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102話「貴方は私を、惚れさせることが出来ますか」


 俺がジャルファ王子を篭絡できるかどうか。


 その質問の答えを出すのに、長い時間は要らなかった。


「四国会談の話、ジャルファをやり込めたそうじゃないか」

「……えっと」

「言ってみろ。お前がヤツを操れる可能性はどれくらいだ?」


 俺はもう、ジャルファ王子の底を見た。彼に対し、得体の知れない王子という感覚はない。


 ならば俺が、ジャルファ王子を御しうる可能性は─────


「……多分、ですけど」

「おお」

「それなりに信頼を勝ち取れる自信はありますわ」


 自分で言うのもなんだが、高いだろう。


 正直なところ、確実に信頼を得られる気がする。


「それがお前の正しい使い方だよ、リシャリ」

「……」

「お前の手腕次第で、デケン帝国を牛耳れるんだ」


 俺は皇妃の『わがまま』の範疇で、サリパを優遇できる。


 ジャルファ王子にとっては、俺が四国同盟と強力なパイプになる。


 両者が得をする、まさにWin-Winの縁談だ。


「タケルを蔑ろにせず、ジャルファ王子に愛を囁くだけでいい。それで世界は平和になる」

「た、確かに……」

「お前がそれをやってくれたら、サリパはさぞ繫栄するだろうなぁ」


 ただし俺がジャルファ王子の愛を受けつつ、タケルが裏切らないよう気を配る必要がある。


 どっちにも八方美人に、良い顔をしないといけないわけで。


「それだと私、最低の悪女じゃないですか?」

「お前は国のために、悪女になれんのか?」

「やれと言われたらなりますけど」


 ジケイ兄上はお腹の中が真っ黒で、頭が痛くなってきた。


 でも、それが最も国益になるなら、やるべきなのかもしれない。


「では兄上はタケルと婚約するより、ジャルファ王子と結婚すべきとお考えですのね?」

「ああ、できるならな」


 ジケイ兄上がそう言うなら、そうなのかもしれない。


 俺は国益に殉じるべきサリパの姫だ。タケルとの縁談以上に、役に立てる道があるなら……。


「ていっ」

「あ痛ァ!!」


 ジケイ兄上の意見を聞いて、頭がぐるぐるしていると。


 俺は唐突に、兄上からチョップされた。


「え、え、え? 何ですの、いきなり」

「もっかい言うぞ。できるなら、だ」


 ジケイ兄上はそう言って、俺を馬鹿にしたように哂った。


 できるなら、と強調して。


「問題点その一。お前は今後独りで、何がサリパの国益になるかを判断する必要があるが、出来るか?」

「え、えっと」

「頭は平凡、書類ミスが多い、こんな縁談一つ自己解決できず、変な虫料理作って相談にくる愚妹が、他国に一人嫁いでできるのかって聞いてんだ」


 兄上は突然、俺をそう罵倒したかと思うと。


 ニタりと笑って、俺の頬を思い切り押しつぶした。


「問題点その二。ジャルファ王子は今、兄貴のデイビッツ王子と政争の真っ最中らしいな」

「は、はぁい。そうらしいでふわ」

「そんな状況で他国の姫と縁談する余裕があるか? 売国を疑われないか?」


 あ、あぁ、確かに。ジャルファ王子は皇帝の座をかけて、実兄と政争している最中だ。


 国内の地盤固めのために、自国の有力貴族と縁戚を結ぶ方が大事。


 ましてやジャルファ王子は今回、停戦条件としてヤイバンに領土を譲っている。


 そんな状況でサリパの姫を正室に向かえたら、売国を疑われて不思議じゃない。


「仮にジャルファ王子がお前に惚れてても、お前との縁談は受けてもらえねーだろうな」

「ほえええ」

「サリパはメリットだらけだが、向こうにメリットが無さ過ぎる」


 つまり俺とジャルファ王子との縁談など、最初から絵空事だったのだ。


 で、でもそれはジケイ兄上が言い出した案じゃないか。


 俺はジャルファ王子との縁談なんか、考えたりは……。


「俺の言いたいこと、そろそろ伝わったかな?」

「あの、ぇぇっと?」


 ジケイ兄上に、そう言い返そうとしたところ。


 彼は大層、サディスティックな笑みを浮かべて俺の頬を鷲掴みにした。


「タケルより良い縁談はあるけど、難しいっつってんだよ!」

「あ、あにゅうえ~!?」


 何で兄上も姉上も、俺の頬をこねくり回そうとするんだ。


 頬が伸びて変な顔になる。


「一生ジャルファ王子とタケルを騙しながら、国益のためだけに生きていけるのか?」

「で、ですがやれと言われるなら」

「一方でタケルとの婚約だとお前は騙す必要も、無理する必要もない」

「演技する必要がない?」

「ないな? だから破綻するリスクも低い」


 え、いやだから。


 タケルと結婚したとしても、一生タケルを騙さないといけないワケで……。


「あにゅうえ、私は……」

「うるせぇ、愚妹が言いたいことくらいは分かるわ。その上で演技(・・)する(・・)必要(・・)がな(・・)い(・)ってんだ」

「うにょら~?」


 ジケイ兄上は俺の話を聞こうともせず、俺の頬を前後に伸ばした。


 妹の顔を何だと思ってんだこの兄上は。


「はあ。遠回しに言っても伝わらなさそうだし、はっきり言うか」

「おお?」

「ジャルファとの縁談が理想ではあるが、タケルと結婚で十分だって言ってんだよ」


 ジケイ兄上は俺の頬を限界まで伸ばした後、パチンと手を離した。


 結構痛かった。


「ポーリィをタケルとくっつけると、俺の権勢が強くなりすぎる」

「はい」

「サリオ兄上が国を継ぐのに、これはよくないな?」


 そのまま彼は、真顔で今までと真逆の解説を始めた。


 あー、これってもしかして。


「ジャルファ王子との縁談はサリパに有利過ぎて非現実的。次点でお前の有効な活用法は、タケルとの縁談」

「……もしかして全部、ジョークだったんですの?」

「お前がタケルと結婚しないならこうなるぞ、と分かりやすく説明してやってたんだが」


 ジケイ兄上は鼻に指を当て、俺をバカにするような変顔を作った。


 はー、最初から俺は弄ばれていたわけか。


「俺の意見は『タケルとの縁談を黙って受けろ』だ」

「……はい」

「タケルを幸せにする方法とやらは、自分で探せ」


 ジケイ兄上はそう言うと、もう言うことはないと言わんばかりに書類を取り出して。


 そのまま俺に見向きもせず、仕事を再開してしまった。


「じゃ、俺はまだ仕事残ってるから」

「ジケイ兄上って、性格悪いですわ」

「よく言われるよ、女の子から」


 肩透かしを食らったような、何とも言えぬ虚無感。


 だがジケイ兄上なりに、真面目に相談には乗ってくれていたらしい。


「相談は、もういいだろ?」

「ええ、十分ですの」


 彼は俺から目を背けたまま、ペンを咥えて手を振った。


 眉目秀麗な彼は、何をやっても絵になるな。俺はそんな兄上に、


「相談料は、置いておきますわ」

「げっ」


 ケツキリムシシチューの入った皿を、にこやかに配膳した。


 ありがたく食え。








 ジケイ兄上の部屋を後にした後、俺は部屋に戻って。


 改めて、タケルとの縁談についてじっくり考えた。


「……ふむ」


 結局、ジケイ兄上もタケルとの縁談に賛成らしい。


 ルゥルゥ姉上も、タケルとの縁談に賛成っぽかった。


「ルゥルゥ姉上にジケイ兄上、この二人が賛同するということは国益に適うのでしょう」


 俺もだんだんと、腹が決まってきた。


 国王(ちちうえ)が、娘可愛さに国益のない縁談を持ち上げる可能性は低い。


 俺とタケルの縁談は、サリパにとって良いことづくめなのだ。


「この縁談を受けて、タケルに誠心誠意尽くしましょう。それが、俺のお役目」


 残念ながら俺は、タケルの好意を受け止められない。


 だけど俺もタケルを好きなんだと、そういう風に振る舞えばいい。


 一生タケルを騙すことになるが、それも仕方がない。


 それでいい、んだよな?



 ─────愚妹が言いたいことくらいは分かるわ。その上で演技する必要がないってんだ。



 そう考えた直後、ジケイ兄上の言葉が脳内に響いた。


 俺の言いたいことは分かるが、その上で騙す必要はないと。


「……」


 仮にタケルを騙さない場合、俺は正直な気持ちを打ち明けることになる。


 俺がタケルより国を優先してしまう、そんな性格であること。


 タケルのことは人間としては好きだけど、恋愛感情を持てていないこと。


 それはとってもノンデリで、罪深いことだと思っていたが……。


「もしかして逆に、打ち明けない方が不誠実なんじゃ……?」


 たとえデリカシーが無かろうと、嘘の気持ちを伝えるよりかは誠実な気がする。


 それに俺に恋愛感情が無かったとして、それは不幸な結婚を意味するわけじゃない。



 ─────そうね、『私ならこうする』って解決法は提示できるけど。 



 好意のない相手との結婚は、王族の定め。ルゥルゥ姉上と、スピオ将軍の婚約だってそうだ。


 姉上はスピオ卿を毛嫌いして、お見合いを何度もボイコットしている。


 ルゥルゥ姉上はスピオ卿に『貴方を好きではない』と、告げてしまいたいと思ったことがあるはずだ。


「なるほど、ルゥルゥ姉上はずっと考えていた悩みなんですわね」


 ルゥルゥ姉上がこの問題をどう解決するつもりかは分からない。


 多分、彼女なりの答えはもう出しているのだと思う。


 だけど、その解決法を真似ようとも思わない。


 自分で考えろばーか、か。姉上の言う通りだ。


「タケルに対して誠実であるために、嘘をつかない」


 ジケイ兄上の言葉で、俺の気持ちは固まった。


 俺の本音を包み隠さず、一度タケルに伝えよう。


 家臣として好ましく、友愛の情に絶えないが、異性として見ていない。


 だけど人間としては大好きだ。タケルと結婚することに、俺からは何の不満もない。


 そう告げた上で改めて、タケルにこう問うてみる。


 ─────貴方は私を、惚れさせることが出来ますかと。



 ……ええやん。これええやん! 我ながらナイス・アイデア。


 これだと俺は嘘つかなくていいし、ロマンチックな雰囲気を醸し出せる。


 俺がタケルに惚れていないことを逆手に取った、見事な告白台詞と言えるだろう。


 よくよく考えてみればこれしかない、そんなプランだ。


 まぁ俺の本心を知って、タケルがショックを受ける可能性はあるけど……。


 それは気持ちの問題だから、勘弁してもらうしかない。


 そして俺の気持ちを聞いてなお、結婚したいとタケルが言ってくれたら……。


 その時は笑顔で、彼との縁談を受けることにしよう。






「夜分遅くにお呼びして申し訳ありませんわ」


 こうして、俺の心は決まった。


 そうと決まれば、根回しである。


「ふむ、それが殿下のご決断か」

「おめでとう、りしゃり」


 タケルとの縁談を受けることにした後。


 俺はベルカとルリちゃんを部屋に呼び、二人に結婚することを打ち明けた。


「自(おのず)もリシャリ殿下の考えに賛成ですな」

「うん、わたしも」

「喜ばしいことだ。タケルにはもう、伝えたのですかな?」


 ベルカもルリちゃんも、タケルと結婚すると聞いて喜んでくれた。


 我が事のように祝われると、悪い気はしないな。


「いえ、タケルへの返答はまだなのですわ」

「まだ、へんじしてない?」

「では、早く伝えてやると宜しいでしょう。随分落ち込んでましたので」


 俺の心は決まったし、返事は早いほうが良い。


 なのでタケルを呼び出そうと思った。しかし先にこの二人を呼び出した理由は、


「……タケルの様子はどうですの?」

「さっき見たときは、まだねこんでたよ」

「やっぱり」


 昨日の一件でタケルがまだ、メンタルブレイク中なんじゃないかなと思ったからだ。


 根回しなくタケルを呼び出したら、部屋に入るなり土下座を始めかねない。


 そんなことになれば、返事をする空気じゃなくなってしまう。


「寝込んだ相手に婚約など恰好がつきませんわ。そこでお二人に、重要な任務を申し付けます」

「ほう、にんむ?」

「タケルに近々、私から呼び出しがあると伝えてくれませんか? 縁談成立を匂わせて」

「ふむふむ?」


 土下座するタケルを慰めて婚約成立、と言うのは格好がつかない。


 そこで先に、二人から結婚フラグを匂わせてもらうのだ。


 最初から覚悟を決めて、部屋に入ってきてもらう。


「例えば『私(リシャリ)が秘密裏に、ウェディングドレスを発注したらしい』と、タケルの耳に入れるとか。さすれば、彼も寝床から立ち上がるでしょう?」

「ほう、面白そうな任務ですな」

「婚約の返事は、私の口から伝えますわ。お二人には、タケルの期待を煽っておいて欲しいんですの」

「……ふふ。まかせて、リシャリ」

「頼みましたわ」


 俺の計画を聞いて、ベルカとルリちゃんは自信満々に頷いてくれた。


 よし、これで根回しはオッケーだ。


「要件は以上ですかな?」

「ええ、よろしくお願いします」

「お任せください。では、自(おのず)らはこの辺で」

「おやすみ、リシャリ」


 俺の気持ちは包み隠さず、タケルに伝える。


 後はタケルがそれでもなお、縁談を受けてくれるかだけ。


 大丈夫。きっとタケルは、受け入れてくれる。



「……リシャリ、リシャリはいるか!?」

「わっ!?」

「へ、陛下!?」


 そう言って、ベルカたちが部屋を出ようとした直後。


 国王(ちちうえ)が血相を変えて、俺の部屋に飛び込んできた。


「すまん、緊急事態だ」

「どうしました、父上」

「つい先ほど、デケン帝国から使者が来てだな」


 ベルカとルリちゃんは、慌てて国王に膝をつく。


 国王はそんな二人をチラリと見た後、人払いもせず話を続けた。


「デケン皇帝が逝去し、ジャルファ王子が正式にデケンの皇帝となったらしい」

「おお、それは素晴らしい話ですわ」


 どうやらジャルファ王子は、デケンで上手いことやったようで。


 彼は見事、政争を勝ち抜いてデケン皇帝位を継承できたらしい。


「そんなジャルファ皇帝から、お前に手紙が来ている」

「ジャルファ様から?」


 それは国王も、ジケイ兄上も『ないだろう』と考えていた事態。


 サリパにとっては望外の、ありえないお誘い。


「正室として、デケンの皇妃になってほしいと」

「……はい?」


 皇帝を継いだジャルファ王子から、正室待遇で俺を妻として迎えたい。


 そんな縁談が、彼の筆跡で届けられたのだ。


「そ、それじゃあタケルとの縁談は?」

「それも含めて、協議する必要がある」


 サリパが有利過ぎて受けてもらえないと、国王(ちちうえ)も諦めていた縁談で。


 ジケイ兄上曰く『サリパにとって百点満点』の縁談。


「……すみませんベルカさん」

「はい、殿下」

「先ほどの話、いったん中止でお願いしますわ」

「それは、……はい。御意に」


 俺は、ベルカたちに向き直ってそう言った。


 先ほどまでと、状況が大きく変わってしまった。


「今から緊急で王族会議を開く。リシャリも出席しなさい」

「分かりましたわ」


 どうしてジャルファ王子は、俺に縁談を申し込んだのか。


 現時点で、あいつからそこまで好意を感じなかったのだが……。


「それとベルカさん。明日の朝、私の部屋に来てくれますか?」

「む」

「この一件、参謀たる貴方に相談させていただくことになると思うので」

「分かりました。自(おのず)でよければリシャリ殿下の助けとなりましょう」


 状況が分からなすぎるので、お助けベルカを予約しておく。


 美味しすぎる話には何かしら裏がある。


 ジャルファ皇帝がどんな狙いで縁談を申し込んできたのか、読まねばならない。


「行くぞ、リシャリ」

「ええ、父上」


 サリパにとっては安定で、俺も彼もきっと幸せなタケルとの結婚。


 何が起きるか分からない、うまくやれば百点満点になるジャルファ王子との結婚。


「……タケル」


 サリパの命運を大きく分ける分岐点が、目の前に迫っていた。


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― 新着の感想 ―
作中最高の面白ポイントやろうか。 正直、どっちもリシャリからしたら子守に近いような気もするけど。野郎なんてそんなもんっちゃそんなもんかもしれんけど。 ただ、二人の成長というよりその前段階の発達に出来れ…
かわいそうなタケル!しかしジャルファも幸せに出来るとしたらリシャリしか居ない。まとめて幸せにしてもろて
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