53話「暗い……あまりにも……」
俺から見たラシリアの第一印象は、『凛々しく綺麗な女性』だった。
「あの……、ラシリア姉上?」
「……」
年齢は、三十代手前というところだろう。
目つきは鋭く、長い金髪は清潔に整えられて、唇を真一文字に結んで。
しかし顔の造形は可愛らしく、少女の面影を残していた。
「……お前が、サリパの第二王女リシャリか」
「はい、ですわ」
やがて、ラシリアは口を開いた。その声色も、俺に近しかった。
パウリックが、俺に彼女の面影を重ねたのも頷ける。
俺が妙齢になったらこうなるのだろう、と感じた。
「私の名は、ラシリア。デケン帝国より独立した、この神聖ラシリア王国の主である」
「お初にお目にかかります」
彼女が言葉を発すると、ピリっと場の空気が緊張した。
その尊大な口調、態度はルゥルゥ姉上にも似ている。
「ところで、リシャリ姫よ」
「はい、何でございましょう」
しかしラシリアの瞳に、ルゥルゥのような好意は浮かんでいない。
むしろ、
「随分とセルッゾ伯爵……ではなく、フリーゾと仲が良いようだな」
「へ? はい、親密にお付き合いをさせていただいておりますわ」
「ふーん」
若干の敵意すら、孕んでいるような気がした。
「サリパから遥々、ご苦労である。リシャリ第二王女」
「ど、どうも、ですわ」
そして、ラシリアとの会談が始まった。
俺は身振り手振りを使い、愛想よく振る舞った。
「ラシリア様、この度は国王とパウリックを保護して頂き感謝を致します」
「ああ」
だがその会談は、順調とは言えなかった。
俺が礼を尽くし謝辞を述べても、どこ吹く風だ。
「此度の礼として、心ばかりの品を持ってきております。どうかお受け取りを」
「ああ、受けとろう。話は終わりか?」
塩対応にも程がある。仮にも友好の使者に対する態度ではない。
俺は笑顔を固くして、内心でどうしたものかと頭を抱えていた。
「え、えっと。その」
「手短に話せ」
セルッゾおじ様は困った顔で、俺とラシリアを交互に見つめる。
そんなおじ様の様子を見て、ラシリアの仏頂面は硬くなっていくばかり。
「ラシリア様はとても美しいですね。まるで野山に咲く一輪の白華花────」
「世辞はいらん」
「は、はい」
初対面の筈だが、どうしてラシリアに嫌われているのだろう。
何か、気に障ることをしてしまっただろうか。
「我々は今後、ラシリア様と仲良くしていきたいと考えておりまして」
「ああ。ラシリア王国も、これから貴国サリパと友好的に接していきたいと考えている」
ラシリアの言う「友好」は、上辺だけだ。
むしろ態度の節々からは、サリパに恨みすら感じる。
「感激ですわ、ラシリア様。末長く友好を保ちましょう」
「ああ。途切れることのない友好を求む」
……ふむ、ふむ。推理しよう。名探偵リシャリちゃんモードだ。
俺はセルッゾおじ様が、ラシリアに処刑されたと聞いていた。
しかしおじ様は、ラシリアの腹心として生きている。
つまりあのクーデターは、民衆を宥めるためのマッチポンプと見ていいだろう。
「あの、ラシリア様。いえ、敢えてラシリア姉上と、お呼びしてよろしいでしょうか」
「……何だ」
ではなぜ姉上がセルッゾおじ様と組んでいるのか。
おじ様が誘拐犯と言うのは考えにくいな。だったらラシリアが仲良くする理由がない。
恐らく誘拐されたラシリア姉上をセルッゾおじ様が助けた……、といった辺りだろう。
「姉上はサリパの第一王女だと宣言し、神聖ラシリア王国の王として即位されたそうですが」
「ああ、その通りだ」
「つまり、ラシリア姉上も国王の娘」
だとすれば、セルッゾおじ様の方が力関係が上のはず。
ラシリア姉上はセルッゾおじ様に従い、サリパと友好を進めている。
だがラシリア姉上の本心では、サリパを恨んでいる。
そう考えればつじつまは合うな。
「……姉上は、サリパ国王を恨んでいますか?」
「ふむ」
俺の問いに対し、ラシリアは薄く笑いを浮かべた。
だが、返事が返ってくる気配はない。
「いや、きっと恨んでいるのでしょう? それこそ、殺したいほどに」
「……さて、な」
俺が畳み掛けると、ラシリアは目を閉じた。
少なくとも、俺の質問を否定する様子はない。
「リ、リシャリ姫。その辺は、その」
「大丈夫ですわ、セルッゾおじ様」
むしろセルッゾおじ様が、慌てて口を挟んできた。
俺の推理は当たっているっぽいな。
だとすれば、俺の存在は面白くないはずだ。
ラシリアにとって、俺は『本来はこう育てられたはずの自分』。
「実に面白い質問だ、リシャリ姫」
開かれたラシリアの瞳は、光が消えていた。
その口調からは、一切の感情が消えていた。
「その問いに、私は答えねばならないか?」
「……姉上の、本当のお気持ちを聞きたいなと」
「そうかそうか。まだ若いな、リシャリ姫」
俺の質問に対し、ラシリアは表情一つ変えない。
ただ突き放すように、
「聞かぬが良い質問もあるのだ、リシャリ姫」
「ラシリア、姉上」
「仮に是と答えた場合、どんな言葉を続けるつもりか?」
そう、聞き返してきた。
「……」
うん、今ので確信した。俺の予想は、ほぼ当たっている。
少なくとも姉上は、国王や俺に対して強い憎悪を抱いている。
困った。ジケイ兄上からは、ラシリアと仲良くなって来いと言われたのだが……。
現状だと達成できそうにない。
「そうですわね」
こういう時にどうすべきだろう。そういえば、ジケイ兄上は言っていた。
ラシリア女王の隣にいる人を頼れ、と。
「ラシリア様が父上、サリパ国王を殺したいとおっしゃるのであれば……」
チラリ、とセルッゾおじ様に視線を向けると。
彼は俺を見て心配そうで、同時にわくわくしてそうな、不思議な顔で黙り込んでいた。
会話の流れを作れば、手を貸してくれそうな気配はある。
よし、決めた。
「話が長くなりますので、お茶でも飲みながら語りませんか?」
「む?」
俺はそう、ラシリア姉上をお茶に誘った。
表面上の友好だけでいいなら、ジケイ兄上が出向いたはずだ。
お互いが手を結ぶことでどんな利点があるかという論戦は、ジケイ兄上の得意分野だ。
「ラシリア様は、茶の席はお嫌いですか」
「いや、そんなことは」
だが、ジケイ兄上は俺をここに派遣した。
それはつまり、ちゃんと関係を構築してこいということ。
「どうしてサリパ国王を殺したいという話から、『茶会をしよう』と話が飛ぶのだ?」
「え、だってそういうものではないですか」
俺は居住まいを正して、不思議そうな顔をしているラシリア王女に向かい合った。
そしてにっこり笑みを浮かべ、
「父上の愚痴を言う場は、姉妹のお茶会と相場が決まっているのですわ」
そう返答した。
「……茶席か」
「良い茶葉を持ってきておりますの、お付き合いいただけないでしょうか」
「ううむ、だが」
ラシリアはお茶会に誘われ、困惑しているように見えた。
どうして俺と歓談せねばならないのだ、という想いが見て取れる。
しかし、外交の使者に茶会を開くことは珍しい話ではない。
むしろ、友好を深めるのであれば『席を設けるのが普通』である。
「よろしいのではないでしょうか、ラシリア女王。社交の席は、友好に必須」
「セルッゾ様……」
「我が家には、それなりに菓子の蓄えがございますぞ」
セルッゾおじ様は意を汲んでくれ、上手くアシストしてくれた。
外交の使者をパーティーでもてなすことは、ひどく真っ当な提案だ。
ラシリアも、断る理由はないだろう。
「せっかくなので、国王について語り合おうじゃありませんか」
「せっかくだから、って」
こうして外交を、姉妹の井戸端会議に落とし込む。
共通の話題で、心を通わせる。
これはラシリアが、血のつながった姉上だから出来る策。
「私も一国の姫。あまり国王の悪口を言いたくはないのですが、なかなかデリカシーに欠ける人でして」
「は、はあ」
孫子だったか孔子だったか、昔の賢い人が言っていた。
敵のフィールドで勝とうとするな、自分の得意な領域に誘い出して勝てと。
「ラシリア姉上としても、国王がどんな人物なのか興味はありませんか」
「いや、まあ」
そして俺の持っている武器は、ただ一つ。
社交の席で、楽しく会話することだけ。
「ではちょっとだけ、このリシャリの愚痴に付き合っては貰えませんか」
幸い、俺とラシリアには最強の会話デッキが用意されていた。
そう。それはあらゆる姉妹で共通の話題、『父親への愚痴』だ。
「それは酷い」
「本当にサリパ国王殿が、そのような」
俺とラシリア姉上はセルッゾおじ様に促され、個室で紅茶を楽しむこととなった。
タケルは入室を許されなかったので、部屋の外で控えて貰った。
「ねぇ、酷いでしょう?」
父の陰口を叩くなんて、あまり気は進まなかったが……。
ラシリアと仲良くなるためなら仕方がない。
父上も、きっと許してくれる。
「つまりお父様は社交会場で、放屁という罪を私に着せたのです」
「まさか自分の娘に、そんな辱めを」
というか国王の言動は、ちょくちょくライン超えだから仕方がない。
あれは、俺が七歳の誕生日パーティの時。
社交会場に、爆音で放屁音が鳴り響いた。
『おや、やめなさいリシャリ。はしたない』
『ファッ!?』
屁をこいたのは間違いなく国王だったが、流れるように俺を注意しやがった。
周囲の貴族が目を丸くして俺を見たのは、トラウマだ。
そのことを俺は、未だに根に持っている。
「こんなこともありましたわ。ルゥルゥ姉上が昔、顔の良い貴族に恋文を書いたのですが」
「ふむ」
「国王は恋文を見て、文が拙いと勝手に書き直したんですの」
「……恋文の書き換え!?」
「国王の恋文センスも痛々しくポエミーで、『太陽のような君に乾杯』なんて意味不明な文言が付け足されていたそうで」
「サリパ国王は正気か?」
「その手紙のせいで、姉上はフラれてしまい。事情を知ったあと、姉上はそれはもう大激怒で……」
もちろん、国王に良い部分だってたくさんある。
少なくとも国王としては、優秀だ。公平だし、家族思いだし、厳しさと優しさのバランスもとれていると思う。
「朝、娘の着替えに乗り込んできて、下着に口を出すことなど日常茶飯事」
「年頃の娘の、着替えを!?」
「注意されても、何が悪いのかわかっていない感じで」
「暗い……あまりにも……」
ただちょっと……あんまりなことをする時があるのも事実だ。
しかも本人的に、単なるコミュニケーションと思い込んでいる節があるから手に負えない。
「とうとうルゥルゥ姉上も堪忍袋の緒が切れて、社交界をボイコットしましたわ」
「そうか。いや、是非もない」
「王族としては誉められませんが、ルゥルゥ姉上の気持ちもわからなくはありませんの」
そういうのが重なった結果、ルゥルゥ姉上は婚約者────ロウガ・スピオ卿との会談をボイコットした。
俺も何度も諫めたのだが、聞く耳を持ってもらえなかった。
「……そう言えば。私も思いだしてきた」
「ラシリア様も?」
「あの男は当たり前のように、私の部屋に入ってきた。時間がなく忙しいのだろうと諦めていたが、ノックくらいはすべきではないか?」
「あー、国王はそういうことやりますわ」
国王のノンデリ行為で、ラシリア姉上も被害に遭っていたらしい。
父は十代で王位を継いで、がむしゃらに政務をし続けてきた男。
だから、娘の扱いやデリカシーなどを学ぶ機会はなかったのだろう。
「その点、セルッゾ様は素晴らしかった。私を女性として扱って……」
「その話、お聞きしたいですわ!」
「ああ、その、ラシリア女王? 予の話は……」
共通の話題になると、口が軽くなるものなのだろうか。
当初こそ俺に硬い態度だったラシリア姉上も、少しずつ話をし始めた。
やはりセルッゾおじ様が、誘拐された姉上を助けた様だ。
「セルッゾ様は行く当てのない私を、目をかけてくださって」
「姉上がセルッゾおじ様に保護されていて、本当に良かったですわ」
「ええ、まったく」
おじ様のこととなると、ラシリア姉上は饒舌に話し始めた。
この二人の関係が、少しづつ見えてきたな。
あとは話を聞きながら、仲良くなって情報を聞き出せばいい。
「この間、私が誕生日の時など────」
「ほうほう」
社交の席で大事なのは、話し過ぎず、相槌を打つ時間を作ること。
相手の話に興味を持って、楽しく会話をすること。
「セルッゾ様は時に厳しく、導いてくださいました」
「お、おい。ラシリア、その辺で」
「なるほどですわ。姉上にとっておじ様は、大切な人なのですね」
「ああ」
やはりラシリア姉上は、父を恨んでいるようだった。
父上とセルッゾおじ様を比べ、おじ様を褒め称えることが多かった。
「久々に見たが、あの男の情けない顔と言ったら。あれでよく王がやれるものだ」
「こ、こらラシリア」
だが姉上の言動は、親に捨てられたというトラウマからくる過剰な反応にも見えた。
信じて、裏切られたからこそ、必要以上に攻撃的になっているのだ。
「であれば、もう一度。国王としっかりお話をしてみてはいかがです?」
「……ふむ?」
ならば、ここは俺の出る幕ではない。
俺だけが、ラシリア姉上と仲良くなっても意味がない。
「姉上の心のしこりを取る方法。このリシャリは、知っていましてよ?」
「何だと?」
俺はそう言って、困惑するラシリア女王の手を握った。




