52話「王族として、割り切ってますわ」
「リシャリ、出番だ」
「出番ですか、ジケイ兄上」
デケン帝国の侵攻を撃退した直後、『神聖ラシリア王国』が独立を宣言したことで、サリパでは大騒ぎとなった。
ラシリアと言えば、存在を消された我らの姉上。サリパにとって、他人事ではないのだ。
そしてラシリア王国にどう対応するか、兄上たちが会議をした結果……。
「私がラシリア王国に、外交の使者として向かえと」
「ああ。お前しかいない」
サリパはラシリア王国を味方にするべく、使者を派遣することを決めた。
その友好の使者として、俺が選ばれたのだそうだ。
「分かりましたわ、ジケイ兄上。仲良くなってくるだけでいいでしょうか?」
「いや、もう一つ役割がある。国王の返還だ」
「……見つかったのですか、国王が!」
「国王たちは、神聖ラシリア王国で保護されているらしい。向こうから、返還の申し出があった」
さらに先日、ラシリア王国から『貴国の国王を発見した。丁重に保護しているので迎えに来て欲しい』と国書が来たらしい。
どちらにしても、国王を迎えに行くのは不可欠なのだという。
「ちなみにジケイ兄上。ラシリア姉上を名乗る方、本物なのでしょうか?」
「本物の可能性が高いとみている。……偽物なら、国王が見破っているだろう」
「では、味方と考えてよいのでしょうか?」
「分からん、ただ無下に扱えん」
ラシリアが、本当に俺たちの味方なのかはまだわからない。
だがラシリア王国の広大な領地を、無視するわけにはいかない。
ラシリア王国は、元がセルッゾおじさまの領地なだけあってかなり広いのだ。
少なくともサリパより広いし、人口も多い。
「と、いうわけで。出番だリシャリ」
「何が『と、いうわけ』なのか分かりませんけど」
ジケイ兄上はそう言うと、俺にニッコリと笑いかけた。
……でも俺、仲良くなるのは得意だが、政治交渉はよくわからんぞ。
「ジケイ兄上、国王の返還の際に領地や金、食料など要求されそうですけど。どの辺までなら譲歩していいか、目安はありますか?」
「交渉は父さんに代行して貰え。お前はただ、父さんを返してくれと懇願すればそれでいい」
「そんなんで交渉になります?」
「なるから安心しろ」
ジケイ兄上はニヤニヤと、不敵な笑みを崩さない。
泣き落としで何とかしろってコト? 国王の返還交渉でそれってどうなん?
「そう不安な顔をするな、リシャリ。俺が適当なコトを言ってるように思うか?」
「思いますわ。ジケイ兄上は、とっても適当な人間と思いますの」
「ほう、失礼だな。俺がいつ、適当な仕事をした」
「女性関係が適当ですわ。屋敷のメイドから、いろいろと噂は聞いていますのよ」
「……安心しろリシャリ。俺は適当な『仕事』はしないぜ?」
痛いところを突かれたのか、ジケイ兄上は目を逸らした。
お前が複数のメイドに手を出してるの、知ってるんだからな。
ちゃんと関係は清算しとけよ。
「ただラシリア王国には、俺やサリオ兄さんよりお前が行った方がいい。それは間違いない」
「は、はあ」
「困ったらラシリア女王の隣にいるヤツに泣きつけ。何とかしてくれるさ」
「ラシリア女王の、隣の方……?」
ジケイ兄上は口元を手で押さえ、笑いながら意味深なことを言った。
ラシリア女王の腹心に心当たりがあるんだろうか。
「お前の力が必要だ、リシャリ。ラシリア王国を、何としても味方につけてこい」
「出来る限り、努力はしますわ」
「助かる」
よくわからんけど、ラシリア王国と良い関係を築きたいわけね。
だったら、俺に出来る限りのことはやろうじゃないの。
そんな訳で俺に、重要な任務が課されたわけだが。
「久々の、国外ですわ!」
俺はタケルを護衛に連れて、馬車に揺られ、旅を楽しんでいた。
外の景色を堪能できるなんて幸せだ。
王宮から出られる機会なんて滅多にないのだから。
「機嫌がよさそうですね、リシャリ様」
「一人で王宮外に出られる機会なんて、めったにありませんもの」
無論、俺も王女として外遊したことはある。
ただ父上や姉上が付いてきており、一人で自由気ままとはいかなかった。
ヤイバンに向かった時は一人だったが、周囲は敵だらけなので楽しむ余裕はなかった。
「少し窓を開けても良いですか」
「ええどうぞ、リシャリ様」
だが今回は、俺が使節団の最高責任者。
頼めば川沿いを進んでくれるし、休憩したいと言えばすぐ止めてくれる。
やりすぎるとワガママ王女扱いされるので、ほどほどにしているが。
「あ、トンボですわ! トンボが飛んでいますわ!」
「おお、あれは揚げ蜻蛉ですね」
ラシリア王国に向かう道沿いに豊かな田園があり、たくさんトンボが飛び交っていた。
この世界では初めて見るトンボに、俺は大興奮だった。
「タケルはあの虫を知っていますの?」
「ええ、庶民の間でも人気のある虫ですよ」
この世界の蜻蛉はカラフルで、手のひらほどの大きさだった。
トンボといえば、田畑の害虫を食べて育つ益虫として有名だ。
だから民にも人気が高いのだろう。
「タケルも好きなのですか、トンボ」
「ええ」
「小さい頃は、よく捕まえました」
トンボを捕まえていたと聞いて、俺はウンウンと頷いた。
前世でもトンボは、子どもに大人気だった。
世界が変わっても、トンボの人気は変わらないんだなと得心していたら、
「揚げると美味しいんですよね」
「えっ」
タケルはヨダレを垂らして、飛び回るトンボを見つめていた。
「た、食べますの?」
「ええ。塩をかけて、ポリポリと」
「は、はえー」
聞けば揚げ蜻蛉は、この世界で人気のオヤツらしい。
パリパリでカラっと揚がったトンボを、ボリボリと食すと旨いそうだ。
腹が減った子供がトンボを捕まえ、母に素揚げをねだるのはよく見る光景らしい。
「ほら、あそこ。ちょうど揚げてますね」
「頭からガブっといってますわね」
タケルの指さしたほうでは、確かに民がトンボを揚げていた。
エビのようなカニのような、美味しそうな匂いが漂ってきた。
虫食に抵抗がないんだな。うーん、文化が違う。
「知らないことがいっぱいですわ。トンボを食べるなんてびっくり」
「平民にとって揚げ蜻蛉は貴重な栄養源なのです」
聞けば揚げ蜻蛉は、サリパでも食されているらしい。
ただ品がない食べ物とされており、王宮では出てこないそうだ。
「火の魔道具で高温にして、表面が変色するほどカリカリにするのがコツで……」
「ほえ~」
甲殻類の香ばしい匂いが、馬車まで漂ってくる。
正直、ちょっと食べてみたいと思った。
「リシャリ様。あと数時間で、ラシリア王国に到着します」
「分かりました。準備をしますわ」
そんな風に旅を楽しむこと、三日。
馬車は無事に、ラシリア王国へ到着することとなった。
楽しい旅はおしまい。これからは、お仕事である。
「セルッゾ領を掌握したラシリア王国との関係性は、重要です」
「はい」
「ラシリア姉上とは、良好な関係を築かねばなりませんわ」
初めての土地、初めて出会う相手との良好なコミュニケーション。
ラシリア姉上の人となりを見抜き、円滑な会話を行うことが求められる。
「……はぁ。セルッゾおじ様を殺した相手と、仲良くせねばならないのですか」
本音を言えば。
セルッゾ伯爵とは仲が良かったので、ラシリアに文句を言いたい気持ちはあった。
彼は不満分子だらけのセルッゾ領を、とても上手に運営していた。
国王も、彼の政治の腕前を誉めていたのを覚えている。
「複雑ですか」
「いえ。王族として、割り切ってますわ」
だが俺は、ラシリア姉上を糾弾するためにここに来たのではない。
暗殺や闇討ちで権力を奪うなんて、この世界では日常茶飯事だ。
当のセルッゾおじ様だって、そういうことをして成りあがったと聞いている。
「セルッゾおじ様を殺したラシリア姉上を、褒め称える覚悟くらいできています」
「リシャリ様……」
俺の仕事はラシリア姉上に気に入られ、仲良くなり、サリパと友好を結ぶこと。
それが平凡な俺にできる、数少ない国家貢献。
モヤモヤとした私情は飲み込んで、笑顔で応対をせねば。
「さて、ラシリア様はどんな人物でしょうか」
そんな複雑な思いを胸中に秘め。
俺はラシリア女王のもとへ、ゆっくりと馬車を進めた。
会談を申し込むと、その日のうちにラシリア女王の下へ通してもらえた。
俺はタケルを護衛として連れて、客間へと案内された。
「ラシリア様というのは、どんなお方ですか」
「凛々しく、聡明で、覇気に溢れているお方です。曲がったことが嫌いな、清廉な方」
「素晴らしい方ですわね」
メイドさんに話を聞くと、姉上はかなり武人肌な性格をしているようだ。
俺達の兄妹では、サリオ兄上に近いのかもしれない。
「ラシリア様は、こちらの部屋でお待ちです」
「案内ありがとうございます。もう入ってもよろしいのでしょうか」
「ええ、いつでもお入りください」
「ありがとうございますわ」
俺はメイドさんに確認を取ると。
優雅にお礼を言って、部屋の扉を開け放った。
「……失礼いたします」
ラシリア女王が武人肌な人物ならば、へりくだらず堂々とした態度で臨むべきだろう。
そう考え姿勢を正し、優雅に入室すると────
「わあ! セルッゾおじ様が生きていますわ!!」
部屋を開けた瞬間に、見覚えのある悪人面のおじさんが目に入った。
……セルッゾおじ様、生きとるやんけ!!
「良かったですわ! とっても、とても心配したんですのよ!」
「ええ、ああ、うん。リシャリ姫、久しぶりである、な」
思わず駆け寄ると、セルッゾおじ様は決まりが悪そうな顔で目を逸らした。
あー、わかったぞ。影武者で死んだふりをして、民衆の怒りの矛先を逸らしたな。
「良かった、良かった! さてはセルッゾおじさま、悪い企みをしましたわね」
「い、いや。そんなことはしておらん、ですぞ」
何にせよ、よかった。セルッゾ伯爵は、親サリパ派の貴族なのだ。
彼が生きている方が、サリパとしてもありがたい。
「……おや」
嬉しかったので、思わず抱き着いてぴょんぴょん跳ねていたら。
背後から、突き刺さるような鋭い視線を感じ振り返った。
「貴女は……」
「……」
数秒ほど、背後に立っていた人物と見つめあう。
彼女は俺と、鏡映しのように同じ瞳を持っていて。
何故か氷のように冷たい視線で、俺を睨みつけていた。
「……もしかして、姉上ですの?」
恐る恐る、声をかけてみた。しかし、返事はない。
ラシリア女王らしき人物は、無表情に俺を睨み続けるのみ。
これは、あれか? 怒ってらっしゃる感じか?
「初めまして、ラシリア姉上!」
いや、良く考えれば当たり前だ。俺はラシリア女王に会談を申し込んだのだ。
だというのに彼女を放置し、セルッゾ伯爵のもとに駆け寄れば不満を感じて当然。
俺は慌てて笑顔を作り、姿勢を正してラシリア姉上の前に歩み寄った。
「サリパ王国第二王女、リシャリ・サリパールですわ!!」
俺は名乗りを上げたが、返事は返ってこない。
ラシリア女王の視線は、相変わらず氷点下だった。
俺の作り笑顔が、だんだん強張っていく。え、何? どうしてそんなに怒ってるの?
「セルッゾおじ様、あの方がラシリア姉上ですよね?」
「そ、そうであるぞ、うむ」
もしや人違いかと思っておじ様に確認してみたが、間違いなく姉上らしい。
俺が最初にセルッゾおじ様に駆け寄ったのが、そんなに不興を買ったのだろうか。
「よしよし、リシャリ姫は可愛いのう」
「ありがとうございますわ!」
そんな凍った空気を察してか、セルッゾおじ様がヨシヨシと俺の頭を撫でてくれた。
おお、ナイスアシストだおじ様。
和気あいあいとした雰囲気を作ることで、和やかに会談を始めようという魂胆だな。
「えへへ~」
俺は王女スマイルを浮かべ、セルッゾ伯爵におとなしく撫でられてやる。
ほら、いい雰囲気でしょ? ラシリア姉上も乗っていいのよ?
最悪乗らなくてもいいから、もう少し態度を柔らかくして────
「────めっちゃほだされてる!!」
ラシリア女王は目を見開いて、俺たちを見て絶叫していた。
アイエエエエエ!!? ナンデ? ナンデ!?




