドの女王、ハンネ・ヴィ・リトリオーラ。
俺より背が低い、未だ十三歳の女の子。
そんな彼女と対面したヤイバン王の反応は……。
「……ずいぶんと、若いな」
「仰る通り、余はまだ年若い」
意外そうな、困惑したような。
そんな表情だった。
「先日、十三歳になったばかり。我が国でも貴国でも、成人とは言えない」
「……」
ヤイバン王宮のど真ん中、俺の隣にハンネは一人で立っている。
無論フロリネフは、ヤイバンの王宮に入ることを許されていない(当然である)。
「だが余は、アイギスランドを背負い立っている」
「む」
ハンネの人形のような繊細な外見に、ヤイバン王は困っていた。
まさか俺よりちっこいのが出てくるとは、想像していなかったのだろう。
「余はアイギスランドの王族だ。父も母も、叔父も叔母も、兄も姉も、みなデケン軍に殺された。今、生きている王族は余のみである」
「む、むむ」
「ヤイバンを軽視し、小娘を使者に立てたわけではないと理解していただきたい」
俺には分かる、ヤイバン王は当てが外れていた。
今回のフロリネフの無礼は、腹に据えかねる物だった。
ヤイバン王はこの場で、ハンネを散々に詰りたかったはずだ。
「あー、苦労したようだなハンネ女王」
「ご理解いただき感謝する」
しかし、俺とともに現れたのは小児のように小柄な少女。
一族を皆殺しにされ、一人で国を背負う立場にある彼女は……。
大人に威圧的に囲まれ、唇を噛みしめて凛と立っていた。
「使者の無礼な振る舞いで、迷惑をかけた。アイギスランド王として謝罪する」
「……」
「だが、身勝手ではあるが。フロリネフは国防の要と言える臣下なのだ」
ハンネは大人から、庇護欲をそそってしまう外見と境遇だ。
彼女を詰ってしまえば、弱い者いじめに見える構図。
だからヤイバン王は、苦虫を噛み潰した顔になったのだ。
「どうか、フロリネフの命はご容赦願いたい」
「だ、だがなぁ」
「無論、代償は用意しよう」
ハンネはそう言うと、スルっと自らの髪を手で纏めた。
そしてヤイバン王に背を向け祈るように屈み、首筋を差し出した。
「今まで家族以外に、この銀髪を弄らせたことはない」
「……むむぅ」
「父母より受け継いだアイギスランド王家の証たる、我が白銀の長髪を差し上げる」
ハンネは相当な覚悟を決めて、謁見に臨んだらしい。
この世界においても、女性にとって髪とはすなわち命だ。
一国の女王が出向いて、謝罪として髪を差し出すなど聞いたことがない。
「ん~~……」
刃物を持った相手に、首筋を差し出しているのだ。
誠意の示し方とすれば最上級であろう。
「ふぅ、分かった。近う寄れ、ハンネ女王」
「ありがとう」
そんな彼女を見たヤイバン王は、一瞬だけ迷った後。
腰元から剣を抜いて、ハンネの下へと歩み寄った。
「本当はもっと、色々言ってやるつもりだったんだがのう」
そしてムンズと、ハンネの髪を一束だけ掴むと。
チョイと端の方だけを、剣で切り落としてしまった。
「これで済ませてやる。その髪は父母の形見だろう、もっと大事にせい」
「……ヤイバン王」
「ああ、くそ。お前のこと、ちょっと気に入ってしもうたわ」
彼の手にあるのは、僅かな銀髪のみ。
ヤイバン王はそれを掴み、高らかに宣言をした。
「この通り、アイギスランドの女王は髪を差し出した。ワシらはこれで、手打ちにしようと思う」
「おお、それでいいと思う」
「後はサリパに筋を通せ、ハンネ。ワシらからこれ以上言うことはない」
そう言って、ヤイバン王は笑った。
この懐の深さ、器のでかさがヤイバン王の持ち味だな。
「感謝する」
「おう」
ハンネが上手いことやってくれたので、俺も安堵の息を吐いた。
ヤイバンとアイギスランドの関係が壊れたら、板挟みのサリパも苦労するのだ。
やはりハンネは少女ながらに、王の器を持っているらしい。
「してハンネよ。聞けば、まだワシらに頼みたいことがあるそうだな?」
「ああ。先の無礼を手打ちにしてもらって早々だが」
そしていよいよ、本題。
アイギスランドだけでなく、サリパとヤイバンの未来に関わる議題。
「改めてヤイバン並びにサリパと、対デケン軍事同盟を打診したい」
「おう」
「それにつき、三国会談の場を設けていただきたいのだ」
もともとフロリネフが持ってきていた、対デケン三国同盟。
その三国会談の企画を、ハンネは申し出た。
「前回のようなふざけた条件ではないなら、聞いてやらんでもない」
「恐れ入る」
ヤイバン側としても、アイギスランドとの共闘は悪い話ではない。
フロリネフの行動がダメすぎただけで、ヤイバン王はむしろ乗り気なくらいだった。
「して、条件は? 具体的には我らにどんなメリットがある?」
「詳しくは、会談の席で話すつもりだが。……海はお嫌いか、ヤイバン王?」
そして今回、ハンネが持ってきた条件はちゃんとした内容だった。
それは長年、ヤイバンが欲してやまなかったもの。
「我が国の勢力下にある港を一つ、貴国に譲り渡そう」
「ほう!」
現在アイギスランドが占領している、ヤイバンに最寄りの港町。
そこの領有権を譲るというものだった。
「……面白いな」
「貴国には海軍がないだろう、海戦のサポートも我らに任せてくれ」
ヤイバンは内陸国だ。
交易拠点になる港町の譲渡は、まさに極上の交渉条件だった。
「ただアイギスランドに、陸から軍事支援を求めるが」
「なるほど、港を譲るから兵を出せと。その内容であれば、乗ってやってもいい」
アイギスランドは海軍が強い一方、陸戦は苦手な部類だ。
デケンと戦うにあたって、ヤイバンの陸軍兵力を頼らざるを得ない。
その代わり港を譲渡し、その警備のために海軍戦力を売りつける。
それはどちらにとっても利益の大きい、魅力的な提案であった。
「ヤイバン王、どうか三国会談の設定にご協力を」
「良いだろう。そういう、まともな交渉であれば大歓迎だ」
この話を聞いた直後、ヤイバン王の機嫌はとてもよくなった。
もとよりアイギスランドとの同盟には前向きだったのだ。
こんな極上の条件を出されては、飛びつかない方がおかしい。
「ではハンネ女王、少し滞在できるか?」
「滞在、とは?」
「実は来週、サリパ国王がヤイバンに来訪する予定があってな」
「おお!」
ヤイバン王からそう告げられて、ハンネの瞳が輝いた。
なんと偶然にも、もうすぐ父上がヤイバンへ来訪する予定らしい。
「そこで三国会談を、打診してみようではないか」
「ぜ、ぜひ! よろしくお願いしたい」
「おお、任せておけ」
それを聞いたハンネは、顔をほころばせて喜んだ。偶然もあったものだ。
……にしても国王、こんな時期にヤイバンに来るのか。
戦争の真っ最中だろうに、何の用なのだろう。
「リシャリ姫も滞在していくといい。父親との再会は早い方が良かろう」
「ご厚意に感謝いたしますわ。では、私もお世話になりましょう」
だがまぁ、父上がヤイバンに来るなら合流する方がいいだろう。
サリパに帰るにしろ、人数は多い方がいい。
「ようし、では二人を部屋に案内せよ。供の者の部屋も用意するのだ」
「了解です、我らが王」
そういうわけでハンネの謁見は大成功に終わり。
俺とハンネは、ヤイバンの客人となったのであった。
「君のお陰で、話を纏めることが出来た。ありがとうリシャリ姫」
謁見を終えた後、ハンネは俺を見上げてそう言った。
「私は何もしていませんわ。ハンネ様の誠実さが伝わったのでしょう」
「いや。君がいなければ、余はここに来ることが出来なかった」
取り繕って見えたが、ハンネは緊張していたらしい。
表情に出さなかっただけで、冷や汗がびっしょりだった。
「ありがとう、リシャリ姫」
「いえ、そんな」
彼女はまだまだ、王として足りない部分が多い。
しかし成長すればきっと、良い女王になるだろう。
「来週、君の父上に挨拶することになるようだ。サリパ国王とは、どんな人物だろうか」
「あー、そうですわね」
そんなハンネから、国王がどんな人物かと聞かれてしまった。
うーむ、娘としての偏見が入ってしまうが……。
「人柄を端的に表すなら『冷酷無比な激情家』、でしょうか?」
「……冷酷無比な激情家?」
「国益に対するドライさを、激情で包み隠している男ですわ」
臣下目線で見ると、国王はドライな王だ。
愛娘ラシリアですら見捨て、存在を消すくらいに。
ただ身内のために激高したりするし、情動はかなり強い方だと思う。
「相反する属性に思えるが……」
「多少、ワザとやってると思いますわ」
国王のこのムーヴは、意図的にやってると思う。
冷酷な判断を行いつつ、激情家な部分を見せ人でなしとは思われない。
『冷徹な王』と『激情家な王』のメリット良い所取りをしているワケだ。
「普段はノンデリ糞親父なのですけど、器の底が見えないんですよねぇ」
「ひ、酷い言い様だね」
「事実ですわ。国王の愚痴を始めたら止まりませんもの」
国王の能力を考えたら、あの振る舞いが意図的でも不思議ではない。
戦術家としてサリオ兄上、内政はジケイ兄上、学問はルゥルゥ姉上、外交は俺。
その四人がかりの職務を、たった一人でこなしてきた変態だ。
それくらい何でも出来る人なので、あり得る話である。
「私から言うのも変ですが、ハンネ様も油断されないよう」
「あ、ああ。留意しておくよ」
「大変なお役目でしょうけど……」
たった一代でサリパを纏め上げた功績は伊達ではない。
我が親ながら、恐ろしい存在ではあるのだ。
「それを言うならリシャリ姫の方こそだ。大変な役目だろうが、頑張ってほしい」
「……はい?」
と、俺なりにハンネ女王へエールを送ったところ。
彼女は何故か、俺にエールを送り返してきた。
「では、来週はよろしく頼む」
「はぁ。よ、よろしくお願いしますわ」
……ハンネは俺に、何を宜しくと言っているのだろう。
もしかして俺も、三国会談に参加すると思われたのだろうか。
だとすれば申し訳ないが、俺は三国会談にはほぼノータッチだ。
サリパの全権限を持つ国王が来るなら、俺が出る幕はない。
俺は国王の後ろに控え、ニコニコするだけ。
あるいは国王は、俺に国家機密を漏らさないようにしている節がある。
三国会談に参加することすら、許してもらえないかもしれない。
だとすれば俺は部屋で控え、雪精と戯れるだけである。
「……ふぅですわ」
いやぁ、国王が来てくれるのはラッキーだな。
難しいことは父に任せ、俺は顔を繋ぐ役目に徹するのみ。
いやぁ、気楽なもんだ。俺に難しい仕事が回ってくることはないだろう─────
この時は、そう思い込んでいた。
「えー。あー、では定刻になりましたわ」
しかし、現実は非情である。
「それでは只今よりヤイバン・サリパ・アイギスランド三国の首脳会談を執り行います」
俺は完全に、失念をしていた。
三国の君主が会談をする場合、『司会』が必要になることを。
「ではまずは、挨拶から。主催国であるヤイバン王から、お言葉を頂きたく」
「うむ」
その司会に適任なのは、三国の君主に面識がある人だ。
サリパ、ヤイバン、アイギスランドの君主が『この人なら』と信頼する人。
「では我が領地にお集まり頂き、このように会談に応じて頂いたこと、心から感謝する」
サリパ王の実娘で、はっきり口が利けるのは俺。
ヤイバン王が同盟を組むに当たり、信用してくれたのは俺。
さらにハンネを連れてきて、ヤイバン王に紹介したのは俺。
そして現状、三国の君主それぞれと面識があるのは俺一人。
「そして司会を引き受けてくれてありがとう、リシャリ姫。緊張せず臨むが良い」
「お気遣い、感謝いたしますわ」
─────じゃあ、司会は俺になるじゃんね!!!
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