83話「七英雄は、どんな人なんです?」
最近のデケン軍は、行動の意図が分からない。
「デケン軍が、再び侵攻を始めました!」
「またですか」
先日デケン七英雄、龍殺しのアガロンはタケルを前に惨敗を喫していた。
なのでしばらく、攻めずに様子を見てくると思っていたのだが……。
「指揮官は、アガロン率いる龍殺しの五人です」
「あー、懲りない人ですわね」
不思議なことに、デケン軍はアイギスランドへ侵攻をやめなかった。
毎回アガロンを先頭に突撃してきて、タケルに蹴散らされて逃げていくのだ。
何がしたいのか、よくわからない。
「タケル。またお願いできますか」
「分かりました」
ただジャルファ王子の采配であれば、何か理由がありそうだ。
ハンネ女王は負けたふりをして深追いさせようとしている、罠ではないかと疑っていた。
「アガロンさんもしぶといですわね」
「追撃の許可さえいただければ、仕留めて見せますが」
「それはやめたほうが良いと、ハンネ様が」
龍殺しアガロンはタケルが本気でぶっ飛ばしても、龍鎧のお陰か一命をとりとめるらしい。
そのため、数日したらピンピンとまた攻め込んできてしまう。
いい加減、追撃して仕留めたいところだが……。
「デケンにはタケルと相性が最悪の敵がいるからな」
「あ、ハンネ様」
ハンネ曰く、タケルが戦ってはいけない天敵がデケンにいるそうだ。
そんな化け物がいるなど、にわかに信じがたいが……。
「タケル殿が深追いした先に『彼女』が待っていたら、我々は詰む」
「それほどの敵が? ……どんな相手なのでしょうか」
俺としても、アイギスランド戦線でタケルに無理をしてほしくない。
なのでハンネの忠告に従い、タケルに追撃をしないよう命じていた。
「デケン七英雄は知っているか?」
「聞いたことはあります。デケン軍には、七人の名将がいると」
「大体そんな感じだ」
デケン七英雄は、俺も聞いたことがあった。
今までデケンの戦争で、ひと際大きな戦果をあげた七将のことだ。
「アガロンさんも、デケン七英雄ですわよね」
「でも、そんなに強くないような?」
「強いから。君がぶっ飛んでるだけでアガロンもエグいくらい強いから」
ツッコみでハンネの口調が一瞬、素に戻った。
まぁハンネの言う通り、アガロンも強いんだろう。
「タケル殿が強いのは認めるが、デケン七英雄を軽視しないほうが良い」
「たしかに、敵を侮るのはよくないですわ」
だがアガロンが七英雄で最弱という可能性もある。
他の七英雄に、タケル級の怪物がいないとも限らない。
「デケン七英雄って、どんな人がいるんですか」
「そうだな、『龍殺し』アガロンは君も知っているだろう。他は……」
敵の情報は知っておいて損はしまい。
俺はハンネから、デケン七英雄の話を聞くことにした。
「名前を挙げていくと『堕ちた聖女』フィラリス、『若参謀』レイン、『虚無』チムドンドム、『時空返し』スチュアート、『工兵師団』グランドッグ。そして最後に筆頭、『読心術師』レジン」
「ふむ……ふむ?」
「警戒すべきは『読心術師』レジンと『堕ちた聖女』フィラリスだろう。フィラリスがタケル殿の天敵だ」
「天敵、ですか」
デケン帝国と長年戦ってきただけあって、ハンネはデケン七英雄に詳しかった。
彼女が言うには、フィラリスが警戒すべきタケルの天敵らしい。
「タケルでも勝てない……ってことですの?」
「ああ。戦場でフィラリスを見かけたらタケル君だけは逃がせ」
ゴクリ、と息を飲む。さすがは大国デケンだ。
タケルですら勝てない相手ってどんな敵なのか、想像がつかない。
全身ムキムキで肌がテカテカしたマッチョマンとか?
「では、ハンネ様。フィラリスはどんな人なのでしょうか」
「ナイスバディで陽気なお姉さんだ」
「ナイスバディで陽気なお姉さんですか」
なるほど。ナイスバディで陽気な美女なら、タケルも分が悪い……のか?
じゃあナイスバディではない俺はタケルに分が良い……?
「能力の詳細は分からないが、フィラリスと戦った軍は同士討ちを始める」
「同士討ち……」
「おそらく精神操作だろう。味方を敵と思って攻撃させられるらしい」
……。
「リシャリ姫、タケルがフィラリスの術中にはまったらどうなると思う」
「終わりですわね」
それは確かにタケルの天敵だわ。
タケルの火力がサリパに向いたら、国が亡ぶ。
「タケル。戦場で陽気なナイスバディのお姉さんを見かけたら逃げてくださいまし」
「わ、分かりました」
ナイスバディのお姉さんにタケルをNTRされるとか誰得展開だ。
俺は純愛派なのだ、寝とられは趣味じゃない。
「他の七英雄は、どんな人なんです?」
「えっと、他はそんなに……」
そんなヤバいやつがいるとは、デケン七英雄を舐めていたな……。
他にはどんなヤベー奴がいるんだ?
「『若参謀』レインはレジン元帥の十歳の息子。『時空返し』スチュアートは時空魔法を操る三歳の幼女」
「若すぎますわ」
何で十歳と三歳のお子様が英雄に名を連ねているんだ?
「『虚無』チムドンドムは謎の存在で、何の戦果も挙げていない。『工兵師団』グランドッグは土人形に固執するおじさんで、土人形だけの部隊を戦場で活躍させると息巻いている」
何で戦果を挙げてないやつが英雄に名を連ねているんだ?
「ろくな連中いなくないですか」
「こいつらは代替わりで襲名した連中だ。大した実力ではないと思われる」
名前だけの後継ぎも、七英雄に名を連ねているのか。
それを聞くと、アガロンがとても真っ当な英雄に思えてきた。
ちゃんとそこそこ強いし、最前線で戦ってるし。
「お子様二人は元々、父親がデケン七英雄だった。リシャリ姫も、レジンは知っているだろ」
「ああ~、なるほど」
デケン七英雄の枠組みが作られたのは、何十年も前のことらしい。
初代メンバーは殆どが高齢で、お子様組は代替わりだそうだ。
「レジンもそろそろ引退らしいし、現役なのはアガロン・フィラリスだけだろうね」
「そう聞くと、デケンの人材ってスカスカですわね」
デケン七英雄なんて言っているが、警戒すべきはアガロンとフィラリスだけみたいだ。
……アガロンって、デケンの中ではまっとうに強かったんだな。
「しかし、フィラリスとはどう戦うんですか? まともに戦って勝ち目はないような」
「いや、そうでもない。精神操作の条件は、接近することらしくてな」
もう一人の七英雄、フィラリスが出てきたらどうすべきだろう。
そこに悩んでいたら、ハンネ女王は得意げな顔で答えた。
「フィラリスの精神操作が及ぶ範囲は、数百メートルが限界っぽい」
「おお」
「ウチの誓約姫が、遠くから焼き払えば勝てるだろう」
精神操作をするにも、射程が存在するらしい。
そしてタケルと違って、フロリネフは遠距離から火力を押し付けることができる。
フィラリスがタケルの天敵であるように、フロリネフもフィラリスの天敵のようだ。
「そう言うことなら、深追いは無用ですわね」
「了解しました、リシャリ様」
そもそもデケン軍とアイギスランド軍には、兵站の差がある。
遠征の上、大軍なデケン軍の兵糧消費は馬鹿にならない。
戦線を維持するだけで、相当な痛手になるはずだ。
「今日も、アガロンを蹴散らして参ります」
「武運を祈りますわ!」
自信満々に出陣していくタケルを、俺は笑顔で見送った。
俺は、タケルの強さを良く知っている。
だけどいつも、彼を戦争に送り出す時は胸が痛む。
田舎で平穏に過ごしていた彼を登用し、戦場に追いやったのは俺だ。
タケルは人を傷つけることを嫌う、心優しき男だ。
兵士になったも、人を殺したがらない様子を見てきた。
精神が未熟と評されることはあるが、俺はそんなタケルを気に入っている。
だからせめて戦場に送り出す時、俺はいつも彼の無事を祈る。
─────この純粋で真っすぐな男が、無事に帰ってきてくれますようにと。
「やーい。お前、リシャリ姫が好きなんだろ!!」
「な、なななっ!!!」
そんな純粋なタケル君は、卑劣な龍殺し『アガロン』の舌戦で窮地に立たされた。
「ち、ちがっ! 僕はそんなんじゃ……」
「おやおや、お顔が真っ赤だぜぇ!」
これがジャルファ王子の策なのだとすれば、何たる卑劣だろう。
今日のアガロンは侵攻する際、まず「タケル出てこい、話がある!」と呼びだした。
タケルが応じて「何のようだ侵略者!」と怒鳴ると、帰ってきたのがこの答えである。
「これは、酷いな」
「ええ、なんて非道い策略……!」
「……むしろ、あほあほ」
良くも悪くも、タケルはまだ純朴な男。
幼いころから他人に避けられてきたせいで、『お前、〇〇ちゃんが好きなんだろー』という弄りをされたことがなかった。
「聞こえてるか、サリパの王女~! タケルがお前のこと、好きだってよ~!」
「そ、そんな思い上がったことは言っておりません! 違います!」
必然、タケルはかつてないほど動揺してしまった。
考えたな。俺とタケルの関係まで微妙な感じにする、見事な策だ。
「る、ルリちゃんどうしましょう! このままじゃタケルが……」
「え、まじでしんぱいしてる感じなの?」
ルリちゃんとハンネ女王は、そんなタケルを冷めた目で見つめていた。
ネタに見えるが、これはマジの窮地だ。もうちょっと、危機感を持ってほしい。
「タケルをごらんなさい、本気で動揺してますわ!」
「……はあ」
タケルは動揺したら、隙を突かれやすくなる。
こんなしょうもないことで、タケルを討ち取られたらたまらない。
「ルリちゃん、なんとかタケルの動揺を鎮めてきてくださいまし」
「……どうやって?」
「えっと、そうですわね。『私もタケルを気に入っていますわ』とリシャリが言っていたと伝えてあげれば」
「さらにどうようさせる気?」
悪いことに、今回のからかいの対象はこの俺だ。
俺が何を言っても、落ち着かせることは難しい。
「ルリちゃん、何とかタケルを救ってください!」
「……はぁ、大丈夫だって」
そう言って俺がルリちゃんを揺すっても、微妙な顔をされるだけだった。
「タケル君は、リシャリ王女のどこが好きになっちゃったのかなぁ?」
「だから、そんな思い上がりはしていないと」
実際のところ、これは策でも何でもなかった。
単にアガロンが、ウサ晴らしにタケルを煽っただけだ。
「おやぁ? じゃあリシャリ姫なんか眼中にないと?」
「そう言う訳じゃ……!」
龍殺しの五人は出陣するたびに、タケルにボコボコに吹っ飛ばされる日々を送っていた。
ジャルファ王子の命令なので、逆らう訳にも行かない。
そりゃあ、タケルに不満も愚痴もたまっていただろう。
「あーあ、かわいそ~」
「違う、違うって言ってるでしょう!」
ある夜、五人は飲み会で『タケルって童貞っぽくね?』とネタで盛り上がった。
そこで、この童貞ネタで煽って隙を作れるか試す流れになったのだ。
「あの王女がタケル君のこと好きだったら、傷つけちゃうかもなー」
「そ、そんなことがあろうはずがございません!」
タケルに正面から戦っても勝ち目は薄い。
舌戦を仕掛け、動揺を誘うのも効果があるかもしれない。
大事を取って、一番強いアガロン本人がタケルを煽る流れとなった。
「おや、やっぱりリシャリ王女が好きなんじゃ?」
「いや、その……僕は……僕は……!!」
試すだけなら、損はない。
ちょっと集中を乱せたらいいな、くらいのノリだったのだが……。
「……。…………」
「おやぁ? タケル君、黙り込んじゃった」
想定の百倍は、タケルは動揺した。
顔を真っ赤に、目を白黒として黙り込んでいる。
煽ったアガロン本人ですら、上手くいきすぎて焦ったほどだった。
(アガロン様、どうします? そろそろ仕掛けますか?)
(あ、ああ。仕掛けるか)
アガロンが気を引いてる間に、部下が四方に散った。
五人でタケルを包囲して、同時に斬りかかる陣形だ。
「良いじゃないの、主に懸想なんてロマンチックでさぁ!」
「……違う。懸想なんかではない」
槍先には毒を塗り込んでいるので、かすり傷でも昏倒させうるだろう。
今日こそタケルを、殺すことが出来るかもしれない。
「嘘はバレバレだぜ? タケル君が、あの王女を─────」
「僕のリシャリ様への想いは、懸想なんて言葉で言い表せない!」
その作戦決行の直前、五人がタケルに斬りかかる刹那……。
タケルは顔を真っ赤にしたまま、周囲に聞こえる声で怒鳴った。
「リシャリ様は、僕を真っすぐ見てくれた。色眼鏡なしに、優しく包み込むように理解してくれた!」
「お、おお」
「僕は、リシャリ様に仕える為に生まれてきたんだって思った。だから僕は……あの人のために生きる!」
それはまるで、告白のような台詞だった。
羞恥か憤怒か、顔を染めたままタケルの叫びは続く。
「この気持ちは懸想なんかよりずっと強い! 馬鹿にするなアガロン!」
そのタケルのビリビリとした気迫を前に、アガロンは思わず息を呑んだ。
タケルは、俺をネタにからかわれて動揺はしたが……。
ルリちゃんを向かわせるまでもなく、自力で立ち直った。
「その覚悟、確かに受け取りましたわ! タケル!」
「はい、リシャリ様!」
俺は、心配し過ぎだったらしい。
ルリちゃんと同じように、冷めた目で見ているべきだったかもしれない。
「ちっ、なんでぇ。こっちが恥ずかしくなるような啖呵を切りやがって」
「二度とこんなくだらない話に、リシャリ様の名を出すな」
「おー、怖い怖い」
その様子を見たアガロンは、突撃しようとする部下を手で制して止めた。
無駄な怪我をするだけだと判断したからだ。
「ま、確かに無粋な煽りだったな。悪い悪い」
「……」
「そう怒るなって。じゃ、お詫びに一言アドバイスしておこう」
そしてアガロンはいつものように、タケルの前で仁王立ち。
正々堂々、一騎打ちの構えを見せる。
「そんなに強い思いなら、さっさと手柄を上げてあの娘を娶りな」
「……ッ!」
「ウカウカしてたら、誰かに取られるぞ」
そんなアガロンの言葉を聞いて、タケルの眉間にしわが寄る。
不機嫌そうになったタケルに、アガロンは笑いながら、
「俺の首とか、結構価値があるかもよ?」
目にもとまらぬ速さで、まっすぐタケルに突っ込んでいった。
「リシャリ様」
……その日の勝負は、結局タケルの勝利だった。
アガロンはタケルと数合打ち合った後、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「どうしてもアガロンに、追撃しちゃだめですか」
「ええ、危険ですから」
アガロンに逃げられ、タケルは珍しく不満タラタラな顔をしていた。
よほど、煽られたのが癪だったらしい。
「アガロンは卑怯な男です。性格が悪い。嫌味ったらしい」
「あらあら、相当に嫌っていますわね」
「リシャリ様の名前を、あのような……!」
タケル的に、俺をダシに煽ったのが絶許ポイントだったようだ。
彼にしては珍しく、殺意をムンムンと感じる。
「ねぇ、タケル」
「どうしたの、ルリ」
まぁ、やる気になってくれたのは良いことだ。
そんなタケルに、ルリちゃんは呆れた顔で呟いた。
「そんなに手柄が欲しいんだ?」
「っ!」
今度はルリちゃんの言葉で、タケルの顔が真っ赤になった。




