87話「三国会談・Q」
どうしてラシリア姉上の存在が、司会の俺にまで秘匿されていたのか。
そこには、大きく二つの理由があった。
「ふむ、ラシリア王国と同盟の仲介か」
「その通り」
どうやらヤイバン王は、先にアポを取っていた国王の用事を優先したらしい。
この会談より前に、ヤイバン王はラシリアの紹介を受けていた。
「軍事同盟となると、よく吟味せねばならん。即決は出来んぞ」
「分かっていますとも。ですがラシリア王国の商業圏は有益、話だけでもどうでしょうか」
「うむ。貴国の仲介ならば、話は聞かせてもらう」
「おお、肩の荷が下りました。ラシリアを連れてまいります」
ラシリア王国の要求は、ヤイバンとの軍事同盟の締結だ。
というのもデケン軍が、ラシリア王国に攻め入るような動きを見せていたからだ。
「さてラシリア女王。貴国と同盟を組むことで、ヤイバンにどんな得がある?」
「交易相手が広がり、生活が豊かになること。これにつきましょう」
ラシリア姉上は同盟のメリットを、ヤイバン王に理路整然と話を行った。
その話し方は商人らしくあり、王らしくもあった。
「こちらが、交易の品のライナップになります。ご確認を」
「デケン産の魔導具、装備、防具に農具……。値は張るが、ウチで生産するより質がよさそうだ」
「買取させていただきたいのは香辛料、果物に絹糸。額はこれほどで買い取る予定です」
「ふむ」
その交易は商売染みていたが、ヤイバン王も納得いくものだった。
値段も妥当、相場通りで商品の質もいい。
デケン産の技術を研究できることも踏まえると、乗らない手はなかった。
ラシリアという王が、信頼できる取引相手ならば。
「ではラシリア女王、貴国は信頼に値すると証明できるか?」
「もちろん。我ら商人の国は、利益によって動くもの」
最後にヤイバン王は、ラシリアにそう問うた。
この問いにどう答えるかで、ラシリアの器を量ろうとした。
「貴国との国交が利益を生むならば、我々が裏切ることはない」
「ふむ」
「我らが裏切らないよう『計算』することが、ヤイバン王の仕事でしょう」
それに対し姉上は堂々と、そう言い放った。
彼女の眼には、嘘も欺瞞もない。
利益になる相手なら裏切らないと、そう言いきった。
「ラシリア王国は商売を裏切りません。信頼を失えば、取引が出来なくなるので」
「ほう、ほう」
「今まで我らが商業で栄えてきた歴史こそ、その信頼の証です」
そんな姉上の言葉を、ヤイバン王は気に入ったらしい。
ラシリアの啖呵を聞いた彼は微笑み、
「分かった、良い商売をしようではないか」
「ありがとうございます」
「まずは交易からだ。軍事同盟も吟味してやる」
そう言って、ラシリア姉上の手を握ったそうだ。
「してサリパの、アイギスランドの方はどうすべきと思う」
その後、ヤイバン王は国王と姉上にこう尋ねた。
アイギスランドがら同盟の話が来ている、三国会談を開きたいと。
「我々サリパは、無条件に信用できる国とは考えていない。話を聞いてみてからでしょうな」
「あのような小娘に、国が纏められるだろうか」
国王も姉上も、アイギスランドとの同盟に乗り気じゃなかった。
むしろ、ハンネの評価は最悪に近かった。
会談の場でいきなり姫を誘拐する国だし、仕方ないかもしれない。
「リシャリが誘拐されたんだ、少なくとも部下を制御できていない」
「政治の実権が、女王にない可能性もあるな」
「ワシの見立てでは、まぁ信頼できるとは感じたが」
フロリネフのせいで、姉上も国王もハンネに懐疑的だった。
なので国王は、こうヤイバン王に提案した。
「ラシリアは俺が信頼できると感じるまで隠れてもらう。これでどうか」
「確かに。何が地雷となって、暴走されるか分からんしな」
現在、武官は出払ってしまっているため、フロリネフを止められる人がいない。
ラシリアを誘拐されるわけにはいかないので、三国会談の開催まで彼女の存在は秘匿された。
これが、俺がラシリアのことを教えてもらえなかった一つ目の理由である。
「援軍が難しいのは分かった。……だとしても今後、サリパとの連携は不可欠だと考えている」
だが、会議中のハンネの態度は堂々たるものであった。
しっかり家臣を従え、的外れな交渉を行わず、君主として務めを果たした。
「我々も、アイギスランドと協調していく意思はある」
「ありがとう。ではせめて、この三国同盟に同意しては頂けないか」
その様子を見た国王は、考えを改めた。
どうやらハンネはフロリネフも御せている。何かをきっかけに成長したのかもしれない。
つまり、交渉する価値がある相手だと評価した。
「奇遇ながら、我々も『三国会談』をヤイバンに提案しようとしておりまして」
「うむ」
「であれば、彼女をのけ者には出来ますまい」
そこで満を持して、ラシリア姉上を入場させた。
改めて四国会談という形で、会談を続けることにした。
「え~っと」
そんな背景を聞かされていなかった俺とハンネは、パニックの真っ最中。
内心で国王をボロクソにこき下ろしながら、司会を続けた。
「そ、それでは議題の続きですわ!」
ラシリアとセルッゾおじ様が、設けられた四つ目の席にどっかり座る。
これでサリパ、ヤイバン、アイギスランド、ラシリア王国の首脳が揃い踏みだ。
「サリパ国王から新たな議題の提案があるという話でしたが」
「ああ。まさに今、呼び込んだラシリア王国についての議題だ」
俺は国王に話題を振ると、そう答えた。
会談の途中で、ラシリアを紹介した理由は……。
「アイギスランドだけではなく、ラシリア王国にも援軍が必要なのだ」
「なっ!」
デケンの脅威にさらされていたのは、アイギスランドだけではない。
ラシリア王国もまた、ヤイバンから援軍を欲していたからだった。
「デケンのサリパ方面軍が一部、ラシリア王国に向けて進軍している」
「……」
「ヤイバン軍に援護を求めたい」
聞けばデケン軍は、ラシリア王国との国境に集結している最中らしい。
おそらくラシリア王国がサリパに、様々な援助していたからだ。
「ラシリア王国軍は精強とは言えん。反乱軍が元になっている、素人の集団だ」
「サリパはもう援軍を送っているが、デケン軍はかなり数が多くてな」
「そこで我がヤイバンに、援軍を派遣してもらいたいということか」
無論サリパも、ラシリア王国を守るため援軍を派遣している。
だが万全を期すため、ヤイバンにも援軍をお願いしたい。
そう言う話だった。
「ラシリア王国は報酬として、何を出せる?」
「資金に魔導具や武器、食料。そして『デケン帝国の致命的な弱み』の情報」
「ふぅむ?」
「聞いておいて損はないぞ? 我々と繋がっているデケン貴族は多くてな、情報筋は正確だ」
ラシリア王国が提供するのは、デケン帝国の内部情報と物資だった。
その『情報』にはかなり自信があるようで、ラシリア姉上は不敵な笑みを浮かべている。
「援軍を送ってよかったと思わせてみせよう。我々は商人の国だ、客に損はさせない」
「ふむふむ」
それは、ギブアンドテイクがはっきりとした交渉だ。
ヤイバン王も、ラシリア姉上を見定めるように睨んだ。
「話は分かった。聞く価値がないわけではなさそうだ」
「ありがとう」
「では次にアイギスランドとラシリア王国、どちらを優先して援軍を送るべきか議論したい」
しかしラシリア姉上は、強面のヤイバン王に気押される様子はない。
むしろ彼女の方が、ヤイバン王を見定めようという余裕すら感じる。
「現状、アイギスランドの方が派兵する利益が大きいな。何せ港をもらえるからな」
「ああ、港を得られるメリットは大きいだろう」
「ほう、ではアイギスランドを優先する形でよいか?」
「それは貴殿が判断すると良い」
ヤイバン王がそう聞くと、ラシリアはそう応じて。
彼女はむしろ、ヤイバン王の態度に楽しそうな笑みを浮かべた。
「情報は金塊だ。時に万の領土より、一言の情報を聞く方が得をすることもある」
「……ふむ」
「我々は、それなりの情報を持っている。さて、本当に得をするのはどちらかな?」
そんなヤイバン王に、にっこりと笑みを返すラシリア。
二人は見つめ合ったまま、数秒ほど沈黙が流れた。
そして、
「ところで、のう。リシャリ姫」
「何でしょうか、ヤイバン王」
「お前はこのラシリアという女王を、どう評価しておる?」
ヤイバン王はおもむろに、俺にそんな話を振った。
え、ここで俺に意見を求めるの!?
「……えっと、そうですね」
さて、どう答えるのが正解だろうか。身内だし、ベタ誉めしておくのが無難だろうか。
いや、ここで試されているのはラシリアではなく、俺かもしれん。
ラシリアに『身内として忖度』を行うか、見定められているのかも。
であれば、どうする……!? えーっと、えっと……。
「……」
改めて、ヤイバン王の瞳を覗き込むと。
その視線が見つめるのは、ラシリア姉上……。
─────ではなく、俺と『フリーゾ』と名乗った腹心だった。
あー、勘づいてそうだな。じゃあ仕方がない。
「私はさほど長い時間、姉上と過ごしたわけではありませんが……」
「構わん。続けろ」
「ラシリア女王は、王にして王にあらず。磨けば輝きますが、美麗であろうとしない。ですわ」
「ほほう!」
こういう時は、精一杯オブラートに包んでごまかす。
これしかない。
「影の主は計算高いものの、利益を裏切らないでしょう」
「お、おいリシャリ!」
「なるほど、よくわかった。意外と辛辣だな、リシャリ姫は」
話を聞いたヤイバン王は納得した顔で手を叩き、ラシリア姉上は苦笑していた。
だってしょうがないじゃん。精一杯、オブラートに包んだよ俺は。
「リシャリ……お前なぁ」
「他に、どう形容しろと仰るのですか」
ラシリアは王ではない。彼女の本質はセルッゾおじ様に尽くす忠臣だ。
もちろん国王の血を引いているので、王様としての器も持ちうるだろう。
しかし彼女は自ら、セルッゾおじ様を支えることを選んでいる。
「ぬはははは……」
自ら輝こうとせず、自分以外に忠誠を尽くす建前の女王。
王であって、王じゃない。磨けば光るが、輝こうとしない。
それが今のラシリア姉上。
「腹を割って話す必要があると宣言したのは、国王でしょう」
「確かにそうだが」
俺が何も言わなくても、ヤイバン王は近いところまで見抜いていたと思う。
少なくともラシリア姉上ではなく、セルッゾおじ様が真の主と見定めていた。
「ワシはリシャリ姫の、人を見る目は信用しておる」
「感謝いたしますわ」
「ならばかなり価値のある『情報』なのだろう。その上で、どちらを優先すべきか議論をしようじゃないか」
だったらラシリアをベタ誉めするより、バッサリ言うほうが良い。
ヤイバン王の性格を考えるに、その方が話を聞いてくれると思った。
「ほかに議題がなければ、この会談はいったん幕引きにしようと思う。ワシも臣下たちと話し合う時間が欲しい」
「おお、それはそうですな」
「そうだな。来週くらいに、再び会談を開こうと思うがどうか」
ヤイバン王はラシリア姉上の『情報』の価値を信用したらしい。
この議論を持ち帰って、一週間後に会談をしようと提案してくれた。
「少し、待ってほしい」
「どうした、ハンネ女王」
「余ら、アイギスランドは迅速な援軍が必要だ。厚かましいとは思うのだが、即決してもらいたい」
ただ、それに困ったのはハンネである。
何せアイギスランドは侵攻されている真っ最中、あまり時間をかけられたくない。
「条件が足りぬというなら、こちらが譲歩する。どうか我らを優先してくれ」
「ハンネ女王。そちらの事情も、配慮するが」
「どうか見捨てないで欲しい」
アイギスランドは大陸領土を放棄して、港まで撤退した。
しかしヤイバンから援軍がなければ、その港すら奪還される可能性がある。
「ラシリア王国を優先されたら、我らの地盤が危うくなる」
ハンネの表情には、はっきりと焦りが浮かんで見えた。
国家存亡の危機を前に、焦らずにはいられなかったのだ。
「ラシリア女王よ。貴殿らの援軍は急を要するか?」
「デケン軍は数か月以内に侵攻してくる見込みだ。早く援軍を頂きたい」
「今、我々は領土を侵されているところなのだ」
ラシリアの握っている『情報』が何かは分からない。
だが、もしラシリア王国への援軍を優先されたら……。
「次回の会談で援軍が決したとして、そこから動員をかけ、編成する時間がかかろう」
「まあ、であるな」
「ならばどうか、間に合うように動いてくれ。余らが滅ぼされたら、港は手に入らぬぞ」
会議を終えようとするヤイバン王に、ハンネは食い下がった。
デケン軍が侵攻中のアイギスランドにとって、これ以上の遅延は致命傷になりかねない。
「そうかそうか。譲ってもらえるなら譲ってもらおう」
「……む?」
「して、どこまで出せる?」
そして、結論から言えば。
ハンネ女王は焦るあまり、余計な口を利いてしまっていた。
「あの、ヤイバン王。貴方は……」
「余計なことは言わんでくれよ、リシャリ姫。これも勉強である」
「……」
「そうじゃのう、サリパが拒否した鉱山採掘権。アレを貰えるなら、即決なんじゃがのう」
そしてこれが、俺にラシリアの存在を教えてもらえなかったもう一つの理由だ。
すなわちハンネの平静さを奪い、良い条件を引き出したかったから。
要は俺が、ハンネに便宜を図る可能性を危惧したのである。
「……」
ハンネの顔が、サーっと青くなっていく。だが、俺は助け舟を出す事は出来ない。
二人は最初から、ラシリア王国をダシに良い条件を引き出すつもりであった。




