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82話「私は、勝てない勝負はしないんです」


 暴君に支配された国、デケン帝国の栄華は続く。


 造反を匂わせた者は、粛清と密告により処刑された。


 デケン皇帝に逆らうことができる者など、存在しなかった。


 しかしとうとう、ジャルファ王子が二十歳になった時に転機が訪れた。


「父上が病床に伏したのですか?」

「はい。ジャルファ王子をお呼びです」


 デケン皇帝が年老いて、病に倒れたのだ。


 病は既に全身を蝕んでいて、完治は難しいと診断された。


 そこでデケン皇帝は、見込みある息子を一人ずつ自室に呼んだ。


「見ての通りだ、ジャルファ」


 ジャルファ王子もまた、部屋に呼ばれることとなった。


 彼が部屋に出向くと、やせ細ったデケン皇帝が臥せっていた。


 皺が増え、息も絶え絶え。かつて槍斬王と呼ばれた面影はどこにもない。


「大陸統一は目前だというのに、身体が言うことを聞かぬ」

「ご無理をなさらないでください」

「ああ、今は休む」


 デケン皇帝は、既に七十歳を数える。


 この世界の寿命を考えれば、とっくに死んでいる年齢だ。


「ジャルファよ、お前を呼んだのは他でもない」

「私に何をお求めでしょうか、父上」


 しかしそんな老翁の目には、未だ野心の炎は絶えていない。


 彼は呼び出したジャルファ王子に、こう命令した。


「ヤイバンがサリパに侵攻したが、撃退されたらしい」

「なるほど、つまり」

「サリパに赴いて状況を探ってこい」


 彼は死ぬまでに、大陸を手中に収めたいと願っていた。


 しかし病床に臥せることとなったため、その役目をジャルファ王子に託した。 


「分かりました。では調査のため、サリパに向かいます」

「この大陸の隅々まで、デケンの威を伝えるのだ」


 もう、デケン皇帝に遺された時間は短い。


 ジャルファ王子は、そんな皇帝(ちちおや)の死期を悟って─────


「この私にお任せを」


 心の内で、歓喜に震えた。





「ほう、ヤイバンを滅ぼす時が来たと?」

「はい、父上」


 ジャルファは命令通りサリパに赴き、情報を集めた。


 サリパ軍の戦闘報告を見る限り、デケンが介入すれば確実に勝てる状況であった。


 そのため彼は自信満々に、『ヤイバンに勝てる』と皇帝の前で言い切った。


「ふむ。たしかにそれは、好機であるな」

「おっしゃる通りです、父上。今こそ出陣の時でしょう」


 彼の持ち帰った資料を見て、デケン皇帝も同じ意見となった。


 デケン軍が出陣すれば、確実にヤイバンを滅ぼせると。


「ならばジャルファよ、貴様に総大将を任せる。ヤイバンを征服()ってこい」

「おお、分かってくださいましたか父上」


 しかし、病床のデケン皇帝には一抹の不安が浮かんできた。


 この戦争、ジャルファ王子ではなくデケン帝国が勝っただけではないかと。


「ようし、ではもう一つ。ジャルファに命を下そう」

「父上?」


 ヤイバンを滅ぼせば、皇帝位はジャルファが継ぐことになるだろう。


 しかしジャルファに、自分ほどの才覚はあるだろうか。


 自分の死後、デケン皇帝を継ぐに足る器なのか。


「サリパも滅ぼしてこい」

「────は?」


 なので皇帝は、ジャルファに皇帝の資質を問うことにした。


 仲良くしたサリパ王族を皆殺してこそ、デケンの覇者。


 それくらいできないと、デケンの皇帝はふさわしくない。


「サリパを滅ぼし、リシャリを捕らえるのだ。それが、貴様が皇帝になるための試練」

「あ、えっと」

「リシャリを誑かし、奴隷のごとく臣従させろ。皇帝を継ぐのであれば、それくらいの求心力が必要なのだ」


 デケンの統治は、恐怖と暴力による統治だ。


 ジャルファが『恐怖の対象』となることが、皇帝の器。


「……失礼ながら、父上。その戦いの意味は、なんでしょう」

「弱者の淘汰である」


 ジャルファの脳裏に、可憐な姫の笑顔が浮かぶ。


 甲殻鳥(アーマーバード)の話に花を咲かせてくれた、リシャリ姫の顔。


「私は……デケンと戦うつもりなど……っ」

「デケンが求むは強者のみ。小物に、我が旗下は名乗らせん」


 リシャリ姫の父母兄妹を皆殺しにして、奴隷のごとく臣従させる。


 そんなことをしたら、リシャリ姫は二度と笑顔を向けてくれまい。


「……了解です、父上」

「ジャルファ、王子ッ!」


 だが命令に逆らえば、ジャルファ王子は見放されるだろう。


 ジャルファ以外が皇帝を継げば、地獄は続いてしまう。


 彼が二十年間、胸に秘めてきた憎悪の炎はむなしく消えてしまう。


「サリパの王よ。恨みはないが、デケンのために死んでくれ」

「貴様らぁあああああッ!!」


 皇帝に反旗を翻すには、まだ力が足りない。


 産褥で死んだ実母と、育ての親エミィの仇を殺すには……。


 まだ笑顔でデケン皇帝に服従する必要があるのだ。


 ジャルファ王子は自らの恋心をも捨てて、サリパに剣を向けた。







 ……しかし、その結果はさんざんだった。


 デケン帝国軍によるサリパへの侵攻は、失敗に終わった。


「偉大なるデケン皇帝陛下、御身体は如何ですか」

「芳しくない」


 サリパの勇者タケルに、デケン七英雄のアガロンが瞬殺されてしまった。


 無理をして動かした海軍も、謎のサリパ船に撃退されてしまった。


 さらにサリパはヤイバンと同盟を組み、連携を組んで防備を固めた。


「お辛いでしょうか」

「辛くないと思うか」


 無理に攻めれば、負ける公算が高い。ジャルファ王子は撤退を決断した。


 そして戦力を浪費せず撤退できたのだが、デケン軍がサリパに惨敗したという知らせは大陸を駆け巡った。


 恐怖による統治をおこなっていた『デケン帝国に勝てない』という前提が崩れたのだ。


 その結果デケン帝国の求心力は急落し、大小合わせて九領が独立してしまった。


「どこか、痛みはございますか」

「痛い所しかない」

 

 怒りのあまり、デケン皇帝は激怒しジャルファの処刑を命じた。


 あんな無能を信じた儂が愚かだったと、息子の不出来に慟哭した。


「国の内情を思うと、我が身を引き裂かれるような痛みを感じる」

「左様でございますか」


 皇帝はデケン七英雄の筆頭にして盟友であるレジン元帥に再侵攻を命じた。


 しかし泣き面に蜂、その隙にアイギスランド軍が大陸へ攻め込んできた。


 アイギスランドの炎魔術師(フロリネフ)は凄腕で、現地のデケン軍は壊滅。


 慌てて、アイギスランド戦線に援軍を送る必要が出てきた。


「医官よ、汝にこの痛みを取ることはできるか」

「難しゅうございます」


 極めつけは、ヴィジャル王子の裏切りであった。


 アイギスランド戦線へ送ったヴィジャル王子が裏切って、首都を急襲したのだ。


 そのクーデターにより、デケン皇帝は殺されかけた。

 


 年老いたデケン皇帝は、深い悲しみに包まれていた。


 少し前まで、全てが順調に進んでいた筈だった。


 大陸を統一するという悲願は、目の前のはずだった。


 もしジャルファ王子が撤退をしなければ。


 レジン元帥が、さっとサリパを滅ぼせていたら。


 ヴィジャル王子が、アイギスランド軍を撃退していれば。


 デケン皇帝は大陸を統べ、幸せな余生を楽しんでいた筈だったのに。


「どうして、儂以外はかくも無能なのだろう」


 生涯無敗を誇るデケン皇帝も、老いには勝てなかった。


 いくつも戦場を共にした愛馬は、数年前に寿命で果てた。


 声はしわがれ、皮膚には皺が目立ち、腕は痩せ衰え、槍を支えるのがやっと。


 前線を退き、あとは後継者を選ぶだけ。


 だというのに、彼の息子たちは出来損ないしかいない。


 槍斬王の血を正しく引き継いだ獅子は、生まれなかった。


「陛下の苦痛は、身体ではなく国政から来るものでございましょう」

「その通りだ」

「であればその苦痛、私ではなく政務官に相談すべきでございます」


 デケン皇帝が前線を退いてからの戦績は酷いものだ。


 ヤイバンやアイギスランドのような弱国すら攻めきれない。


 四方に戦線を抱えたまま、漫然と時間だけが経過していく。


「皇帝陛下。ここに、心を静める薬を用意しております」

「……うむ」

「あくまで、痛みに蓋をするだけの薬でございます」


 デケンの戦争は、停滞期を迎えていた。


 戦線を抱え過ぎたせいで、戦力差が膠着してしまった。


 皇帝は、どこか戦線を畳みたかった。


 無理をしてでも、戦線を片づける。それが、大陸統一のための布石。


 皇帝の息子ジャルファ王子に、それはわかっていたはずだ。


 だというのに、ジャルファは未知の敵将が現れただけでスゴスゴと撤退してしまった。


 あれだけの戦力差を用意しておきながら、何もなさずに逃げ帰った。


 その結果、手薄になったアイギスランド戦線を食い破られ反乱が勃発した。


「私が医官として出来ることは、これくらいでございます」

「そうか」


 デケン皇帝の嘆きは止まらない。


 どうして自分の血を継いだ息子が生まれてこなかったのかと。


 なぜ、容易な仕事を当たり前にこなせないのかと。


「デケン帝国は、私の代で終わりかもしれんな」

「……何を仰いますか」


 そんな心労が、デケン皇帝の体を蝕んだ。


 ヴィジャル王子の反乱が鎮圧され、彼の首を届けられたあたりから。


 デケン皇帝は病に臥せって、ベッドに寝た切りになっていた。


「そうだ、皇帝陛下。ジャルファ王子から、報告が届いております」

「そうか。医官、読み上げてみよ」

「ジャルファ王子はアイギスランド軍の撃退に成功しました。現在、敗残兵を掃討中」

「……ふむ」

「年内には、勝利の報告を提出できると」


 その報告を聞いたデケン皇帝は、スーっと顔色が良くなった。


 先ほどとは打って変わって穏やかな顔で、医官から受け取った薬を飲み干した。


「ジャルファか。サリパごとき攻め落とせなかったから、使い物にならんと思っていたが」

「サリパ戦線は今、あのレジン元帥すら苦戦しているようで」

「ヤツが苦戦するなら、サリパは本当に手ごわいのだろうな」


 薬を飲み干した後、デケン皇帝はそう呟いた。


 一時は撤退を選んだジャルファ王子に、失望していたが……。


「私の目では、後継ぎとしてジャルファが一番マシに見えた」

「……左様でございますか」

「ああ、『鼻』が利いていたからな」


 ジャルファ王子の戦勝報告を聞いてデケン皇帝は、昔を思い出していた。


 それはかつて、デケンの首都で開かれた『武芸大会』の思い出。


 その大会には弱冠十三歳の、若いジャルファ王子も参戦していた。


「アヤツは武術の才能もあり、武芸大会をトントンと勝ち進んだ」

「はい」

「だがその年に、とんでもない参加者がいた。アガロンだ」


 ジャルファは武術の才能もあり、どんどん大会を勝ちあがっていった。


 だが運が悪いことにその年は、後の『龍殺し』アガロンも参加していたのだ。


 アガロンは他の参加者から一撃も貰うことなく、ストレートに勝ち上がっていた。


「ジャルファ王子とアガロン様は、どちらが勝ったのですか?」

「戦わず、棄権しおった。曰く『街に無法者が現れたため、鎮圧に向かった』と」


 そして準決勝アガロンとジャルファの試合、ジャルファは姿を見せなかった。


 たまたま強盗事件が近場で発生したため、その対処を優先したのだ。


 結果アガロンが優勝したが、ジャルファも『民衆を優先した王子』として名を上げた。


「負ける勝負を避けつつ、手柄は立てるそのやり口。若いころの私によく似ている」

「なるほど」


 デケン皇帝はそんなジャルファを見て、勝負から逃げたと失望しなかった。


 勝ち負けをかぎ分ける嗅覚があると、むしろ高く評価した。


「あのままジャルファが侵攻していたら、サリパに負けていたのかもしれんな」

「そうかもしれませんね」

「だとすれば、やはり後継者はジャルファがふさわしいか」


 戦争に勝つコツは、勝てない勝負をしないこと。


 そう言う意味で、ジャルファは『比較的マシ』な後継者候補。


「……はぁ。ジャルファがもう少し、勇猛であればな」


 ただしジャルファ王子に、槍斬王と呼ばれた父親デケン皇帝ほどの武力はない。


 勝ち負けの嗅覚こそあれど、戦上手さは受け継いでいない。


「医官、少し眠たくなってきた。もう休む」

「左様でございますか。では、お暇いたしましょう」

「うむ」


 デケン皇帝はそこで、考えるのをやめた。


 これ以上悩めば、ますます身体が悪くなる。


「失礼いたします、陛下」


 そう言って医官は、皇帝の部屋から退室した。












「─────と、いう感じで。皇帝(とうさん)は、程よく弱ってきたようです」


 手紙を読み終えたジャルファ王子は、にっこりと微笑む。


 アイギスランド戦線の陣中でジャルファ王子は、腹心のアガロンと紅茶を楽しんでいた。


「医官はいい仕事をしてくれていますね」

「皇帝の医官まで懐柔してんのかよ」


 その手紙は、皇帝の医官から受け取った密書であった。


 医官はジャルファ王子に心酔し、何でも言うことを聞く手駒となっていた。


「実は皇帝の秘書も侍女も、私の味方になってくれています」

「……怖い人だよ、王子は」


 ジャルファ王子はデケン国内で、大きな支持を集めていた。


 無理もない。話が分かる王子様であり、かつ現皇帝の『お気に入り』でもある。


 ジャルファが皇帝の後を継いでくれれば、という風潮が王宮に出来上がっていた。


「にしても良いのか、ジャルファ王子。皇帝に『勝ってる』なんて報告しちまって」

「ん、何か問題でも?」

「俺はタケルとかいう小僧に負けまくってるけど」


 アガロンはそう言って、ジャルファ王子の報告を不安視した。


 実際のアイギスランド戦線は、デケン軍の敗北続きだった。


 何度出撃しても、アガロンはタケルに追い返されていた。


「大丈夫ですよ。すぐ、真実になりますので」

「……?」


 だというのにジャルファ王子は『快勝』と報告してしまっている。


 虚偽報告だが、ジャルファはニコニコと笑うばかりだった。


「まぁいい、アンタに任せる。次の出撃はいつだ?」

「三日ほど空けていいですよ。部下は休ませてあげないと」

「てか、もう攻めさせないで欲しいンだがな」


 すらすら、と。会話の最中も、ジャルファ王子の握った羽ペンは何か記していた。


 誰と会話をしていようと、王子は仕事の手を止めたりしない。


「攻め続けるのが、大事なんですよ」

「負けてるだけだが、これで良いのか?」

「ええ。『龍神殺し』タケルを釘づけにしてるだけで大戦果です」

「よう分からんが、分かった。アンタに従うよ、ジャルファ王子」


 アガロンは諦めたように、傷だらけの体躯で踵を返した。


 敵将タケルのせいで龍鎧も砕け、体中がボロボロ。


「あの怪物を相手に生きて帰ってこれる将は貴方しかいません。頼りにしていますよ、アガロン」

「何言ってんだか……」


 しかしアガロンは律儀に、ジャルファの命令に従い続けた。


 不満げな態度はとるが、逆らおうというそぶりはない。


「本気出したら俺より強い癖に(・・・・・・・)

「ふふふ」


 ジャルファ王子はそんなアガロンに、柔和に微笑んだ。


 アガロンは肩をすくめ、くたびれた表情で幕舎を後にする。


「なんで書類仕事ばっかやってる王子サマが、俺より強いんだろうなぁ」

「影ながら、努力をしていますから」


 ジャルファ王子は、アガロンより剣の腕が立った。


 ただ、それを見せびらかさず誇らないだけ。


「アンタならあの怪物(タケル)、何とか出来るんじゃねーの?」

「買いかぶりすぎですよ」


 デケンの武術大会で、ジャルファ王子はアガロンに勝利を譲ったのだ。


 王子として箔をつけるなら、準優勝で十分。実際に戦場に出るアガロンの箔付けを優先した。


「私は、勝てない勝負はしないんです」


 そんなジャルファ王子が、次に狙いを定める『相手』。


 彼の瞳は、老いて寝床に伏せるデケン皇帝に向けられていた。


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