51話「そんなに私の首が欲しいか、サリパ王」
「サリパ国王は、その後どうした?」
「貴賓室に案内いたしました」
「ああ、丁重にもてなせ。……パウリックが暴れぬか、見張っておけよ」
その後、セルッゾは慌ててラシリアを連れ部屋を出た。
会談は強制終了となり、明日にやり直しとなった。
「ラシリア……、どうしてあんなことを」
退室した後の二人の間には、なんとも微妙な空気が流れていた。
「セルッゾ様、申し訳ありません。自分でも不思議なのですが、感情が御しきれず」
ラシリアは申し訳なさそうに、セルッゾへ頭を下げた。
サリパ国王の顔を見るだけで、フツフツと怒りが止まらなかったのだという。
「私が幼稚なことが原因です、セルッゾ様」
「……」
「いかなる罰も、お受けいたします」
「いや。過ぎたことはもう良い」
セルッゾは、ラシリアの感情を甘く見ていたと反省した。
親に見捨てられたというトラウマは、彼女に根深く残っていたのだ。
人間の心はままならぬことくらい、良く知っているはずなのに。
「明日、冷静になって話をしなおそう」
「了解致しました。……明日こそ、ご期待に応えます」
「頼む」
セルッゾはそう言って、ラシリアの頬を撫でた。
女王はくすぐったそうに、その掌を受け入れた。
「ラシリアよ。王たるものは、感情で動いてはいけない。情より実を取る必要がある」
「……はい」
「だが今日のラシリアを責めるつもりはない。『父娘として話してくれ』と言ってきたのは、他ならぬサリパ国王だからな」
ラシリアとセルッゾは、静かに見つめ合った。
────セルッゾがラシリアに向ける瞳は、恋人ではなく親子のような慈愛が浮かぶ。
「親子であることは忘れ、明日は王として話をせよ。友好を求むと、それだけでいい」
「はい」
「領主たるもの、憎悪に飲まれても、ほだされてもいかん。自領のことを優先せよ」
「分かりました」
利害の一致という名分だったはずなのに、いつしかラシリアはセルッゾを慕っていた。
見捨てられた国王に代わり、父性すら感じていた。
「それと、あの誤解も解いておいてくれよ」
「誤解ですか?」
そしてセルッゾもまた、ラシリアに愛娘の影を見ていた。
気づかぬうちに、ラシリアが幸せであって欲しいと愛情を抱いていた。
お互いにそれが、間違った感情だと理解しながら。
「あの言い方だと、予がラシリアに手を出しているみたいではないか」
「……そうですね」
翌日。
改めて開催されたサリパ国王との会談は、つつがなく終わった。
「ラシリア王は、サリパ・ヤイバン同盟に協調する方針だというのだな」
「ええ、その通り。仲よくしようではないか、サリパ王」
この日のラシリアは、王であることを徹底した。
見捨てられたサリパの姫ではなく、ラシリア王国の指導者としてサリパ王との会談に挑んだ。
「では、我々は解放して貰えるということで良いのか」
「無論だ。貴殿らを保護したことも、もうサリパ本国に伝えてある。じきに迎えが来るだろう」
「お心遣い、感謝する」
サリパ国王もまた、父ではなく王として会談に応じた。
昨日の話などなかったかのように、和やかな空気で話は進んでいく。
「しばらくは、我が邸宅で休まれよ」
「ありがたく、世話になりましょう」
会談の最中、サリパ王は時折、セルッゾを鋭い目つきで睨んだ。
娘を誑かした悪徳貴族、と言いたげな顔である。
「温かいご配慮に、最大の感謝を」
だがサリパ国王は、さすがに王だった。
胸中に憎悪を抱えていても、友好的な態度を崩さない。
彼は笑顔を作って、丁寧な口調でセルッゾと握手した。
「ラシリア王。最後に一つ、お願いがある」
相互不可侵、軍事提携、交易通商、関税に自治権など一通りの話し合いが済んだ後。
最後の最後に、サリパ国王はラシリアに一つだけ願い出た。
「我が騎士パウリックと、会ってはくれないか」
「……パウリックと?」
その言葉を聞いて、セルッゾの顔色が変わった。
ラシリアも怪訝な目で、サリパ国王を見つめた。
「理由を聞いてもよろしいですか」
「パウリックはこの十五年、ラシリアが誘拐されたことを悔いてきた。一言で良いから、懺悔がしたいと」
「……理解できんな」
騎士団長パウリックと言えば、サリパで最強の男である。
彼の前にラシリアを差し出せば、暗殺など容易だろう。
「そんなに私の首が欲しいか、サリパ王」
「違う、そういう意図ではない」
「サリパと友好的に接したい、と話をした直後だぞ?」
こんな露骨な暗殺があるだろうか。
あまりに明け透けな暗殺に、ラシリアは呆れ果てた。
「拒否する。部屋に戻るとよい、サリパ国王」
「そう、か」
きっぱりと断られ、国王は肩を落とした。
彼の前にいるのは、かつての可愛い娘ラシリアではない。
セルッゾに育てられた『ラシリア王国の女王』ラシリアだ。
それもこれも、ラシリアを見捨てた国王が悪い。
────もう二度と、彼女と関係は元に戻らないのだ。
「これで、ひとまずサリパとの同盟には成功だ。よくやったラシリア」
「ありがとうございます、セルッゾ様」
こうして心の奥はともかく、表面上はサリパと友好に成功した。
ラシリアとサリパ国王は血判を押して、同盟内容を承諾した。
あとは、サリパからの迎えを待つだけだ。
「サリパからの迎えは、誰が来るでしょうか」
「彼らがどれほどサリパ国王と、ラシリア王国を重んじているかによるだろう」
セルッゾはラシリアの問いに、ヌハハと笑った。
彼曰く使者の人選で、サリパがラシリア王国をどう見ているかが分かるのだという。
「と、おっしゃいますと?」
「今のサリパは、第一王子サリオが国王代行として辣腕を振るっているらしい。サリオ自ら迎えに来るなら、それなりに重要視されている」
「……そうですか。あの不器用なサリオが、今や国王代行なのですね」
サリパとしてはラシリア王国との初接触であり、現サリパ国王を迎えに行く旅だ。
国王代行であるサリオ自ら、迎えに来る可能性は十分にある。
「だが現実的に考えると、使者はジケイ殿だろうな。サリオ殿が万一暗殺されれば、サリパは窮することになる」
「ジケイ王子。……私は会ったことがありませんが、優秀だそうですね」
「政治交渉も得意だというから、適任だろう」
だが、サリオは国王候補の筆頭だ。
さらに腹芸も苦手で、良くも悪くも愚直な人物である。
一方でジケイは、セルッゾと腹芸で渡り合えるほど切れる男だ。
普通に考えれば、ジケイが使者に選ばれるだろう。
「向こうが我々を軽んじていたなら、その二人以外が来るだろう」
「軽んじている、とは」
「ラシリアの出生を知っていれば、自然とこういう考えも出てくる。『適当に扱っても、サリパの味方になるだろう』と」
「……」
だが、それ以外の……。
ただの外交官を送ってくるなら、ラシリア王国は舐められている。
「────それは不愉快ですね」
「ああ。その場合は使者を送り返してやれ」
ラシリア王国は、サリパと協調していく方針ではある。だが別に、サリパに媚びへつらう必要はない。
サリパ国王の身柄を預かっているわけだし、国力もラシリア王国の方が上なのだから。
「さて、誰がやってくるか……」
「ラシリア王、フリーゾ様。来客です!」
外交は、へりくだりすぎないことも重要だ。
自国を低く見せることで、損につながるケースもある。
「サリパ王国から、迎えの使者がやってまいりました」
「おお、来たか」
その辺のバランス感覚が、外交で必要不可欠である。
果たしてサリパの送ってきた『使者』とは、誰なのか。
「第二王女リシャリ様が、使者として面会を求めています」
「……げっ」
セルッゾの予想は外れ、ジケイでもサリオでもないサリパ四王族の末娘。
使者はリシャリ・サリパールであった。
「どうしたものでしょうか、セルッゾ様。一応、サリパは王族を使者として出したようですが」
「……」
「とはいえ末娘のリシャリ姫は凡才で、大した外交決定権も持たないはず」
女王ラシリアは、この人選に少し不満げだった。
ラシリア王国を重視しているのであれば、ジケイが出てくる筈である。
しかし来たのは末娘のリシャリで、まだ十五歳の凡人少女。
「どうしますか? 送り返しますか?」
「いや。……敵もさるものである」
「セルッゾ様?」
「会おう。いや、会うべきだ」
しかしリシャリ姫の来訪を聞いたセルッゾは、ひどく嬉しそうに困った顔をしていた。
その見たことがない反応に、ラシリアは首をかしげた。
「ラシリアよ、あらかじめ言っておく。ほだされるなよ」
「ほだされる、ですか」
「一回りは年下の妹だ、可愛く感じるだろう。だが、国王たるもの感情に飲まれてはいかんのだ」
「はあ。無論、そのつもりですが」
何をそんなに警戒しているのか。
何をそんなに、楽しそうにしているのか。
ラシリアはいくつも頭に疑問符を浮かべて、奇妙な態度のセルッゾを見つめていると……。
「わあ! セルッゾおじ様が生きていますわ!!」
まもなく、部屋の扉が開かれて。
少女が満面の笑顔で、セルッゾの下に駆け寄ってきた。
「良かったですわ! とっても、とても心配したんですのよ!」
「ええ、ああ、うん。リシャリ姫、久しぶりである、な」
「良かった、良かった! さてはセルッゾおじさま、悪い企みをしましたわね」
「い、いや。そんなことはしておらん、ですぞ」
タジタジと照れた顔で、少女に抱きつかれるオッサン。
少女は心底嬉しそうな顔で、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「……おや」
そして、チラっと。
ラシリアは、少女と目が合った。
「貴女は……」
「……」
数秒ほど、二人は見つめあう。
少女はラシリアと、鏡映しのように同じ瞳をしている。
「……もしかして、姉上ですの?」
しかし少女の瞳に、策謀の気配はない。
純粋に、セルッゾの生存を知って飛び跳ねていただけだ。
「初めまして、ラシリア姉上!」
にぱっと、少女の顔に笑顔が浮かぶ。
少女は小柄な体躯を揺らし、トテトテと歩いてラシリアの手を握る。
「サリパ王国第二王女、リシャリ・サリパールですわ!!」
初対面だというのに、その距離感は長年連れ添った姉妹のよう。
彼女から発されたのは、ラシリアが心の奥底で欲し、飢えてきた家族の愛情。
「……っ!!」
何だこの距離感は、と。ラシリアは慌ててセルッゾに視線を向けた。
助けてください、こんな急に距離を詰めてくる娘の扱い方が分かりません。
そんな心の叫びを、アイコンタクトで送ったのだが……。
「セルッゾおじ様、あの方がラシリア姉上ですよね?」
「そ、そうであるぞ、うむ。よしよし、リシャリ姫は可愛いのう」
「ありがとうございますわ!」
当のセルッゾはそのアイコンタクトに一切気付かず、全力でデレデレしていた。
「────めっちゃほだされてる!!」
ラシリアの絶叫が、屋敷に響き渡った。




